004話 期限付きの恋も素敵でさァ
「なるほどなァ。それでその娘を抱えて、逃げ帰って来たと……」
日陰の石の上にどっかりと座って、ナジムは大袈裟にウンウンと頷く。
その度に、背中の後ろで大雑把に括った金色の長髪が揺れた。
「それにしたって、おめェが下着ドロとはな……プククッ」
「だからそれは違うんだって!」
あくびをする猫のように目を細めたナジムが小刻みに震わせている肩を、アゼルは強めに小突いた。
「なんにせよ、俺らァ盗っ人。役人から見れば変わりねえさ」
「僕は盗みはしない」
「盗んだモン売ってるんだから、大差ねェっての」
「生きるためだ」と短く答え、アゼルは自嘲気味に笑った。
砂に囲まれた王国、ザイラーム。
王国中の汚いものを隅っこに掃いて寄せたような貧民街で、アゼルは盗品商として日銭を稼いでいる。
一方、自称”財宝ハンター”のナジムは、正真正銘の盗賊。
貴族連中の隠し財産や、古代墓に眠る遺物をひょいひょい調達してくる彼とアゼルとは、いわば仕事仲間なのであった。
「お二人とも、仲がよろしいのですわね」
「まァな!」
「仲間だからね」
同じ時期に貧民街へ流れ着いて数年、歳の頃も近い男同士。
二人の間に仕事仲間以上の信頼が構築されていることは、事実であった。
「そういうの、私は憧れますわ。友達なんて、出来たことありませんし……」
リアーナは俯く。
アゼルが貸した黄土色のスカーフがずれて、真っ白い顔が露わになった。
「……」
アゼルが息を呑んだ一瞬を捉えて、ナジムの目だけがわずかに微笑んだ。
鼓動一回分を遅れ、
「ぼ僕が、友達にな、なるよ」
感情に支配されて短剣を突き付けてしまった事への羞恥、後悔、自責の念が一気に押し寄せて喉を詰まらせながら、アゼルは吐き出すように言った。
ナジムが訳知り顔でニッと笑う。
当のリアーナはというと、どこか悲しげな笑顔を湛えて地面を見つめたまま
「ありがとう」
と呟いた。
アゼルは言葉に詰まった。
何か無神経な事を言ってしまっただろうか。
うわべだけの陳腐な慰めに聞こえただろうか。
「っしゃ!」
落ちかかった凧を吹き上げる突風のように、ナジムが大きな声を出して立ち上がった。
「リアーナよォ、あんたこの国の人じゃねェんだろ? アゼル、案内してやれよ」
「……は?」
「は、じゃなくてよ。観光案内だよ、分かるだろ?」
素性こそ知らないものの、彼女はどう見てもいいとこのお嬢様。むやみに連れ回して大丈夫なのか。
わかってらァ、どのみちいつか衛兵に見つかる、それまでだけでも遊んでやれよ。
アゼルとナジムは、目だけでそんな事を伝え合った。
「行こう、リアーナ」
「ええ。ありがとう」
ナジムに背中を押されるようにして、二人は光差す砂の道を歩いて行った。
初々しい男女の背中が見えなくなった頃。
ナジムの肩に、ごつごつした岩のような手が置かれた。
「よう、ナジム。あれは何だ」
「恋ってやつじゃねェすかね、ゴブさん」
振り返らずに答えたナジムの後ろに立っているのは、天を衝く大男。
毛皮のポンチョを羽織り、両腕に嵌めた幅広の革帯には、金属のトゲ付き鋲がいくつも打ってある。
つるりと禿げあがった頭が、陽光に輝いた。
「あれは一体どこのお姫様だってんだ」
「さァ。知りませんね」
「ふうん」
ゴブさんと呼ばれた強面の巨漢は、丸太のような腕をがっちり組んだ。
「しかし俺が見るに、あれは相当の要人だぜ。すぐにでも衛兵……いや、王国騎士団が総出で探しに来たっておかしくない」
「期限付きの恋、ってヤツも素敵でさァ」
ナジムは目を細めて笑いながら、手元のコマをくるくると指で回した。
「そうじゃなくてよ。俺らがあの女を匿ったって事になれば、まーた衛兵どもとトラブルになりかねないって話だ」
「大人しく女を渡しゃァ、ヤツらも引くでしょ」
「引かなかったらどうする」
「そうなったらなったでなんとかしてくださいよォ。頼りにしてますぜ、ゴブの兄貴!」
ナジムは猫のように目を細めて振り返り、小山のように盛り上がった肩をぺチンと叩いて笑った。
ゴブは大仰に両手を投げ出して苦笑いを浮かべている。
彼は貧民街の若者を一手にまとめ上げ、王国の衛兵たちからも一目置かれている、言わば裏社会のカリスマ。
ナジムのようなアウトロー連中からの信頼は厚く、兄貴分として慕われているのだった。
その重責を筋骨隆々の両肩に感じながら、ゴブは空を見上げた。
「はあ~あ」
文句ありげなため息をつく大男を尻目に、ナジムは楽しげにコマをこねくり回していた。




