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2-4 カナリーイエロー


防衛都市に数日滞在し、それから一行は次の目的地に向かって出発した。


「は~、まあた鹿食生活だよ~」

「嫌いですか?」

「嫌いじゃないけど、飽きる。味覚音痴のマキナくんには、わからないと思うけど」

「そうですね」


馬に揺られながら、マキナとだらだらと会話をする。防衛都市の食事は特別美味しいわけではないが、移動中の食事に比べれば、余程ましである。


「トットさん、ずっとウォルフさんと一緒にいましたね」


王と王子の乗る馬車をぼんやりと眺めていたトットは、マキナの言葉にその横顔を見る。


「え? そうかな」

「はい」


思い返してみれば、実際そうだった。


一緒にいて何をやっていたのかといえば、ウォルフの仕事の手伝いである。忙しそうにしていたレオナルドとは違って、トットは防衛都市では暇だったのだ。


ウォルフは、いろいろと仕事を溜めていた。


どうしても、細かい手続きは後回しになりやすい。後輩として、そこを手伝っただけである。

トットも普段は、ティムに押し付けることが多い。嫌な顔をされることがほとんどだが、極秘任務を複数負うようになると、本当に手が回らなくなるのだ。


仕事がある程度片付いたときには、少しメイスと小刀で模擬戦をしたりもしたが、あとはふらふらと散歩に行ったり煙草を吸いに行ったりするウォルフの後ろを、トットが追いかけていた形である。


「まあ、あの人仕事溜めていたからね」

「そうなんですね」

「マキナくんも、2人と仲良くなっていたよね。えっと」


一班の先輩だ。顔は覚えているのだが、名前を忘れた。


「ディックさんと、ローガンさんです」

「ああ、そうそう」


マキナは、ここ数日、彼らと摸擬戦をしたり、一緒に防衛都市を見て回ったりして、ずいぶん親しくなっていた。どうやら、酒で2人を潰したらしいこともわかっている。ど深夜に、両肩に2人を抱えて兵舎に帰ってきたマキナを思い出すと、今でもなかなかに面白い。


「美味しい場所とか、連れてってもらった?」

「私は味覚音痴なので、そのあたりはわからないのですが」

「あ、そうだったね」

「はい。あの、踊りを見ながらご飯を食べたりしました」


恐らく、どこかのショーバーかショーレストランだろう。それにきっと、特に女の子がいるような、そう言う場所のはずだ。トットにとってそういうところは仕事場でしかないが、普通に楽しい場所ではある。


「そっかあ。楽しかった?」


そう尋ねれば、マキナは


「初めて見たので、興味深いものでした」


などと答えるので、思わず吹き出してしまった。


「可愛い女の子とか、いなかったの」

「私にはよくわからず……」

「うわ、ひどいな。女の子にもそうやって言った?」

「はい」

「ええ~」

「ただ、踊るときの体幹が素晴らしい人は何人かいらっしゃいました。しっかり軸が取れていて」


この人馬鹿なのかな、とマキナを見れば、しれっとした表情で安定して馬に乗っている。女性とどうこうとか、そういうことにはどうやらかなり疎いらしい。


だが恐らく、彼はそこそこモテたはずだ。こういう変な男性は女性に一定の人気がある、とトットは知っている。


「クソ真面目と言うかなんというか。体幹を見ているのが戦士らしいというか」

「……そうなんでしょうか。私にはそれくらいしかむしろわからないんです」

「うん。まあ、人によって見る場所も違うか~」

「ちなみにトットさんはどこを見るんですか」

「自分?」

「はい」


トットは少し笑う。


「自分は男性でも女性でも、首かな~」

「なぜです?」

「え、自分の手で締められるかどうかは確認しておきたい。片手でいける細さもいいけど、両手でもいけなさそうなしっかりした感じも殺しがいがあるというか」


しばらく沈黙が落ち、馬のひずめの音だけが聞こえる。

遠くで、今日の野営地まであと数時間、と言ったようなやりとりが交わされているのが耳に入る。


「……トットさんって」

「うん?」

「本当に、殺すのが好きなんですね」


トットは笑う。


「そりゃあ、好きだよ」



◇



ここは、あと1日で、目的地であるセイラン地方の第六集落にたどり着く、というところ。

トットは木の上に登って、夜の見張りをしていた。

後ろには、王と王子のテント。テントの前には、それぞれ近衛が立っている。


ぱちぱちと焚火の音が鳴っていた。

山賊がいるということで、当初の予定から変更して内陸側の道を通ってきた。予定は遅れているが道のりは順調だった。


「トットさんー」


近衛から声をかけられて、トットは少しそちらを見下ろす。


「なに?」

「肉いります? 夜食っす」


この数日の移動を通して、近衛たちとは少し仲が良くなった。


「うーん、自分は大丈夫。ありがと~」

「トットさんは全然食べないっすね」

「まあ、そういう体質なんだよねえ」

「マキナさんも食べないっすよね。2人分合わせても、レオナルド隊長の1人分にならないんじゃないっすか」

「あはは、確かにそうかも」


ほくほくといい香りが漂ってくる。香りは食欲をそそられるが、トットはわざわざ食べることはしない。食べなくても大丈夫だからだ。


静かな夜であった。


静かだな、とトットは思う。それから次に、変だよな、と思う。トットは暗闇をじっと見る。こういう時は、


――なにかが起こる。


ふと、違和感のある音を耳が捉えた。そちらを振り返る。


――来る。


トットは、ぱっと立ち上がった。


「何か来る! 構えて!」


鋭く近衛に声をかける。が、どうやら遅かったようだ。


トット自身も、衝撃を喰らって木から落ちる。無理矢理体勢を立て直して、素早くナイフを抜いて喉を一突き。赤い血飛沫が飛ぶ。

そのままトットは、テントの前で近衛を殺した男を、背後からナイフで刺して殺した。もう一人も、そのまま体当たりをして倒れたところに股間を蹴り上げた。


ぴゅう、と合図の指笛を吹く。

レオナルドとマキナへの増援依頼だ。森の方から聞こえる音の数からして、そこそこの人数がここを狙っている。近衛だけでは、守り切れない。


さらに現れた黒い人影を、丁寧に1人ずつナイフで屠っていく。急にナイフが横から振りかざされる。


「……ッ!」


ぴゅん、と本能的にナイフを振る。


かん、と軽めの感触。


そのまま足を振り上げるが、軽やかに避けられた。


――……!


トットはその動きから、一瞬で警戒度を最大値まで上げた。


飛び上がって着地した、しなやかな影。レザーのミニスカートに、ジャケット。影は、ふ、と笑う。


「……久しぶり。首席様」


少したどたどしいアオイ語とともに彼女の身体が迫ってきて、ナイフとナイフがぶつかる。

勝気な大きな瞳が間近に見えて、無意識に口元が緩んだ。トットはナイフを持つ手に力を入れながら、滑らかなアカイ語で返事をする。


「本当にお久しぶり、次席様。相変わらず、殺したいくらい可愛いねえ」

「あら、アカイ語が随分と上手ね?」

「君がいま一番使っている言語でしょ。それとも」


トットは、少し笑う。


「言語の習得が遅い君には、キイロ語のほうがいいかな?」


キイロ語でそう尋ねて足を払えば、彼女はくるりとそれを避け、トットの背後に回り込む。トットは身を翻してそのナイフを受け止める。

次席様はため息をついて、キイロ語で返事をした。


「もう、うるさいなあ。ちなみに、増援が来るまでの時間なんて稼がせないから」

「へえ、さっさと殺されてくれるんだ」

「そちらが?」


トットは迫ってくる足を軽く避ける。そのまま胸倉に入り込もうとして、すっと避けられた。反射的に身体を無理矢理止めて横にナイフを振れば、さっと血が飛び散った。

そのままの勢いで、トットは木の上にくるりと飛び乗る。

次席様も同じように、3つほど離れた木の上に飛び乗った。


わずかに息を吸って吐く。

彼女の今の動き。トットがあれをできるのはわかる。だが、彼女ができるのは、正直おかしい。彼女は、トットと違ってただの人間だ。


彼女は別に、もともとそんなに強い人間では無かった。だが出会ってから数年、同じ師匠の元で何度もぶつかり合い訓練を積んでいたら、いつの間にか彼女は、唯一トットに対抗できる戦力を持つ人間となっていた。生来の身体能力は高かったのだろうが、そこに彼女の努力家な面が発揮された結果である。

それはそれでよい。だが、腹立たしさもある。彼女は、ちゃんと普通の人間でありながら、それでいて普通の人間でないような強さもあわせもっている。


「ずるいんだよね、君は」

「何を言っているの? そっちのほうがずるいでしょ」


殺されるなら彼女に殺されるんだろう、そうトットはなんとなくずっと思っている。


彼女は腕から薄く血を流していた。

大きな瞳が、腕についた浅い切り傷をちらっと見て、少し眇められる。じわりと脳内に、何かが広がるのを感じる。


「……」

「全く、女性の肌に傷をつけるなんて本当あり得ない。最悪」

「悪くない。まあ、ちょっと物足りないけど」

「はあ? あのねえ、血をみて興奮する首席様の性癖は知ってるけど、なかなかに気持ち悪い発言だとそろそろ自覚してくれる?」

「ちょっと違うんだよな〜。誰でもいいわけじゃない」

「なおのこと気持ち悪い」

「自覚はしているよ~」

「なら、自重して」

「君が自分に指図する権限は、残念ながらないんだよね」


トットは別の木へと飛び移り、彼女の動きを見る。

彼女はそのままじっとそこに佇んでいた。


――誘い込まれている。


背後に来い、と明確に誘い込まれていた。ならば、正面、と見せかけて、素直に背後に行くしかない。


移動の音とはずれるタイミングで、次席様の首を狙いに行く。


と、ふっと次席様の姿が消え、途端、トットはわき腹にどすりと衝撃を感じる。

目の前に、花のような笑顔を見せた次席様がいた。


彼女との勝負は、いつも一瞬だ。

どちらも時間をかける性格でもない。


単に読みに負けたらしい。さらには、力技でも負けたらしい。トットの腕は、完璧に抑え込まれていた。心臓を避けたのだけは、自分をほめたい。


かは、と口から血を吐き出す。


「あはは!……いい顔してるじゃない」


――その強気な、大きな瞳。


突如、横から弓の音が聞こえて、次席様の手が離れていく。が、少し間に合わなかったらしく、彼女の右足にどす、と矢が刺さった音がした。


瞬間、がんッッッ、と金属音が響いた。剣とナイフが交わっている。


マキナだ、とすぐにわかった。


次席様の長い脚が振りぬかれるが、マキナは軽々とそれを躱す。彼女はそのままの勢いで木の上から降りてくるりと地面に降り立つが、マキナがそれを許さない。


――殺しに行っている。


マキナから殺気は感じられないが、このままだと次席様は殺されるとトットは確信していた。

次席様が地面に押し付けられる。マキナの剣が振りぬかれた。マキナの剣と、次席様のナイフがまた交わった。


それから突然、マキナが次席様の上から飛び退く。瞬間、1人の影が、次席様を抱えて飛び上がった。

次席様が少し遠くの木の上で体勢を立て直し、そしてこちらを振り向いた。わずかに口元が微笑んでいる。


「……今度は、殺すから」

「次席、のくせに……」


ざっと数人の人間の動きが聞こえて、消えていく。

マキナがそれを追おうとする。


「……追わなくて、いい」


そう呼びかければ、彼は立ち止まってこちらに戻ってきた。

トットは、無理矢理息を吸って吐く。さすがにこの傷は、すぐに治るかわからなかった。


「トットさん」


弓を持ったマキナが器用に木を登ってきて、トットの身体を支える。


「……弓は、君だった、んだねえ」

「トットさん、話さなくて大丈夫です。失礼します」


しっかり抱えあげられて、そのまま木を降りていく。抱えられて少し気が緩んだのか、意識が飛びそうになるがどうにか耐える。

薄目で周りを見れば、近衛が数人、地面に寝かされて治療されているのが見えた。きっと、既に死んでいる者もいる。


「国王陛下と王子は、無事です」

「……そう」

「トット!」


レオナルドの大声が聞こえ、思わずトットは笑う。


「お前、死ぬのか!」

「……うるさ……大丈夫です、よ。これならすぐ、治りま……」

「止血用の布を取ってきます」


レオナルドよりも、余程マキナのほうが頼りになるらしい。

端の方で寝かされ、トットはしばらく大人しく目を閉じる。


「トット、あいつらは? いや、お前と戦っていた女は?」


レオナルドの問いかけに、トットは小さく答える。


「あいつらは、よく、わからない……けど、あの女は」


少し考える。なんと答えるのが適切か。


「……まあ、同門の、妹弟子、ってとこ、かな」

「なるほど。だから、お前の戦い方をわかりきっているような動きをしていたんだな。お前が2人いるみたいだったぜ」

「それは、……言われても、嬉しくない……」

「わりいわりい」


トットは、それより、と口を開く。


「レオたいちょ、……やるべきこと、わかってる、でしょ……」


そう尋ねれば、沈黙が返ってきて、薄く目を開けば彼は俯いていた。


レオナルドの後ろにマキナが見えて、トットはありがとう、とそちらに手を伸ばす。

マキナは止血用の布をこちらに手渡してくれた。


「いまから行かないと、間に合わない。今行けば、確実に、……防衛都市にいる」

「……」

「マキナくんに、運んでもらう……その間に、自分は、回復、して……」

「俺が行く」


そう言い切るレオナルドに、首を横に振る。


彼ではきっと、捕らえることはできない。防衛都市で、きっと発見することすら敵わないだろう。

年に1度、行くか行かないかくらいのレオナルドよりも、もう既に数年滞在しているやつのほうが、土地勘があるに決まっている。だから、目と耳の効くトットが行かなくては、見つけることは難しい。

それに、もう1人の戦力であるマキナは、監視対象である以上、単独でこの仕事を頼むことはできない。


というよりもトットは、この仕事を誰か他の人に頼むなんてことを、全く考えていなかった。


「レオ、ナルド、隊長。これ……自分の、本業、なんだけどなあ……」

「トット」

「それに、たいちょ、より、自分のほうが……小さくて、運ぶのが、楽……」

「……トット」


レオナルドの目をじっと見て、それからマキナを見上げる。


「マキ、ナ」

「はい」

「自分を、抱えて……防衛都市に、戻ると、して……どの、くらい」


マキナは少し黙って、それから


「抱えるのであれば、2日です」


と言った。


つまり、普通の1.5倍の速度で移動することができると彼は言っていた。

速いな、と思う。きっとトットを抱えなければ、2倍くらいの速さで移動することもできるのだろう。


「速いな」


レオナルドも同じ感想を抱いたらしい。マキナは頷く。


「体力と足の速さには自信があります。走り続けられます」

「なるほどな。理解した」


2日あれば、トットのこの傷も随分癒えるはずだ。回復力は高いほうである。回復のために食事だけは必要になるので、何か保存食だけもらっていきたいな、などと考える。


ゆっくり、わき腹に刺さったナイフを抜き、すぐに止血の布を当てる。マキナが気を遣って、そこを押さえてくれた。


「もう少し、強、く……」

「はい、了解です」


布が血で徐々に染まって、マキナが布を取り替える。

大きく息を吸って、吐く。目を閉じて、自分の身体を落ち着かせることに集中する。



しばらくしてどうやら血が止まってきたようで、腹回りに包帯が巻かれる。


その間にレオナルドは国王と王子、そして他の近衛や付き人たちとも話してきたようだ。どうやら近衛が2名死んで、他にも2名が重傷、複数名が軽傷らしい。被害は正直、想定よりも大きい。

目的地まではあと1日とのことで、先んじて早馬を出して兵師団の護衛を依頼しつつ、目的地まで向かうことを決定したとのことだ。また、トットとマキナの別行動についても認められた。


そんなわけで、夜が明けてすぐ、トットはマキナに抱えられて、防衛都市に逆戻りする道へとついた。



◇



「見えてきたねえ~」


マキナの背中から、トットは目の上に手をかざして防衛都市を見下ろす。

ちょうど真昼間だ。


「……すみません、あの」

「ん?」


ここまでずっと走り続けておりほとんど会話もしていなかったが、ふとマキナに声をかけられて、首を傾げる。


「ここに戻ってきたのは、どういった目的ですか?」


そういえば言っていなかったか、とトットは思うが、ゆるりと首を振る。別に、言う必要も、見られる必要も、ない。


「内緒」

「……わかりました」

「マキナくんは、どこか散歩でもしてきてよ。夕方に、ここで落ち合おう」


続けてそう言えば、マキナは目を瞬いてから、


「ついていっても、良いでしょうか」


と言った。


「なんで?」


思わず問いかければ、マキナは少し黙り込んで、そうして答えた。


「トットさんが、どんな行動を取るのか気になると言いますか」

「観察したいってこと?」

「……端的に言えば、そうなります」

「別に、いいよ」


それなら否定する理由もない。

よいしょ、とトットはマキナの背中から降りる。もう体はほとんど動く。鈍い痛みがあるだけだ。


マキナに心配されるが、無視して歩き出す。そのまま、トットは顔見知りの門兵のいる門へ行き、するっと防衛都市内へと戻った。



都市内を歩きつつ、周りを見回す。

目的の人物の居場所に、いくつかあたりはあった。だが、どうしても見つからない。


――遅かったか。


既に逃げたあとかもしれない。国王の一行が襲われたことはまだこちらに伝わっていないはずで、そうであれば彼はまだ防衛都市内にいると踏んでいたが、甘かったようだ。


「んー……」

「……どなたを探しているのですか」


様子を見て、マキナが途中で声をかけてきた。

癪だが、時間をかけるわけにはいかなかった。


トットの決断は早い。もし仮に裏切ろうとも、マキナにも頼るのがベストだと判断した。スピードが重要だ。ア=カイロに、彼を帰してはならない。


「……ウォルフを、探している」




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