017話 悩める高貴な者たち
三日前の夜、ザイラーム王宮で催された舞踏会は、隣国アル=ナフィールの令嬢リアーナの失踪により混乱を極め、王国の面目を失わせる醜聞と化した。
平たく言って”台無し”である。
第一王子ハーディンは焦っていた。
父王の冷たい視線が、何度もまぶたの裏に蘇る。
女たちが押し詰められたソファーの真ん中。
ハーディンは焦点の合わない眼で、テーブルをぼんやりと眺めていた。
「そんなに自分を責めないでくださいまし」
「王子様はなんにも悪くありませんし」
「王様もきっと分かってくださりますわ」
女たちは口々に甘い言葉をかけ、折に触れて王子の肩や袖にすがりつく。
しかしその柔らかい肌も、高級な絹の袖も、若き王子の両肩にのしかかる期待と重圧を払いのける事はできなかった。
当のリアーナは先日、貧民街で捕らえられ王宮に連れ戻された。
彼女が脱走してから丸一日後の事であったが、もし誘拐や暗殺などに巻き込まれていたらと気を揉んでいたハーディンにとっては、ひと月にもふた月にも感じられた。
貧民街を仕切っている男が衛兵と共謀して確保を遅らせたという噂もあるが、真偽は定かではない。
ともかくリアーナ確保に時間を要したため、最後には王子本人が出向く事態にまで発展したのであった。
普通に考えれば、今さら結婚は破談であろう。
となれば、自分たちにもチャンスが巡ってくる可能性がある。
舞踏会に参加していた他の令嬢たちは、そう考えていた。
「ほら王子様、そんなに暗い顔しないでくださいまし」
「お酒飲みましょうよお」
「あんな女のこと、忘れちゃいましょう?」
──やはり女はバカだ。
ハーディンは元々、女好きの遊び人であった。
少しだけ掘りのある目元。人目を惹く高い鼻。どこか陰のある口元。
持ち前の容姿と聡明さを惜しみなく発揮し、女に不自由したことなど一度も無い。
彼に憧れる女も、彼に泣かされた女も数えきれず、王宮内には彼のファンクラブがひっそりと設立されたほどであった。
──コイツら、俺があの女にフラれて落ち込んでると本気で思ってんのか?
彼はリアーナに対し、何の感情も抱いていない。
ただ国の政略のため、つまりは水資源確保のために、自分の役割を果たすのだという気持ちでいた。
あんな女のこと、忘れちゃいましょう?
一人の令嬢が言ったその言葉に、そうよそうよと周囲は賛同している。
ハーディンはつくづく思った。
何もわかっていない、と。
「はあ」
王子のため息ひとつで、女たちは舞い上がる。
自分たちが何のためにここにいるのかも忘れて、王子の愁いを帯びた儚顔にただうっとりと酔いしれた。
「あんな女のことなんか、もう忘れたよ。さあ飲もう。誰に注いでもらおうかな?」
女たちは嬉々としてグラスを差し出す。
黄色い声が飛び交い、肩を抱かれた女が頬を果実のように染める。
混迷渦巻く王宮内で、そこだけが唯一、夜の酒場のような不健全な賑やかさに包まれていた。
***
うってかわって、王宮の敷地内でも日の当たらぬ北西の端に造られた地下牢は、砂時計の砂の落ちる音が聞こえるほど静まり返っていた。
石造りの床と天井の間に鉄棒が差し込まれ、牢を成している。
アゼルの小屋よりも狭い牢の中、当て布もしていない簡素な木の椅子に、リアーナは腰かけていた。
さすがに手錠は無く、胸元の冥月石も没収されていないものの、牢はしっかりと施錠されている。
彼女は格子の嵌められた石枠の窓ごしに、小さく切り抜かれた星空を見つめた。
リアーナの右手の人差し指では、アゼルに買ってもらったサザンカ石の指輪が、月光を受けてキラリと光った。
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