6.受肉
逃げたニンゲンは、一階層に設置した落石トラップを受けて昏倒。
ゴブリンたちには、今度こそ生け捕りにするよう厳命する。
すぐに捕食してもよかったが、先に取り込んだ支援役のニンゲンが、コピーできる状態で捕食できたか気になって仕方ないため、先に複製を開始した。
これは!
……貯めた魔力を消費していくだけで、いっこうに完了しない。
すでにゴブリン五十体に相当する魔力を消費している。
まずい。これまでの経験から、もうすぐ貯蔵魔力が底をつくぞ。
そうして百体分の魔力を注いだ時、ようやくニンゲンの複製が完了。
かなりギリギリだったのではないだろうか。
ゴブリンたちが間引かれていなかったら、魔力不足で失敗していたかもしれない。
これほど苦労して作成したニンゲンに興味が出ないわけがない。
私は躊躇なく産み出したばかりのニンゲンに意識を移した。
――!
な、んだ。
これまで経験したことのない圧倒的な情報量に目が回る。
続いて感情の刺激が嵐のように心に渦巻く。
そして記憶。断片的ではあるが、この人間の人生が物語を見ているかのように蘇る。
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……あぁ。」
傷の類は一切ないのに、脳が、心が悲鳴をあげる。
涙が止まらない。落涙している理由も分からない。
私はその場でしばらく悶え、やがて意識を失った。
意識が戻るのに、どれほど時間を要したか分からない。
岩肌の地面が、一糸まとわぬこの体にはひどく冷たく、危険に感じて覚醒した。
急いで人間たちが装備していた防具をコピーして身にまとう。
その際に気づいたが、オリジナルより若干小さくなっている!
おそらくだが、コピーに必要な魔力がわずかに足りず、補正されたのだろう。
こんな事態は未体験で、どんな影響があるのか分からないが、考えても分からないことは仕方がない。
意識を失った時と比べれば、かなり状態は落ち着いた。
私は何の気なしにダンジョンの入り口、その先が気になり視線を向けるが、ここは最下層で、外をうかがうことはできない。
代わりに、ゴブリンたちが遠巻きに見ていることに気が付いた。
当然だが、襲うようなことはしてこない。
人間のままゴブリンに向かって、どれほど昏倒していたか質問してみた。
何の根拠もなかったが、なぜか通じる気がした。
ゴブリンたちは一様に驚いたが、あれから五回、太陽が浮き沈みしたことを教えてくれた。
そして最後に捕まえた人間が昨日死んだことも報告された。
人間が死んだことは痛手だが、外に逃がさなかっただけ良しとしよう。
それより、やはりゴブリン語で会話できたことに驚嘆する。
この娘にゴブリン語の知識はない。しかし私にはある。
これまで種の違う仲間同士でコミュニケーションを試みたが、相手側の言葉に変換できなかったり、発音できず難航していた。
ところが人間は、私の知識をもとに脳内で言語変換し、声帯を器用に震わせてゴブリン語を操ってみせた。
知力と器用さは想像以上だ。
しかし筋力は想像より貧弱なようだ。
両手を使い頭ほどの大きさの岩を持ち上げるのが限界。
これでゴブリン百体分の魔力は割に合わないな、と悩んでいると解決できそうな知識が引っかかった。
魔術か。身体強化を行う術があるようだ。
「……身体強化!」
極短い詠唱のあと、エントリーポイントの宣言と同時に魔術が発動した。
見た目に変化はないが、力をまとった感じがする。
試しに先ほどの岩を持ち上げると、さっきより軽い。片手でも持てそうだ。
こういった補助的な魔術もあるのか。
この娘、リシュトは他にいくつか魔術を習得しており、一つ一つ確認していった。
人間の娘、リシュトに意識を移して数日が経過したが、その間ダンジョンは大きく変化した。
人間を捕食した因果なのかは分からないが、仲間たちの格が上がった。
新たにゴブリンの複製を作ると、ホブゴブリンとして生まれるようになった。
本人たちは喜んでいるが、見た目はあまり変わらない。少し大きくなった程度か。
フォレストウルフもグレイウルフになった。こっちも少し大きくなって色が変わっただけだ。
ゴブリンたちは力が上がったと息巻くが、それ以上に私が嬉しかったのは、知力も上がっていると分かったことだ。
片言だった会話が、少し流ちょうに行えるようになった。
続いて装備の一新。
これまでゴブリンたちの武器や防具は、ゴブリン自身が身に着けていた獲物の中から、上等そうなものを複製して配っていた。
今回は、人間の防具をコピー。
それをパーツごとに分解、布地部分は私が仕立て直した後、再度コピーすることで、高品質なゴブリン用防具を量産できるようにした。
残念ながら武器は、防具のように仕立て直すことは出来なかったが、槍だけは柄の部分を短くして作り変えることができた。
日々忙しくダンジョン改革を続けていても、時折ダンジョンの外、人間の街が気になり、見えないと分かりつつも視線を向けてしまう。
その原因は分かっている。
この娘が最後まで後悔していた想いだ。
人間の街に住む家族に向けた想いが、私の意識を外に向けさせる。
日に日に人間社会への興味が強くなっていったが、向かうには多くの問題がある。
最大の問題はダンジョン外での活動には時間制限があること。
我々は飲食を必要としないが、それはダンジョンの魔力を吸収して生命活動に変えているからのようだ。
そのため、ダンジョンから出ると魔力供給が断たれ、飢えはじめる。
これまでの実験から、個体差はあるが六日から九日程度で限界が来る。
途中、食事をとってみたが効果はなかった。
目的の街まで八日。グレイウルフにまたがり移動すれば五日で着けるだろうか。
うまく事が進めば一日で目的達成できるかもしれないが、生きてダンジョンまで戻ってくることはかなわない。
リシュトが死ねば、私の意識と記憶は自動的にこのダンジョンに戻ってくるから、その点は心配ないが、ゴブリン百体相当の魔力で作ったこの体を失うのは惜しい。
そもそも街に着く前に、敵性生物に襲われ絶命する危険もある。むしろ可能性は高い。
問題提起と同時に、解決方法も考え始める。
移動用とは別にグレイウルフを数匹つれて、索敵と道中のつゆ払いをさせれば、踏破できる可能性が高くなるのではないか。
ゴブリン百体分の魔力は確かに膨大だが、今の私なら数日で蓄えられる量だ。
何より、人間の街で実際に見聞きすることには、それ以上の価値がある。
どう取り繕おうが、要は「人間の街に行き家族に会いたい」というのが、私の偽らざる願いなのだ。
リシュトの生まれ故郷、アイゼンエルツに向かうための準備を始める。
まずはお金を用意。
欲しいものは、この貨幣というもにで交換できるようだ。
彼女たちの持ち物の中に硬貨があった。
その中で一番価値の高いものを選び、複製する。
なぜこんな小さな金属片で武器など、あらゆる品物と交換できるのか不思議だ。
小さく持ち運べて便利なのは分かるが、この金属片にそれほどの価値があるようには見えない。
人間との価値観の差に、不安になる。
貨幣は見た目通り、少ない魔力で製造できた。
彼女の記憶に「偽造は禁則事項」とあったが、これは本物を複製しているのだから偽造にはあたらないだろう。
続いて、グレイウルフの選抜。群れの中でも知能と体力が高いものを選ぶ。
もともと従順な彼らたが、人間の姿になってから、さらに従順さに磨きがかかった気がする。
選抜した彼らに、昼夜走り続けて人間の街まで運んでほしいこと。
途中、脅威となるモンスターは可能な限り避けて進むこと。
避けられない場合は、囮となって引き付けること。
最後に、うまく街までたどり着けても、生きては戻れないだろうことを伝えた。
それを聞いても、どこか誇らしげな彼らを見て、本当に理解しているのか不安になるが、そういう性質の生き物であると自分を納得させる。
あとは、ゴブリンたちと防衛について確認を行うが、通常の防衛体制と変更点はなく、この確認はすぐに終わる。
一回り大きな背嚢を背負い薄暗いダンジョンから、まぶしくて真っ白な外の世界に踏み出す。
すでに待機していたグレイウルフたちを軽くなでながら、そのうちの一体に騎乗。
振り返ればゴブリンやレッサーベアたちが見送りに出てきていた。
留守を託す彼らに、手を振りながらゆっくりと私とグレイウルフは森の攻略を開始する。
いざ。未知の世界を旅する冒険が始まった。




