010話 不穏な老爺
拘束を解かれたアゼルとナジムは、老爺に促されるまま地下室へと入っていった。
建物自体は普通の民家程度の大きさに見えたが、地下は広く、いくつもの部屋に分かれている。
「ひとまずそこに座りなされ」
二人は大人しく座った。
黒檀のテーブルを挟んだ向こうに、ローブの老爺。
その後ろには、老爺の背丈の倍ほどある引き出し箪笥がいくつも並んでいる。
相手は高齢だが相当の使い手である事は、さっきの魔術と身のこなしから見て取れる。
逃げ出すことは不可能だ。
次に捕まった時は、金縛りでは済まないかもしれない。
「さてと。もう察しとるかもしれんが、ワシは情報屋だ」
察したか?
いやまったく。
二人は目でそう伝え合った。
「おぬしらのような貧民街の連中から、子供、主婦、神官、商人、娼婦、衛兵、貴族や王族連中まで、それはもう幅広く相手に商売をしとる」
「ただの情報屋の爺さんとは思えねェな」
「こういう仕事をしとると危険も多くてな。魔術を身に付けたのは護身のためじゃて。ふう。それじゃまずは、さっき追われていた理由でも話してもらおうかの」
二人は伏し目がちにアイコンタクトを取った。
アゼルが慎重に話しだす。
「実は、王宮への侵入経路を探していて」
「泥棒か」
「まあそんなところです。いやぁーでも、もう諦めますよ。まさか壁があんなに高いとは思いませんでした」
「ほぉ。して、何を盗みに?」
「そりゃもちろん、宝石、とか。珍しい武器とか。貴重な調度品なんかも良いですね。高く売れそうだ」
「その場しのぎの答えじゃの」
今までと変わらない、弱弱しくしわがれた声。
だがその言葉は確信に満ちていた。
ローブで目元は伺えないものの、心の底まで見透かされているような気分になる。
アゼルの頬を、嫌な汗が伝った。
「青いのう、若造」
なぜバレたんだ。
そう思えば思うほど、早くなる鼓動が伝わってしまいそうで、アゼルは無意識に息を止めていた。
すっかり生気を失ったアゼルの代わりに、ナジムが口を開いた。
「実は財宝じゃなくて、人を盗みに」
「人攫いか!」
老爺は納得したように深く頷いた。
「確かに、先日の舞踏会で、王宮にゃあ外国の要人が沢山来とる。どこかの嬢さんが失踪したとかで役人連中は混乱しとるしのう、やるなら今じゃな。面白い。目的は何じゃ? 身代金なんて単純な動機でも無いだろう」
「すげェな。じいさん」
「おぬしらの何倍も生きとるんじゃ、臭いで分かるわい」
喋りながら、ナジムは老爺を観察していた。
最小限の灯しかないせいでよく見えないが、纏っているのは恐らく麻のローブ。
いたるところにツギハギが当てられている。
頭巾を目深にかぶっていて目元は伺えない。
その下に、大きめのわし鼻。
鎌の刃のような三日月形の口の端から、尖った八重歯が見え隠れしていた。
「そんなに睨むでない。こちらは戦う気は無いのじゃから」
「おっと、すまねェな」
心を読まれている。
ナジムは確信した。




