012話 旅立ち
「ナジム、こっちで合ってるんだよね?」
「あァー合ってる合ってる」
「ほんとに?」
「だいじょぶだいじょぶー」
「なんか軽いんだよなあ……」
アゼルとナジムは急いで貧民街に引き返し旅支度を整えると、夜のうちに城下町を出て、北の砂漠を進んでいた。
昼になれば、日差しが厳しくなる。
涼しい夜のうちにできるだけ進んでおきたいと考え、アゼルは自然と足早になった。
「んーとォ、月があの辺だからァ……もう少し行ったら東だな、たぶん。にしてもこれ、結構新しいぜ」
ナジムが手にしているのは、昨晩情報屋の老爺に託された宝の地図。
原書ではなく、写しだ。
その対価として、地図に示された場所に眠るという指輪を要求されている以上、その写しが偽物であるとは考えにくい。
二人はとりあえずその地図を信用し、バツ印へと歩を進めていた。
「新しいって、最近書いたって事?」
「おん。わざわざ古く見えるように加工されてるような……なんか変な感じすんだよなァ」
ナジムは、この地図を取り出してきた老爺の様子を思い出していた。
椅子から立ち上がって背後の引き出しをゴソゴソと漁る老爺は、どこじゃったかな、などと呟いていた。
これが最近作られた写しだとすれば、しまった場所を忘れるだろうか。
いや、単にボケているだけかもしれない。
「うーん……まいっか」
ナジムは色々と思考を巡らせたが、今考えても意味が無いと割り切ることにした。
「それにしても、本当にその指輪があればリアーナを自由にしてあげられるのかな」
「何でも願いが叶うってんだから、そうなんじゃねェの」
「どんな風に願いが叶うのかな」
「そりゃあほら、城のヤツらが謎の病に倒れまくったり? 激カワの妃候補が現れて王子様が目移りしてくれたり? シンプルにおめェが最強になる、なんてのも面白いよなァ。指輪つけた途端ムキムキになったりして。ひゃっひゃっひゃ」
琥珀色の瞳を細くして、ナジムは楽しそうに腹を抱える。
アゼルもつられて笑った。
そのせいで、気付くのが遅れた。
足元の砂が、細かく振動していることに。
「ん? 何だ──」
ドッパァーン!
地面が割れた。
砂が水のようになり、砂飛沫を上げて巨大な影が現れる。
舞い上がった砂が地面に叩きつけられ、微細な弾丸となって二人を打ち付けた。
「ヨロイサソリ、またお前か!」
サソリの鋼鉄の甲を、月明かりが照らす。
アゼルは革袋から煙玉を取り出すと、慎重に狙いを付けた。
「お前の弱点は分かってる……ここだっ!」
正確にサソリの頭部、触覚の付け根を捉える一投。
まとわりつく催眠の煙が、触覚の感覚を鈍らせていく。
サソリがオロオロし始めたのを見て、アゼルは勝利を確信した。
「よし、効いてる。今のうちに逃げるぞ、ナジム」
「……」
ナジムは動かない。
「ナジム?」
アゼルに背を向けたまま、むしろこちらへじりじりと後ずさってくる。
「おいナジム、どうしたんだよ、早く逃げ──」
ドッパァーン!
ザッパァーン!
ザッザーン!
周囲の至る所で、砂が小山のように盛り上がる。
五、六、七……その数はみるみる増えていく。
地図が変わるのではないかと思うほど大量の砂を巻き上げながら、おびただしい数のサソリが砂を割って出現した。
「くそっ、群れか!」
「囲まれたなァ……」
チャキチャキチャキ。
カチカチカチ。
甲羅が擦れ合う音、触覚や関節の動く音が、二人の死期を刻む拍節器となって砂漠に染み渡った。
「やるしかない!」
アゼルはとりあえず、一番近くにいるサソリに向かって煙玉を放った。
命中。
「アゼル後ろ!」
「はっ!」
ナジムの声を頼りに前へ飛ぶと、すぐ後ろの砂地がサソリの鋭い爪で深くえぐり取られた。
前転受け身で衝撃を殺しながら、右へ向かって次の煙玉を投げる。
着弾。
しかし触覚ではない。
「左へ飛べ!」
「こっちか!」
「下がれ! 右だ!」
「ッ……!」
夜眼が利くナジムが、闇の中でアゼルに避ける方向を指示し、アゼルはそれに従って飛んだり跳ねたりしながら煙玉を放る。
しかしアゼルの体力にも、煙玉の残弾数にも限界があった。
疲労の蓄積に従って、連携は乱れてくる。
容赦なく襲いくる鉄の爪、毒を持つ棘の尾。
ナジムはもう、自分が避けるので精いっぱいであった。
「ハァ、ハァ……アゼル後ろだ! あぶね──」
アゼルを守るのに必死だったナジムの背中に、必殺の毒を含んだサソリの尾がムチのように振り下ろされる。
──終わった。
ナジムは頭上に迫る影を感じて死を覚悟し、自然とアゼルの方を見た。
アゼルの目が見開かれ、こちらへ手を伸ばしてくる。
──すまねェ、アゼル。頑張れよォ。
ナジムは立ち尽くし、いつものように、目を細めて笑った。




