第6話 日常
お兄ちゃんは紙袋を持ってきて、中を私に向ける。
「これ、何も入ってないだろ?」
空っぽの中を見せてくれて、何も入っていないことを確認する。私が頷くと、三、二、一、と数を数え袋の中に手を入れた。
すると、中からスルスルとズボンの裾を細く長く切った布が出てきた。そして最後に数枚の硬貨も。
「え?! そんなのどこに入ってたの?」
私が驚いていると、紙袋の中を見せてくれた。
そこには、紙袋の底の部分を切り取ったところが入ってる。
「紙袋が二枚あったから、一枚を底に重ねて間に布を入れていたんだ」
見せるときには、上に重ねた底の部分が見えていて、布を取り出すときにそれを退けることで何もないところから出て来たようになるらしい。
「こんなこと思いつくなんてすごいね!」
「初歩的なマジックの応用だよ」
たった紙袋二枚でこんなことができるんだ。ズボンの裾をさらに犠牲にはしてるけど。
ちゃんと投げ銭も貰えて、犠牲にしたズボンは新しく作ってくれることになって、さらに売れ残りとはいえ高価な生地まで貰ってかえってきて。
本当にすごいなあ、と関心しているとママが大きなテーブルを抱えて帰ってきた。
「ただいま~。あっ、ドアにぶつかりそう」
「母さん大丈夫?!」
私とお兄ちゃんは急いでテーブルを支えて家の中に運び込む。
「ママ、これどうしたの?」
「今日、大工の棟梁に整体の施術をしたんだけど、廃材を好きに使っていいって言うから作ってきたの」
「母さんが作ったの?」
「棟梁に手伝ってもらったけどね。腕がいいって言われちゃったわ」
フフ、と笑うママは大工仕事をしてきただなんて全然思えない。
三人で運んで、部屋の真ん中に置いた。
ズレもないし、ちゃんとやすりもかけてあるみたいだ。
「この高さって、こたつ机みたいだね」
「わかった? 高さのあるテーブルだと椅子も必要になっちゃうし、みんなこの高さでも慣れてるかなと思って」
「こたつ懐かしいね! 毛布かけて寝転びたくなっちゃう」
絨毯でもあればみんなで寝転べるねと笑い合う。
以前なら絶対にしなかった会話で盛り上がって楽しい。
私たちはそのまま机を囲んで談笑した。
しばらくして、パパが食堂から帰ってきた。
机を囲んでいる私たちを見て驚いている。
ママがこの机を作ったことを説明すると、さらに驚いていた。
「アリアナが作ったのか? すごいな!」
そしてパパは嬉しそうにしながら、持って帰ってきた籠を机に置いた。
「今日は何を持って帰ってくれたのかしら?」
「食堂で作った残りを持って帰ってきたんだ」
籠に被せていた手巾を取ると、野菜をふんだんに使ったサンドイッチが入っていた。
全部が端の部分だけれど、それでも十分おいしそう。はみ出た葉物野菜たちが贅沢に思える。
パンケーキの売り上げは上々で、食堂のメニューの調理の手伝いもしてきたそうだ。
そして宣言通り、食器も借りてきてくれた。
サンドイッチを昨日の残りのスープと一緒に食べることにした。
「机もあって、サンドイッチもスープもあってこうしてみんなで食べられて幸せだね」
「レイラったら……」
「もっと頑張るからな! 美味しいもの、みんなでいっぱい食べよう」
「ありがとう、パパ」
心中までしようとしていたところから、少しずつよくなっていく暮らしが幸せだと思える。
それは、パパやママ、お兄ちゃんが頑張ってくれているから。
私はしてもらうばっかりで、なにも返せてないな……。
夜は、家族四人でお兄ちゃんが貰ってきた毛布でくるまって寝ることになった。
さすがに四人並んでは毛布の長さががたりないので、パパとママ、私とお兄ちゃんで上下に分かれて足を向け合って毛布に入る。
「パパ、狭くない?」
「大丈夫だ。足、当たってないか?」
「大丈夫だよ」
本当はみんな狭いと思っているはずだけど、そんなことは言わない。人肌を感じることが安心した。
「みんな、おやすみなさい」
「おやすみ、ママ」
しばらくして、パパとママの寝息が聞こえてきた。
私はまだ眠れない。
明日はもっと、みんなの役に立つことをしよう。でも、何をしよう。
家の掃除? ご飯を作る? 働けるところを探す?
結局ずっと同じことをグルグル考えている。
それに今日、エドモンド様と会ったことは本当に予想外だった。
まさか王子であるあの人がこんなところにいるなんて。
学園を辞めてからもう会うことはないと思っていたのに……。
「……レイラ、今日元気なかったけどなにかあった?」
考えていると、お兄ちゃんが小さな声で話しかけてきた。
まだ起きてたんだ。
でも、どうして元気がないと思ったんだろう。
普通にしてたつもりだったんだけどな。
いろいろと考え過ぎていたのが顔に出てたのかもしれない。心配かけちゃった。
「お兄ちゃんやパパとママに頼ってばかりだから、私なにもできてないなと思って」
「そんなこと考えてたんだ。レイラはよく頑張ってるよ。今日だって家の掃除をしてれくたじゃないか。それにレイラはいつも笑って、僕たちを和ませてくれる」
「頑張るようなことは何もしてないよ……」
掃除なんて、当たり前のことだ。
私が笑っていられるのは、みんながいてくれるから。
「まだ、十四歳の少女なんだ。本当ならもっと伸び伸び好きなことをしていたっていい歳なのに」
「お兄ちゃん、なんかおじさんくさいこと言うようになったね」
自分だってまだ十八歳の少年なのに。
「まあ、中身はおじさんだから」
「そうなの? 私も中身は十七歳だけど」
「アラサーマジシャンだからね」
「おじさんってほどじゃないじゃん」
「女子高生からするとおじさんだろ? 高校生なんてカラオケ行ったりファミレスで女子会したり楽しいこといっぱいしてる年齢じゃないか」
「女子高生って響き久しぶりだ。そんなにキャピキャピしてなかったけどね」
お兄ちゃんと話していると、少しだけ気持ちが楽になってきた。
私は、このままでいいんだと言ってくれているみたいだ。
「しなければいけないじゃなくて、したいことはないの?」
「したいことか……私は、できるならやっぱり絵が描きたいかな」
「絵、上手だったもんね」
「でも、道具とかなにもないし描けないから……」
「レイラ、僕に良い考えがある。明日、一緒に公園に行こう」
良い考えって何だろうと思ったけれど、お兄ちゃんは明日のお楽しみと言って、眠ってしまった。
私も、グルグル考えるのはやめにして、明日に備えて寝ることにした。




