第4話 できること
「え! パパ就職が決まったの? すごい」
「仮だけどな、仮!」
あの道場破りのような食堂への訪問から何があったのだろう。
ケーキでも作ったのだろうか。
でもあのお店はスイーツなどを出していないので材料はない気がするけど……。
「ねえ、ところでそのお鍋はなあに?」
ママが興味津々に尋ねる。
私も気になっていた。
お鍋には似つかわしい、ほんのり甘い匂いがしている。
「じゃーん。一枚だけ持って帰らせてもらったんだ」
蓋を開けると、そこにはフワフワのパンケーキが入っていた。
「わあ! 美味しそう!」
「これ、父さんが作ったの?」
お兄ちゃんも甘い匂いにつられてお鍋を覗き込む。
「小麦粉と砂糖と卵があればパンケーキはすぐに作れるからな。メニューとして置いてくれないかって提案したんだ」
フワフワの甘いパンケーキにお店のシェフは感動したらしく、お試しでメニューに加えてくれることになったそうだ。
けれどご飯がメインの食堂のため、売れなければ本メニューにはできないそうだ。
元々甘いスイーツは貴族の嗜好品で、基本的にお抱えのシェフが作っているため平民にとってはあまり馴染みのない食べ物だ。
でも、絶対にみんな好きになると思うな。
だってスイーツって、食べるだけで幸せな気持ちになるから。
「ケーキ屋さんとかがあればいいのだけどねえ」
「いつか自分で作るしかねえな!」
そのためにまずは食堂でパンケーキを定番メニューにして、そこからいろいろなスイーツを作って平民にも広めていくんだと意気込んでいる。
自分でお店を開くにはたくさんの資金がいるだろうけど、何もないところから一歩を踏み出したパパはすごい。
「ケーキ屋さんを開くなんて夢があるね!」
「これから俺の腕の見せ所だな」
仮とはいえ食堂でパンケーキを出すなんて斬新な契約を取り付けてくるなんて本当に行動力がある。
ただバイトのようなものなので報酬はそんなにもらえないらしい。でも仕事があるだけでありがたいことだ。
それに、以前のパパなら街のお店で働くなんて考えられなかった。やっぱり前世の記憶がそうさせているんだろうな。
それからみんなでパンケーキを食べることにした。
手のひらサイズの小さいパンケーキだけど、フワフワで厚みがある。
四等分に分けて、いっきに口の中に入れる。
「ん~美味しい! フワフワだ」
「久しぶりの甘いものが体に染みるわね」
本当に美味しいけれど、パパは食べながら納得のいかない顔をしている。
「今の世界なら珍しいし十分美味しいけど、元の世界の味を知ってるからなあ」
まだ家が没落する前は焼き菓子など甘いものを食べることもあった。
だけど前世を思い出した今、あの甘いクリームとフワフワのスポンジ、酸味のある苺が乗ったショートケーキを思い浮かべるとたしかに物足りなくは感じる。
「この国、果物はたくさん採れるからフルーツパンケーキとかにしてもいいいかも」
「それいいアイデアだな! シェフに提案してみるか」
パパはなんの果物がいいだろうかとブツブツ呟いている。
「父さん、そっちの袋に入ってるのは何?」
お兄ちゃんが床に置かれた袋に視線を向ける。
パパは「ああ」と言いながら、お鍋と一緒に持って帰ってきていた麻袋を開く。
「これはもらってきたんだ。もう古くなって捨てるっていうから」
中から取り出したのは、少し錆びた包丁とおたまだった。
「あら、いいじゃない。お鍋もあるし、朝の残りの野菜で何かつくりましょうか」
「やったあ! 私も手伝う」
ママと二人でキッチンに立ち、朝の野菜を錆びた包丁で切っていく。
その後私は暖炉の残り火を持ってきて窯に火を着ける。
お鍋に水と切った野菜を入れて、じっくりと煮込んだ。
「本当は調味料が欲しいのだけどね……」
「でも、野菜のいい匂いがしてきたよ」
しっかりと煮込むことで、野菜の旨味がしっかりと染みでてくる。
ルウを入れる前のカレーのような匂いだ。
最近まともな料理を食べていないので、温かな香りにどこかほっとする。
そして出来上がったとき、ママが大事なことに気づいた。
「あ……食器がないわ」
「たしかに……」
仕方がないので、お鍋ごとみんなで食べることにした。
一人ずつおたまでスープをすくって飲む。
シンプルな味だけれど、温かい野菜の旨味が体に染みた。
「明日はお店で食器類借りてくるかあ」
「生活していくならちゃんと買わないといけないわね」
食べ物はなんとか確保できているけど、やっぱり暮らしていくうえで食器や家具、寝具がないと困る。
それぞれできることをして、少しずつ揃えていこうと話し合った。
そして翌日、ママはまた肩を回しながら街へと出かけていき、パパもお店に出勤していった。
お兄ちゃんは紙袋でできる手品を思いついたと言って家を出て行った。
私は何もすることがなく、一人家に残る。
お兄ちゃんのアシスタントでもできるかなと思ったけれど、まだ何も練習していないし足手まといになってもいけないのでやめた。
みんな手に職があって頑張っているのに、何もできない自分がもどかしくて、悔しかった。
「私には、何ができるんだろう……」
何も浮かばない私は、とりあえず家のことをすることにした。
外から井戸の水を汲んできて、布の切れ端を雑巾にして床を磨く。
地べたに座って食事をしているので、できるだけ綺麗にしておきたい。
それからキッチンの窯の掃除もした。お鍋も磨いた。
でも、もうすることがなくなった。
まだみんなは帰ってこない。
私は外に出た。街の大通りとは反対方向へ行き、裏路地を通る。
古いお店や住宅が立ち並ぶ落ち着いた通りをなんの目的もなくただ歩いた。
この世界の、この国の子どもたちは身分によって生活が大きく違う。
貴族の子どもは貴族学園に通い、卒業すれば家業を継いだり国家機関に就職したりする。
女であれば卒業と同時に結婚することも珍しくない。
平民の子は学校に通うことはほとんどなく、家の手伝いをしたり、早くから働いている子も多い。
読み書きなどは親や街の人が教え合って少しずつ覚えていくらしい。
私もどこかで働いた方がいいのかな。
どんな仕事ならできるだろう。
でも貴族だったころの生活や、前世の記憶のせいか、十四歳の自分が働くということがイメージできないし、不安だ。
みんなで頑張って生きていこうと決めたのに、私は何をやっているんだろう……。
自己嫌悪に陥りながら歩いていると、突然後ろからパッと腕を掴まれた。
振り返ると、目の前にいる人物に驚いた。
「やっと見つけた」
「どうして、ここに……」
険しい表情で私の腕を掴むのは、金髪碧眼の美しい少年、この国の王子であるエドモンド様だった。




