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1-1 コバルトブルー


高い天井まで壁いっぱいに描かれた、三匹の黒獅子の絵。


三匹の黒獅子は、かの光ノ帝国建国における英雄である、いち将軍、にに将軍、さん将軍の三つ子将軍を表現している。


光ノ帝国は約1500年の黄金時代を築いたが、300年ほど前にア=オイロ王国とア=カイロ王国に大きく二分され、さらにそこから周辺に小国が分裂した。


“光有れば、影有り。影失くしては、光成れず。

影に徹し光輝かせんことこそ、我が宿命なり。粛然と拝し、全うに成し遂げるべし。

大いなる獅子前にして我が凡々たる意思は何にかはせん”


ここ、ア=オイロ王国の精鋭部隊は、いち将軍の懐刀と呼ばれた、さん将軍の軍隊を祖とする。

精鋭部隊は大陸中から最強の戦士が集められたア=オイロ王国の切り札と噂されるが、表向きには完全にその活動実態は秘されている、謎の多い部隊だ。


ギルバート・ウォード――通称ギルは、そんな精鋭部隊の参謀を担う、零班に所属する男である。


「よ」


ギルは目線を上げて声の主を見てから、少し腰を上げて座るスペースを空ける。

同時期に精鋭部隊に入隊した、一班リュークである。


彼は軽く手を挙げてボーイからビールを受け取り、ギルの隣に座った。


「おつかれ。今日は訓練?」

「おう、団体訓練だった。お前、今日帰ってくるの早いな、いつも朝帰りだろ」

「なんか、誤解を生む言い方だな」

「歓迎会あるから、早めに帰ってきたってわけ?」

「そうだけども」


ギルが珍しくこの時間に食堂にいるのは、まさに今日、この精鋭部隊への新入隊員の歓迎会があるからだった。


リュークはへえ、と驚いたように身体を反らす。


「お前こういうの興味ねえのに、そりゃまた珍しいな」

「興味ないわけじゃない。一応ちゃんと、歓迎はしたほうがいいかなって」

「いままで歓迎会に出たことないやつが、何言ってるんだか」

「そうだっけか」

「そうだよ、適当ほざきやがって」

「俺は丁寧な人間だけど」

「それが適当ほざいてんだよ」


精鋭部隊には不定期で新しい人が採用されるが、全ては隊長レオナルドと、副隊長ユーゴの裁量で決まっている。


思い返せば、確かにいままでギルは歓迎会に参加したことはなかった。

大抵任務を優先していたし、わざわざ調整もしていなかった。実際、興味がなかったのは事実だった。


「で、今回はなんで来てるわけ」

「大した理由はないかな」


リュークにじっと見つめられ、ギルはそのまま目線を返す。

少しして、リュークは、はーんと手を打って、ギルの肩に腕を回した。


「俺はわかったぜ。……新入隊員で、聖剣使いザク・ツキシマが来るから。だろ?」

「さあ? どうだろうね」

「なにしらばっくれてんだよ。俺の勘だが、今回の新人は聖剣使いだ。お前は零班で、新人が誰か知らないわけはない。なによりお前は、当然聖剣使いと付き合いがある」

「確かに付き合いはあるけど……つまり?」

「つまり、知り合いの聖剣使いが来るから、お前は珍しく歓迎会に参加しようとしている。そういうことだろ」

「ほーん、なるほどー」


ふとリュークが、肩に回しているほうとは逆の手で――しかも利き手だ――、テーブルの上のギルの手首を掴む。


まずい、と思った時にはもう遅い。手首には、力をかけると痛いツボがあるのだ。


「っ……!!」

「てめえの態度が気に食わねえ。新人は聖剣使いなんだろ? あ? 早く言え。あーあー、同期なのに隠し事をするなんてなー。このままだと、この手首もぽっきり折っちまうなー」

「悪い、悪かった! え、でもなんか理不尽な気も……」

「……」

「いてええ! ごめんって、もうすぐわかるんだから、な?」

「なら言ってもいいだろうが」

「確かに」

「確かにじゃねえよ」


リュークがふは、と笑って手の力が弱まった。仕方ねえなと手が離れ、ほっとして手首を撫でる。

痛かった。


「ほんと、手加減とかないよなあ」

「あ?」

「ごめん」

「口に気をつけろよ、ギルくん」

「ういっす」


それにしても、とギルはリュークを見る。


「なんで、聖剣使いが来ると思ったんだ?」


そう尋ねれば、リュークは当然だろ、と答える。


「聖剣使いが王国学園を卒業したのは、去年。普通なら、そのまま兵師団に入るはずだ。だが、まだそういう話は聞こえてこない。ということは、こっちに入るのが妥当だろ」


兵師団というのは、10,000人以上の規模から成る、ア=オイロ王国の主力部隊だ。


なお、精鋭部隊は約600人で構成される。

そのうち約3分の1は兵師団から秘密裏に引き抜かれた者で、リュークもその1人である。


「うーん、でも戦士を辞めちゃっているかもしれないだろ。どこかで、悠々自適に生活していたりして」


あえて反論してみれば、リュークは首を横に振る。


「たぶんそれはない。昔、遠目で見たことがあるんだが」

「兵師団のときに?」

「そう。で、チラ見した感じだと、あれは狂人だな。あんときの聖剣使いはガキだったが、朝から晩まで剣を振っていないと生きていけねえって感じだ」


ギルは思わず、は、と笑う。


――さすがだな。


リュークは脳筋っぽいが、実際は物事をよく見る。聖剣使いザク・ツキシマについて、彼の見立てがほぼ合っていることを、ギルは知っている。


ま、お前の方がわかってるだろうけど、と続けるリュークに、ギルは頷く。


「リュークの言う通りのやつだよ。言われてみれば確かに、あいつは剣がないと生きていけないと思った」

「そうか。ちなみに、どんくらい強いんだ? 実際のところ」


戦っているところは見てねえんだよ、と興味津々にギルを見るリューク。

うーん、とギルは良く知る聖剣使いの体の使い方と、剣筋を思い浮かべる。


「あいつは、技術がある。手札の幅が広い。殴る蹴るの泥臭い喧嘩も、できる」

「ほー」

「あとは、勝ち筋を作るのが上手い。力任せじゃない戦い方をする。そのあたりは、リュークと近い気がする」


リュークが、くく、と笑う。ギルは目を瞬く。


「なんだ」

「ギル、お前すっげえ褒めるな。普段、そんなに他人のことどうこう言わねえのに」

「そうかな」


ギルは考える。そんなに褒めたつもりはなかったが、実際、ザク・ツキシマは強いのである。

満足気にリュークは頷いて、ギルの肩を解放した。


「やっぱり、新人は聖剣使いだな。それも、お前の相当なお気に入りと見た」

「いや、そういうのではないけれども」

「腕が鳴るぜ」

「腕だけ?」


リュークはばぎばきと指を鳴らし首を鳴らし、それから首も鳴らした。


「それでギル、お前は勝てるのか? 模擬戦くらいやったことあるんだろ」

「しょっちゅうやらされたけど、勝てないよ」


素直に答えると、リュークが今度は見るからに不満げな表情になる。大変表情豊かな同僚である。


「そんなんでいいのかよ、戦士貴族ウォード家の長男が」

「剣に狂っている聖剣使い相手だよ? 普通にやったら、勝てない」

「”普通にやったら”?」


しっかり聞き逃さずに、リュークの片眉が上がる。


「そう、“普通にやったら”ね」


ギルの言葉をゆっくり咀嚼し、それから、ふうん、とリュークの目が弧を描く。


「俺、お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ」

「ありがたいね。素直に好きだと言ってくれても、いいんだけどな」

「そこまでは言ってねえよ。ちゃんと話聞いとけ」

「ツンデレだね」


「相変わらずうるせえな、お前らは」


ふと声を掛けられ、ギルとリュークは同時に顔を上げて席を詰める。先輩たちだ。

いつのまにか、食堂にはたくさんの人が集まっていた。


お疲れ様です、と、三々五々、挨拶を交わす。

先輩隊員たちのために、追加でビールを受け取る。


あっという間にテーブルはやいのやいのと賑やかになり、会話も弾んだ頃。

食堂のドアが派手に音を立てて開いた。


騒々しい空間でも、その音は全員の耳に入ったようだ。

ギルもそちらを振り返ると、大柄な男が堂々と歩いて食堂へ入ってきた。

そのままテーブルの上に立ちあがる彼は、精鋭部隊の隊長レオナルドだ。


その後ろには、2人の若い戦士。待ちに待った新人である。


2人とも独特の容姿で、ひとりはスキンヘッドに青い眼鏡、もうひとりは真っ白な短髪だ。


リュークがギルに身体を寄せて、小さな声で言う。


「スキンヘッドと青眼鏡の、聖剣使いだ。100%そうだ」


聖剣使いは、黒髪黒目でよく知られている。彼と彼の母親以外にこの国に黒髪黒目はいないので、聖剣使いの象徴のようにもなっていた。

だからこそ、スキンヘッドと青眼鏡の姿は、聖剣使いの身分を隠すには十分すぎたのだが、リュークの目は欺けなかったらしい。


「白い髪も珍しいな、初めて見たわ。お前の青髪と並ぶ個性だぜ」

「そうかな? まあ、俺は染めてるだけだし、ちょっと違うと思うけど」

「というか、2人かよ。先に言えよギル」

「いや、俺は知らなかったから」

「嘘つけ」


周りが徐々に口を閉じていくのを察し、リュークも静かになる。

食堂がすうっと静まるのを待って、レオナルドが口を開いた。


「皆、よく集まった! 暑い夏も終わったが、前線では激しい諍いが未だ続いている。われらが精鋭部隊も、いずれ来るであろう重要な局面に向けて、力を貯めるときだ。お前らの、日々の研鑽と高いレベルでの任務遂行を期待している。

そんなわけで、1年ぶりに新隊員を迎えることになった! よし、自己紹介だ」


ギルは、じっと彼らの動きを見つめる。


レオナルドに肩を叩かれ、まずはスキンヘッド青眼鏡が軽やかにテーブルに乗って、口を開く。


「初めまして。一班に配属されました、ゼドです。よろしくお願いします」


どんどんどん、とテーブルが叩かれ、指笛の音が食堂を満たした。

音が静まって、次に白い髪が無駄な動作なくテーブルに上がり、口を開いた。


「マキナと申します。一班に配属されました。よろしくお願いいたします」


――マキナ、ね。


なあ、と、リュークがまたギルに体を寄せる。

やけに真剣な顔つきだ。


「なんだ」

「ギル、あいつは何者だ? 兵師団出身じゃねえことはわかるけどよ」

「だから俺は知らないって。一班だし、お前の後輩になるんだから、これから知っていけばいいんじゃない」

「まあ、それはそうだが。掴みどころがねえというかなんつーか」


その評価に、少し驚く。


「へえ、リュークでもよくわからないようなやつなのか」

「逆に、実力がどんなもんか気になる」

「仲良くなってやれよ」

「そうだな」


歓迎の音が鳴り止むと、レオナルドが声を張り上げる。


「どちらも俺とユーゴが認めた実力者だ。良くしてやってくれ!

よし! グラスはあるな? 黒獅子たる者、今日はたらふく飲んで食え!

では、新隊員の今後の活躍を祈って! 乾杯!!!」

「乾杯!!!」


あちこちで、グラスが高く持ち上げられ、ぶつかる。

ギルもリュークや先輩隊員とグラスをぶつけ、喉に流し込んだ。


酒宴の幕が落とされた。



◇



精鋭部隊といえば当然”精鋭”だが、内実は異なる。

ただの、酒豪の集いである。


精鋭部隊での飲み会に参加するたびに、普段狂ったように得物を振るって敵をなぎ倒す戦士たちがただの飲兵衛に成り下がるのを見て、ギルは彼らが人間であることを思い出す。

既に各々が買い込んできたらしい酒がテーブルに置かれているが、国内の有名どころのワインやらテキーラやらウイスキーやらウォッカやら、さらに他国から輸入したらしいものも並んでいる。

これだけの量が一晩で消えることがすごいのだが、まあ、無くなるのだ。


床には全面シートが貼られ、バケツが完備されている。何のためかは敢えて言及しない。


先輩隊員やリュークと飲んでつまめば、あっという間にビールも3杯目に入った。


「にしても、最近はひでえな」


ふと、ひとりの先輩隊員がそう言った。

主語がなくとも、戦況のことを言っているのだと誰もがわかった。


ここ3年ほど、ア=オイロ王国と、隣国のア=カイロ王国は双方へ甚大な被害を出しながらも、大規模な戦争を続けていた。

300年も続く大混乱期の中で、いつがこの戦争の始まりだったか、など思い出せる人はいないだろう。


ただ事実として、毎年のように国境近くの村や集落へ攻撃がされ、時には長引く戦争に耐えかねた兵士たちによる、非人道的な虐殺までもが起きていた。


「ライラック森林よりこっちは、どうにか兵師団が持ちこたえてんだろ」

「そりゃ、兵師団はア=オイロの主力部隊だ。頑張っていると聞いてるが、まあ客観的に見れば、ギリギリってところだな」


1年前のライラック森林での戦いで、ア=オイロ王国は、ライラック地方の約半分の面積を占めるライラック森林を、ア=カイロ王国へ明け渡す結果となってしまった。

防衛戦に秀でた前兵師団団長アルフレッド・ウォードも、その戦いの中で死んだ。


根本的な敗因は、当時ア=オイロ王国がア=カイロ王国だけでなくミ=ドリ皇国からも、攻撃を受けていたことだ。

その後、ア=オイロ王国第一王子エドワードの外交によって、ミ=ドリ皇国とは和平条約を結ぶことに成功した。


だが、ライラック森林を超えるとしばらく平地が続き、守るには条件が厳しい。


つまり、ライラック森林が守り切れなかったがゆえに、現状ア=オイロ王国は苦しい戦いを強いられている状況になっていた。


「アルフレッド前団長が残っていればまだしも……。まあ、今のギャビン団長も優秀だが、経験値が違すぎる」

「ライラック地方の第六集落だとかは、兵師団も相当な被害でもう落ちそうだ。そう甘いことも言ってらんねーよ」


先輩隊員はそう言ってから、あ、と気遣うように兵師団で元々地方を担当していたリュークを見る。

リュークは、ひとくちビールを飲んだ。


「俺の元部下も、ライラック地方のやつはほとんど死んだと噂で聞きました」

「そうだよな、こんな話題で悪かった」

「や、地方の兵師団じゃ、日常茶飯事なんで。悪い時は、毎日誰かは死んでましたから」

「精鋭部隊が行けば、被害は軽減できるとは思うが」


別の先輩が首を横に振る。


「向こうは、山賊を使ってこっちを攻撃しているらしい。正直、いまの局面は、兵師団に耐えてもらって然るべきだとも思う」

「まあ、確かに。ライラック森林超えを許してしまった以上、次に守るべきラインは防衛都市だ」

「俺たちの出しどころは、そこだろうな」

「そうだな」

「俺らが出りゃ、どうにかはなるだろうよ」

「それはそうっすね」


最近のア=カイロは強い、とギルは思う。

山賊を使って戦局をコントロールする、などというのは、これまでの準備にかけた年数が透けて見えるのだ。


それでも、こちらは大陸中の強者が集まる精鋭部隊だ。


実際、戦争の終わり方を間違えなければどうにかはなると、ギルもそう思っている。




食堂いっぱいに、酔っ払いが溢れかえっている。


同じテーブルに座っていたリュークや先輩らは、誰かが奏でる音楽に合わせてテーブルの上で踊りながらラッパ飲みをしていた。

ギルは適当に手拍子を叩いたりなんなりしながら、ゆるりと立ち上がる。


このあたりが抜け時だ。これを見失うと、巻き込まれ加減が効かなくなる。あとは死まで一直線。


零班、参謀たるもの、酒はどんなに強くても、引き際は正しく見極めできなくてはならない。


おかわりで薄めのハイボールでももらおうかとカウンターに向かうが、誰もいない。

自分で氷やら炭酸を出して、いい感じのを作る。


ふと人気を感じて、振り返った。スキンヘッドの男が、じっと後ろに立っていた。

件の聖剣使い、ザク・ツキシマ――改め、ゼドだ。


聖剣使いとは、聖剣クラウ・ソラスに選ばれた戦士のことである。

聖剣は英雄となるべき人間のもとに突然出現する不思議な剣であり、いつ聖剣使いが生まれるのかは、誰にも予測ができない。


200年ぶりに聖剣使いが現れた、と国中で騒ぎになったのはちょうど9年前のことだ。それが当時8歳の彼、ザク・ツキシマである。

なお、実際に聖剣が彼の手元に現れたのは、7歳のときらしい。


「お前、その頭だとだいぶ柄が悪い。もともとの根暗が、より悪い方向に助長されている気がする」

「……そう、かな」


低く淡々と返事を寄越す。

彼は、昔から無口だった。ほとんど自分から話すことがない。


「何飲む」

「……ウーロン茶」

「そうか、そういや酒飲めないんだったね」


横の冷蔵庫からウーロン茶を出して、コップに注ぐ。


「誰もいなかったら、勝手にやっていい。どうせ誰も覚えてないから。はい」

「……ありがとう」


適当に壁沿いの椅子に並んで座る。


「ゼド、だね」

「……うん、えっと」

「ギルで良い」


精鋭部隊は、個人情報を外部に漏らさないようにしている。

そのため、戦場でも戦場外でも、お互いのことはコールネームと言う決められた名前で呼び合うことになっている。”ギル”や”リューク”というのもコールネームだ。


コールネームは本名の場合もあるが、偽名やニックネームの方が多い。

ザク・ツキシマも、”ゼド”というコールネームで自己紹介をしていた。


経歴は、隊長と副隊長によって一通り調査された上で入隊することになるが、精鋭部隊の中で他人の個人情報をぺらぺらと話すのは、隊員同士であってもタブーだ。


ギルは、グラスを持ち上げる。


「とりあえず、入隊おめでとうとでも言っておこうか」

「……」


グラスをぶつけ、ハイボールひと口。


「久々だ。去年、お前の卒業式のあと飯行って以来か。いろいろ大変だったんだろ」


ギルとゼドは、同じくこの国の王国学園を卒業している。

王国学園は10歳からの6年制で、ギルとゼドは5歳差のため在学は1年間重複したのみではあった。


ゼドはウーロン茶を飲んでから、頷く。


「……アドバイス、くれていたのに、ごめん」


卒業後相談を受けて、ギルは彼に兵師団を勧めた。


ぜひとも聖剣使いは、影の精鋭部隊などではなく、表に立つ兵師団でその威光を存分に発揮して活躍してほしいと思っていた。聖剣使いの存在によって、――たとえそれが無口であったとしても――どれだけの兵師団の一般兵や、国民が勇気づけられるか。


だがゼドは、その肩書を捨ててしまった。

つまりこの世から、聖剣使いは消えたも同然なのである。


「まあ、俺がとやかく言えることじゃないけれど」

「……」

「理由は、やっぱり村の件?」


ゼドは頷く。


ギルは少し考えて、何も言うまい、と心に決める。他人の決めたことに口を挟むのは、野暮というものだ。


「そうか。まあ、一緒に働くのは楽しみだ。一班なら、レオナルド隊長にも相手してもらうといいし、他にも強いやつがたくさんいる」

「……模擬戦、やろうよ」

「え、俺? やだ」

「……なんで?」

「お前との模擬戦は手間がかかって仕方ない」

「……」

「……」

「……」

「わかった、わかった。黙り込むな、そんな悲しそうな空気を醸し出すな」

「……醸してない」

「それは、否定しなくていいだろ。まったく、無口の癖にわかりやすいよな、お前は。お前のお母さんや妹も、言っていたが」

「……」

「なんでちょっと不満げなんだよ」


思わず笑う。


「そういえば、剣はどうするんだ、他の買ったのか?」


聖剣使いである彼は、これまで当然ずっと聖剣を使っていた。

聖剣使いであることを隠すのならば、聖剣は使えない。


「……うん」

「どこで買った?」

「……エアリス」

「エアリス? また知らない武器屋だな」

「……7番通りに、ある。たまたま、見つけた」

「そうか、個人店ってことだな」

「きみぃ、エアリス族か、僕もなんだよ」


ふいに身長の高い男が話に入ってきて、ギルの隣に座る。ギルは思わず顔をしかめた。


「レイフさん、酒くさ。すごい飲んでますね」

「いいじゃねえか、みんな酒くせーんだから」


零班唯一の先輩、レイフであった。


零班は部隊とはいいつつも、所属隊員はギルとレイフのみである。


もともと精鋭部隊に零班はなく、ギルの入隊を機に作られ、現在は2人で協力しながら情報収集と軍略提言をしている。

レイフはそれまで10年以上、班には所属せずに、精鋭部隊のブレインである副隊長ユーゴの壁打ち相手をしていたらしい。


レイフはギルの横に腰掛け、ゼドに向けて、よっと片手をあげる。


「レイフだ、かわいげのないギルの先輩やってるよ。よろしく、エアリス族」

「……よろしくお願いします……?」

「レイフさん、しれっと悪口入れないでくださいよ。それで、エアリス族ってなんです?」

「エアリスは、客に合わせた武器を作るんじゃなくて、作った最高の武器に合う客を待つ、そういう鍛冶屋なんだよ。だから、エアリスの武器を使うやつを、俺が勝手にエアリス族って呼んでる」

「へえ」

「ゼドくんはいつ買ったの?」

「……最近です」

「お、じゃあこれから使い込みだな。エアリス使いは精鋭部隊の中でもそうそう見ないから、ちょっと嬉しいぜ。よろしくな」


さらっと差し出される手に、ゼドが恐る恐る手を重ねた。そういえば、とギルは思い出す。


「今朝ユーゴさんから聞いたんですが、レイフさん防衛都市行き、決定したんですね」


おう、とレイフはぎゅっと顔をしかめ、手持ちのグラスに手酌しくいっとあおった。

見れば、テンジャンのウォッカである。しれっと彼は、最高峰のウォッカを独り占めしていた。


「そうなんだよ。防衛都市、来週くらいには行かねえとなあ」


本格化してきた戦況を見ての、判断である。


防衛都市には常に何名かの精鋭部隊を置いてはいるが、ア=カイロ王国との今後を考えるともう少し体制を強化したい、というのは以前からユーゴともレイフとも会話をしていた。

レイフはこれまで何度も軍師として精鋭部隊の指揮をとった経験があり、防衛都市に行くのであれば彼以外の適任はいなかった。


「結局、パートナーの方は」

「当然置いていくっての。あんな男くさい地獄に、かわいいあいつを連れていけるか。あー寂しい。まったくよお、飲むしかないじゃねえか」

「そうですよね」


瓶を受け取り、先輩のショットグラスに並々と注いでやる。

パートナーを置いていかなくてはならないことに同情はするが、彼は以前『遠距離のあとの再会が最高なんだよ』とか惚気ていたことがある。夫婦仲の良さというものは、ギルはあまりよくわからなかった。


そういやゼドさあ、とレイフが話を振り始めたところで、ギルはさりげなくテンジャンを持って席を立つ。

この飲み会で、ギルはひとつやるべきことがあった。




「余程強いんすね、アルコール」


そう話しかけ、白い髪の男の隣に座る。

空のウォッカグラスにテンジャンを注ぎ、彼――もう一人の新人、マキナに手渡してから自分のグラスにも注ぐ。


「いえ、強くはありません」

「こんだけ潰しておいて、よく言いますよ」


横には、飲み比べの敗者が山積みになっている。よくもまあこんなに勝ち続けたなと感心してしまう。

ギルも強い方だが、ここまでは無理だ。


これは、今後の飲み会でも勝負を仕掛けられ続けるだろう。良くも悪くも、精鋭部隊の人たちは負けず嫌いだ。


「……」

「零班のギルです」

「マキナと申します。一班所属です。よろしくお願いいたします」


グラスを掲げれば、マキナも同じようにし、ふたりでウォッカを煽った。空になったところに再度ウォッカを注ぐ。


「酒は好きですか?」

「いえ、特に」

「あまり飲まない?」

「はい」

「テンジャンは飲んだことあります?」

「いえ、初めていただきました」

「どうですか」

「すみません、おいしいかどうかはわかりません」


不思議な感触の返事だな、と思いながらもう一杯煽る。マキナも同じようにした。


「あんまり味にこだわりない感じです?」

「そもそも、あまりよくわかりません」

「そうか」


味覚音痴にテンジャンは勿体無いかもしれない、と思ったが、記憶が残るかもわからない酔っ払いが飲むより余程ましだと思い直して、追加をととと、と注ぐ。


「珍しいウォッカです。好きなら飲んでください」

「はい、そうします」

「マキナさん、年齢いくつです?」

「私自身でも正確な年齢は不明ですが、20ほどだと思います」

「俺は23だから少し年下か。これまでは何をやっていました? 他の奴らからも、同じことを聞かれてはいると思うんですけど」

「護衛業をしていました」


精鋭部隊はいろいろな経歴の人がいろいろな伝手で入隊してくるが、護衛業出身はなかなか見ない。


「護衛か。珍しい。雇い主は?」


少しマキナは口を閉じ、それから


「レモン家です」


と答えた。


――当たりだ。


ギルはテンジャンを舐める。


「……ということは、レモン家当主を殺した護衛は、貴方ですか」

「ご存じだったのですか」

「商人から、聞きました」


そうでしたか、とマキナはそう気にした風もない。


親しい商人から、レモン家当主が護衛に殺されたらしい、という噂を聞いたのは最近のことだ。


レモン家はほとんどはったりのような商売をするので、貴族からの評判が落ち、王都や主要都市での商売が立ち行かなくなり、その結果地方で生計を立てていくしかなくなった都落ち商人である。

強欲で借りた金も返さないので、商人の間での評判もすこぶる悪い。そのせいで、レモン家の情報はほぼ誰も知らず、今回の噂で初めて護衛を雇っていたことが知られたくらいだった。


件の護衛の行方は誰も知らなかったが、新しい隊員が2人来ると事前に聞いていたギルには、ピンときていた。

雇い主を殺した護衛なんて、次の働き口が見つかるはずがないのだ。


「何年くらい、レモン家で?」

「10年ほどでしょうか」

「長いな、ずいぶん小さい頃から護衛をやっていたのか。……よく殺しましたね」


思わずそう言えば、マキナはなんてことなく、はい、と頷く。

わずかに迷って、それから、


「……理由は?」


と踏み込んでみる。マキナはまたなんてことなく、


「子どもの奴隷商を始めようとしたので」


と、さらりと答えた。


少し意外に思う。

ただの第一印象だが、マキナはそういった倫理的な正しさみたいなものを動機に動くタイプには、見えなかった。


「そりゃまた、レモン家当主は悪どいのに手を出しかけましたね。よほど金に困っていたのか」

「どうでしょうか。私にはわかりかねますが……。ただ、レモン家当主は合理的ではありますので、利益が見込めたのだと思います」

「社会倫理には反していますから、利益は出るでしょうね。それで、精鋭部隊に入るきっかけがあったんですか?」

「当主を殺してから、奥様、ご令嬢、ご子息を預けに、よく世話になった道場へ伺ったんです。そこで道場の先生に精鋭部隊を勧められて紹介状を書いてもらい、まずはユーゴさんにお会いしに来ました」

「へえ、ほんと、なかなか聞かない経緯だ」


――推薦人は誰だろうか。


気になるが、おそらくマキナは口止めされているはずだ。

ユーゴの伝手であれば、ユーゴはそれを精鋭部隊の中でも決して明かさないからである。


「道場の先生とは、親しかったのですか?」

「1,2回剣術を教えていただいたことがありました」

「それで、実力があると見込まれたんですか。すごいですね」


マキナは少し考えてから、ギルを見て


「いつか模擬戦をお願いします」


と言う。ギルは苦笑した。


「俺は剣術が強いとかで入っているわけではないので」

「そうなんですか?」

「はい。16まで王国学園に通って、そのあとそのまま精鋭部隊に入ったので、実戦経験が少ないんですよ」

「なるほど」

「はい。なので、ぜひ、模擬戦ではお手柔らかにお願いします」

「お手柔らかに……。どのくらいですか」

「そうだな」


ギルは斜め上を見てから、それからマキナに視線を戻す。


「めちゃくちゃ柔らかで、お願いします」

「わかりました」

「わかってくれてなによりです。お、もう空いた? 飲みますか?」

「ありがとうございます、いただきます」


しばらく緩やかに会話を続けるうちに、リュークが合流しにぎやかさが増し、レイフと、彼に引きずられたゼドが合流する。



マキナは不思議な男だった。


聞かれれば淡々と答えるが、それ以外は特に彼からの発言はしないタイプであった。ゼドと同じく口数は少ないが、ゼドと違って本当に他人や周囲の出来事に興味がなさそうだった。


――でも、それでも雇い主の当主を殺したんだよな。


その衝動が、マキナの一体どこから湧き出てくるのか、全く想像がつかない。


レオナルドが席に合流してきて、マキナとゼドの背中をばしばしと叩く。

ギルはハイボールを飲みながら、ゆっくりとその騒ぎに身を沈めていった。




(26/08/21 学園の期間等、一部数字を修正)

(26/10/31 一部改行、表現を修正)

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