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“役立たずの統計士”と追放された俺、死亡率が見える能力で王国崩壊を回避していたら、白い聖獣に懐かれました  作者: くるみ


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25/31

第25話 建国祭前夜

 建国祭前夜の王都は、奇妙なほど明るかった。


 大通りには灯籠が吊るされ、王宮前広場では楽師たちが最後の音合わせをしている。菓子の匂い、焼いた肉の匂い、香草の匂い。祭りを待つ人々の声が、夜になっても途切れない。

 その足元で、王都封鎖計画は静かに始まった。


 封鎖という言葉は使わない。

 南門では、水場整理。

 東職人宿では、発熱者確認。

 仮設厨房では、衛生点検。

 王立病院裏では、洗濯動線の分離。

 治癒院周辺では、搬送路整理。

 全部、別々の名目だ。

 だが、やっていることは同じだった。

 人と水と病の線を切る。


 俺は旧税関倉庫の机に広げた地図を見ていた。

 南門水場、接触拡大率、32%から24%。

 仮設厨房経由の感染拡大率、41%から29%。

 東職人宿、24時間以内の死亡者発生率、34%から19%。

 王都全体の大規模混乱発生率、76%から69%。

 下がっている。

 それでも、まだ高い。

 リュカは地図の上で、王宮地下の印を前足で押さえている。

 南門でも、職人宿でも、仮設厨房でもない。

 やはり、そこなのだ。


「封鎖の初動は進んでいます」


 イリスが報告書を置いた。


「南門はラウル副隊長の指揮で持ちこたえています。商人組合も不満はありますが、今のところ協力的です。仮設厨房は献立変更を受け入れました。ただし、王太子府の儀典官が再三抗議しています」


「アルノルト卿か」


 王女エレオノーラが言った。


「ええ。観覧席の完成が遅れる、貴族席の菓子が減る、祭礼の格式が損なわれる、と」


 ミナが書類から顔を上げた。


「人が熱で倒れているのに、菓子の心配?」


「王都では、菓子で人が怒ることもあります」


 イリスは真顔で言った。

 冗談ではないらしい。

 俺は地図に目を落とした。


「怒らせればいい。菓子で怒っている間は、まだ水場を戻せとは言っていない」


「あなたの基準、やっぱりおかしいわね」


 ミナが言う。


「そうか?」


「ええ、かなり」


 リュカが俺の靴を踏んだ。


「今のは嘘ではないだろう」


 リュカは離れない。


「……表現が悪かったことは認める」


 リュカは足を離した。

 最近、判定が細かい。

 倉庫の扉が開き、ラウルが入ってきた。

 外套には土と水の跡がついている。南門から直接戻ったのだろう。


「南門は一応持っています。だが、夜半までが限界です。商人たちは明日の朝一番で荷を入れたい気持ちが強いです。門前に荷車が溜まりすぎれば、怒りが一気に増えます」


「発熱者は?」


「確認できた者だけで17人。うち5人は荷下ろし場にいた。別動線へ移しました」


「水場は」


「飲用、洗浄用、馬用を分けました。だが、目を離すとすぐ混ぜる者がいますね」


「見張りを固定してください。交代は2刻ごと。見張りが疲れると混ざる」


「分かりました」


 ラウルはすぐに頷いた。

 その実直さがありがたい。

 だが、彼の顔には別の報告が残っていた。


「それと、治癒院周辺で揉めています」


 倉庫の空気が重くなる。


「教会か」


「ええ。搬送馬車の入口を分けようとしたところ、神官たちが拒否しました。病人を選別するのは信仰に反する、と」


「選別ではなく記録だ」


「そう言いましたが、通じませんでした」


 通じないだろう。

 通じないように言っているのだから。

 教会にとって、記録されることは不都合なのだ。


 治癒院外部記録取得率、52%から43%。

 神託祈祷中止成功率、18%から15%。

 数字が下がる。

 リュカが地図の上で、治癒院の印を強く踏んだ。


「俺が行く」


 俺が立ち上がると、王女がすぐに言った。


「私も行きます」


「危険だ」


「言うと思いました」


「実際に危険だろう」


「分かっています。でも、王女がいなければ教会は一歩も動きません」


 数字が浮かぶ。

 王女同行時の治癒院周辺整理成功率、49%。

 王女非同行時、22%。

 王女感染リスク、14%。

 王女と教会の政治衝突発生率、71%。

 嫌な数字だ。

 だが、選ばなければならない。


「分かった。ただし、治癒院の中には入らない」


「約束します」


 リュカが王女を見た。

 唸らない。

 少なくとも、今の言葉は嘘ではないらしい。


 旧税関倉庫を出ると、王都の夜風はぬるかった。

 建国祭の灯りが遠くまで続いている。人々は笑い、歌い、明日の祭りを待っている。

 その同じ夜に、南門では発熱者が分けられ、職人宿では作業班が止められ、治癒院では病人の数が隠されている。

 祭りの光は、ものを見えにくくする。

 リュカは俺の肩に乗らず、足元を歩いた。

 治癒院に近づくほど、白い毛が逆立っていく。

 王立病院の前を通ると、患者を運ぶ馬車がまた1台入っていった。

 王立病院発熱者、推定92人。

 収容余力、残り9床。

 薬草在庫、通常時の24%。

 数字は悪い。

 だが、少なくとも見える。


 治癒院の白い建物が見えた瞬間、数字は消えた。

 視界の一部が、また白く抜け落ちる。

 リュカが低く唸った。

 治癒院の裏手には、衛兵と神官が向かい合っていた。

 ラウルの部下たちは、馬車の出入り口を2つに分けようとしている。だが、白い法衣の神官たちが道を塞いでいた。

 その中心に、ベルグラン大司教が立っている。

 相変わらず穏やかな顔だ。

 だが、目は少しも笑っていない。


「エレオノーラ殿下。夜分にまたお越しとは」


「治癒院周辺の搬送路を整理します」


「病人を門前で分けるなど、信仰の場にふさわしくありません」


「病人を守るためです」


「神の御前では、すべての者が等しい」


「感染症は、神の御前でも人から人へ広がります」


 王女の声は静かだった。

 ベルグランの眉がわずかに動く。


「殿下は、信仰を軽んじておられる」


「いいえ。命を軽んじていないだけです」


 神官たちがざわついた。

 俺は一歩前へ出た。

 リュカが袖を噛む。

 無理に入るな。

 分かっている。

 俺は治癒院の門ではなく、周囲を見た。

 裏門から出てくる洗濯物の籠。

 薬草を積んだ台車。

 食事の壺。

 空になった水樽。

 中は見えない。

 なら、外を数える。


「ベルグラン大司教」


 俺が声をかけると、彼はこちらを見た。


「統計士殿。また数字の話ですか」


「そうだ」


「信仰の場で数字を振り回すのは控えていただきたい」


「なら、数字を出してくれ」


「何の数字でしょう」


「発熱者数、重症者数、死亡者数、治癒後に再発した人数。治癒魔法の件数ではなく、人の数だ」


 ベルグランは微笑んだ。


「治癒院では、多くの者が癒やされています」


「多く、では記録にならない」


「神の恩寵は、表で測るものではありません」


「病は測れる」


 ベルグランの笑みが薄れる。

 リュカが低く唸った。

 嘘をついたからではない。

 たぶん、話が隠れる方向へ進んでいるからだ。

 王女が命令書を掲げた。


「王女宮の名で、治癒院周辺の搬送路整理を行います。治癒院内への立ち入りは求めません。入口を分け、出入りの数を記録するだけです」


「記録するだけ、ですか」


「ええ」


「それは、治癒院を疑っているということです」


「疑いを晴らすためにも、記録が必要です」


 うまい言い方だ。

 王女は、こちらの目的を隠してはいない。

 だが、教会が拒みにくい形にしている。

 ベルグランは少し黙った。

 その沈黙の間に、治癒院の中から咳が聞こえた。

 1人ではない。

 複数。

 くぐもった咳。

 隠しきれない音。

 神官たちの何人かが、わずかに顔を強張らせる。

 ベルグランは振り返らなかった。


「……よろしい。搬送路の整理だけなら、認めましょう」


 王女の目が細くなる。


「記録もです」


「出入りの数のみ」


「十分です。今は」


 今は。

 その言葉に、ベルグランの視線が少し鋭くなった。

 だが、彼はそれ以上拒まなかった。

 治癒院周辺整理成功率、49%から61%。

 治癒院外部記録取得率、43%から58%。

 神託祈祷中止成功率、15%から17%。

 わずかに上がる。

 わずかすぎる。

 それでも、線は太くなった。

 ラウルがすぐに衛兵へ指示を出す。

 搬送馬車の入口と出口を分ける。

 薬草の搬入口を別にする。

 洗濯物の籠は記録してから外へ出す。

 食事の壺も数える。

 神官たちは不満そうだったが、王女と衛兵の前では大きく逆らえなかった。


 その時だった。

 王宮の方角から、鐘が鳴った。

 試しの鐘ではない。

 低く、重い音。

 1回。

 2回。

 3回。

 王女の顔色が変わった。


「国王陛下の招集鐘です」


「なぜ今」


 イリスが呟く。

 遠くから馬の蹄の音が近づいてくる。

 王宮の伝令が治癒院前へ駆け込んできた。

 彼は王女を見つけると、馬から飛び降りる。


「エレオノーラ殿下! 国王陛下より召集です。王太子殿下、ベルグラン大司教、王女殿下はただちに王宮へ」


 ベルグランは静かに微笑んだ。

 まるで、待っていたように。

 俺の背筋に冷たいものが走る。

 数字は見えない。

 治癒院の前だからか。

 王宮地下の線が絡んでいるからか。

 分からない。

 ただ、リュカが激しく唸った。

 白い毛が逆立つ。

 王女が伝令に尋ねる。


「議題は」


「建国祭前夜の神託祈祷を、予定より早めるとのことです」


 空気が凍った。

 予定より早める。

 建国祭当夜ではない。

 今夜。

 王宮地下祭祀場使用率、急上昇。

 神託祈祷実施率、91%から97%。

 王国崩壊確率、99.7%。

 数字が一気に濃くなる。

 リュカが俺の袖を噛んだ。

 強く。

 痛いほどに。

 見すぎるな。

 分かっている。

 だが、目をそらすわけにはいかない。

 ベルグランが穏やかに言った。


「殿下。神託は、王国を安んじるためのものです」


 王女は彼を見た。

 その目は、初めてはっきりと怒っていた。


「いいえ、大司教」


 彼女は静かに言った。


「今夜の神託は、王国を固定しようとしています」


 ベルグランの笑みが消えた。

 王女は俺へ向き直った。


「ユリウス殿。封鎖計画を続けてください」


「あなたは」


「王宮へ行きます」


「危険だ」


「わかっています」


「神託祈祷を止めるつもりですか」


「止める。止められなくても、遅らせられる」


 数字が浮かぶ。

 王女単独での儀式停止成功率、9%。

 ユリウス同行時、23%。

 王都封鎖計画継続率、ユリウス不在時、41%。

 ユリウス同行時の封鎖計画遅延率、54%。

 どちらを選んでも悪い。

 だが、神託祈祷が今夜行われるなら、王宮地下が最優先になる。

 リュカが王宮の方角へ向いた。

 行け。

 今度は、そう見えた。


「ミナとラウルに封鎖計画を続けさせます」


 俺は言った。

 王女が目を見開く。


「あなたは」


「王宮地下へ行きます」


 リュカが袖を離した。

 ベルグランがこちらを見る。

 その目に、初めて明確な警戒が浮かんだ。

 数字は見えない。

 だが、それで十分だった。


 建国祭前夜。

 祭りの灯りの下で、王都封鎖計画は走り始めた。

 そして同じ夜、神託祈祷は予定より早く始まろうとしていた。

 未来を固定する場所へ。

 俺とリュカは、向かわなければならなかった。

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