016話 花と毒草
一日中歩き通して、また夜がやってきた。
砂漠に突き出た巨岩の上で、三人は焚火を囲んで座っていた。
「夜はじっとしているのが良い」
マリエルは、魔法で起こした火を見つめながら呟く。
早く先へ進もうと言いそうなナジムも、昨晩のサソリの群れを思い出してなのか、何も言わなかった。
「そういえばあなたたち、何歳なの?」
「僕は16で、ナジムは18」
ナジムがぼんやりと夜空を見上げたまま何も喋らなそうなので、アゼルが二人分回答した。
「ふうん」
「マリエルは?」
「私は18」
「じゃあナジムと一緒だな。僕だけ年下か」
その時、黙って聞いていたナジムが「俺らはさァ」と突然声を出した。
「物心ついてから貧民街に流れ着いたから、歳を把握してんだよな。でも、自分の歳を知らねェヤツだって近所にゃァ沢山いる」
「そうなの」
「エリートなメイドさんにゃ分からんだろォがな。人に年齢聞くときゃァ気を付けな」
それがやけに咎めるような口調だったので、アゼルは少しでも和ませようと、マリエルに向かって肩をすくめて見せた。
マリエルはそれも意に介さず、いつもの無表情のまま「そう」と呟き、少しだけ顎を上げた。
ツンとした鼻が、遠くの夜空を指している。
その余裕ある態度に、ふっかけたナジムの方が若干圧され気味であった。
ナジムは懲りずにまた口を開きかけたが、アゼルの目が「もうやめとけよ」と言っていたので、やめておいた。
一方マリエルの唇も、ほんの少し動いた。
が、やはり何を言うでもなく、ふっと細く息を吐いただけで閉じた。
アゼルは沈黙に耐えかねて、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「マリエルはどうして、リアーナと王子の結婚をやめさせたいの?」
今度はナジムが「やめとけよ」と視線を送った。
マリエルはほんの少しだけ面食らったように目を見開いたが、またすぐにあの鉄面皮へと戻り、アゼルの顔を見た。
「まあ、色々あったから」
「……そっか」
斜め下に目を逸らした彼女の顔が、焚火に照らされて濃い陰影を作った。
「色々、ね……」
アゼルはそれ以上何も聞かなかった。
ただ焚火を見つめ、その中にリアーナの顔を思い出そうとした。
リアーナは、思ったことをなんでもよく喋る人だった。
彼女のまっすぐな言葉。そしてそれを伝えようとする意志のおかげで、アゼルは彼女を殺さずに済んだ。
そして友達になり、友達以上になりたいと思った。
しかし侍女マリエルは、リアーナとは違う。
彼女は胸の内を語らない。
肝心な事は、何も。
マリエルはただ焚火を見つめ、肩に垂れている髪を指でそっと触るだけであった。
大好きだった幼馴染が撫でてくれた、薄紅色の髪を。
***
「はいっ、あーん」
絨毯は深紅、天井に真鍮のシャンデリア、壁には豪奢な緞帳がかかる王宮の一室。
中央の低いテーブルを囲むようにして、大きなソファーが四台設えられている。
ひときわ大きなソファーの中央には、険しい顔をした第一王子ハーディン。
王子の左右には、香油の匂いを纏った美女たちが隙間なく詰め居って、果物やら杯やらを手に手に差し出している。
つまんで差し出された小さな赤い実を、ハーディンは口で受け取って噛み潰し、種をぺっと床に吐き出した。
「くそッ……俺のせいで舞踏会は台無し……」
女たちが「王子様のせいじゃありません」「あの身勝手な女が悪いのですわ」と囁く声も、苛立つ王子の耳には入らない。
美しい花々に囲まれる中で、彼だけが刺々しい毒草のような、異質な雰囲気を放っていた。




