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幕間 オリビアに学ぶ ア=オイロの教育制度


◇


◇


◇


オリビア・オルティスは、王国学園の制服を着て、鏡を見て、ちょちょい、と前髪を整える。

よし、と気合を入れて、鞄を肩にかける。


「オリビア、今日は期末試験だっけ?」


玄関で靴を履いていれば、母が見送りに現れる。

幼い頃に父を亡くしてから、母は女手一つでオリビアを育てていた。


「そう。学年上がれるように、頑張る」

「あなたはお父さんに似てるから、心配はしてないわよ。実習も落ち着いたなら、今度、オリビアが好きな東洋のレストランにでも行きましょ」

「うん。楽しみにしてる」


オリビアは振り返る。


「お母さん、今日は、頭痛は?」

「大丈夫よ」

「無理しないでね」

「ありがとう。いってらっしゃい」

「いってきます」


笑顔で手を振る母に、手を軽く振り返す。



そんなオリビアの、王国学園での1日。



◇



5年生の教室に入る。

おはよー、久々だね、などとクラスメイトと会話しながら、席に着く。


オリビアは10歳の年に、王国学園医療科に最優秀特待生として入学した。つまり、上位5名である。


10歳の年に合格する子どもは、総合格者のうち、3分の1にも満たない。

入試は簡単なものではなく、何度も挑戦している人もいたし、そもそも10歳以上であれば上の年齢制限はなかったため、クラスにはオリビアの父や母の世代や、それ以上の人もいた。


10歳で最優秀特待生で入学するのは、まったくないわけではなかったが、それなりに珍しいことではあった。


また、王国学園では進学すること自体も、そう簡単ではない。

期末試験が学年の最後にあり、その時の成績が悪いと留年になるのである。留年者は、毎年発生した。留年も何度か繰り返せば、退学となる。

トップ争いが常のオリビアにとっては、無縁の話ではあった。


なお、医療科の5年生は病院実習で1年間を過ごす。

医療科は最終学年である6年生の中盤で本試験があり、その試験に合格すると医師免許がもらえるのだが、今回の期末試験はその事前試験で、実習の成果の総まとめでもあり、かつ本試験に進めるかどうかの足切りでもあった。


今日が、その期末試験の日である。

これが終われば、春休みだ。



今回もいつも通り、さくっと試験を解いて終える。ケアレスミスがないかを確認し、ぼんやりと外を眺めれば、戦闘科の生徒たちが外の競技場で剣やらなんやらを振っている。

彼らも、期末試験だ。


ギルバート・ウォードがいるのを見つける。二振りの剣を振っていた。

彼は戦闘貴族ウォード家らしく戦闘科にいたが、戦闘面での成績は上位ではあっても特に跳びぬけているわけではなかった。噂によれば、彼の姉であるフレリア・ウォードのほうが、よほど実力があるらしい。


ただ、オリビアはそのあたりはよく知らなかった。

ギルバートの存在を知ったのも1年半ほど前のことだったし、世の中のそういった情勢は、一般常識としては知っていてもそんなに興味はなかった。



しばらくして、試験終了のチャイムが鳴る。

オリビアは、競技場から目線を戻した。



◇



がらり、と生徒会室のドアを開ければ、すでに来ていたらしい後輩たちと、同級生で会計担当のミャオ・バーモントが顔を上げる。彼女は、経済科だ。


「あ! 副会長、お疲れ様です!」

「オリビア先輩!」

「おつかれさま~」


ミャオは、ミニスカートに切った制服から伸びたすらっとした足を組んで、ひらひらとオリビアに手を振る。

オリビアは、ミャオの隣に座る。


「おつかれ~」

「ミャオもおつかれ。どうだった、試験? 聞くまでもないけれど」

「そんなに難しくなかったよ」


彼女はにこにこと笑って、さらりと言う。


ミャオ・バーモント。

王国学園の生徒の多くは貴族だが、その中でもヒエラルキー的なものがあるらしく、バーモント家も、ウォード家と並ぶ有名どころの貴族である。


ウォード家は、歴代当主が兵師団団長を担っていることでよく知られているが、バーモント家は、内政の最高執行責任者である内務総官長をかつて務めた、ミャオの祖父が有名である。

ミャオの祖父は、ヴィクトル王とともに国内の基盤を整えた人物である。ここ300年続く戦争で荒れに荒れまくった国内の経済だとか産業だとかを、国力増強のために立て直しにかかったのだ。


そんな背景があって、生徒会にこの二人が並ぶのはとても自然なことでもあった。



なお、国の仕組みとしては、軍事の兵師団団長、内政の内務総官長に加えて、外交を担う外務総官長がいる。この3人のトップが連携し、国王とア=オイロ王国を支えている。

内務総官長・外務総官長の下には、財務官長や教育官長、貿易官長等、各分野の官長が設置されており、各官長にはたくさんの官吏が部下としてついている構造だ。


バーモント家は、ミャオの祖父以外も官長を務めており、内政・外交に強い一家と言っていい。

オリビアの先輩にあたるジンも、実は貴族である。コールブルック家は、どちらかというと外交全般に強い一家だ。


また、官吏になるには、官吏試問という試験を突破する必要がある。匿名の論文形式の試験であり、非常に枠が少ないのだが、その合格者のほとんどは王国学園の生徒である。

王国学園で対策しているから、というよりかは、優秀層が王国学園に集まっているから、という理由だ。


ミャオも、6年生になれば官吏試問を受けるらしい。


「経済の5年生の期末試験って、官吏試問につながるの?」


そう問えば、ミャオは首を横に振る。


「全然。医学は、本試の前哨戦なんだっけ」

「そう。今日の期末で、足切りが発生する」

「しんどー」

「そう? 官吏のほうが、枠数が決まっているから厳しいよ」

「それはそうだけど、医療科は、実習、事前試験、本試験、って、長いのがしんどそう」


確かに、とオリビアは頷く。


「ミャオは、もう官吏試問に向けて準備している感じ?」

「そうね。まあでも、結構ぷらぷらしてる。そんな感じ。オリビア、今度お茶行こうよ。一緒に行きたいとこあって」

「いいね、行こう」


2人が雑談をしている前で、3人の後輩はいろいろと書類を整理している。

彼ら彼女らが、次の生徒会長・副会長・会計担当である。


王国学園の生徒会は、5年生が担当する。

4年生が立候補し、2ノ月に選挙をして、そこで全生徒の投票で選ばれるのだ。

春休みの期間中も使って引継ぎをして、学年が切り替わる4ノ月からは、彼らが生徒会として活動していくのだ。


「オリビア、よく実習と生徒会の活動、両立したよねえ」


ミャオは、後輩たちを見ながらそんなことを言う。


「医療科から生徒会に参加したの、歴代でオリビアが初でしょ」

「そうだね。実際、それなりに大変だったよ」

「そりゃそう。成立してるだけですごいもん。立候補したのは、やっぱ、ギルバートに誘われたから?」


オリビアは頷く。


「それもあるし、ミャオだって、教室まで来たでしょ」


ミャオは苦笑する。


「だって、あのギルバートが誘うのとか、どんな子かなあって。あんまり、人に心開くタイプじゃないし」

「そうなんだよね」

「だから、あまりにも気になってー。会ったら、ギルバートが誘う理由もわかったけど」

「あのときミャオとも話して、ミャオとも一緒にやりたいなって思ったから」

「実は、私もそう思ったんだけどね」


ふふ、と笑うミャオに、オリビアも思わず口角を上げる。


がらり、と生徒会室のドアが開く。

噂をすれば、ギルバート・ウォード、現在の生徒会長である。


会長、お疲れ様です、と後輩たちが声をかける。

ギルバートは、それに軽く答え、なにか問題がないかなどを確認する。


教室の窓から入る光が、ギルバートの青い髪を照らす。綺麗に染めている。

幼少期から染めていたようで、随分慣れたと言っていた。


一通りのやりとりを終えて、それから彼は、こちらを振り向く。


「オリビア、ミャオ、おつかれ」

「うん~。おつかれさま」

「おつかれ」


ギルバートは、オリビアの隣の席に鞄を置く。


「引継ぎは、スムーズみたいだね。2人がサポートしてくれて、助かる」

「全然。後輩ちゃんたちが頑張ってるからね」


ミャオはさらりとそう答える。


そういえば、とギルはオリビアを見る。


「さっき、ジンと廊下ですれ違った。オリビアのことを探していそうだったけど」

「あ、ほんと? なんだろう」

「研究室のほうにいるって言ってたから、行ってくるといいよ。嫌じゃなければ」


あは、とミャオが横で笑う。


「ギルバート、ほんと相変わらずジン先輩のこと好きじゃないね」

「いや、ただ、あの自由さに腹が立つというか」

「素直だねえ」


ウォード家、バーモント家、コールブルック家。三家は当然、双方につながりもあり、お互いのことをよく知っている。もちろん、それ以外にも貴族はいるが、狭い社会なのだ。

オリビアは、ただ生徒会の友人として、ただの同じ学科の後輩として、よくしてもらっているだけの平民である。


オリビアは、鞄を持って立ち上がる。


「たぶん、ただの近況報告だと思うけど。とりあえず行ってくるね」


いってらっしゃーい、とにこにこ見送るミャオと、片手を軽く上げるギルバート。それに、顔をあげて手を振ってくれるかわいらしい後輩たち。


この景色を見るのも、もうあと数えるほどしかない。




王国学園は、学生棟とは別で、さまざまな分野の研究施設が集まっているエリアがある。

いわゆる研究者が、ここで働いていた。


オリビアは、その中で医療科の研究施設に向かう。これまでも何度か、授業で訪れたことはある。


歩いて向かえば、建物の前のベンチで空をぼけっと眺めている、チャラい先輩がいた。記憶よりも、ピアスが増えているような気もする。


「ジン先輩」


呼びかければ、彼はこちらに顔を向けて、ぱっと笑顔になる。


「オリビア、元気?」

「はい、今日期末が終わりました」

「試験は余裕でしょ。オリビアのこと呼び出して、ギルバート、怒ってなかった?」

「怒ってはいませんでしたよ」

「絶対嘘、顔と態度に出てないだけ」


どうでしょう、とオリビアは笑って、それにしても、とジンを見る。


「王都に、戻ってらっしゃったんですね」

「うん。ちょっと、地方での医療で相談があってね、ジョージ先生に会いに。ついでに、オリビアにも会っておきたいなって」

「お気遣い、ありがとうございます」

「これからジョージ先生のところ行くけど、一緒に行く?」


オリビアは、頷いた。



そのまま、医療科の研究施設に入る。

研究施設は、レンガ作りの3階建てで、最先端の建築技術で建てられた建物だ。ジョージの研究室は1階なので、そのまま廊下を進む。


がらり、と部屋のドアを開ければ、ジョージが顔をあげる。ほかにも数名の研究者が、机に向かっていた。


「ジンかの。オリビアも来たか」

「ジョージ先生、久しぶりっす」


他の研究者も、その声に反応して顔をあげ、そしてジンとオリビアに会釈をする。

よう、ジン、と遠くの席から声をかける人もいる。ジンも、ご無沙汰してます、と手を振る。


ジンは、慣れた様子でジョージの机の横に回転椅子を引っ張っていき、そこに座る。

オリビアも同じようにした。


「実は、地方でこんな症状を見まして」


そう言いながら、ジンはポケットから折りたたんだ紙を取り出す。

地方には、都心部では見られない病が多くみられる。なので、彼はこうやって地方で見た病などを記録して、その病の原因や薬の研究を進めているのだ。


オリビアも、横から中身を見る。

話をしているうちに、研究室の他のメンバーもぬるっと集まってきて、わいわいと議論が始まった。


オリビアは、この空間が好きだった。ここから、人を助けるアイデアが生まれる。



しばらくして議論が収束したところで、三々五々、それぞれの机に戻る。ジンは、そのうちの1人の席に着いていき、近況やら研究内容やらを話し始めた。


ジョージが、改めてオリビアを見る。


「オリビアよ」

「はい」

「軍医を目指す、と言っていたね」

「はい」


ジョージは、成績のよいオリビアだから、こういう話をしているのではない。

彼は、医療科の生徒全員にできる限り目を配っていた。学習の状況、彼らの理解度、今後の進路。次の世代の医者を育てることを、彼は強く意識していた。


「それは、変わらないかい?」

「はい、軍医が一番、死に近いところで症例を集められるし、最先端の技術に挑戦できるので」

「そうか。君は優秀だ、軍医に来てくれるなら、嬉しいが」


彼は柔和な笑みを浮かべ、それから声のトーンを落とす。


「ひとつ、君なら適任かもしれないの」

「適任?」

「うん。精鋭部隊の、医療部隊だ」

「……精鋭部隊? 本当に、あるんですか?」


オリビアの質問に、ジョージは静かに頷いた。


彼は言った。軍医の中でも、もっともハードなのは精鋭部隊の医療部隊であると。

精鋭部隊は、請け負う任務の難易度が高い。現地の環境の過酷さはさることながら、医療部隊も数多く連れていくことはしないため、軍医ひとりの責任が重い。


「技術の幅が広い医者でないと、務まらない。それから、馬にも乗れなくては。君は、馬に乗るだろう」

「それは、確かにそうです」


もともと、幼少期に父の意向で乗馬は習っていた。父は地方出張も多かったので、乗れたほうがいいという考えだったようだ。

最近はギルバートに誘われて、時折ちゃんと走りに行っていた。


ジョージは続ける。


「君は、精鋭部隊の軍医になるのが向いていると思ってね。そういう道があることを、伝えておこうと思ったのだよ。そこで得た知識と経験は、研究室にフィードバックしてもらえると、なおのこと私は嬉しいね」

「なるほど」


ほっほっほ、とジョージは笑う。


「ゆっくり考えなさい。オリビア、君は好きに進路を選ぶといいよ」


オリビアは頭を下げる。



――精鋭部隊って、本当にあるんだ。


その名前くらいは聞いたことがあるが、しょせん噂、というような扱いだった。なんなら、大抵の国民は架空の存在だと思っているはずだ。オリビアも、いま聞くまではそうだと思っていた。


――精鋭部隊、かあ。



にわかに、魅力的な進路が、オリビアの前に現れた。



◇


◇


◇



閑話休題。第四章へ。





(26/11/4 ギルの髪の色を修正。彼は青に染めてます)


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次回は、10月16日(金)に第四章を投稿します。次も楽しんでいただけるように頑張ります!

よろしければ、評価やブックマーク、感想などいただけると大変嬉しいです。


(松桐由荷)

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