第7話 公園
翌朝、私はお兄ちゃんと一緒に街の公園にやってきた。
花壇と広場があるだけの公園だけれど、小さな子どもたちが楽しそうに走り回っている。
「レイラこっち来て」
手招きされて、ケヤキの木の下にしゃがんだ。
はい、と渡されたのは細い木の枝だった。
お兄ちゃんも一本持っていて、枝で土に絵を描き始めた。
丸い耳に丸い鼻。優しそうな目をした動物……。
「クマ?」
「イヌのつもりだったんだけど……」
「あ、イヌか! 言われてみればそうだ」
「レイラ、はっきり下手だって言っていいよ」
クマかと思ったけど、下手ってわけではない。マスコットのようなフォルムで可愛らしいイヌだ。
私も隣に描いてみた。
長い耳に、まんまるの目、尻尾はも丸くて、後ろ足は少し大きめ……
「ウサギだ」
「正解!」
「やっぱり上手いな。じゃあ次は……」
それからお兄ちゃんと交互に絵を描いて当て合ったり、一緒にパパとママの顔を描いたりした。
ただの遊びだけど、どんな形でもやっぱり描くことは楽しい。
しばらく遊んでいると、近くにいた子どもたちが興味津々に寄ってきた。
「何を描いてるの?」
「これは動物だよ。イヌと、ウサギと、ネコにネズミ」
「なんか、みたことない形だね」
この世界にはイラストの概念はないので、こんな簡易的な動物の絵は珍しいのだろうな。
でも、こんな木の枝じゃリアルな絵は描けない。
「似てなくてごめんね」
「ううん。かわいくて好き! とっても上手だよ」
女の子がニコニコしながら褒めてくれた。
「そっか、ありがとう」
「こっちの絵はだれ?」
「私のパパとママだよ」
「お姉ちゃんのママ美人さんなんだね。私のお顔も描いてほしい!」
目をキラキラさせながらお願いされたので、快く引き受けることにした。
フワフワの癖っ毛の髪に、丸い瞳、薄い唇、モチモチのほっぺ。
ちょと特徴を誇張して描きすぎたかなと思ったけれど、女の子はとても嬉しそうに見ているのでそのまま完成させた。
「できたよ。どうかな」
「わあ! かわいい! ありがとう」
女の子は私にぎゅっと抱きついてきた。
かわいいな。こんな簡単なイラストでこんなに喜んでくれるなんて。
「ねえ、私の顔も描いて!」
「僕も!」
近くにいた子たちにもせがまれたので、順番に描いていった。
似顔絵を描いてもらうなんて機会はないからみんな嬉しそうだ。
私も楽しくなって、どんどん描いていった。
気がつけば、公園の地面がイラストだらけになっている。
「なんだか、すごくアート的な公園になったね」
立ち上がって眺めるお兄ちゃんもどこか楽しそうだ。
「すぐ消えちゃうけどねえ」
「お姉ちゃん、また描いてよ」
「今度はお花がいい!」
「うん、任せて」
子どもたちと約束をして、帰ることにした。
久しぶりにたくさん絵を描いて楽しかったな。
落書きのお遊びだけど、子どもたちの笑っている顔を見て、だれかに見てもらえて、喜んでもらえることがこんなに幸せなんだと思った。
「お兄ちゃん、誘ってくれてありがとう」
「良かった。木の枝で落書きなんて本当は子ども騙しすぎたかなって思ってたんだ」
「道具なんかなくても、どんな形でも描くことができるってわかってよかった」
お金がなくても、何も持っていなくても、楽しむ方法はいくらでもある。
私はだれかを笑わせることができる。何もできない私じゃない。
それがわかっただけで、とても気持ちが軽くなった。
後日、私はまた公園に来た。お兄ちゃんは街の方でマジックをしてくるからと一緒にはいない。
けれど子どもたちは私を見つけた瞬間嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。
「お姉ちゃん! 待ってたよ」
「今日はお花の絵描いてね」
「うん、いいよ」
私は希望通りお花の絵を描いていく。
パンジー、ビオラ、スイセン、チューリップ。絵の下には名前も書いていった。
でも子どもたちは首をかしげる。
「この文字、なんて書いてあるの?」
そうだ。街の子たちは読み書きができないんだ。
親や周りの人が教えてくれることもあるらしいけれど、みんながみんなそうじゃない。
「これは、お花の名前を書いているんだよ」
「じゃあ、これはパンジーって書いてあるの? こっちはスイセン?」
「この“ン”て文字が一緒だね」
「そうだよ! よく気づいたね!」
この子たちは学ぶ機会がないだけで、教えてあげればきっとどんどん覚えていくだろう。
私はそれから文字を教えてあげることにした。
絵を描いて、そこに名前を書く。単語として認識しながら、一つ一つの文字を覚えていく。
「いえ、えんとつ、つくえ!」
「正解!」
しりとりなどのゲームも交えて文字を覚えることで、子どもたちも楽しんで覚えている。
毎日公園に通い、その時々にいる子たちに合わせて教えてあげた。
みんな覚えが早くて、読み書きができるようになっていくことに喜んでいるし、私も教えがいがある。
お金を貰えるわけではないけれど、誰かの役に立っていることが嬉しかった。
パパ、ママ、お兄ちゃんもそれぞれ仕事をして、日々食べるものには困らないくらいの収入を得られるようになっていた。
それでもまだ、生活が楽になったわけではない。
私はみんなよりも早く家に帰って、掃除をしてご飯を作る。
午前中は公園に行って、午後からは家のことをするのが私の日課になっていた。
帰って外に干していた毛布を取り込んで、井戸から水を汲む。
床を磨いて、キッチンの掃除をしてから夕食の準備を始める。
窯に火をつけて、温めながら野菜を切っていく。
パパが調味料を持って帰ってくれたので、料理のレパートリーも増えてきた。
準備をしていると、みんな揃って帰ってきた。
いつもはバラバラに帰ってくるのに珍しいなと思っていると、ニコニコしながら手招きされる。
「みんな、どうしたの?」
「レイラにプレゼントがあるんだ」
「きっとびっくりするわよ」
「父さん、母さん、僕の三人からだよ」
そう言って渡されたのは、羽ペンと紙だった。




