2-5 ハニー
少々グロテスクな描写があります。
どさり。
背後から奇襲をかけ、その大きな体にのしかかる。
押さえどころがわかっていれば、体格差など問題ではない。
「……見つけた」
ウォルフを見つけるのに、1日かかった。いやむしろ、たった1日で見つけられた。
ウォルフの後ろ姿を見つけて、それから急襲して、いま彼を押さえつけたところだ。
途中まではトットが、”防衛都市からア=カイロ方面に抜けるならこの道だろう”という感覚で探索していたのだが、あるとき突然マキナが、見えました、などと言ってトットを抱え上げ、森を駆け抜け、一直線に目標のところまでやってきたのだ。
トットは、ナイフをウォルフの喉元に突きつける。
朝焼けの光が木と木の間から溢れ、ひどく柔らかくウォルフの表情を照らした。彼は諦めたように、息を吐き出す。
「……やっぱり、トットは撒けなかったね」
「当然でしょ」
「……」
トットたちがどの道を行くのかを知っていたのは、レイフとウォルフだけだった。今回、敵襲があった時点で、2人のうちどちらかがこちらを裏切ったのは、ほとんど確実だった。
だが、レイフは忙しくて内通するような暇すらない。外と繋がるにはある程度自由に動き回れないと怪しまれる。
一方のウォルフは適任すぎた。
それに、トットはウォルフの書類整理を手伝っていて、違和感を覚えていた。ウォルフ宛の書類の署名が、似たような名前の人物ばかりだということに。おそらく、彼が手引きをして内通者を中に呼び入れていたのだ。そうして、真っ当な兵士も理由をつけて処分していた。
「一応聞くんだけど」
「うん?」
「なんでこんなことしたの」
ウォルフが目をぱちくりとして、それから、はは、と爽やかに笑った。
「トット、お前、何言ってんだ」
さっさと殺せ。
トットは黙ってウォルフの顔を見る。
その顔は、もう覚悟を決めた顔だった。
『ま、お前に目をつけられればもう殺されても仕方ないって感じだよな』
そう言った彼を思いだす。確かにトットは、絶対にターゲットを逃しはしない。
「そうなんだけど、最後にもうちょっとウォルフさんの声を聞いておきたくて」
「はあ」
「……ねえ、ウォルフさんにとって、取り除くべき”腐った部分”は、ア=オイロの国王だったわけ?」
そう尋ねれば、ウォルフは少し目を見開いて、それからふっと息を吐いた。
「そうだ」
「なぜ?」
「質問が多いな。本当にどうした? 殺す前にそんなに時間を食っていていいのか」
「答えてくれる?」
「それに随分と――うん、攻撃的というか」
「答えてくれるかな」
「……」
ゆるりと視線が交わる。しょうがないな、というように、地面に押し倒した男の視線が細くなった。
「戦争なんか、なくなったほうがいいだろうが。そのために、いなくなってもらう必要があったんだよ」
「意外と、平和主義なんだ?」
「俺は、平和が好きだよ」
ウォルフと何度もこの防衛都市で会ったことを、思い出す。彼はトットにとって、精鋭部隊の中でも数少ない、割と頼ることの多い人間だった。
「……ア=カイロ王国に、なんで自分のことを言わなかったの。これから、密偵が行きますよーって」
ふと気づいてそんなことを尋ねれば、ウォルフは、ふっと、いつもの余裕のある笑みを浮かべる。
「なんでだろうな。お前には、元気で帰ってきてほしかったからかな」
「人たらしの発言じゃん」
「……そんなことを言われてもなあ」
ウォルフの目線がじっと、トットのそれと混ざる。
「トット、お前じゃなかったら、すぐに言っていたよ。きっとな」
「……」
「お前と吸う煙草は、なんでか知らねえが、まじで美味かったんだ」
ほら、と目線が外れて、ウォルフの目線がトットの持つナイフをなぞる。
いずれにせよ、彼とは行く道が異なることは明確になった。
「じゃ」
「ああ、まあ、俺は殺されるとしたら――」
――お前に殺されると思っていたよ。
スッパリと首をかき切った。
トットは立ち上がって、よいしょ、と転がってしまった頭を持ち上げて、死体と並べる。だらりと血があふれ出る。
ポケットから煙草とマッチを取り出し、死体の横に座りなおす。片膝を立てて、煙草を一本取り出す。
「マキナくん」
「はい」
彼を振り返れば、いつも通りのグレーの目。本当にマキナは、この状況を見ていただけだった。何も口も挟まなかったし、何か行動を起こすわけでもなかった。
「座る?」
トットはそれだけ言って、煙草を咥えてそれに火をつける。マキナが隣に座るのが、わかる。
煙を吐き出す。
「……おいしいねえ。直近5年くらいで一番おいしいな」
もう一度、煙草を咥えて、ふっと吐き出す。
丸っこい、円の煙。
「ウォルフさん、見えた〜? 教えてもらったの、昨日、マスターしたんだけど」
ウォルフの顔を見て、それから煙草を持たない左手で、開いたままだったウォルフの瞼を閉じる。
しばらく黙ってウォルフの死体を見ながら、煙草をふかす。
「……楽しそうですね」
突然投げられるマキナの言葉に、トットはウォルフを見たまま頷く。
「うん、いい気分だ~」
「なぜ、ウォルフさんを殺したのですか」
「状況証拠的に、ウォルフさんがア=オイロを裏切っていたからだね」
「楽しそうなのは、なぜですか」
「理由ができて、ようやく殺すことができたから、かなあ」
「……殺したかったんですか?」
もう一度、頷く。
「うん。自分、ウォルフさんのこと、すっごく殺したかったよ。ずっと」
「ずっと……。なぜですか」
「なぜ? うーん、そんな高尚な理由とかないけど。単に自分、好みの人間を殺すのが好きなんだよね。殺すときに血が出るのは、もっといい。ウォルフさんのはものすごく見たいな~、殺すなら首を搔っ切りたいな~、って長いこと思ってた」
「……」
さらりと伝えたつもりが、マキナが黙ってしまったので思わず笑う。
ふう、と煙を吐き出す。本当に、煙草がおいしかった。
しばらくして、マキナが口を開く。
「以前、『社会規範的に許される範囲で、好きなこと好きにやったほうが人生楽しい』とおっしゃっていましたが、トットさんは精鋭部隊で好きなことをやっている、ということですか? 例えば、今回のように」
「うん、そうだよ。なんなら自分、興味ない任務なら断ることもあるし」
トットは、レオナルドやユーゴ、レイフやギルから個別で任務の依頼を受けることが多いが、稀に断ることがある。
トットにとって精鋭部隊の任務は、合法的に好みの人間の殺すための手段にすぎない。なので、人殺しが一切絡まなさそうな、ただの警護や張り込みはそもそも受けないことが多い。今回のような敵国拠点潰しや、誰かの暗殺、殺人・拷問が伴うような難易度の高い情報収集、そんな任務ばかりを受けている。
「つまり、精鋭部隊として責務を果たすとか、そういう考えは」
せきむ、とトットは呟く。人生で初めて口にしたかもしれない。
「そんなものはないな~」
「では、なぜ精鋭部隊にいらっしゃるのですか?」
「それは、やりたいことを、やりやすいからだね」
だいぶ短くなった一本目の煙草を潰して、二本目を取り出して咥える。
マキナを見れば、彼はただじっとトットを見ていた。トットはマッチを差し出す。マキナは首を傾げた。
「つけて」
マキナはマッチを受け取って、しゅっと火をつける。
「ありがと~」
「いえ」
「……マキナくんさ」
ふっと煙を吐く。
「たぶん、固く考えすぎないほうがいいよ。君は、能力的にはやろうと思えばなんでもできる。自分と一緒で」
「はい」
「だから、君自身がなにをしたいのかを大切にしたほうが、きっといい。自分の人生は、自分で主導権を持つ。それで、やりたいことをできる場所、やりたいことを受け入れてくれる人を見つけたほうが、いい。そうしないと、あっという間に使い潰される、つまらない人生になる」
ね、と言って、トットはウォルフに目線を戻す。
ア=カイロ王国との行き来の間で防衛都市に寄るのは、必要に迫られていたわけではない。トットは、そんなことをしなくてもア=カイロ王国へ潜入することができる。ただ、ウォルフと二人で会う口実がほしかった。
――話すの、楽しかったな~。
恋愛感情だとかそういう綺麗なものではない、という自覚は、トットにはあった。
時折、煙が空に浮かぶ。トットとマキナは、ウォルフの死体を目の前に、しばしの間静かな時間を過ごした。
三本目の煙草を潰す。大変においしかった。トットはようやく立ち上がって、マキナを見る。
「悪いけど、この人の身体、運んでもらっていい? 一応、レイフさんには証拠出して事情説明しないとだし。自分も、もう走れるから」
「承知しました」
「……死体ってほんと重いんだよなぁ。任せるね。あ、頭は自分が持つよ〜」
「はい」
さすがに首から流れる血は止まったらしい。トットはその頭を落とさないようにしっかりと抱く。
2人は防衛都市に向けて走り出した。
人外の速さで。誰も追いつくことなどできないスピードで。
そうして2人は、出迎えたレイフがその身体と首を見て無言になり、盛大なため息をつき、瞳から一粒だけ涙を流したのを見てから、国王一行に合流すべく、すぐに防衛都市を後にした。
――マキナは、気づいていた。
ウォルフを殺す瞬間、トットの目が爛々と輝き、口元は恐ろしく綺麗に微笑んでいたことに。
◇
「それで、トットはどうしてる」
「まだ、引きこもってます」
とっとっと、とティムがレオナルドとマキナのコップに酒を注ぐ。
食堂のロフト。人払いをしたので、周りには誰もいない。1階から、時折誰かの会話がぼそぼそと聞こえるくらいだ。
「あいつが引きこもるとか、信じられねえんだが。だって、あの後の地方巡察は順調で、トットも普通だった。なあ、マキナ」
「はい」
「でもやっぱり、ウォルフの件が効いているのか。仲の良い同僚を切るのは、誰しも辛いものがある。トットもそうだったということか? ……自分で言っておきながら、全然想像がつかねえが」
レオナルドはそう言って酒を煽る。ティムは、はは、と笑う。
「そりゃあ、あいつは、そんな常人じゃねえんで」
なあ?、とティムはマキナを見るが、マキナは無反応である。
「マキナ、お前、トットがウォルフを殺したところを見たんじゃねえの」
「見ました」
「死ぬほど楽しそうだっただろ」
「はい、そうですね」
首を傾げたレオナルドに、ティムは言う。
トットは、殺すことが好きだ。セックスよりも興奮すると話していた。興奮して殺すわけじゃない、殺すと興奮する。だから、普通の人間とは全く違う。とにかく、目の前で人が命を失う瞬間が好きだという。特に、血を流して死ぬ瞬間が一番いい。
そして何より、気に入った人物が命を失っていく様がひどく好きらしい。
訳が分からん、とレオナルドが頭を抱える。
「そりゃそうっすよ。彼を心底理解できるやつが居たら、もう驚きです。生粋のサイコパスですから」
「……それが、性癖とやらに収まっているのが信じられねえな」
「収まっているから、こうやってちゃんと正規の戦士として活躍しているんじゃないっすか」
「確かにそうだが。……それで、なんで引きこもってやがる」
「それが、性癖に収まっている理由です。彼は常人ではないですが、結構常識的ではあるので、自分の欲望の管理くらいは自分で型を付けます。トットの部屋には、いまは入らないほうがいいっすよ。真面目に、殺されるんで」
「……」
「……」
レオナルドは何かを想像したのか、額に手をあてて、大きなため息をついた。
マキナはちびちびと酒を飲む。
「お前、こんな話聞いて、よく酒飲めるな」
「……そうですか?」
「てめえも大概だな?」
レオナルドはまたため息を吐いて、それからティムを見る。
「だが、これまでもトットはこういう任務を受けてきただろうが。引きこもったことなんて、ねえだろ?」
「普段は1日2日で出てきますからね、気づかないっすよ」
ティムはふっと笑う。
「そういう意味では、トットは普通なのかもしれねえな。ウォルフのことは、相当気に入ってましたからね。それなりに時間がかかるんじゃないんですか」
「もう5日は経つが」
「レオ隊長、心配しすぎですよ。焦らなくて大丈夫です。トットはそのうち部屋から出てきますから」
「……そうか。それなら待とう」
レオナルドはそう言って酒を飲む。単純に心配なのだろう、とティムは理解していた。
ティムはマキナを見る。
「ア=カイロの、女性の山賊に会ったな? 次席様、だっけか」
報告書に書かれていた。トットがいつも言っている女性はこの人のことだろう、とティムには想像がついた。トットから話を聞く限り、彼の彼女に対する執着は、その性癖のせいで綺麗なものとは言い難い。恐らく、相手の女性も相当に常人の域を超えているからこそ、どうにかそれなりの形をもって保たれているものである。
「会いました」
「強かったか」
「はい。トットさんが2人いるようでした」
「トットは勝てそうか」
マキナは少し黙る。
レオナルドは、数週間の地方巡察の中で、マキナがこうやって黙るときは考えているときだとトットから聞いていたので、珍しく黙ってその解答を待つ。ティムはこういうところは気が利くほうだ。たくさんの女性を相手にしてきただけあって、会話は上手い。
しばらくして、マキナは、口を開いた。
「……わかりません」
「そうか」
は、とティムは笑う。
「それなら、トットはまだしばらく彼女に執着しそうだな」
トット・ブック編、これにてお仕舞い。
わちゃわちゃした幕間を挟んで、第三章オリビア・オルティス編にはいります。
次回は明後日、9月20日(日)の更新を予定しています!
(松桐由荷)




