4-1 ディープブラック
ゼド。
彼の本名は、ザク・ツキシマという。
7歳のときに聖剣が手元に現れ、史上最年少で聖剣使いとなった男である。
華やかな肩書とは裏腹に、彼の生い立ちは、あまり穏やかなものではなかった。
ザク・ツキシマの母、レンは美しい黒髪黒目を持つ女性であった。
そしてザクは、そんな母の容姿の影響を色濃く受け、同じく黒髪黒目をもって生まれた。
だが、ア=オイロ王国やア=カイロ王国、さらにはそこから派生したキ=イロ公国やミ=ドリ皇国、他全ての国に、黒髪黒目の人間は存在しない。
それゆえに、ザクもレンも不気味がられ迫害を受け、ツキシマ一家はひとつの村にとどまることが難しかった。
ザクは、ほとんど無口だった。
それにはいくつかの要因があった。
生来の性質もそうだったし、周囲からの嫌がらせを避けるために、最低限の発言しかしなくなったというのもある。
だがしかし何よりの要因は、彼の両親が普段使う言語がアオイ語ではなく、二か国語を聞きながら育ったために、彼の言語発達が遅れたことであった。レンは、アオイ語とは全く異なる、不思議な言語を母語としていた。
ザクは、友人という友人もいなかった。同年代の子からは、石を投げられた記憶のほうが多い。
そんな環境においても、彼にとって何より幸運だったのは、両親がいずれも人格者だったことである。
父リュウは剣の腕っぷしが強く、ザクが村でいじめられるとすぐに助けに来た。
それだけでなくリュウは、村の外でも簡易だが快適な住まいを作り、ひとりで妻と子どものために動物を狩り、うまく捌いておいしく調理できたので、ザクは村に住む必要性を感じていなかったくらいだった。
リュウは、何か大っぴらに語ることはなかったが、常に妻子のためになるように動いていたから、物心ついたときには、ザクは迷わず父と並んで剣を振っていた。
母レンは大変愛情深く良識的で、そして親切であった。
自分が迫害されたとしても、他者への愛情を失わない女性だった。
ザクは黒髪黒目のせいで辛い思いをしていると思うことはあっても、それでもレンとおそろいであることを誇りに思っていた。
4歳のころに妹が生まれ、ユズと名付けられた。
レンがしばらくユズにかかりきりになって少し寂しい思いもしたが、リュウとの剣の稽古も本格的になってきて、心の寂しさは容易に埋められた。
6歳のときに訪れた村で、初めて一家は腰を落ち着けることができた。
村長をはじめ、ほとんどの村人が親切だった。ザクはその時に、初めて同年代の友人を得た。
いじめてくるやつもいたが、リュウに倣ってそれなりの喧嘩の仕方を覚えたので、やったりやられたりを繰り返していた。
そんなようやく得られた平穏の日は、1年と少ししか続かなかった。
平穏が壊れた日――聖剣が手元に現れた日のことを、ザクは何も覚えていない。
リュウが強盗に襲われ、ザクが立ち向かったときに聖剣が現れた、とレンからは聞いている。
リュウは、その時に死んだ。
聖剣については大っぴらに触れ回ることもなかったが、村を訪れる商人にその存在がばれ、あっという間に国中の知るところとなった。
8歳になって、正式に聖剣使いとして王からの招聘を受け、レンとユズと共に王都へ引っ越した。
正直、ザクは聖剣使いとして活躍したいなど少しも思わなかったが、父がいなくなりお金が必要だった。
それに、聖剣使いになってから、村の中でもほんの一部の人が、ザクを快く思っていないようだった。村長は『嫉妬だよ』と言っていたが、ユズにも被害が及びそうになって、家族での引越しを決めた。
王都では、ギルバート・ウォードの父であり、兵師団団長であったアルフレッド・ウォードに師事した。
5つ年上のギルとの出会いは、そこである。
王都で知り合いもいない中で、多方面で手助けしてくれたのがギルだ。
なお、アルフレッドは素晴らしい師匠だった。
もともとザクが父から教えられていた型を、無理に変えさせることはせず、発展させる方向でザクを助けた。
10歳の時に、王国学園の入試を受けることになった。ギルからオリビアを紹介されたのは、そのときだ。
『俺の同級生で、信頼できる女性がいる。俺よりも頭がいいから、勉強はそっちに教えてもらうといい』
オリビアは、ザクだけでなく母レンや妹ユズにも、非常に親切にしてくれた。
◇
『……あまり、嬉しくない、です』
オリビアが死の病が流行っているアサギ地方に行くらしい、というのをギルから聞いて、真っ先に出てきたのは、そんな言葉だった。
ゼドにとって、ギルとオリビアは、感謝してもしきれない大切な恩人だ。
遠くへ行ってしまえば、何かあったときに守ることなどできない。それに、さすがに剣で死の病からオリビアを守ることはできない。
『まあ、お前はそう言うだろうな』
ギルは、食堂の窓から外を見る。
彼は嫌でないのだろうか、と不思議に思う。
ギルの横顔からは、その感情は読みにくい。というより、ギルは感情を表に出すことがない。
いつも考えていることがよくわからない、気だるげな目元をしている。
『……ギルさんは』
そう問えば、ギルはビールを一口飲んで一拍置いた。
『そうだな。感情的には、行ってほしくない。というか、俺の目の届くところにいてほしい』
自分より余程重い、と思ったが、あえて指摘する必要がないので、ゼドは黙って続きを待つ。
『だが、理性では、俺にオリビアを止める権利がないと思っている』
『……権利?』
『そもそも俺は――オリビアとは友人に過ぎない。だから、止める権利がない』
我慢をしている、ということらしい。
学生時代から、ギルとオリビアが双方にそれなりの思いを抱えていることは、さすがに察していた。
それでも彼らの関係性は、ただの友人でしかない。
戦士貴族筆頭ウォード家のギルが、――たとえ姉のフレリアが実力者とは言え――兵師団ではなく影の精鋭部隊に入っていることだって、普通に考えてあり得ない。
きっとなにか、ままならない事情があるのだろう。
が、ゼドはひとつだけ気になった。
『……死んでしまったら、どう、するんですか』
枷があるのはわかっていた。だから今回の件について、ギルが理性で感情を押さえていることもわかった。
けれども、その結果、大切な人を失ってしまったらどうするのか。
ギルはまた、ゆっくりとビールを飲む。
『ユーゴさんからは、マキナをつけると聞いた。変な死に方はしないと、信じている』
同僚の顔を思い浮かべる。
確かに彼なら大丈夫だと、ゼドも思った。
これまでに剣を交えた中で、ゼドがまだ勝ったことがないのは、レオナルドとマキナの2人だけである。
正確にはマキナとは勝負つかずの状況であるが、マキナの強さは、ゼドも認めるところだ。
『とはいえ、死の病を避けることはできない。仮にオリビアが病にかかって死んだとしたら、きっと後悔するだろうな』
『……それでも、行くのを止めない、んですね』
少し踏み込みすぎた、と思ってゼドは口を閉じる。
ギルはちらっとゼドを見て、わずかに口の端を上げてから、また窓の外に目線をやる。
『俺は弱いから、自分を自由にすることができなかった。だから、オリビアが離れていくことを止めるだけの権利は、持ち合わせていない』
最大限の愛情表現だった。
ゼドも、同じように窓の外を見る。星が輝いていた。
――どんなに近くにいても、自分が弱かったら守れない。
ゼドは、父の刀を思い出す。
なぜ、あんなに強い父が強盗などに殺されたのか、いまでも不思議でならなかった。
◇
「失礼します」
「入れ。ギルもゼドも、突然悪いな」
急に呼び出しを受け、訪れた隊長の部屋。
中に入れば、部屋の主であるレオナルドが中央に、ユーゴ副隊長がその横のソファに座っていた。
一体どうしたのだろうか、とギルと少し顔を見合わせる。
いつも笑顔のレオナルドが、珍しく神妙な表情をしている。ユーゴの様子はいつもと変わらないが、それでも空気が重い。
何か良くないことがあったのだろう、と察せられた。
「こっちに座るといい」
レオナルドに勧められ、ギルと並んで、ユーゴの向かいのソファに座る。一体なんだろうか。
「オリビア先生が亡くなった、と先程連絡が入った」
――亡くなった?
あまりにも突然に、端的に伝えられた情報。
それを耳が拾って脳に伝わって、それから言葉を処理するまでに5、6回は瞬きをした気がする。
レオナルドの落ち着いた声音が続く。
「この報告を受けて、一番にジョージ先生に伝えた。次がお前らだ。2人とも、オリビア先生とは浅からぬ縁だと聞いている。だから、このような場を設けた。
オリビア先生は、5日前、7ノ月26日に死亡したらしい。ツユクサ地方の兵師団の者が、早馬を出した」
突然の報告に、ゼドは混乱する。意味がわからなかった。
「……死因は」
流行り病でしょうか、と問うギルは、あまりにもいつも通りだった。
そうだと肯定するレオナルドに対し、ギルは言葉を重ねる。
「先月、新しい治療法に目途がついた、と報告があったはずです。それがオリビアには効かなかった、ということでしょうか」
その疑問には、ゼドも同感だった。
先月6ノ月、新しい治療法を発明し検証が完了した、との報告書が、オリビアから精鋭部隊へ送られてきた。
オリビアの上司であるジョージを通じて国王へも報告され、つい最近、医師・看護師を数名追加でアサギ地方へ送ったばかりだ。
精鋭部隊もお祝いムードで、ゼドも、オリビアが生きていることに心底ほっとしたのだ。
「同行したマキナが、報告書にその件を記載していた」
ここは、ユーゴが答える。
「新しい治療法は、流行り病にかかる前に施す必要がある。彼女にはそれが間に合わなかった、と報告を受けている」
「先月、同じタイミングで、現地の看護師にア=カイロの密偵が紛れていた報告もありました」
ギルはユーゴをじっと見て、そのまま言葉を続ける。
「マキナから、怪しい動きをする密偵を発見したことと、その密偵は排除したとの報告がありました。それは事実ですか」
「事実だ。フレリアとも会話し、現地の兵師団にも裏をとった」
「……その件との、関係性は」
「ギル、流行り病が死因であることは、本当だ。密偵によるものではない。ジョージ先生とも、これまでの報告内容全てを再三読み直して、不審なところがないか確認した。今回の件に関して、マキナに不備はない。彼は彼なりに、オリビアのためにベストを尽くした。不備があったとすれば」
ユーゴは少し口をつぐんでから、ギルの目線をまっすぐ受け止める。
「今回、不備があったとすれば、『アサギ地方に行く』などと無謀なことを言う、自分たちの部下を止めることができなかった、俺たちの――俺と、レオナルドの力量不足だ。すまなかった」
ゆらり、ギルの瞳から光が失せ焦点が揺れた。
思わず、ギル、といつものように名前を呼んで、腕をつかむ。まるで彼までもがどこかに消えてしまいそうな、そんな恐怖を感じた。
ギルがゼドに目線を向ける。ゆっくりと、彼の表情がいつも通りに戻っていく。
「……ギル」
もう一度呼べば、ギルは口元を引き締め、それからレオナルドとユーゴに改めて頭を下げた。
「取り乱しました、すみません。……いったん、受け入れます」
ゼドは、とレオナルドとユーゴの目がこちらを向く。ゆっくり息を吐く。
「……新しい治療法が、先輩には使えなかった、と理解しました」
わかりきっていた。アサギ地方へ行けば、オリビアが死のリスクと直面することはわかりきっていた。
ゼドは彼女を止めたかった。だけれども、結果として彼女を止められなかったし、彼女に対してゼドは何もできなかった。
「葬儀だが」
と、レオナルドが言う。
「集落で、最大級の敬意を以て為される手筈だ。集落の住民も、全面的に同意していると聞いた。
遺体はないが、王都でも葬儀を執り行う。喪主は、ジョージ先生だ。オリビア先生には、身内がいないからな。なお、今回の流行り病に関する実績は、精鋭部隊五班所属医師としてではなく、ジョージ研究室所属の研究者として処理し、公式に栄誉賞が授与される」
それから、と彼は机の引き出しを開ける。
「ギル。お前に手紙がある」
封筒。青いガラスの眼鏡をしていて正確な色味はわからないが、恐らく青だ。
レオナルドは椅子を引いて、ギルのもとに歩み寄る。立ち上がったギルを静かに見下ろし、その肩にぽん、と片手を乗せて、そうして封筒を差し出した。
ギルは、しばらくじっとその封筒に書かれている文字を見て、ゆっくりとそれを受け取った。
「……隊長、ユーゴさん。葬儀の後、しばらくの間、休暇をいただくことは可能でしょうか」
レオナルドとユーゴが頷く。
「わかった。ユーゴ、班内での調整は任せる」
「ああ」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
「死ぬなよ」
座ったままのユーゴが、じっとギルを見上げる。ギルはそれに応えるように、わずかに微笑む。
「はい」
「ゼドは、どうする」
レオナルドの目線がこちらに向いて、ゼドは考える。
「休みが必要なら、言うといい」
「……どこかで半日、休みをください。家族へ連絡したいです」
「それだけでいいのか」
「……はい」
大切な人を失ったときには、むしろ剣を振っていたほうが楽だ、とゼドは知っていた。
「ゼド」
ギルがふと、ゼドの名を呼ぶ。
ゼドがギルの顔を見上げると、彼はちょっとだけ驚いたように眉を上げた。
「お前、大丈夫か」
「……ギルこそ」
ギルの眉が下がる。
「俺は、……そうだな。やっぱり、後悔しかない」
「……俺も」
「……」
――無力だ。
いつになったら、大切なものを守れるようになるのか。
どれだけ強くなったら、失わずに済むのか。
ギルの手が伸びてきて、ゼドの眼鏡をとって目元を拭う。そのまま彼はゼドの前に膝をついて、ゼドを抱きしめた。
「……ゼド」
「……ごめん、俺よりギルの方が」
「違う、そうじゃない。俺は――」
言葉はそこで途切れた。ゼドは、ギルの肩で、ただ止まらない涙を流し続けた。
◇
地下道を通って、街へ向かう。
葬儀の日程が決まったので、半日休暇をもらって、オリビアのことを母と妹へ伝えに行くつもりだった。
あの日、ゼドはぼんやりしながら部屋に戻った。
翌日からは、いつも通り訓練に参加した。ずっと手に力が入らなくて、剣は振っていても筋が緩かった。
――強くならなきゃ、いけないんだけどな。
ただ、焦っても仕方がない。
大切な人を失った空虚さは、時間が緩やかに解決してくれることも、ゼドは知っていた。
地下道から上がって街へ出る。
精鋭部隊へ入隊してからもう間もなくで1年が経つが、ゼドはこの1年で街を歩くことが好きになった。この格好なら、何も気にせずに外に出られることに気づいたからだ。
ゼドは、昨年王国学園を卒業するまで、街に出かけるときは、深くフードをかぶりサングラスをかける不審者スタイルで出かけていた。
黒髪黒目は聖剣使いのわかりやすい特徴なので、そのままだとすぐに囲まれるのだ。もともと人とのコミュニケーションは、得意ではない。
今も色付きの眼鏡はしているが、黒髪が見えていないかを気にする必要がない分、ずいぶん身軽だ。
皮肉だが、聖剣使いの看板を降ろし、世間に知られない精鋭部隊へ入隊したいま、ようやく自由に街を歩けるようになった。
母と妹が住んでいる家は街の中心部に近いので、こじんまりしているが治安がいい。
入口の門でベルを鳴らせば、中から妹のユズが笑顔で現れた。
彼女の髪色は父親譲りでア=オイロ王国に馴染むが、顔立ちは母に似ており、身内ながら美人の区分に入るのだろうと思っている。
「あ、お兄ちゃん! 久しぶりじゃん」
「……いい?」
「もちろん」
彼女は、にこにこと入口の門の鍵を開けて、ゼドを迎え入れる。
「……最近は」
「元気だよ~! 勉強も楽しい」
一昨年、ユズは高い競争率を勝ち抜いて、最優秀特待生として王国学園に合格した。ゼドよりも優秀である。
彼女はオリビアに憧れて、医療科を選んだらしい。受験勉強は、ゼドと同様にオリビアに家庭教師として入ってもらったようで、全く心配は不要だった。
そんな彼女も、もう少しで2年生が終わるころのはずだ。
「あのね、この間の中間試験、医療科トップでした!」
「……おお」
「すごいでしょ~」
ユズは話しながら玄関の扉を開いて、ゼドを招き入れる。
「お母さん! お兄ちゃんだよ!」
ユズは靴を脱いで、ぱたぱたと右手の部屋に入っていく。
この家では、玄関で靴を脱ぐことになっている。ゼドもこれまで通り靴を脱いで、眼鏡を外す。
青みがかった世界から、ちゃんと色のある世界に視界が切り替わる。
部屋に入れば、母レンが座布団の上に座って、窓際の文机に向かっていた。長い黒髪が、たおやかに背中に広がっている。
「……ただいま」
レンはふっと振り返って、立ったままのゼドを見上げ、ふわり微笑んだ。
「あらら、久しぶりじゃない、ザク。おかえり。元気にしてた?」
ザク、と久しぶりにその名前を呼ばれて、変な感覚に陥る。
「……うん」
「1年も見ないと、やっぱり寂しいわね。ちょっと身体が大きくなったんじゃない」
「……そうかな」
しゃがんでレンの机を覗き込めば、歴史資料の目次を作っていた。
「……順調?」
「ええ、おかげさまでね。同僚も皆いい方よ」
彼女は現在、図書館で働いている。
ここ300年の混乱期を通して、多数の歴史的資料が失われていたが、国王ヴィクトルが図書館を設立し、その際に国中の資料を集めた。
レンは、その集まってきた資料の整理を担当しているらしい。
「ヴィクトル王はすごいと思う。平民のみんな、図書館によく行ってる。誰でも使えるから」
ゼドとは反対側から文机を覗き込んで、横からユズが口を挟む。
「そうね。よく若い子も来て、いろいろ質問してくるわ」
「お母さん、歴史詳しいからね」
彼女はそうかな、と小首を傾げる。
事実、ゼドもユズも、王国学園の入試対策の中で、歴史の科目は完全に母レンから学んだ。
彼女はなぜか、歴史にとても詳しいのだ。だがその理由を聞いても、レンは内緒、と言って決して語らない。
「そうだ、それでお兄ちゃん、今日は何か用事があったの?」
ユズの質問に、ゼドは頷く。
「あっちにお茶用意したから」
「あら、ユズありがとう」
見れば、丸いローテーブルに、3つコップが並んでいる。
そちらに移動して一口お茶を飲む。どうやら柚子茶らしい。
一息ついて、ゼドはゆっくり口を開く。
「……話が、あって」
レンとユズは、黙って言葉を待つ。
「……オリビア先輩が、流行り病で亡くなった」
「え?」
ユズのもともと大きな目が、さらに見開かれる。
「だって、流行り病は、治療の見立てがついたって」
「……新しい治療法は、間に合わなかった」
「そ、んな」
ユズの目からぽろぽろと涙が流れる。
レンは、彼女の肩で泣き続けるユズの背中を撫でる。
「……ザク、連絡ありがとう。兵師団の方の報告なのかしら」
「……うん」
「そう。……辛いわね」
ゼドは、わずかに目元を押さえる。
もう先日、レオナルドたちから報告を受けた時に、十分に涙は流したはずだった。
あの人は、と思い出す。
――オリビア先輩は、両親が他界しているんだよな。
だから死地にも躊躇いなく行けてしまったのか、と思えば、もう少しギルに何か言うとか、自分でも彼女をもう少し引き止めるとか、何かできたことはあった気がした。
「葬儀は、いつなのかしら。ご遺体は、戻ってくるの?」
「……遺体は、戻らない。でも、王都でも来週葬儀をやる」
「王都での葬儀は、私たちも参列できる?」
「うん」
ユズ、と優しくレンがユズを抱きしめる。
「ユズ、葬儀には行きましょうね」
「……ん」
「ごめん」
思わず、謝罪の言葉がでる。レンはなぜ、と首をかしげる。
「……守れなくて、ごめん」
大切だったのだ。
ゼドにとっても大切な人だったが、ユズにとってもレンにとっても、オリビアは大切な人だった。
ユズが顔を上げた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、それがさらにぐしゃぐしゃになった。
レンも立ち上がって、ゼドの横に座りなおす。
「ザク、何を言っているの。誰にだって、何もかもを守ることはできないのよ」
「……でも」
――父さんは、母さんのこともユズのことも、俺のことも、守ってくれていたのに。
言葉にはならなかったが、レンには伝わってしまうらしい。
「ザク、あなたはもう十二分に、私のことも、ユズのことも、守ってくれている」
「お兄ちゃん、そんなの、謝ることじゃないじゃん」
ユズも言う。
「お兄ちゃんのせいだ、なんて、私これまで1度も思ったことない。王都に引っ越してきたときも、そう言ったじゃん」
「……そう、か」
「何回言っても聞かないんだから。今回だって、お兄ちゃんのせいじゃないでしょ」
「……わかった」
ゼドは、首を垂れる。
理屈では、レンの言うこともユズの言うことも理解していた。
たぶん、ただ感情がまだ追いついていないのだ。
こうやって大切な人が傷ついたり、大切な人を失ってしまったときに、いつでも父の姿が瞼の裏にちらついてしまう。
レンに勧められて、柚子茶を飲む。
そうして、オリビアの思い出話やこれからのことを2人と話して、ザクは名残惜しまれながら兵舎へ戻った。
◇
『駄目だ』
『……なぜ、ですか』
1ミリも、理解ができなかった。
自分が世話になった村の人を――そして、自分にとっての初めての友人たちを、どうして助けにいけないのか、自分は聖剣使いなのにどうしてそれが許されないのか、ザク・ツキシマには全く理解ができなかった。
『お前が、聖剣使いだからだ』
『……』
『ライラック地方での戦いが、過激化している。ここを押さえなくては、ア=オイロ王国の国防は、大きな穴を明けることになる。数百、数千もの国民が危険にさらされるんだ。それを防ぐためにも、聖剣使いの、いや、ザク、お前の力が必要だ』
兵師団団長のアルフレッド・ウォードはそう言った。
ザクに戦い方を教えたのは、彼だ。ザクは彼に対して恩義を感じてはいた。
だが、それとこれは別の話だ。
『……見殺し、ですか』
そう問えば、アルフレッドは躊躇いなく、そうだ、と明確に頷いた。
『……それは……いい、のでしょう、か』
『いい悪いの話ではない。これが、国を守るための最善の策だ』
ザクは黙る。
国を守るために村の人を見捨てることに矛盾がある気がしていたが、うまく言葉にできなかった。
『ザクよ』
重たい声。国王ヴィクトルだ。
ザクは規則に倣い、敬礼をしてその言葉を待つ。
『そなたは、上に立つものの役割をなんと心得る』
『……はい。国民を守るためと、存じます』
模範解答だ。だが、ヴィクトルは首を横に振る。
『上に立つものの役割は、”国民を守るために、何を捨てるのかを決める”ことが役割だ』
『……』
『よっていま、お前にひとつ命令を下す。……聖剣使いのザク・ツキシマ。ライラック地方にてその力を発揮し、多数の国民を守ることに尽力せよ』
『……は』
寸分の狂いのない敬礼。
聖剣使いとして、幼いころから何度も何度も何度も何度も、何度も繰り返してきた、この敬礼。
聖剣は、最強の武器だ。それを使いこなせれば、強くなれるとそう思ったのだ。
そうすれば、もう2度と、大切なものを奪われて苦しくて辛くて悔しい思いはしなくて済むと、そう思ったのだ。
だが、聖剣使いは国王の命令の前に無力だ。
命令にそむくことはできない。もし命令にそむいたら、家族にどんな影響があるのかわからない。
ライラック地方へは、過去何度も戦いに来ていたが、今回は予想よりも長引いた。
だから、自分を育ててくれた村にどうにか戻ったときには、もう全てが手遅れだった。
村の人は、皆死んでいた。
女性は、余計な暴力の痕も見えた。
男性は、顔が判別できないほどになっていた。
親切な村長は、すぐに判別ができなかった。
確かに、たった数十人の犠牲で守られた命はあった。
だが、その犠牲になった数十人は、ゼドにとって自分の幼少期、1番楽しかった日々のほとんど全てを埋めてくれている、大切な人たちだった。
王都に戻る道で、ザクはひとつ気づいた。街道が整えられていた。
あの辺りは、村長がザクからの寄付金を使って整えてくれたんだと、おかげでだいぶ便利になったのだと、別の人から聞いた。
なぜそんな善人が、こうやって犠牲にならなくてはならないのか、ザクにはわからなかった。
――聖剣使いとは、英雄である。では英雄とは、いったいどんな存在なのか。
聖剣使いとして、いち将軍をはじめとした歴代6人の活躍はしっかり学んだ。
英雄とは、国民から慕われ、国民のために剣を振るい、国民のために時には命さえ差し出せるような、そんな人間のことだ。歴代がそうだったように。
7歳から、ゼド自身も聖剣使いと呼ばれてきた。英雄として振舞ってきた。
だが、ザクは確信していた。自分は、本物の英雄になどなることはできない。
国民などよりも何よりも、自分にとって大切な人を守りたいのだ。
究極的には国がなくなったっていい、自分の大切な人たちがちゃんと安全に幸せに暮らしてくれれば、それでよい。
ザク・ツキシマが、兵師団への入隊辞退を国王に進言したのは、王国学園の卒業式の後のことであった。
【いくつかキーワード振り返り】
聖剣使い:
聖剣クラウ・ソラスに選ばれた戦士。聖剣は、英雄となるべき人間のもとに突然出現する不思議な剣
(1-1コバルトブルー参照)
アルフレッド・ウォード:
前兵師団団長。ギルと、後述するフレリアの父。約2年前、ライラック森林での防衛戦で戦死
(1-1コバルトブルー参照)
フレリア:
フレリア・ウォード。現兵師団副団長。ギルの姉。ギル曰く、割と仲がいい
(1-3ロイヤルブルー参照)
ツユクサ地方:
王都とアサギ地方の間にあるエリア。オリビアが、流行り病の発生源であるアサギ地方第四集落に向かう道中で、立ち寄ったエリア
(3-1ジェイブルー参照)
第5章は、一話一話がだいぶ長くなる見込みです。
適宜補足情報を入れます。ゆっくり楽しんでいただけると嬉しいです。
(松桐由荷)




