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3-1 ジェイブルー


「無理しすぎ、身体を使いすぎ。ゼドくんの気持ちは尊重したいけど、そろそろ医者命令出さなきゃいけなくなるよ」


わかってる? と、眼鏡を外して顕になっている漆黒の瞳を覗き込めば、彼はわかりやすく目を逸らす。


「……いつもありがとうございます」

「またそうやって、適当に誤魔化す」

「……」


口を閉じて、ゼドは上着を手に取る。彼は都合が悪くなると、黙る癖がある。


「そうやって黙るなら、ギルに言いつけるからね」

「……それは、駄目です」

「なら、無理しないこと。わかった?」


鍛え上げられた身体が布で覆われていくのを、オリビアはじっと見つめていた。


いい戦士だ。


幼いころから聖剣使いとして育てられてきた彼は、しっかり身体ができている。だから、すぐに壊れることはない。

でも彼は、いつもまるで自分を追い込むように剣を振るう。

王国学園に通っていた頃に、ギルに紹介されてからずっと彼の面倒を見てきたようなものだが、何も変わっていない。医者の目線から見ると確実にやりすぎだった。何度もこうやって止めてはいるのだが、聞かないのだ。


「身体が使えなくなったら、元も子もないから」

「……はい」

「わかってなさそう」

「わかってます」

「ほんと?」

「……はい」

「間があったけど」


巷では”ちょっと不愛想だが剣の天才”と言われる聖剣使いザク・ツキシマだが、彼は”ちょっと不愛想”どころではない。

他人に心を開くのに恐ろしく時間がかかるし、無口だし、笑顔も見せない。自分がきついときにも絶対に他人にそれを見せないし、ほとんど頼りにもしない。


剣の天才ではあるかもしれないが、ただの天才ではない。毎日毎日、何かに追い立てられるように剣しか触っていない狂人だ。


だから、心配なのだ。


黒い上着のボタンがぽちぽち、と留められていく。


――大丈夫かなあ。


「……どうしましたか」

「え?」


ふと、普段は眼鏡に隠れて見えない目と、視線が交わる。


「何か、変?」


そう聞けば、ゼドは少し黙ってから、


「……明日から、いないんですか」


と言った。

脈絡のない問いかけ。それに。


「なんで知ってるの? 誰にも言ってないのに」


オリビアは少し驚く。今回のことは、一部の人を除いて全く誰にも話していないはずだった。


「……例の流行り病の件ですか」


黙って目線をそらせば、ゼドがため息をついた。



アサギ地方の第四集落で妙な病が広まっている、という情報が入ってきたのはちょうど先週のことだ。兵師団からユーゴに伝えられ、彼から精鋭部隊五班医師長であるジョージに相談が持ちかけられた。


アサギ地方と言えば、ア=オイロ王国の山間部に位置するエリアで、半年ほど前に一時的に戦の場となっていたところである。少し落ち着いたと思ったところに、流行病が広がったのである。


なお、現王の判断は早かった。アサギ地方からの移動は完全に禁止され、今は陸の孤島となっている。


相当な死亡者が出ていると聞いて、オリビアはすぐに出立を決意した。躊躇いはなかった。


内密に上司のジョージに相談すれば、想定通りかなり渋られた。行けば、生きて帰ってこられるかわからない。ジョージは、オリビアの命を案じてくれたが、最後には折れた。


意外だったのは、精鋭部隊のトップ層にかなり反対されたことだ。

オリビアは精鋭部隊五班医療部隊所属だから、隊長レオナルドと副隊長ユーゴから出立許可を得る必要がある。戦士にとって医者はサポーターにすぎないし、興味もないものかとオリビアは勝手に思っていたのだが、それでも2人は、医者たちも仲間だと認識しているらしい。


結局、落としどころとしてレオナルドが提案してきたのが、マキナの同行だ。


『マキナくんですか?』

『護衛としてつける』


マキナのことはわかるよな、というレオナルドに、顔はわかりますけれど、と首を横に振る。


『マキナくんは、全然医務室に来ない人だから』

『そうか。だが実力はあるし、前職で地方にも何度か行っているはずだから、適任だと思う』

『でも、隊長、これは私の我儘で。他の人を巻き込むつもりはないんです』

『……』


オリビアの様子をじっと見て、ユーゴが静かに立ち上がった。


『呼んでこよう』


ユーゴは、マキナを連れて直ぐに戻ってきた。そしてマキナは、レオナルドから事情を聞くと躊躇いなく答えた。


『承知しました』

『何言ってるの、駄目です』


オリビアは首を横に振った。上司に言われれば、誰だって断れないのだ。自分が望まずとも。


『レオナルド隊長、ユーゴ副隊長、わかっていらっしゃいますか、これは、死ににいくことと同義なんです。そんなことに他人を巻き込めません』

『そんなことはわかりきっている。だからこそ、お前をひとりで行かせるわけにはいかない。マキナなら問題ない』


断言するユーゴに、オリビアは多少戸惑った。マキナが死んでもいい、なんてユーゴが言うことはあり得ない。彼らがマキナにしっかりトレーニングを施していることは、オリビアも把握していた。


ふと、マキナが口を開いた。


『オリビアさん、問題ありません。病にはかからない身体なので』


その淡々とした言葉を聞けば、その折衷案を飲み込むしかなくなった。



とにかくそんなわけで、オリビアはしばらくの間マキナとともに、アサギ地方に滞在することになっていた。


「……死の病」

「そうだね」


今回の流行り病、かなり曲者でまったく薬の類が聞かないうえに、聞いたところによれば発症した場合、老若男女問わずに2人に1人は亡くなるらしい。


「……ギルさんが、昨日、隊長とユーゴさんに、直談判しました」

「ギルが?」


思わず目を瞬く。


ギルも、この話を知らないはずだ。オリビアからは一言もこの話をしていないから。

特に彼には何も言わずに行くつもりだったし、ここ最近はギルのことを避けていた。出る前に、ギルにだけは会いたくなかった。


「……大切なことを、いつも言わない」


普段は控えめなゼドの語調が、珍しく強い。

後輩にそうさせているのもどこか心苦しくて、あえて惚ける。


「え、わたし、怒られてる?」

「……俺を説教する権利、ないです」

「それとこれは別の話でしょ」

「行かないで、ください」


口数の少ない後輩からのストレートな要望に、一瞬面食らう。それでも、オリビアは少し微笑んだ。


「それは、無理かな」

「……」

「……ごめんね」


明らかにゼドの表情が歪む。まるで、泣きそうな。ああ、後輩にも、こんな顔はさせたくないのに。


「……それなら、……それなら、せめて、死なないでください」

「うーん……」


明言を避ける。約束はできない。

ゼドはしばらく黙って、じっとオリビアの表情を見て、大きく息を吐いて、それから天を仰いで、もう一度オリビアのほうを見る。


「……全部、無理、なんですか。行かないのも、死なないのも」


自分の決断を、変えるつもりはない。オリビアは眉を下げる。


「うん、ごめんね」

「そしたら、……わかりました、お願いです。ちゃんと、帰ってきてください」

「……」

「……それも、だめですか」

「……ゼドくん」


伸びてきたゼドの手。オリビアはそっとその無骨な手を握った。ぐい、と両手で握られて、そのままゼドは顔を伏せる。


「……俺は……」

「うん」

「俺はいつも、こういうときに、何もできない……」


――聖剣使い、なのに。


少し、手が震えていた。


彼は感情を前面に出すことはあまりない。だが、床にいくつかの水滴が落ちた。



◇



ごとごと、と馬車が揺れる。


「マキナくん、これは読んだ?」


オリビアは1冊の紙の束をマキナに差し出す。マキナは表紙をチラリと見て頷いた。


「読みました」

「これは」

「それは、読んでいないです」

「あ、じゃあこれも読んでおいてほしいな」

「承知しました」


これまで、4日ほど馬車に揺られてきた。明日には、次の目的の場所につく。


移動しながら、オリビアとマキナは流行り病についていろいろと勉強をしていた。手元には、兵師団からもらったレポート。オリビアはそれを元に、流行り病の原因と治療法を考えていた。


それから、マキナには基礎医学や流行り病の基本的な対応を教えた。


病にかかりません、と言われて、はいそうですか、と納得するほどオリビアは楽観的な人間ではない。自分の我儘に付き合ってくれているマキナが生きて帰れるように、できる限りのことはしたかった。今やマキナの流行り病についての知識量は、医者の卵と同等と言っても過言ではない。


向かいに座る彼の手元を見れば、一定のリズムで紙の束がめくられていく。


――すごいなあ。


マキナの勉強は、驚くほどスムーズに進んだ。資料の読み込みのスピードが速いし、渡した書類の内容を全て正確に記憶しているようだった。


『マキナは、すごく論理的に物事を考える。頭がいい。人情とか、そういうのには疎いけれど』


そんなことをギルが言っていたことを思い出す。ギルが言うのだから確かだろうとは思っていたが、マキナの頭の良さは想定以上だった。


とはいえ、マキナから話しかけてくることはほとんどなく、彼がどんなことを考えているのかは、いまだよくわかっていなかった。


オリビアはレポートに目を落とす。


「……やっぱり、情報が少なすぎる」

「少ないですか」

「うん。皮膚の病なのはわかる。特徴的な発疹が出る。それが化膿して、そのまま呼吸不全になる。呼吸不全を乗り越えられる人と乗り越えられない人がいる、でも何が違うんだろう……」


やはり、現場に行ってみないとわからないことが多そうだ。兵師団も医療のプロではないので、記録内容に抜け漏れがあることは当然だろう。


太陽が落ちる少し前に、アサギ地方の隣にある、ツユクサ地方の第五集落にたどりついた。

ここにはどうにか病は広まっていないようだ。集落の入り口で、流行り病の対策で口に布を巻いた兵師団の検問を受ける。もちろん本来、集落では検問などやらないので、このあたりでは厳戒態勢を敷いているのだろう。


ちなみに、各地方には集落がいくつかあり、周囲の村の中心地のような役割を果たしている。

集落には兵師団が何名か常駐している。ツユクサ地方の第五集落はあまり大きくなく軍事的にも重要度は低いので、10名程度の兵師団しかいない。


「珍しいな。来訪者か。どこから来たか」

「王都から。こちらを」


馬車の中から、特別通行許可証を渡す。兵師団の団員は中身を確認し頷く。


「問題ない。失礼した」

「いえ。宿を探しているのですが、やっているでしょうか」

「旅人もいまはいないからな……。”トロッコ”なら、やっているかもしれない。待て、若いのを案内に出そう。あまりうろうろされても、皆の不安を煽るだけだからな。少々お待ちを。おい、カロンを呼んで来い」


どうやらこの兵師団の団員は、随分気が回る人のようだ。恐らく、この集落の兵師団をまとめる人だろう。階位は中隊長くらいのはずだ。


「お気遣い、ありがとうございます」


いや、と彼は首を横に振る。


「ここにはどのくらい滞在されるのか」

「明日には発ちます」

「どちらへ」

「アサギ地方です」

「……あの、死地へですか」

「ええ、医者ですので」


そう答えれば、布で隠れていない目元が僅かに見開かれ、ぴしり、と敬礼が返ってきた。


「兵師団第六歩兵隊中隊長シミオン・バッカードと申す。これからの道中で、大事ないようにお祈りいたします」

「オリビア・オルティスです。ありがとうございます、シミオンさん」


オリビアが微笑んで握手のために手を出せば、シミオンと名乗る男も意図を理解し、その手を握った。


「アサギ地方へはどのように」

「ここからアサギ地方の第四集落まで、山を越えて徒歩か馬で行こうかと」


馬車を使うのは、ここまでだ。御者の命を危険にさらすわけにはいかない。


「山道を通っていくとなると、徒歩では4日はかかる。馬ならお貸しできるが……。馬はお乗りになるんですか」

「はい」


シミオンが驚く。無理はない。普通、馬に乗れるのは訓練された戦士くらいだ。目の前の若い女性が馬に乗れる、など想像もできないだろう。


「すごいな」

「軍医として訓練を受けたものですから。お貸しいただけると、とても助かります」

「軍医か。女性もいるとは。もちろん、明日朝、こちらに用意しておこう」

「ありがとうございます。ところで、アサギ地方については何かご存じですか」


そう問えば、悲し気に目元が伏せられる。


「兵師団も民も、随分死んだようです」


彼曰く、緊急時であれば普通は早馬で情報が提供されるのだが、今回は人を使わない鳩便で連絡が来たようだ。


連絡内容を見せてほしいと依頼すれば、他の団員が横の小屋に入って、しばらくして戻ると何枚かの紙をオリビアに差し出した。


さっと目を通す。


『緊急報告。アサギ地方第四集落で、謎の病が流行している。第四集落の住人のうち十数名が高熱にうなされ、肌のできものの痛みとかゆみに苦しんでいる。既に3名の兵師団団員、8名の民が死亡した。第三集落にも同様の症状の感染者が出た。感染者は隔離したが、効果は不明』


これが、第四集落の兵師団からの最初の連絡のようだ。


オリビアの横から、マキナも内容を覗いている。彼を見れば、もう読んだというように頷いた。紙をめくる。二枚目はもう少し長い。


『緊急報告。件の流行り病につき。

死亡者数。アサギ地方第四集落・周辺村落、24名。死亡者の年齢に、ばらつき有。第三集落・周辺村落、15名。第二集落・周辺村落、約10名。第一集落および第五集落、不明。

患者数。アサギ地方第四集落・周辺村落、42名。

第四集落では、周辺村落からも続々と患者が運ばれてきているため、医療体制は全く追い付いていない。医者は計2名亡くなり、残り4名の医者が頑張ってくれている』


その後ろにも、同じような報告が続いた。急激に患者数も増えていた。


だが、3枚ほどめくったところで、それまでの機械的な文字から、少し丸っこい文字へと変わった。


『王都からの返信が来、アサギ地方は封鎖されることになった。まだ感染していない民が、慌てて他の地方に逃げようとしている。それを止めるのも、まるで死ねと言っているようで心苦しい。隠れて逃亡に成功したものもいたようだが、アサギ地方の集落は山の間にあって他の地方との距離が遠く、途中で獣に襲われたのか死体を発見した。悲しいことだ。

なにより、第四集落ではメイナード隊長が亡くなったことが、兵師団団員にも民にも衝撃を与えた。今はわたし、隊長補佐のスタンリーが彼の穴を埋めようとしているが、心が折れそうだ』


どうやら、第四集落の兵師団を取りまとめていた隊長が亡くなったようだ。

こういう事態の時に、中心人物がなくなると指示系統が混乱するので、跡を継ぐ人の負担は重い。


その次の報告も、やはりスタンリーが記しており、死亡数や症状が丁寧に記されていた。このあたりは、レポートで見た内容と合致する。


が、その最後を見て、オリビアはぱっと目の前が明るくなった。


『……それから、今日、他の地域からジン・コールブルックが来てくれた。もう諦めていたところだったから、本当に嬉しい』


「ジン先輩、やっぱり……!」


王国学園医療科の、5つ上の先輩の名前。思わず紙を握る手に力が籠る。


普通の医者は、王都や交易都市などといった都市部の大病院に勤務したいと思う人が多い。安定していて給料も良いからだ。


そんな中で、ジン・コールブルックは地方で働く、異端な医者だった。


彼も学生時代はジョージの元で学んでいたらしく、時折王都に戻ってきたときには、情報収集も兼ねて研究室に挨拶に来ていた。その際に、同じくジョージの研究室で学んでおり、軍医という珍しい進路を目指していたオリビアのことを、ジンはよく気にかけてくれていたのだ。


ジンがいるのであれば、心強い。


「オリビア殿」


呼びかけられ顔を上げれば、シミオンの横に若手の団員がいた。どうやら案内してくれる人らしい。


「あ、ごめんなさい。こちらも、ありがとうございます」


紙をシミオンに返却する。


「宿まではカロンがお送りします。明日、こちらで馬を用意しておくんで。本日はゆっくり休んでください」

「助かります」


団員が、御者の横に乗り込んだ。馬車がまた動いた。

大きな宿の前に着く。馬車から降り、団員が宿のドアを叩くと、ひとりの若い女性が顔を出した。


「あら、カロンさん。お疲れ様です」


団員が事情を話すと、女性はふわりと笑う。


「構わないわ。でも、お食事は出せないの。大丈夫かしら」

「問題ありません」


オリビアが承諾すれば、安心したような微笑みが返ってくる。


「馬車はあちらに。御者さんも泊まりますよね」

「ええ」


団員も協力してくれ、荷物を室内に運ぶ。治療に必要と思われるものを持ってきており、それなりの量である。


馬車を移動させて、カロンにお礼を言って別れた。

広間に案内される。


「いらっしゃい」


奥から女性と同じ年くらいの男性が現れ、同じように優し気な笑顔を浮かべる。

オリビアは頭を下げた。


「お世話になります」

「いえいえいいのよ。お客様なんて、ここ一週間ひとりもいないわ」

「そうなんですね」

「お部屋は、そうね、せっかくだし広いところ使ってくださいな。お値段は普通でいいから」


3つの鍵が手渡される。


「いいんですか」

「大したおもてなしもできないもの、これくらいさせてください」


ありがとうございます、と頭を下げる。

女性がふわりと微笑んだ。



◇



2階に上がってマキナと御者と別れ、部屋に入る。


大きなベッドがあり、窓からは集落と向こうの山が見えて、絶景だ。既に日も落ちかけているので、夜まではあっという間だろう。


明日以降はあの山を3つは超えないといけないので、今日はたっぷり英気を養う必要がある。道は整ってはいるだろうし、途中に雨風を凌げるような小屋はあるはずだが、体力は消費するはずだ。


こんこん、とドアがノックされる。


「オリビアさん、マキナです」

「どうぞ」


マキナは静かに入ってくる。

片手にパン屋さんの袋を下げて、もう片手に紅茶のセットの乗ったお盆を持っていた。パンは、一昨日滞在した街で購入したものだ。


「紅茶だけ、下でいただいてきました」

「ありがとう。あ、御者の方にもおすそ分けしてきてもらってもいい?」

「わかりました」


オリビアは、部屋のランプを付けて、紅茶をカップにそそぐ。

しばらくして戻ってきたマキナとテーブルを挟んで椅子に座った。


「マキナくんはどのパンにする?」

「では、こちらのを」

「足りる?」

「大丈夫です」


ここ数日でわかったことではあるが、マキナは戦士にも関わらず、食事の量が少ない。それなのに、しっかり筋肉もついている。


――変な人。


もともと、彼の体質に違和感はあった。アルコールを誰よりも飲んでも酔わないとか、どんなに激しい訓練をしても医務室に来ないとか。


三班のトット・ブックと似ている、と思う。彼もほとんど医務室に来ない。


「いただきます」


くるみのパンをちぎって頬張る。ほっかりと温かい。


「……もしかして、オーブンで焼いてくれた?」


そう確認すれば、マキナは頷いた。


「はい、少しだけお借りして」

「わざわざありがとうね」

「いえ」


本当に気が利く人だな、と感心してしまう。基本的に口数は多くはなく、こちらに踏み入ってくることはないのに、細かいところで気を使ってくれるのだ。


前の雇い主はマキナをかなり長い間継続して雇い続けたと聞いたが、その気持ちがすごくよくわかる。護衛として、完璧だ。


「そういえば、マキナくんは、アサギ地方には行ったことある?」

「あります」

「そうなの? どこの集落?」

「第二集落と第四集落です」


思わずその無表情な顔を見る。今回の流行り病の発生源である。


「知り合いはいるの?」

「知り合いはいませんが、そうですね、少し会話した方の顔は覚えています」

「護衛のお仕事で行ったの?」

「はい。アサギ地方の第二集落は川魚の街ですし、第四集落は山菜の街なので」

「皆さん、元気でいるといいね」

「はい」


はい、と言いつつも、今もマキナは、何の感情も見せずに淡々とパンを頬張っている。

歓迎会で少し話した時も、精鋭部隊に入れて嬉しいといった感じもなかった。


――やっぱり変な人。


オリビアはぼんやりそんなことを思いながら、マキナを見つめるのだった。





第三章開始です!

次回の更新は明日9月22日を予定しています。


(松桐由荷)


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