8.起死回生
クズ魔鉱石を食べて、しばらく経つと体の感覚が戻ってきた。
まだまだ食べ足りない。
この施設を襲って魔鉱石を手に入れようか、という考えもよぎったが、同時に、それは犯罪でとても悪いことだと自制心が働く。
それより、お金があるのだから店で購入すればよいと、リシュトの記憶が告げている。
そうなれば長居は無用だ。辺りを見渡し自身の背嚢を見つける。
中身を改めたが紛失物はなく、すべて揃っていた。
……意味が分からない。
私はここまで、意識がないまま運ばれてきたはずだ。
なのに誰も私の持ち物に手を付けなかったのか。
別に盗られたかったわけではないが、人間の感覚が分からない。
窃盗が悪いことだと分かってはいるが、あの状況なら盗るだろ普通。
私なら頂戴する。
ゴブリンたちも、たぶん盗る。
人間の自制心が高いのか、私を介抱してくれた冒険者や医者たちが特別に変なのか。
ちょっとした疑問は置いて、背嚢を背負い、どう出ていこうか考える。
本来なら保護してくれた人たちに感謝を伝え、謝礼して出ていくのが筋だが、簡単にはいかない気がした。
人間は魔鉱石を食べない。
人間どころか、私の知識にある限り、魔鉱石を主食とする生き物を知らない。
私自身、今知ったくらいだ。
さっきまで飢餓で死にかけていた人間が、朗らかに別れの挨拶をして正面から出ていけるとは思えない。
拘束されるのは面倒だ。
そういうわけで、窓からこっそり抜けだすことにした。
危なげなく窓から外に出て、アイゼンエルツの街に自分の足で立つ。
人間の街については、リシュトの記憶にあったから知っていたが、実際に見ると感想はまったく違う。
いくつもの建物が並び、大地を埋め尽くしている。建物の形はどれもバラバラで同じものがない。
そんな建物の間を多くの人間がせわしなく行き来し、いろいろな音を奏でている。
まるで街自体が一つの生き物のような錯覚を覚える。
少しダンジョンと似ているかもしれない。
そんな街並みにしばらく見とれていたが
グー、ググー。
飢餓感を覚え、目的を思い出す。
魔鉱石を扱う雑貨屋を見つけるのだった。
すでに夜のとばりは降りているというのに、街も店内も魔法ランプで明るく照らされている。
目的の店はすぐに見つかった。
店には、雑貨を扱うことを示す月桂樹の葉と薬瓶をモチーフにした看板が立てかけてある。
これも面白い文化だと思う。
看板があれば、初めて訪れた場所でも目的を果たしやすい。
しかし防衛面ではどうだろうか。
警備の詰め所にも剣と盾を模した看板があるが、あれでは真っ先に標的にされる。
やはり人間は危機意識が弱いんだろな。
そんなことを思いながら店に立ち寄る。
店に客は私だけ。そんな私を見て店主が怪訝そうな顔をする。
……?
思い当たることはないが、何か失敗したのだろうか。
それでも何も言ってこないので、気にせず商品を物色する。
すぐに目当てのクズ魔鉱石を見つける。
量り売りのようで、それほど高くはない。
「この魔鉱石をいくらか売って欲しいの。」
記憶にある通りのやり取りを行うが、やはり店主はなぜか渋い表情をしている。
初めての買い物で、正しい手順を踏めているか不安を覚えるが、店主は魔鉱石を量り、紙袋に詰めてくれた。
言われた金額を支払うため、革袋から硬貨を取り出そうとしたとき、突如、予期しない問題が起きた。
……ビィビィビィ、禁則事項です。コピーした貨幣を使用することは禁止です。……ビィビィビィ、禁則事項です。コピーした
嘘でしょ。
久しぶりの禁則事項に、思わず頭を抱える。
貨幣のコピーは許すのに、使用は禁止だなんて意地が悪すぎる。
その姿を見て後ずさる店主。
どうやら私の奇行にたじろいだだけで、禁則事項のアナウンスは聞こえていないようだ。
私は禁則事項に抗い、革袋から硬貨を取り出そうと力を込めるが、ぴくりとも手が動かない。
いよいよ店主が不審がってきたので、仕方なく手の力を抜く。
「……ごめんなさい。手持ちがない。」
しゅんと答える私に狼狽するかと思ったが、店主には一層哀れそうな目で見られてしまった。
代わりに手持ちのメイスと物々交換してほしいと伝えると、困った表情をされてしまうが、「今回は特別だ」と言って交換してくれた。
コピーしたお金の使用は禁止だが、物々交換はセーフのようだ。
解せないが助かった。
私はお礼もそこそこに紙袋を受け取ると、飛び出すように店を出て行った。
魔鉱石を食べたい衝動を必死にこらえ、人気のない場所を探して街はずれまでやってくる。
そこは大量の木材がうず高く積まれた場所で、建屋もあったが人気はなく、とても静かな場所だった。
ここまで離れると街灯もなく、辺りはダンジョンよりも暗い。
建屋近くに捨て置かれた切り株に腰を下ろし、紙袋から魔鉱石を鷲づかみにして口に頬張る。
一瞬はしたないと思ったが、誰も見ていないし、なぜそう感じたのか考えるより先に手が動いた。
勢いよく半分ほど食べて、ようやく一息。
「はう。助かったぁ。」
何度もダメだと思った。
森でレッサーコンガに襲われたとき。空腹と戦いながら一人で街を目指して歩いたとき。
満身創痍でフォレストウルフに襲われたとき。
そのたびに、次の挑戦のことを考えていた。
命あるものと違い、私には「次」がある。
ダンジョン最奥のコアさえ無事なら、何度でも挑戦が可能だ。
外での失敗は痛い出費。高い授業料のようなものだ。そう思っていた。
しかしこの娘の体に意識を移してから、生に執着するようになった。
次があると分かっていても、今を失うことが恐ろしい。
足掻くのをやめることが耐えられない。これが生き物の性なのだろうか。
何はともあれ、私は今も生きている。
魔力共有の目途も立ち、当初の目的も遂行できる。
そう思うだけで、なんだかとても嬉しい。
煌めく星々に向かって叫びたいくらいだ。恥ずかしいからやらないけど。
心に余裕が出てくると、助けてもらった人たちにお礼がしたくなる。
よし。私の用事が終わったら、お礼を言いに行こう。
これからは、すべてのことがうまく運ぶ。私はなぜか、そんな錯覚をした。
食事のあと、すぐに眠りに落ち、日の出とともに目が覚めた。
辺りをうかがうが、昨夜と同様、人の気配はない。
とはいえ、明るくなった現場を見渡せば、いたるところに今も人が行き来している痕跡が見て取れる。
近いうちに、誰かがやってくるだろう。
クズ魔鉱石を二、三個口に含むと、さっそくこの街に来た目的を果たすため、市街地に向かい歩き出した。




