第8話 デッサン
羽ペンとインク、高価な羊毛紙が三枚。
これだけでもかなりの値段がしたはず。
「ありがとう……私のために、買ってくれたの?」
「画材じゃなくてごめんね。でもこれがあるだけでも違うかなって。デッサンとかならできるし」
「すっごく嬉しいよ。みんなありがとう! 大切に使うね」
紙三枚。何を描こうかな。パパ、ママ、お兄ちゃんの絵を描く? きっと三人は喜んでくれると思う。
でも、もっと何か有益になることに使いたい。
例えば、描いた絵を売って、お金を稼ぐとか……。
デッサンて売れるのかな。そもそも、私の絵が売れるのか。
考えていると、ママが優しく肩をポンと叩く。
「レイラの好きに使っていいのよ」
「そうだぞ、気を遣わなくていいからな!」
何を描いてどうするかはゆっくり考えることにして、夕食を食べることにした。
机を囲んで、その日あったことを話しながら食事をするのが日課だ。
「最近母さん、野菜とか現物じゃなくて、お金をもらうようになったみたいだね」
「実はね、街の人たちから噂が広まって貴族のお宅へ行くこともあって、施術費をもらってるのよ」
貴族の家に呼ばれていたなんて知らなかった。
それだけママの整体技術が認められてるってことだよね。すごいなあ。
「俺はパンケーキの売り上げがいいからもっとメニューを増やしてもいいって話がでてるんだ。シェフに許可をもらったらケーキを作ろうと思ってる」
「ついにパパのケーキが食べられるんだね!」
生クリームを仕入れたいとお願いして了承を得たらしい。
これからレシピを考えるんだと張り切っている。
ちゃんと、働いてるって感じだな。
「イクスは最近どうなんだ? いろいろと貰っているみたいだけど」
お兄ちゃんは、洋裁店のお姉さんに作ってもらった新しいズボンを履いている。
「ギャラリーもどんどん増えてきて、その分投げ銭ももらえてるよ。硬貨だけじゃなくてものをくれたりすることもあるんだ。この前はハンカチを貰ったから、それでマジックやってる」
嬉しそうに話すお兄ちゃんは、楽しんでマジックをやっているんだろうなということがわかる。
「レイラも、子どもたちのためにありがとうね。青果店の店主が息子が文字を読めるようになってきたって喜んでいたわよ」
「そうなんだ。良かった」
貴族か平民かによって学べる機会がこんなにも違うことがもどかしいなと思うようになった。
街の子どもたちはたくさんの可能性に満ちているのにと。
そう思うのはきっと、私が貴族から平民になったこともあるし、前世の記憶を思い出したからというのもある。
これまでは考えつかなったこと、“今”の私ができることがもっとあるはず。
翌日、紙とペンを持って公園へ行った。ママが以前棟梁からもらっていた木の板も絵を描くように持ってきた。
いつも通り子どもたちに文字を教えて、それぞれ木の枝をもって書く練習をはじめる。
その間、私は絵を描くことにした。
みんなは私が何を書くか興味津々なようだ。
「お勉強に集中してね」
「はーい」
「お姉ちゃん、絵が描けたらみせてね」
「もちろん」
花壇のレンガに腰掛けて、子どもたちと話をしながらペンを持つ。
三枚のうちの一枚。私はこの風景を描くことにした。
一本の大きなケヤキの木。たくさんの花が咲く花壇。元気で笑顔が絶えない子どもたち。
お兄ちゃんに連れてきてもらってから、ここが私の特別な居場所になっていた。
羽ペンにインクを付けて、丁寧に線を描いていく。
まずは花壇から。いつも土に木の枝で描いていたイラスト調ではく、見たままの通りに。
「わあすごい、本物みたい」
「お姉ちゃんはやっぱり絵が上手だね!」
やっぱり気になるみたいで、みんな覗いてくる。
「ありがとう。お花だけじゃなくて、もっといっぱい描くよ」
みんなのことを描くのは完成してからのお楽しみ。
それからしばらく絵を描き続けた。
子どもたちは文字の勉強をしたり、遊んだり、思い思いの時間を過ごしていた。
私は描くことに集中していたけれど、騒がしかった公園がふと静かになった。
顔を上げると、子どもたちはその場に立ち止まって一方を見ている。
同じ方を見ると、そこにはエドモンド様がいた。
「あのお兄ちゃんだれ?」
「王子様だよ。パレードで見たことがある」
「ママが王族には頭をあげたらだめだって言ってたよ!」
みんなハッとして、揃って頭を下げてはじめる。
「そんなことしなくていいよ。顔を上げて」
エドモンド様が言うけれど、子どもたちはどうすればいいかわからないようだ。
「いいの?」
「え、だめだよ! 不敬になるって言ってたもん」
「でも王子様がいいって言ってるよ」
「あとから不敬な子どもがいたって騎士が捕まえにやってくるんだ」
決してそんなことはないだろうけれど、子どもたちにとっては予想もしていなかった出来事が起こっているんだ。
このままでは大人たちもやってきて騒ぎになるかもしれない。
「みんな、今日はもう私は帰るね。みんなは好きなことして遊んでね」
エドモンド様に行きましょう、と声をかけ公園を出た。
人気のない路地裏に移動して、向かい合う。
「あの、どうしてここに?」
王子であるエドモンド様がそう何度も来るような場所ではないのに。
「街で子どもたちに読み書きを教えている少女がいると噂になってて、様子を見にきたんだ。そんな子、レイラしかいないと思ったよ」
「教師の真似事です。私にできることはこれくらいですし、この街では私と同じ年の子たちはもう働いていますから……」
噂が王宮まで届いているなんて知らなかった。
それに、わざわざ様子を見にくるなんて。
「やっぱり、レイラの絵は素敵だね」
エドモンド様の視線は、私が抱えている絵に向けられている。
ただのデッサンで、まだ途中で、王宮にあるような絵とは比べものにならないのに。
「……ありがとうございます」
「絵を描くことを辞めてなくて嬉しいよ。あのさ、レイラにお願いがあるんだけど」
「私に、お願い?」
「僕の絵を、描いて欲しいんだ――」




