9.青天の霹靂
リシュト・エヴァンは没落貴族の娘だ。
祖父バリー・エヴァンは、その武勇により戦で功績を立て、一代騎士に認められたという。
一代騎士とは名前の通り、当代限り授与される爵位のことで継承権はない。
そのため正確には「没落」ではないのだが、祖父の息子、つまりリシュトの父はそれを認めず、祖父が他界したあとも勝手に騎士を名乗り続けていた。
幸か不幸か、父にも戦士の才能はあったようだが、祖父の時代と違い世は太平。
戦場で身を立てる機会が訪れることはなかった。
騎士家の矜持を捨てられず、それでいて活躍の場がない父は、ことあるごとに自棄を起こし、家族や周りに迷惑を振りまいた。
そのたびに祖父の関係者や知り合いが取りなしてくれたが、そんな助け舟も長くは続かなかった。
リシュトは、周囲から後ろ指をさされる環境に耐えられず、自立するため家を飛び出して小都市シュタイマルクに向かった。
冒険者になったのは成り行きの面が大きいが、父に意趣返ししたいという気持ちも多少はあったと思う。
そんなリシュトの心残りは、家族にちゃんと別れを伝えること。
父の反対が怖く、手紙だけを残して家を飛び出した彼女は、どうしても会って謝りたかった。
それが叶わぬのなら、せめて母や妹に「愛している」と、かけがえのない大切な家族だと伝えたかった。
あとは、死ぬまでに稼いだお金を渡したかった。
お金は金融ギルドに預けてある。口座証明書とリシュトとの血縁が証明できれば、家族でも引き落とせるはずだ。
そんな想いを抱えながら、私は彼女の生家へと向かう。
向かいながら、どう説明したものか何度も何度も脳内でシミュレーションを行う。
納得のいく内容が決まらないが、今さら歩みを止められない。
リシュトを模してはいるが、私の魔力不足が原因で、実際より若くなっている。
若くはあるが、さすがに「リシュトの娘」と偽るほど幼くはない。
とうとう答えが出ないまま、目的の場所に着いてしまった。
……!?
「……はれ? 家がない」
家が建っていた場所は整地され、空き地が広がっていた。
通りを間違えたかと思い周りを見渡すが、空き地以外はすべてリシュトの記憶と一致する。
ただ私の家だけが、忽然とそこにないという強烈な違和感。
えっ。なんで? 家族に何があった!
一人で動揺しても答えは得られない。
私は通りかかる人間に、ここに以前建っていた家のことを尋ねるが、近づくとなぜか人間たちは私を避け、まともにとりあってもらえない。
それでも怯まず、何人目かに同じ質問をしようとしたとき、向こうから声をかけられた。
「お前か! この付近で物乞いをする浮浪者というのは。うっ、なんという匂い」
軽装の大人二人組が私に詰め寄ってくる。
一瞬躊躇したように見えたが、一人が私の肩をつかみ、通りから離そうとする。
おそらく治安警備を行う民兵というやつだ。
「何をする。私はここにあった家のことを聞きたいだけだ」
抗議するも聞く耳を持たず、二人組によって少し離れた人通りのない場所に誘導される。
強行突破してもよかったが、ようやく会えた「まともに話せそうな相手」でもあるので、とりあえず従う。
「お前たちは、昔あの場所に建っていた家のことを知らないか」
「あん? 知らん、知らん。そんなことより浮浪児がこんなところをうろつくんじゃない。きょうびの浮浪児でもここまで汚くないぞ」
私の質問をぞんざいに済ませ、民兵は私をどこかに連行しようとする。
目的地から離されるのは困る。
「おい。抵抗するな。くそ、意外と力あるな。こんなところまで流れてきやがって」
「冒険者だ。私は冒険者だぞ」
とっさに、リシュトの「職業」が口をついて出た。
彼らは疑わしそうに私を見るが、それでも手の力を抜き、立ち止まらせる効果はあった。
続いて、背嚢からリシュトの冒険章を取り出して見せる。それをのぞき込む民兵二人。
「……な、金級冒険者だと」
冒険章を見たとたん、拘束は解かれ、自由を取り戻す。
数少ない彼女の所持品だ。丁寧に背嚢にしまう。
彼らは彼らで、「冒険章が本物なのか?」「もう真偽はどうでもいいだろ。ギルドに任せよう」などと相談している。
「それなら嬢ちゃん。ギルドで聞き込みするのはどうだ。そこで建物のことでも聞き込みをすればよい。お仲間たちなら何か知っているんじゃないか。」
「浮浪児」から「嬢ちゃん」にランクアップした。
しかし、その提案は確かに「あり」だと思った。
ここで聞き込みしても、まともに話を聞いてもらえない。この狼藉者たちも、なかなか良いことを言う。
私は了承し、ギルドまでの案内を頼む。
彼らは面食らったようだが、私がこの街の冒険者でないことを伝えると、渋々ながら道案内してくれた。
アイゼンエルツの冒険者ギルドは、生家跡とは反対側の商業区域に建っていた。
レンガ造りの丈夫そうな建物で、周りの建物と比べても一回り大きい。
民兵たちは、少し緊張した面持ちでエントランスをくぐり、受付に向かっていく。
私も後について建屋に入る。
建屋には冒険者と思われる人間が何組かいた。
皆、鎧は付けず軽装だったが、ご自慢の武器は傍らに置いていた。
無遠慮に私を観察している。
民兵たちは受付にこれまでの経緯を説明し終えると、そそくさとギルド建屋から出て行った。
代わりに受付の女性がこちらに視線を向け手招きしたため、向かうと同時に奥の扉が勢いよく開き、熊みたいな人間が現れた。……レッサーベアでは、ないよな。
その大男は周りを一瞥してから、改めて私を見下ろすと
「おい、そこのガキ。臭いぞ。ゴブリンでもそこまで臭くない。おい誰か、こいつを洗濯してやれ。今すぐだ」
「嬢ちゃん」から「ガキ」にランクダウンした。
それと先ほどの発言には誤りがある。
ゴブリンと生活しているから断言できるが、ゴブリンより臭くはない。同じくらいのはずだ。
しかし匂いなんて、それほど気になるかな。
ダンジョンでは、今みたいに、すえた匂いで満ちていたが、誰も気にしなかった。
大男の号令のもと、受付とは別の女性スタッフが現れ、有無を言わさず浴場に連れ込まれる。
途中、背嚢を取り上げられ、服をむかれる。
抗議の声をあげるも効果はなく、全身を泡だらけにされると、皮がむけるのではないかと思うほどこすられた。
ここの女性たちの腕力は、あの民兵より強いんじゃないか。
一通り洗い終わると湯船に放りこまれ、ようやく一息。
洗ってくれた女性たちも、どこかやり遂げたような満足した顔をしている。
「そんなに臭かったかな。そもそもゴブリンより臭いというのは言い過ぎだ。彼らと一緒にいたから分かる」
私の愚痴もスルーして、彼女たちは私の身に着けていた衣服を、これまた必死に洗濯し始めた。
ほう。体が温まり、固まっていた筋肉に柔軟性が戻った気がする。
お風呂というものを初めて体験したが意外と良いものだ。
ダンジョンに帰ったら作ってみよう。
知識としては知っていたが、体験して認識を改めることも多い。
私の衣服が乾くまで、と渡されたローブを着る。背嚢もちゃんと返してくれた。
お風呂上がりの解放感に浸っていると、受付のところにいた女性がやってきた。
利発さと愛嬌を合わせ持った人で、赤みがかったブロンドをお団子状にまとめている。
「あらあら、とってもかわいらしくなったわねー。髪もすいてもらって、とてもサラサラ。かわいい」
私を見て相好を崩して話しかけてくる。洗ってくれたスタッフたちも、全力で同意している。
「私はウルリカ。ここの冒険者ギルドで受付統括をしています。いくつか確認があるのだけど、まず、あなたのお名前は?」
「えっと、ラキアだ。」
「あらあら、あなたが持っていた冒険章の登録名はリシュト・エヴァン。名前が違うわね。これはどこで拾ったの?」
私は慌てて背嚢の中を確認したが、冒険章は丁寧にしまってあった。お風呂の間に検めたのか。
「リシュトは私の恩人だ。しかし……」
私は、身寄りのない孤児として生きていたが、彼女に保護されたこと。
彼女を含めたパーティは森でモンスターに襲われて、私以外全滅したこと。
この街には、彼女の両親がいると聞いたことがあり、亡くなったことを報告しに来た。ということを説明した。
ギルドに案内される間に考えた話だが、我ながらよくこんな作り話ができたものだと感心する。
ウルリカは、私の目をじっと見ながら話を聞いてくれた。
一応納得してくれたようで、リシュトの両親や連絡先を調べてくれるという。
ギルドでも、死亡した血縁者への連絡は優先度の高い業務だと教えてくれた。
「それで、ラキアちゃんは今後どうするの? 金級とはいえ、登録内容によっては所在を調べるのに時間がかかるわね」
ちょっと我が家のことが恋しくなって、一度帰る選択肢も浮かんだ。
しかし、せっかく人間の街まで来たのだ。
もう少し観察していきたい。そのためには、魔鉱石を買うお金がいる。
「お姉さん。私が、冒険者になることは可能でしょうか?」
私の提案を、ウルリカは予期していたのか
「あらあら、素敵な冒険者さんの誕生ね」
とくに驚いた様子もなく、楽しそうにつぶやいて必要な書類を取りに向かった。




