013話 王宮侍女との出会い
ナジムが死を覚悟した、その時だった。
「乱咲花火」
ババババババッ!
火薬が次々と連鎖して爆ぜるようなけたたましい音と共に、辺り一帯が明るく照らし出された。
アゼルは思わず、眩しさに目を細める。
ナジムは目を見開いたまま、頭上の明滅をぼんやりと見つめた。
「すげェ……」
それは空中に突然巻き起こった、無数の小爆発であった。
サソリたちは一斉にのけ反り、我を無くして右往左往している。
強い熱と振動が、彼らの触覚を狂わせたのだ。
「ほらボサッとしてないで、今のうちに」
どこからか颯爽と現れたのは、メイド服を着た若い女。
珊瑚のような淡い紅色の髪が、砂漠に映え輝いている。
「ボーっとすんなナジム!」
アゼルに手を引かれ、ナジムは引きずられるようにしてその場を去った。
二人は女の先導に従い、入り組んだ岩場に辿り着いた。
風に削られてできたいくつもの風食岩が、砂の上に大きく突き出ている。
広い岩石の上に立っていれば、足元から突然襲われる心配はない。
「はぁ……はぁ……誰かは知らないが助かった……ありがとう」
アゼルは、肩で息をしながら女をまじまじと見た。
青みがかった黒のロングスカート。純白のエプロン。
胸元には控えめな黒いリボンがひとつ。
燃えるように真っ赤な瞳が薄紅色の前髪から覗いており、頭頂にはフリル付きの頭飾りが乗っていた。
「あの、あなたは──」
「まったく。サソリと戦えもしないくせにこんなとこまで来るなんて。信じらんない」
アゼルが言い終わらぬうちに、彼女は苛立たしげに腰に手を当て、抑揚の無い声で言った。
「は、はあ……ごめん」
「私が来なきゃ死ぬとこだったわよ」
「……その通りだ。まさか、ヨロイサソリが群れで現れるなんて……」
「最近の魔物は異常に攻撃的なの。ここ数年で習性も変わってきてる。それに、町から離れるほど魔物は凶暴化するし数も増える。勉強不足ね」
「そうだったのか……」
アゼルは、自分たちの準備不足を恥じた。
ヨロイサソリが群れになって現れるなどと、思いもしなかった。
「おめェ、城のモンだな」
今まで黙って観察していたナジムが、急に口を開いた。
「……そうだけれど」
「俺らをつけてきたのか」
「ええ」
彼女は躊躇いなく言い放った。
ナジムは素早く腰の短剣を抜き放ち、逆手に持って地面と水平に構える。
「そんなくだものナイフで何をする気?」
「何だろうなァ。林檎の皮でも剥くんじゃねェのか?」
ナジムの琥珀色の瞳が、一瞬にして虎のような気迫を帯びた。
すっかりしょげていたアゼルも、身体を捻じって革袋を死角に隠したところへ右手を忍ばせ、臨戦態勢を取る。
が、アゼルはふと思い出した。
自分の手で、リアーナを殺してしまいそうになった事を。
大切なのは肩書や立場ではない。
意志を伝え合う言葉だ。
そう教えてくれたのは、リアーナである。
「ナジム」
アゼルは構えを解くと、ナジムの肩に手を置いた。
「油断すんなアゼル。城のメイドだぞこいつァ」
「そうかもしれないけど、僕たちの命の恩人だよ。少し話を聞いてみよう」
アゼルにしては強い口調だった。
ナジムは腰を落とした構えのまま、横目でアゼルを見る。
そしてゆっくりと、短剣を腰の鞘へ戻した。
「助けてくれて、ありがとう。……僕はアゼル。こいつはナジム」
「貧民街の問題児ね。アストリア家のリアーナ嬢に最後まで拘ってた」
「やっぱり知ってたのか」
「もちろん。ハーディ……第一王子はあなたのこと、本気で叩き斬るつもりだった。ゴブに殴られて命拾いしたわね」
「ゴブさんの事も知ってるのか」
「彼は有名だから」
メイドの口調は平坦だった。
表情も変わらず、何を考えているのか読み取れない。
しかし、アゼルに答える言葉だけははきはきとしていた。
「で、おめェは誰なんだよ」
岩にもたれてしゃがみ、むすっとした顔で不貞腐れていたナジムがようやく口を開いた。
メイドは心底うっとうしそうにため息をつく。
「はあ……。そんな尋問みたいな言い方しかできないの?」
「なんで俺らァ追って来たのかも説明しろよ」
彼女は一瞬だけ苦い顔をしたが、すぐに元の鉄面皮を取り戻した。
「わかった。……私はマリエル。王宮侍女よ」
「なんで付いてきた」
「だから今から説明するから。ちょっとは黙って聞けないの?」
ナジムは警戒を緩めない。
今にも短剣に手を伸ばしそうな気迫である。
アゼルはそれを察し、さりげなく二人の間に割って入るような位置にしゃがんだ。
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