43.根絶やし
ゲオルギウス率いる円環のダンジョン襲撃に先立ち、内部の状況を探るために送り込まれた偵察隊がいた。
わずか十名で侵入した彼らは、一部の防衛機能を弱めていたとはいえ、ダンジョンの最奥までたどり着いたのである。
その部隊を率いていたのが、ほかならぬ目の前の男だった。
「……デミトリか」
私が名をつぶやくと、男は怪訝そうな顔でこちらを睨んできた。
信徒の記憶を覗いた今なら、奴の素性も分かる。
円環の戦闘部隊を統率する将軍だ。
「人の皮を被ったバケモノめ。ゲオルギウス様をどうした」
やはり気になるか。
あんな性格ではあるが、能力は確かだった。組織の支柱だったことは間違いない。
「この惨状が答えだ」
私は仰々しく両腕を広げ、崩れ落ちつつある砦を仰ぎ見た。
砦は崩壊、主は消息不明。奴の闘争心も折れるだろう。
そう目論んでいたのだが――。
「そうか。『討ち取った』とは言わなかったな」
デミトリの瞳に、かすかな光が灯ったように見えた。
……なぜ人間は、こうも希望にすがるのがうまいんだ?
ゲオルギウスが再起できるとは思えない。だが、万が一にも合流されては面倒だ。
ここで確実に葬る。
私はメイスを握り直し、奴に白兵戦を仕掛けた。
奴は即座に呪文を発動させ、全身を紫色の魔力で覆う。
その術についても、今なら分かる。
『封魔装甲・亜型』と呼ばれる身体強化魔術だ。
もともとは、ゲオルギウスが最後に見せた神降ろしの際、自身を守るために用いた結界。それを転用した術である。
ストラと比べて大幅な能力値の上昇が見込める反面、維持には大量の魔力を消費する。
そして、魔術師ではない奴は、生命力を魔力に変える変換器を利用している。
間合いが詰まる。
奴が攻撃を繰り出すのと同じタイミングで、私も亜型を発動させた。
デミトリは、円環の秘術を使う私に目を見張りながらも、鋭い斬撃を放ってくる。
振り抜かれた剣をステップでかわし、腰の変換器めがけてメイスを振るう。
ガギン!
変換器が砕け散るとともに全身を覆っていた魔力のオーラが霧散する。
さらに衝撃に体勢を崩し、奴の足が止まった。
「バカな!?」
私はそのまま足を払い、完全に相手の体勢を崩すと、メイスを振り上げる。
「待て! 俺はまだ――」
パァン!
振り下ろしたメイスは狙いを違わず、デミトリの頭部を打ち砕いた。
将軍の戦死が決定打となり、円環の抵抗は急速に弱まっていく。
やがて武器を捨て、無防備な姿勢で立ち止まる信徒まで現れ始めた。
「奴らは何をしようとしているんだ?」
戦場で武器を捨てるなど、自殺行為に等しい。
奴らの意図をつかみかねていると、ラムザが説明してくれた。
「あれは、投降の意思を示しているのです」
役目を終え、戻ってきていたらしい。
ああ、あれが投降というやつか。
抵抗をやめて降参し、相手の支配を受け入れる意思を示す行為だな。
知識としては知っていたが、なんと愚かな選択をしたものだ。
生きることに貪欲な人間が、生存権を差し出してくるとはね。
それほどまでに、この侵攻が絶望を与えたということだろう。
……まあ、どうでもいいか。
「もう信徒のストックは十分だし、投降してきた者に用はないな。全員、処分しちゃって」
「は? ……はは。直ちに処理いたします」
ラムザはなぜか言いよどんだが、私と目が合うと、すぐさま部隊を動かして対応を始めた。
処分が始まった途端、投降してきた信徒たちは、なぜか錯乱し、泣き叫び始めた。
しかし、武器を捨て、魔術を封じられた彼らに抵抗できるはずもない。
作業は粛々と進んでいく。
暫くして、フィリーが駆けつけると、何かを言いかけた。
だが、すでに全ての信徒の処分が終わっているのを目にすると、珍しく口をつぐみ、考え込んでしまった。
? なんだったんだ。
戦闘が終結したので、砦の解体と死体の処理、物資の収集を兵たちに任せ、私たちは一足先に帰路につくことにした。
フィリーは、念願だった円環の壊滅を喜んでいるかと思いきや、先ほどから思いつめた表情で、ちらちらとこちらを見てくる。
いい加減、鬱陶しくなって問い詰めようとしたとき、彼女がついに口を開いた。
「なあ。ラキアは何か目標ってあるのか?」
目標?
唐突な質問だな。なぜ、そんなことを知りたくなったのだろう。
私の目標は『災悪のダンジョン』になることだが……。
「んー。フィリー風に言えば、災強になることだな」
少しばかり彼女の言い回しに寄せて答えると、フィリーの表情がぱっと明るくなった。
「そうか! 最強か。いいよな最強。強者に挑み高みに至るか。つまり、弱者を虐げるつもりはないんだな」
「うん? ああ、弱いものには興味がないな。向こうから攻めてこない限り、いたずらに奪ったりはしないが」
私の回答のどこに満足したのか、フィリーは思いつめた表情から一転、いつもの元気な姿に戻った。
変な奴。
数日を要した帰還も、特に問題が起きることなく終わり、いよいよ我が家が見えてきた。
この一帯のモンスターは掌握済み。ケボンの采配も盤石だ。
昔と比べて心配事は格段に減ったが、遠目にでも何事もないダンジョンの姿を確認できると、安堵を覚えるな。
ダンジョンの入り口では、防衛のために残してきた兵たちが、凱旋する私たちを迎えようと外で待機していた。
「……妙だな」
迎えに出てきた彼らに手を振って応えようとしたのだが、どうにも様子がおかしい。
誰一人、こちらを向いていない。全員が背を向け、何かを取り囲むように立っている。
上げかけた手を下ろして、目を凝らす。
さらに近ずくと、兵たちも気が付き騒然となったが、それでも包囲を解こうとはしなかった。
理由を問いただそうとしたとき、一体のゴブリンが慌ててこちらへ駆け寄ってきた。
ケボンである。
すでに先触れによって戦果を知っていた彼は、戦勝の祝辞もそこそこに、包囲の理由を語り始めた。
「招かれざる客が、ラキア様に謁見を求めて参っています。ご覧の通り、外で待たせて包囲しておりますが、どう対処いたしましょう」
どう対処しますか? 言われてもな。
まずは、何が来たのか、確認しないことには判断できない。
彼の口ぶりからすると、顔見知りのようだが……。
しかし来訪者が何なのか問いただす前にケボンが合図を出す。
それに応じた兵たちが、包囲を解いていった。
遠巻きに取り囲んでいたようで、対象との距離はまだ遠い。
人型であることは分かるものの、顔立ちまでは確認できなかった。
しかし、あの背格好には見覚えがあるような……。
「げっ!」
隣でフィリーが声を上げた。
珍しい。その顔には、隠しようもない忌避感が浮かんでいる。
……いったい、誰が来たんだ?




