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4-2 アイボリーブラック


どさりと藁が真っ二つに割れた。


そのままくるりと回って剣を振り切れば、もうひとつの藁もすっぱりと割れる。


剣を腰の鞘にしまって、立ち上がる。

振り返れば、小さな藁の塊が4つ。持ち上げて、もう一度専用の藁置きに置く。今度は4つ。


立ち位置を整えて、鈍色の剣の柄に右手をかける。


息をわずかに吸った。


右手の藁をさらに2つに割る。そのまま少しの踏み込みで反対の藁をさらに割り、もう2歩踏み込んで、3つ目の藁も切り刻んだ。

そして、最後の藁に剣を突き立てる。


「……ッ……!」


どんなに小さな藁でも、ゼドはもう正確に切ることができた。正しいコントロールで、いろいろな体勢で、ゼドはこの剣を振ることができる。


だが、まだ手に力が入らない感覚が残っている。


『お前、無理すんなよ』


昼間、模擬戦をしたリュークにも、そう言われた。


剣を藁から引き抜く。藁の切り口も、前のような綺麗な切り口には戻りきっていなかった。

腰から鞘を外して剣を収めて壁際に立てかける。

床に落ちた藁をかき集めて掃除をしてから、水分を補給する。


もうすでに、室内訓練場の外は真っ暗であった。眼鏡のせいで、世界はいつも青い。


どのくらい前だったか、最後の隊員が、おやすみと言って出ていった。さすがに時刻も深夜を回ると、ここも人っ子一人いなくなる。


息を吐き出して立ち上がる。

力が戻らないことに、焦ってはいないつもりである。ただ、振っていないと気が済まなかった。




ふと、誰かの気配を感じて振り返る。


「……」

「すみません、お邪魔したかもしれません」

「……いや」


マキナが立っていた。澄み切ったグレーの目がこちらを射抜く。


オリビアの葬儀の直前にアサギ地方から帰ってきていたのは知っていたが、帰ってから顔をちゃんと合わせたのは初めてだ。


「お元気ですか」

「……」


問われて、少し考えてしまった。


「……ちょっと、わからないかも」

「そうですか」

「……おかえり。無事でよかった」

「ありがとうございます」


マキナは気にした風もなく、訓練場に入ってくる。こういう、こちらがどうあってもあまり何も気にしていないさっぱりした性格はザクにとっては気楽だった。


とはいえ、こんな時間になぜ、と思う。


「……えっと」

「少し、模擬戦付き合ってくれませんか」

「……夜遅いけど、時間は……」

「いえ、お気になさらず」


ふと思い出す。以前、マキナには話したことがある。


――『剣を振っている時が、一番、……気が楽で』


なんの文脈で話したのかなどは、すっかり忘れている。

マキナがそれを覚えていてここに来たのか、そうでないのか、あえて聞く必要もないが、いま剣を振る理由ができるのはゼドにとってはありがたいことこの上なかった。


「……わかった。重めの木刀で」

「はい」


いつも通り、簡潔な会話でそれぞれ準備をする。


マキナとの模擬戦は好きだ。


入隊してから約1年、これまで何度もマキナとは模擬戦をしていたが、勝負がついたことはない。いつもいつも模擬戦は長引いて、そうして時間切れになって、先輩隊員に止められるのだ。


正直、初めてこんなに勝ち筋の見えない人間に出会って、悔しい反面少し嬉しい気持ちもあった。

毎度異なる手を繰り出してくるギルも戦っていて楽しかったが、純粋な剣の打ち合いで自分と同等の強さをもつ戦士と戦うのは、やっぱりどこか心の浮きたつような、そんなところがあった。



お互いに重めの木刀を持ってきて、くるりと手元で回す。

所定の位置に立って向かい合い、すっと正眼に構える。


短くさっぱりと切りそろえられた白い髪。

透き通ったグレーの瞳。


「「お願いします」」


ふと息を吸って足を踏み出し手に力を入れた瞬間、木刀同士がぶつかる。

重たい音が響く。


マキナの剣を、ゼドは”英雄ってこうなのかな”と思っていつも受けている。


彼の剣には、意思のようなものを感じないのだ。ただ、”合わせる”。ただ、”そのとき求められるように振る”。それが、そのまま彼の強さになっている。

だからこそ、英雄然とした振る舞いに見えるのだ。


味方のとき、それは非常にうまく作用する。ゼドの動きにマキナは完璧に合わせてくるし、逆に敵に対するマキナの動きも想定しやすいのでこちらも合わせやすい。

当然だが、それが逆に敵になるとだいぶやっかいなもので。


「……っ!」


少し距離ができる。少し息をつく。剣を握る右手の甲を、左手で撫でる。


マキナであれば、このあとどう剣を振るのか。どう身体を動かすのか。よく考える。

木刀が動くのが見え、構える。


がん、と木刀がぶつかって、思わずふっと笑う。


――相変わらず、淡々としている剣だ……。


「……!」


静かに、ただ木刀が繰り返しぶつかる音だけが訓練場に鳴り響く。

少しずつ無心になって、ただ木刀の動きとマキナの体の動きだけが、クリアに浮き彫りになっていく。




どのくらい、そうしていただろうか。


「お前ら、もう終わりにしろ」


木刀同士押し合って、ざっと距離ができた瞬間、ふと静止の声が耳に入ってきた。

マキナがそちらを見る。ザクも入口のほうを見れば、松葉杖をついたティムが立っていた。


「何時だと思っている。見回りに来たら、木刀の音が聞こえてびびったわ。そういうのは、再来週に取っておけ」


ザクは構えを解く。マキナも同じように体を緩めた。


が、”再来週にとっておけ”とはどういった意味合いか。疑問に思っていたことが顔に出ていたのか、ティムが、は?、というような顔でこちらを見る。


「なんだ、てめえら、再来週の闘技大会、忘れてんのか?」

「すみません。闘技大会とは、なんでしょうか」


マキナもわからないことに少しばかり安心して、ザクも頷く。

ティムは、盛大に息を吐き出す。


「てめえら、なめんなよ。毎年恒例、公式に精鋭部隊の隊員同士が喧嘩をできる場だ」


どうやら闘技大会とは、精鋭部隊内部で年に一度開催されるトーナメント戦らしい。

非公式の大会ではあるが、隊長や副隊長、他の班長含めて多くの隊員が参加するので、精鋭部隊のひとつのお祭りとなっている、とのこと。

実際、戦士の中の戦士が集まる精鋭部隊で優勝するというのは、実質全戦士の中で最強であるというのとほとんど同義に近い。


なお、昨年の優勝者はリューク、一昨年とその前年は隊長が優勝者だ。

リュークがそんなすごい存在だったことも知らず、思わずマキナと顔を見合わせる。


いまはいつ戦争になってもおかしくない状況だが、そんなときだからこそ、やるのだという。


「いっつも辛気臭いのも、しんどいからな。盛り上げんのも新人の役割だと思って、張り切って参加しろ」

「「了解しました」」

「ぬるい!」

「「了解しました!」」

「よし。んじゃ、さっさと部屋に戻れよ」


ティムはひらりと手を振って、こつりこつりと松葉杖をついて姿を消す。


少しして、マキナと顔を見合わせる。


「……知ってた?」

「いえ、知りませんでした。リュークさんが昨年優勝者だったことも」

「……だよね」


そのまま二人で、木刀を倉庫にしまいに向かう。


ふと気づく。木刀を持つ手に、少し力が戻っていた。


「……ねえ」


彼は木刀をしまってから、なんでしょうか、とこちらを見た。


「オリビア先輩の最期は、どうだった」

「……」


マキナは少し黙って考えて、それからゆっくりと言葉を紡いだ。


「オリビアさんは最期まで、愛を持って医療の現場に立ち続けました。最期まで、集落の皆さんを救うことに全力でした。集落の皆さんも、オリビアさんのために手を尽くすことを、厭いませんでした。

素晴らしい最期だった、と言いたいです。……お答えに、なっていますでしょうか」


ゼドはそっか、と小さく答える。


「ありがとう、教えてくれて」

「いいえ」


そのまま室内訓練場を出て、月明かりに照らされた廊下を黙って歩く。

ゼドは手の平を開いたり、閉じたりする。やっぱり、力が戻ってきていた。


「……マキナ」

「はい」

「きみ、英雄だね」


突然だったからか、マキナがじっとこちらを見る。


「なぜですか」


ゼドはちょっと肩をすくめる。


「……なんとなく」



◇



「勇敢なる戦士たちよ!!! 闘技大会の開始をここに宣言する!!!」


訓練場が歓声で埋め尽くされる。ティムの掛け声とともに、闘技大会が始まった。

彼は、こんな仕事もやっているらしい。本当に裏方は、なんでもやらないといけないようだ。


闘技大会は3日間。

初日が第5試合まで、2日目が第7試合まで、最終日が準決勝と決勝戦である。


それなりの規模の大会だというのに、ゼドにもマキナにも直前まで存在を知らされなかったことが、あまりにも精鋭部隊らしい雑さである。


「人多くね?」


ふと横から声をかけられて、振り返る。リュークだ。


「……はい」

「は、お前、もう疲れきった顔しやがって」


訓練場には、いつも以上に人がいた。人混みは、嫌いである。


なぜこんなに多いのかと言えば、普段、他の都市や集落で任務をしていたりする人たちも、今日のために集まっているからだ。


「お、あそこにマキナもいるわ」


指さされた方を見ると、確かにいた。三班の隊員と話している。

マキナは意外と、いろいろな隊員と話しているところを見る。入隊したばかりのころに暴れたことを除けば、マキナは割と模範的な戦士だ。


「あいつは、良くも悪くも独特の雰囲気があるから見つけやすいよな。トットさんとか絶対見つけられないぜ、あの人、場に溶け込む天才だから」

「……たしかに」

「知ってるか? あっちで、誰が優勝するか賭けてるぜ。やりたかったらやれよ。ちなみに俺の予想だが、まず決勝は9割方、お前とマキナになると確信している」

「……俺ですか」


ちょっと驚いて、リュークを見る。


精鋭部隊には、ゼドと同じくらい強い人がたくさんいる。

ゼドが勝ったことがないのはレオナルドとマキナだけだが、例えばリュークに対しては、ゼドは勝ったり負けたり、勝負は五分五分なのだ。


逆に、リュークも驚いたように、こちらを見る。


「いやむしろ、お前とマキナしかねえだろ。そんな驚くところじゃねえよ。自覚ねえのか」

「……そうなんですか?」

「そうだよ。まあそれはいいとしてだ。問題はここからで、お前とマキナ、どっちが優勝するか、だ」


リュークは腕を組む。


「大変悩ましい。お前とマキナは、これまで勝負がついたことがない」


もし仮に、本当にどこかでマキナと当たるのであれば、初めて勝負がつく。

ちょっとそれは楽しみかもしれない、とゼドは思う。


「それでだ。ゼド、俺はどっちに賭けたと思う?」

「……」

「お前だ。俺は、お前に賭けた。理由は単純だ。”絶対に、お前は何かを隠し持っている”」


ゼドは少し考える。

リュークの言葉の意図は計りかねるが、自分でもどっちが勝つかはわからなかった。勝ち筋も見えていないが、負け筋も見えていない。


「……向こうも、隠し持っているかも」


思わずそう返してから、その可能性は大いにあるな、と思いいたる。


ゼドだって、聖剣を使っていないだけで手放した訳ではない。正確には、手放してもいつの間にか手元に戻ってきてしまっている、というのが正しいが、いずれにせよ持ってはいる。

マキナだって、そういう隠し技のひとつやふたつ、あってもおかしくない。


「それはそうかもしれねえが。そうだとしたら、余計決勝が楽しみになるな」

「……でもまずは、昨年の、優勝者に勝たないと」


そう言うと、リュークはちょっと目を見開いて、どわっはっは、と大声で笑った。それからゼドの肩に肘をかけ、顔を覗き込んでにやりと笑顔を見せる。


「その勝負、乗ったぜ。準決勝で会おう」



◇



試合が進んでいく。


精鋭部隊の隊員同士のマッチはどれもレベルが高く、見ていて勉強になる。

剣や槍を使う人が多いが、他にもナイフやメイス、珍しいところでは鎌を使っていたり、独自の武器を使っている人もいた。


先ほど手元のトーナメント表を見て、マキナとは当たるとしても確かに決勝戦だということは確認した。

レオナルドは、こちら側のブロックだ。幸か不幸か、準々決勝である第7試合で当たることになる。

それに勝つと、次の準決勝にはリュークが勝ち上がって来ることが想定される。彼も、油断はできない。


自分の試合の番が近づいてきて、ゼドは控え室に移動する。入れば、中は緊張感でピリピリとしていた。


剣を取り出して、刃に保護を取り付ける。闘技大会の時には、刃の部分に透明な保護をつけることが義務付けられる。本気になると、寸止めなんて言ってられない。


「第1試合、61組目から70組目、始まります! 次の試合の方をお呼びします」


アナウンスが入った。

ウォームアップをし、適度に体を温めながら自分の順番を待つ。


しばらくして自分の名が呼ばれて、立ち上がる。


闘技大会の開幕である。



◇



初日5試合、翌日の初戦を、危なげなく勝ち越す。


相手は精鋭部隊なのでもちろん強いのだが、彼らは、ゼドにとってはそこまで難しくはなかった。ただ、ゼドの剣のスピードが彼らの予想を上回って早かった、それだけだ。


2日目、準々決勝戦。

2日目はこれで最後で、準決勝と決勝戦は、明日実施される。


会場に入ると、ひときわ大きな歓声に囲まれた。

試合場所には、大柄な男が大剣を片手に立っている。


「ゼド」


レオナルドは、にやりと笑う。


「やるぞ」

「お願いします」


レオナルドが腰を落とし、大剣を正眼に据える。


「準々決勝。東側、隊長レオナルド。西側、一班ゼド」


ふうっと息を吐き、腰を落として剣を横に構えた。

右手の甲に、左手を添える。頭の中で、剣の行くべき道が見える。90%くらいでできそうな感覚。


おや、とレオナルドが少しだけ眉を上げる。


訓練場が静まり返る。す、とティムが息を吸う音が聞こえた。


「……試合、開始!」


瞬間、右足を蹴り出して3歩踏み込み、剣を振り切った。


がつん、と剣がぶつかって、勢いを殺さずに押し切る。


レオナルドがバランスを崩したのが、わかる。


「ぐ……!」


目の前の隊長の足に足を絡めて、身動きを封じ、レオナルドを倒しこんで、首横に剣を刺した。


――よし。


超速攻である。訓練場が静まり返る。


「……おおおおおおおお! 勝負有り! 西側ゼドの勝利!」


ティムの興奮しきった声に、訓練場がざわめいて、それからすごい声に埋め尽くされた。


立ち上がる。

レオナルドも身体を起こすと、胡坐を組んで、ゼドを見上げた。


経験があり体力のあるレオナルドに対して、すでに見せたことのあるやり方では勝つことはできない。

だからこそ、速攻戦法をかけたのだ。ずっと隠してきていた、超速攻。それが、上手くハマった形だ。


黙って手を差し出せば、レオナルドはにかっと笑って立ち上がる。


「初めて俺が負けたな!」

「……たまたまです」

「そう言うな。全部実力のうちよ」


レオナルドは、ゼドの腕をつかむと、天高くにそれを上げる。

歓声がさらに盛り上がった。


「お前、強くなったな。入隊試験の時よりも、剣が馴染んできている」

「ありがとうございます」

「いや~、俺もそろそろ世代交代の時かな」

「……まだです」

「明日も頑張れよ」


レオナルドの激に、はい、と頷いて、答えた。


その日は、優勝したわけでもないのに、周りの隊員たちからおめでとうと声をかけられたり、胴上げをされたり、祝福モードが続いた。

目立つことは嫌いだ。居心地が悪くて、ゼドはさっさと自室に戻った。


とはいえもちろん、勝つことは、やっぱり嬉しいものだ。

興奮はあったが、ゼドの意識は次の試合に向かっていた。



◇



朝の太陽が空を照らし始めたころ。観戦席にひとり座って会場を眺めた。


何人かが模擬戦を繰り広げている。

普段なかなか会えないような人もいるので、随分盛り上がっている。今日は試合のない戦士がほとんどだが、早朝にも関わらず、少なくない人数が既に集まっていた。


「おっと、隊長に勝ったゼドくんだ。おはよ」


振り返れば、トットがにこにことした笑顔で立っていた。ぺこり、頭を下げる。


見れば、大きな荷物を肩に背負って、片手にコップを持っている。コップの中には、何かおいしそうな飲み物が入っている。たぶん、レモネードだ。


「……ご無沙汰しています」

「ちょうどさっき、ア=カイロから帰ってきたんだ~。これで今年2回目なんだよね。ユーゴさんも、人使いが荒いこと荒いこと」


トットはそう言いながら隣に座る。またア=カイロに潜入していたのか、と驚く。


ゼドは、彼とほとんど接点がなかった。同じ任務をしたこともなかった。だが、なぜか最近急にトットから絡まれるようになった。

ギルに話すと、『トットさんに名前を覚えられていることを、光栄に思った方がいい』と言われたので、そう思うようにしている。


「さっきティムに会って、昨日ゼドくんがレオナルド隊長に圧勝したって聞いたから、お祝いを言おうと思ったのよ」

「……ありがとうございます」

「おめでとう。最後、決勝戦はゼドくんとマキナくんかなあ。楽しみすぎるカードだな~。帰ってくるの、間に合って良かった」


リュークと同じく、トットの決勝の予想もそのふたりで確定らしい。

トットは、にこにこと続ける。


「ゼドくんとマキナくんって、模擬戦したことある?」

「……はい」

「どっちが勝った?」

「……勝負つかずです」

「そっかあ、だよねえ、実力拮抗しているもんねえ」


トットはコップに口をつけ、少し飲む。


「いいことだと思うよ」

「……?」

「実力の近いライバルがいるって、良いことだよ。実際に剣を交えなくても、存在そのものが自分を強くする」


――ライバル。


確かに、言われてみればそうなのかもしれないとゼドは思う。

ゼドにとって、純粋に剣で互角な相手は、マキナしかいないのである。


「……トットさんにも、いるんですか」

「うんうん、いるいる~。大っ嫌いだけど」


思わず口元が緩む。”嫌い”と言い慣れていそうな言い方だ。


「……嫌い、なんですね」

「当たり前じゃん、自分を負かしそうな人をどうやって好きになるの? でもね~、そういう人は一生に何度も現れるなんてことはないね。1人いるかどうか」


トットは膝に肘をついて、ぼんやりと訓練場を見下ろす。

かんかんかん、と武器と武器がぶつかる音や勝ったり負けたりした声、野次なんかが響いている。皆、楽しそうだ。


「なんかねえ」


トットを見れば、彼は視線を訓練場に向けたまま話し続ける。


「ゼドくんとマキナくんを見てると、昔を思い出すんだよね。自分がマキナくんの立場で、向こうがゼドくんの立場で。自分の場合は、相手が女性。この間も地方巡察の途中で会って、死ぬかと思ったからねえ」


あの時か、とゼドは思い出す。

あのトットが死にかけた、ということで、精鋭部隊の中でも話題となったのだ。


「あの時は、マキナくんに助けられたね~」


トットはコップを完全に傾けて、中身を飲み干す。

それから彼は立ち上がって、にこっとこちらに笑いかける。


「そんなわけで、自分、結構2人の決勝、楽しみにしてるから。頑張ってね」

「……頑張ります」


ひらひらと手を振って去っていくトットを見送る。


本当にただのレモネード好きな普通の人に見えるのに、これで今年敵国潜入は2回目だというんだから、ぶっ飛んでやばい人だと思う。


そんな彼にも、大嫌いで出会えば死にかけるような他人がいるらしい。


――そういう人は一生に何度も現れるなんてことはない。


ゼドにとって、実際、剣術でまともに戦えるマキナは本当に珍しい存在ではあった。



◇



「待ちに待った準決勝、2組目。とうとう始まるぜ!」


歓声が聞こえ、訓練場の中に入っていく。

太陽の光で、訓練場は十分に明るく照らされていた。


隣で、リュークがにかっと歯を見せて笑って、拳を突き出してきた。こちらも拳をぶつけた。


目指すべきは決勝戦。ここで負けるわけにはいかない。


所定の位置について、敵側を見れば、リュークがくるりと使い込まれているのが見て取れる槍を回して、腰を落とした。ゼドも黙って、剣を構える。


「東側、一班ゼド。西側、一班リューク!

見所のある試合を乞うご期待!では、試合、開始!」


ざ、と地面を蹴った。





――そんな戦い方をする人だったのか。


「はあああああ!」


剣で槍を受け止める。がん、と金属の衝突音が響いた。

くるりと周る槍の穂先を避けるために身を引く。

槍がひっくり返る。足を狙ってくる。

飛び上がってリュークの懐に掴みかかるが、そのまま蹴り上げられ距離ができる。


剣が届かない。強い。


何が強いか、といえば、"仕留められない"底力がある。

リュークは先輩というだけでなく、兵師団での下積み期間が長い。それはつまり、明らかにゼドよりも彼の方が実戦経験があるということだ。


実戦を積んできた人の強さの、本質。それは、今まで生き残っているという事実そのもの。


模擬戦の感触とは、明らかに違うものを感じる。これまで、リュークは模擬戦を模擬戦としてしか消化してきていなかった、と言うことだ。


脳ある鷹は爪を隠すとか、敵を欺くにはまず味方からとか、そういう諺はあるが、それにしても徹底している。


槍がニュッと伸びてくる。横に避けて、腕で払う。


「お前、よく避けるなァ!」

「……ッ!!」


考えろ。

どう攻めるか。どう勝ちをとるか。


剣と槍がぶつかる。槍の穂先で剣が弄ばれ、思ったような動きができない。

どうにか向こうからの攻撃を避けてはいるが、いつどう転ぶかわからない、ギリギリのところにいる。


横から迫ってくる槍を、剣で受け止める。

ギリギリと刃と穂先が擦れる音が、耳に届く。


勝ちを急ぎすぎてはいけない。

向こうも、決定打には欠けているように見える。


いったん、敢えて槍を流す。

すると、機会を逃さないとでも言うように、柄がすぐに逆側から迫ってくる。


身体中が冷えて、本能的に重心を落としてギリギリで避けた。


――ッ!


久々に、ヒヤリとした。

油断ならない。リーチの差を埋めないことには、どうにもならない。


リュークは、そのアドバンテージを存分に活かした動きをする。

襲いかかってくる槍を、ふんっ、と剣で振り払う。


かんかんかん、と互角の押し合いが続く。


考えろ、考えろ、考えろ。


「考える余裕があるなんて、こっちも舐められてんなァ!」

「ッ!!」


両手で剣を押さえ、槍を押し返す。


発想を転換するしかない。リーチが届く距離に入るのではない。


――こちらのリーチを伸ばすか。


自分の重心を変え、槍を受け流し、それから距離を取る。


どう伸ばすか、いくつかの方法を考えて判断を下す。

あとは腕力の問題だ。そちらは大丈夫だと信じたい。鍛えてきた自分を信じるべきだ。


リュークが飛び上がってくる。振るわれる槍を潜る。

そのまま身を翻して。

剣を握った手を肩の後ろまで引いて、一気に手を振り下ろし。


そのままの勢いで。



剣を、”投げた”。



どん、と剣が鎧の隙間から腰に当たる。


リュークの体がぐっとくの字に折れ曲がって、膝をついた。

そのまま間合いを詰め、リュークを押さえつけた。


「……勝負あり!!!!!」


ティムの声が響く。


「東側、ゼドの勝利!!!!!」


息を整えながら立ち上がる。リュークの肺も、大きく上下に動いているのが見える。

手を出せば、ギュッと握られる。腕を引っ張れば、リュークはゆっくり立ち上がった。


どうやら、骨折などはなさそうだ。

当たりどころによってはまずいかとも思ったが、急所は避けたようだ。


ぎらり、リュークの目がこちらを睨む。


「ふざけんなよ、お前。あれはな、駄目だ」

「……リーチ、届かないので」

「リーチが届かないからって武器を手放す馬鹿がいるかよ。当たってなかったらどうすんだ」

「……当たるかなと」


はあああ、とリュークは全力のため息を吐く。


「お前、それ実戦でやったら死ぬぜ?」

「……確かに」


今気づくんかい、と呆れたような声が返ってきた。



◇



遠くから、ひときわ大きな歓声が聞こえてきて目を開く。

目の前では、マキナも同じように瞑想していた。


「ゼドさん、マキナさん、まもなくお時間です」


剣を握り、鞘を払って保護をつける。

意識して、右手の甲を撫で、気持ちを落ち着かせる。


「……マキナ」


呼びかければ、彼はこちらを振り向く。


「……よろしく」


マキナは一瞬黙ってから、こちらこそよろしくお願いします、といつも通りの淡々とした声で返事を寄越してきた。



訓練場に入れば、歓声が一気に身体を包む。

当然ながら、準決勝よりもさらに熱気が強い。


「ゼド! マキナ! いけえ!」


リュークの声が聞こえてくる。これだけの歓声の中でも、彼の声は良く通るらしい。

準決勝で負かしたのに、応援に来てくれるなんていい人なんだな、とゼドは思う。


「お前らあああああ!!! とうとう、決勝戦の開始だああああ!!!」


ティムの怒鳴り声が響く。


「東側、一班ゼド。西側、同じく一班マキナ!

東側ゼドは、皆さんご存じ、昨日隊長レオナルドを倒した期待のホープ! その素早い剣術にはいまだ誰も追いつけていない!

一方西側マキナも入隊試験でレオナルドと引き分けた強者だ! 模擬戦ではいまだ負け知らずの恐ろしい男!

双方新隊員でありながらも、その強さを以て熱い試合を繰り広げてくれることを期待している!!!」


腰を落として剣を正面にすっと構え、目の前の男を見つめる。


短くさっぱりと切りそろえられた白い髪。

透き通ったグレーの瞳。



「どちらも存分に力を発揮してくれ! ――最終試合、開始!」





【いくつかキーワード振り返り】(26/10/30追記)


リューク:

精鋭部隊一班。もともと兵師団で地方を担当しており、ギルと同時期に精鋭部隊へ加入。

ゼドも一班であり、同じ班の先輩にあたる。

(1-1コバルトブルー参照)


ティム:

精鋭部隊のサポーター。若くして二班副班長を担っていたが、昨年、片足を負傷・切断しサポーターとなった。

なお、イケメンの女性ホイホイな性格です ※本編には関係ない

(2-1ジョーヌ参照)


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なろう側のサーバパンク問題によりログインできなかったひとりです。涙

予定より1日遅れとなりました、ごめんなさい。


今後も基本は毎週金曜日に更新していきますので、よろしくお願いします!


(松桐由荷)

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