011話 取引
老爺は「睨むな」と言ったが、実際ナジムは睨んでいない。
敵意を示したら大変だと思い、いつにも増して努力して愛想笑いを貼り付けていた。
しかも、ローブに透かしのような仕掛けは無い。
視覚以外の何かを利用して、こちらの心を読んでいる。
外面に貼り付けた笑顔ではなく、内面で蛇のように相手を睨むナジムの意思本体を見られたということになる。
恐らく、魔術だ。
どこまで隠し事ができるか分からないが、少なくとも嘘は付けない。
情報を開示するしかない。
どこまで言えばいい?
リアーナの名前を出すべきか?
相手もアングラの人間だ、衛兵に通報されるなんて事はないだろうが、いや、油断できない。
王子がわざわざ貧民街へ赴くほどの大事なのだ。
王族が情報屋と通じて網を張っているとも考えられる。
「まあよい、そんなに色々考えるでない。うるさくてしゃあないわい。だいたい分かった」
老爺は億劫そうに椅子から立ち上がると、背後の引き出しに手を伸ばした。
「えぇー……どこじゃったかな。あ、あったあった」
しばらくゴソゴソやってからテーブルへ戻ってくると、ゆるく丸められた紙のようなものを置いた。
「ほれ」と促されてアゼルが広げてみると、それは古びた地図のように見えた。
どっちが北かも分からず地図を上下左右に回しているアゼルの手を、ナジムが払い飛ばした。
「ああもう貸してみ。向きはこう……こりゃ北の砂漠だなァ」
さすが自称”財宝ハンター”だ、とアゼルは舌を巻いた。
異常に線が少なくて分かりづらいが、その地図はどうやらザイラーム王国北側の砂漠を示しているようだ。
ある地点に、目立つバツ印が描かれている。
「宝の地図か! 一体何があるってんだ、ここに」
興奮を抑えられないといったナジムの声に、老爺はまたニタリを口元を綻ばせた。
「”シャフール・リング”」
「何だァそりゃ。宝か」
「願いを叶える魔力を持つという指輪じゃよ。真の勇気を持つ者にしかたどりつけぬ秘宝と言われておるが……おぬしらならまあ、問題ないじゃろう」
本当にそんな神話のようなアイテムがあるのか、とアゼルは疑問に思った。
しかしこの不思議な老爺の言うことには、説得力がある。
一瞬で敵二人を緊縛し、巧みに心を読む情報屋。
それだけでも十分、神話じみている。
会話をしながらも、ナジムはさりげなく宝の地図を目に焼き付けた。
が、老爺はそれさえも見抜いていた。
「心配しなくとも、その地図はおぬしらにやるわい。写しで良ければな」
「本当ですか」
アゼルは思わず立ち上がった。
罠か、とは最早思わない。
リアーナ奪還の願いが叶う可能性があるなら、胡散臭い宝の地図に賭けてみるのも良い。
「でも、お代は?」
アゼルは遠慮がちに尋ねた。
「その指輪を頂くとしよう。もちろん、おぬしらが願いをかなえた後でかまわん」
「指輪をゲットした後、俺らがここへ戻ってくるとでも?」
ナジムがいたずらっぽく笑って尋ねると、老爺は愉快そうに答える。
「案ずるな。頃合いを見て、こちらから頂きに参上するわい」
もはや二人とも驚かない。
この老爺と会ってしまった時点で、自分たちに選択肢はない。
二人は地図の写しを受け取った。
礼を言って、入って来たのとは別の階段から地上へ出る。
衛兵に見つからぬよう細心の注意を払いながら、貧民街へと帰還した。
貧民街へ着くまでの間、二人は一言も喋らなかった。
まるで、目覚めたまま夢を見ていたような感覚に襲われる。
ナジムの腹に括りつけられた地図だけが、夢でない証拠だ。
決して逃れられない運命の歯車が回り出したことを、アゼルは本能で感じていた。
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