2-3 シャンパン
「お~、久々に来たな~」
太陽が中央を超え、傾き始めたころ。
山の上から眼下を見下ろせば、たくさんの兵士。目の前の山間には、ここからでもわかるほど高い壁が横いっぱいに広がっている。
「相変わらず男臭えな」
「そうだねえ」
国王一行は、ア=オイロ王国最大の軍事基地、防衛都市に予定通り到着した。
300年という長い歴史の中で築き上げられてきた大きな高い壁と都市構造は、ア=オイロ王国を敵国から守る要所となっている。
そのまま山を下っていけば、防衛都市の入り口に兵師団団長のギャビン・ロンドが立っていた。レオナルドと同年代の団長である。
「ようこそいらっしゃいました」
敬礼とともに迎えられる。
国王ヴィクトルが乗っている馬車の横にギャビンが近寄ると、窓が開く。すっと背筋を伸ばしたヴィクトルが、穏やかな微笑みでギャビンを見る。それなりの年齢のはずだが、まったくそれを感じさせない。
「ギャビンよ、久方ぶりであるな」
「はっ、このような遠方まで行幸いただき、周辺の民もありがたいことと感謝しております」
「多忙な中、出迎え感謝する。今後3日、世話になる」
「は、ありがたきお言葉」
「ギャビン」
ヴィクトルの隣に座る王子エドワードも、わずかに身を乗り出す。
「エドワード王子、ご無沙汰しております」
「息災であるか」
「は、おかげさまで」
「のちに近況を報告してほしい」
「は、承知いたしました」
兵師団団員の案内で、馬車が動き、トットたちもその後ろをついていく。
「よう、ギャビン」
レオナルドが、満面の笑顔で馬から降りる。
ギャビンも、その細い目をさらに細めた。
「レオ、久しぶりだな」
「元気にしてるか? 今年に入ってからは、ずっとこっちに来てるって聞いたが」
ギャビンが頷く。
「ああ。王都を任せられる人が育ったからな」
「フレリアだな。情報連携は定期的にしているぜ」
「報告は上がっているよ。こっちに足をのばしてくれたのは助かる、前線の話をしておかなくてはな。あとは、どこかで時間を作って、一緒に飲もうじゃないか。お前の飲みっぷりも、しばらく見ていない」
「何言ってんだ? ギャビンも人のこと言えねえだろうが」
「さあどうだか」
仲がいいなあ、などと思いながら会話を聞く。
兵師団時代の2人の噂は、トットも知っている。2人の入隊時期は少しずれているらしいが、ライオンと鷹と呼ばれて兵師団の若手二強と言われていたのだ。ライバルなのかもしれないが、彼らの会話はどちらかというと、幼馴染のような気楽さがあった。
ギャビンの視線が、トットとマキナに向く。
「レオの部下たちかな。ゆっくり、とは言いにくいが、まあ気楽に過ごしてくれ。精鋭部隊とも、いろいろ連携させてもらえると助かる」
は、とトットとマキナは敬礼をする。あまり敬礼の習慣はないが、外向きの礼節くらいは押さえておきたいところだ。
そのままトットたちは一行とは別れ、馬を預けて防衛都市内を歩く。
防衛都市というだけあって、そこここで訓練の掛け声が聞こえたり、剣を作ったり直したりする製鉄の音が響いている。
途中で横道に入り、細い道をくねくねと進む。その行き止まりには、レンガの壁があった。ひとつのレンガを押すと、横の壁がすうっとずれていく。奥には扉があり、レオナルドが慣れた様子でいくつかのレンガを操作すると、かちり、と鍵が外れるわずかな音が聞こえた。
扉を押せば、広い訓練場。
「マキナは初めてだろ、ここ」
レオナルドはそういってにかっと笑い、ドアをくぐる。トットもマキナの背中を押して、その後ろについてくぐった。
「はい、初めてです」
「防衛都市の精鋭部隊専用兵舎だ。道順と鍵の開け方だけ覚えておけよ。わからなければ、誰かに聞け」
「はい」
鍵を閉めて、横にある出っ張ったレンガを押し戻す。そうするとレールが回って、張り出ていた壁も元の場所に戻っていく。これで元通り、ただの行き止まりだ。
「レオナルド隊長!」
訓練していた何人かの隊員が、こちらに気づいて駆け寄ってくる。
「おう、ウォルフにローガン、ディック、久しぶりだな、元気にしてたか!」
レオナルドが、一人一人の背中をばしんばしんと叩く。
ごほごほと全員が苦し気にせき込み、レオナルドががははは、と楽し気に笑う。
「隊長、相変わらずのパワーっすね」
「おうおう、褒めてんのか。なんも出ねーぞ」
「ああ、はい……」
「レオ隊長、レイフさんが待ってます」
「そうか、いまどこにいる?」
「レイピアと一緒に軍議室にいるんで」
「そうか、なら俺はそっちに向かう。マキナは初めてだから、誰か防衛都市内を案内してやってくれ、トットは好きなように動いとけ。夜に事務連絡だけやるからな」
「は~い」
レオナルドは片手をあげて、兵舎内に消えていく。
ディックとローガンが、マキナに声をかける。2人とも一班の先輩なので、彼らがマキナを案内してくれるようだ。
ひとり、おしゃれなあごひげの男がこちらを見て口角を上げた。
「久しぶりだな、トット」
「ウォルフさん、久しぶりだねえ」
ウォルフは同じ三班の先輩だ。メイス使いで単独火力が高く、防衛都市をメインに動いている。
ウォルフはじっとトットを見ると、さらにその口角を上げた。
「ずいぶん元気そうだな、なんか活き活きしてるわ」
「え、そうかな~。まあ、いろいろ収穫があってさあ」
「ああ、殺ってきたってことね。相変わらずなことで」
「そういうこと」
「荷物置いたら、行かね?」
煙草、とウォルフは仕草をする。付き合え、ということらしい。にこっと笑う。
「いーよー」
「んじゃ、待ってるぜ」
◇
どこまで行くのか、と思えば、一番外側の防壁の上まで来た。ここまでくると、精鋭部隊は全くいない。兵師団の見張りが点々といて、時折往来があるくらいである。
ウォルフは身軽に高い壁に腰かけて、ア=カイロ王国の方面に足を降ろす。
トットも同じように横に腰かけ、ポケットから煙草をとる。マッチを擦ってウォルフの煙草に火をつけてから、自分のにも同じようにした。
「さんきゅう」
「いいよ~。あれ、ウォルフさん銘柄変えたあ?」
「よく覚えてんな、変えた変えた。年取ったら不味くなった」
「ええ、ウォルフさんまだ若いじゃん」
「もうとっくに30は超えてるよ。お前もさすがに超えたよね?」
「さあ、いくつでしょ~」
トットは煙草を咥えて誤魔化す。ウォルフはそれ以上踏み込むことなく、片膝を立てる。
彼が煙草を口に運ぶたびに、まくった黒い袖から覗く腕の筋肉が動く。普段メイスを振っているだけあって、彼の腕には綺麗に筋肉がついている。
「トットがこういう感じでこっち来るの、珍しいな。こうやって開けた場所で話すのも、ほとんどないし」
確かに、とトットは頷く。
トットが防衛都市に来るのは、ア=カイロ王国への調査のときである。基本的にそういった極秘任務の時には、トットは精鋭部隊にすらできる限り会わないように動くため、ウォルフにだけ少し会って最低限の荷物などのやり取りをする形であったのだ。
「ここは毎年来てるけど、毎回お忍びだからねえ」
「毎年あんなことやってるの、冷静に考えるとすげえよ。今回はなに? ただの警護ってわけじゃないでしょ」
「んまーね」
「あらかた、監視といったところだろ、――あれの」
察しの良さに思わず苦笑する。
「よくわかったねえ」
「なんとなく予想はつく。あいつも普通じゃないしな」
「そうなんだよね。……あいつ、も?」
「お前もだよ」
「ありゃ」
「殺すのか」
「見定め中。心理的には殺したいけど、状況的には生かす方向性かなあ」
「そうか」
「どう思う? 殺したほうがいいかな」
なんとなくそう聞けば、ウォルフは煙草を口に持ってきて、そうして煙を吐いてから答える。
「さあな。案外いいやつかもよ」
「いいやつでも、殺しておいたほうがいい場合もあるよ」
「そうだけど、いいやつなら懐柔する余地があるだろ」
「……」
似たようなことをレオナルドも言っていたような気がして、首をひねる。
トットとしては、彼が感情に揺さぶられるような人間に見えないのだ。もしかしたら、あまりにも自分と似ていると思い込んでいるのかもしれないけれども。
「なんで懐柔できそうに見えるの?」
うーん、とウォルフは首をひねる。
「これは俺のただの第一印象だけど、素直そうに見える」
「あの子、すっごい簡単に裏切りそうだけどなあ」
「そりゃお前はそうだけど」
「ええ? そんなことないでしょ」
「はあ? 何言ってんだ? お前はそういう立場の人間だろ」
「や~そうだけど~」
不満だ、と口を尖らせれば、ウォルフは面白がるようにふっと笑う。
これまでのマキナの動きをみると、手懐けるか、敵国に使われる前に殺すかのどっちかしかない。となると、トットの場合さっさと殺したくなってしまうが、隊としてはできる限り生かしたいのだろうと、理解はしている。それに、実際、いまのところは怪しさは薄い。確定情報が出るまでは様子見だ。
「確か、ウォルフさんは『必要な殺しだけやる』って前言ってたよね?」
まあ、俺はな、とウォルフは頷く。彼は、優しい。
「それもひとつの美学だねえ」
ウォルフは肩をすくめる。
「腐り始めた足を切り落とすのと、同じ感覚だ。あるべき全身を保つために、腐った部分だけを綺麗に取り除く」
彼は”生かす”が前提にあるがゆえに、誰に対しても肯定的だ。だからこそ、短時間で誰からも信頼を得、言葉を引き出す。だが、必要と判断したらきっと今のように少しだけ微笑みながら、身内にさえもメイスを振り下ろすに違いない。
実際、ここ防衛都市での内通者処分は彼が担当している。兵士の数が多く内通者も増えやすい防衛都市では、彼のようにすぐに被疑者と親しくなることができ、それを躊躇いなく処分できる人が適しているのだ。
「なるほど」
「トットは、どっちかというと殺すこと自体が好きだよな。技術を高めたいとか、負けず嫌いとか、もうそういう次元じゃない」
「そうなんだよねえ」
トットは首肯する。
「自分は、ウォルフさんと違って、全身を保つことには興味ないから。腐り始めたら、殺る理由ができたなってくらい」
「ま、お前に目をつけられればもう殺されても仕方ないって感じだよな」
「どっちかというと自分は、ウォルフさんみたいな人に殺されるの憧れるな~。だって、選ばれて殺されるんでしょ」
ウォルフは、狂ってんな、と言って、さらに楽し気に目を細め、それからふっと煙を吐く。横ではまん丸の煙が空に浮かぶ。
「え、すごい」
「そう?」
「どうやってやるのそれ」
「こう、煙を喉にためて」
「喉?」
「そう。喉開いて。たぶん最初はむせる」
「……ごほ、ごほ」
「はは」
珍しく、ウォルフが声を上げて笑う。
「無理すんな?」
「う~ん」
何度かやるうちに少しずつ慣れてくる。
それから、舌の動かし方と息の吐き方のコツを丁寧に教えてもらうが、なかなかできない。
「え、これ難しいんだけど」
うまくいかないトットをみて、ウォルフが慰める。
「まあ、結構コツがいるから」
「ちょっと練習しよ」
はいはい、とウォルフは横で普通に煙草を吸う。
その後もトットは練習するものの、どうしてもコツをつかみきれなかった。そのうちに煙草も短くなってしまった。
なんとなく並んで座ったまま、ぼんやりと景色を眺める。
ちょっとずつ日が傾いてきて、空がピンク色に染まり始める。
――綺麗だなあ。
「もうそろそろって感じだよな」
ウォルフがぽつりとつぶやく。
「わかる」
「きな臭くね?」
「うん」
大きな戦争が起こりそう、などと明確に言わなくてもお互いに言いたいことは伝わった。
ウォルフは肩をすくめる。
「もちろんお前のほうが事情は分かってるだろうけど、ちょっと前のアサギ地方での戦争、こっちが押し返してから、向こうの動きが全く見えない。嵐の前の静けさ、って感じだよな」
「うん、レオ隊長もなんとなく肌で感じ取ってるだろうし、ユーゴさんも危機感ばりばりだよ」
「だよな。ギャビン団長がこっち来てんのも、なんか直感的なところがあるんだろ」
「現状維持って、結局準備期間だからねえ」
「そうだな」
ア=カイロ王国の方角は平地になっていて、ところどころ林がある。トットには、向こうの集落までいくつか見えた。その先には、昨年占拠されたライラック森林。
ここ防衛都市が、戦争になると血の海に染まる。歴史上でも大きな戦争では必ずこの拠点の話が出てくる。つまり、ここには、たくさんの死体が埋もれているのだ。
またここに死体が埋まるのかなあ、などと思う。
今回の地方巡察は、建前上、警戒態勢強化アピールと地方活性化などの表現が使われているが、当然ながら戦争に向けた準備のための視察である。
ア=カイロ王国とア=オイロ王国の戦争――世間ではムラサキ戦争と呼ばれるが――は、特にここ3年ほど、大きいものが断続的に発生していた。この2つの国は、国境沿いのムラサキ鉱山をめぐって、これまで300年もの間、幾度も大小さまざまな戦争を繰り返している。
今回は、ア=オイロ王国がムラサキ鉱山を取り返したところが、ひとつのきっかけだった。それで満足すればよかったものを、ア=オイロ王国はその後かつて自国領土であった旧デニム地方まで進軍し、その結果見事にア=カイロ王国からの返り討ちに合い、そしてライラック森林までをも失った。
300年もの間やったやられたを繰り返したせいで、すでに状況は泥沼に陥っている。もはや、どちらも引くに引けないのだ。
「まあ、戦争なんて終わりっこないからねえ」
「悲しいこと言うな」
「ええ、本当のことじゃん」
まあそうだな、とウォルフはため息をつく。
ふと気配を感じて後ろを振り向けば、レオナルドがこちらに向かってきていた。
「あ、レオ隊長」
「ん?」
ウォルフも振り返る。ちょうど、レオナルドが手を挙げた。
「よう、ここにいたんだな」
「よく見つけましたね」
そう言うウォルフの背中を、レオナルドがばしばしと叩く。
「部下のことはなんでもわかるってもんよ。ウォルフ、お前も元気そうでなによりだ」
「相変わらずですよ」
「ああ、ニックからも報告は聞いている。助かってるぜ、ここの治安はお前が守ってるようなもんだからな。今年は多かったんだろ?」
「今年は、多かったですよ。珍しく結構始末しました」
「やっぱりそういうことだよな」
レオナルドも大柄な体で軽々と防壁に上り、ウォルフの横に座る。
「実はな、まあ、ウォルフは知っている話だとは思うんだが、この先セイラン地方のほうまで行く途中の道が、いま治安が悪いらしい」
トットは頭の中で地図を描く。
セイラン地方は国境に接しているところは少ないが、割と広い。今回の巡察では、そのなかでも比較的大規模な第六集落に向かう予定だ。それ以外の集落は、街道が整っていないのである。
「なんで、レイフと相談して、少し遠回りしていくことにした。ひとつ内陸側の道を進む」
「あ、そうなんだ、りょーかい」
「……確かに、そのほうがいいかもしれないですね」
わずかに顎髭に手をやって考えてから、ウォルフが賛成する。
結構荒れてるんだろ、とレオナルドがウォルフに尋ねると、彼は頷いた。どうやら山賊が現れるらしく、しかもかなり強いらしい。兵師団が護衛についた輸送馬車が、半壊するほどだそうだ。
「それは、結構な実力者だな~」
頷くウォルフ。
「兵師団っていっても、若手だけじゃなくてそこそこ経験のある兵士もいて、その様だったみたいだから」
「それって、ただの山賊じゃないでしょ」
「そう思う。ディックたちにも調べてもらってたけど、途中で足取りがつかめなくなった」
なるほど、とトットは頷く。
そうであれば、迂回するのは当然の判断だ。内陸のほうが安全性は高まる。
「やっぱ、くせえわ」
レオナルドはそう言って腕を組む。
「くせえよな、わかるだろ?」
「わかります。いまちょうどトットとも、そんな話をしていました」
「だよな。アサギ地方は落ち着いたし、その分少し防衛都市の人員を増やしたほうがいいかもしれねえ。レイフが、死にそうな顔をしていたぜ」
「人員は足りないですね、確かに」
「王都に戻ったら調整すっか。ウォルフは手数は足りてるか? 必要なら実働部隊の中で、お前についていけそうな奴をこっちに寄越すが」
「俺は大丈夫です。が、レイフさんのサポート的な役割をこなせる人は必要かなと。情報収集力があるような」
「そうだな、考えよう」
2人の会話を横耳に、トットはぼんやりと壁の向こうを眺める。
山賊か、と僅かな引っ掛かりを覚える。
ア=カイロが関係しているだろうとは容易に想像がついた。
ア=カイロが山賊を買収したのかと初めは思ったが、それは安直すぎる気がした。山賊は確かに金銭に目はないが、兵師団がそんなに簡単にやられるはずもない。となれば、誰かが山賊になりすましている、という方が恐らく正しい。
そろそろ夕食だ、と立ち上がって歩き出したレオナルドに従って、ウォルフも壁から降りる。
「ウォルフ」
うん? と振り返ってこちらを見上げた彼を、トットは一瞬だけ見下ろして、それからぴょん、と壁から飛び降りた。同じ地面に立てば、ウォルフの方が背が高い。
「その山賊って、女性は? いる?」
「そこまでは、把握していない。なんだ、何か引っ掛かることでもあるのか」
「まあね」
「……話す気はないんだな」
「うん」
「わかったよ。ほら、夕食行くぞ」
「は~い。あ、終わったらウォルフの部屋行っていい?」
「やめろ。こっちは仕事がある。ザルに付き合う胃は持ち合わせてねえ」
「なんでよ。昔はよく付き合ってくれてたのに」
「歳をとったんだよ」
「まあ、行くけど」
「俺の話聞いてねえだろ」
ウォルフの言葉にトットは少し笑って、もう一度壁の向こうに視線をやる。
――なんとなく、嫌な予感がしていた。




