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44.トバルガイン

 近づくにつれ、次第に容姿がはっきりしてくる。


 それほど大柄ではない。

 顎に蓄えられた髭、髪の艶具合からして、それなりに年配の人間――。


 「まさか、トバルガイン!?」


 相手を特定した途端、歩みが止まりかける。

 それどころか、今すぐ反転して脱兎のごとく逃げ出したい。


 フィリーの身体を紙切れのように刺し貫いた一刀が脳裏をよぎる。


 しかし、兵たちが見ている手前、無様な姿を見せるわけにはいかない。


 鋼の意思でもって、堂々とした歩みを続ける。


 相手は、ゲオルギウスすら認める男。

 ダンジョンの外で対峙するには、あまりにも危険な人物だ。


 しかし、何が目的で来たのだろうか?


 壊滅させた円環の敵討ちというのが順当な線だろうが、それほど思い入れがあるようには見えなかった。


 まあ、目の前に答えがいるのだ。

 あれこれ考察するより、直接尋ねるのが一番早いだろう。


 フィリーの安全さえ確保できれば、万が一、私は殺されてもダンジョンで復活できる。


 彼女には、この場から迂回して最下層で待機するよう指示を出した。


 私は平静を装いながら、トバルガインの動きを注視しつつ近づいていく。


 彼は、フィリーが離脱したあたりから私の方へ向き直ると、膝をつき、恭しく頭を下げた。


 距離が十分に縮まっても、その姿勢を崩さず、発言も控えている。

 本当に謁見を求めてきたような態度だ。


 「何が目的でここに来た?」


 率直に問いただすと、彼は思いもよらない要求を返してきた。


 「儂(わし)を剣の教士として、ここで雇ってもらいたい」


 「……ゴブリン兵たちに剣術を教えたいというのか? 面白い試みではあるが――」


 なぜ、そんなことをしようと思ったのか。そもそも、彼を信用できるか。


 しかし、彼は首を左右に振って否定する。


 「いや。兵たちではなく、儂が指導するのはお主だ」


 「えっ、私!? なんで?」


 想像だにしなかったご指名に、思わず聞き返してしまう。


 続く彼の説明を要約すると、こういう理由だった。


 剣の高みに至ったトバルガインは、これまで何人もの見込みのある剣士を弟子に取った。

 だが、自分を超える者はおろか、満足に技を習得できた者すらいなかったという。


 己の技が途絶えることを惜しみながらも、どうしようもない状況に諦めかけていた。

 そんなとき、客将として身を寄せていたゲオルギウスから、私の存在を聞いたそうだ。


 それは、ダンジョンのコアという異形でありながら人間の形を模し、人のように振る舞うイレギュラーがいる、と。


 「そして、偵察隊と共に最奥へ降りた儂は、お主に希望を見出したのだ」


 そう言いながら、歯茎が見えるほどに口元を歪め、目をギラつかせて私に熱い視線を送ってくる。

 どうやら笑顔を向けたようだが、すごく怖い。


 ……しかし、魅力的な提案ではある。


 剣は扱いが難しく、武器の耐久性もメイスと比べると低い。

 この体の元となったリシュトがメイスを愛用していたため、私もメイスを主武器としている。


 だが、人間ならまだしも、ウルズスほどの巨体、まして龍に有効打を与えるには、火力不足を痛感していた。


 しかし、目の前にいるのだ。

 あの地龍の装甲すら紙のように切り裂いた、絶技の持ち主が。


 見誤っていれば、待つのは破滅だろう。

 だが、この千載一遇の機会を逃しては、たどり着ける頂など知れている。


 「分かった。私の剣術指南役として、貴殿をダンジョンに迎え入れる」


 自分の心に従い、私は決断した。



 なんとも不思議な縁で招くこととなったトバルガインを、ダンジョンへ案内する。


 「仲間」とカテゴライズしてよいかは、まだ判断できない。

 だが、これで私の枷の及ばない存在が、フィリーに続いて二例目となった。


 とはいえ、彼の目的を考えれば、捕食という選択肢もありかもしれない。


 「トバルガイン。私には『捕食』という術がある。これは相手を食らうことで、その対象が持つ知識を全て余すことなく取り込むことができる」


 そして、お主を食らえば、念願である技の継承を確実にできることを伝える。


 提案を聞いた彼は、顎髭をしごきながら吟味すると、


 「興味深いが、まずは見極める必要がある。ラキア嬢が継承に足る器と判断できたら、その選択もありかもしれん」


 もっと忌避感を露わにするかと思ったが、まんざらでもない様子だった。


 それよりも――。


 「えっ、ラキア嬢? 嬢ってなんだ?」


 私の困惑に、トバルガインは朗らかに笑うだけで、答えてくれなかった。


 フィリーに顛末を報告する際には、想像した通り、ひと悶着起きた。


 だが、もともと彼は円環の信徒ではなく、顧問として雇われていたこと。

 すでにゲオルギウスのもとから致仕(ちし)しており、関わりが切れていること。


 その二つを説明して、なんとか納得してもらう。


 ゲオルギウスと最後に別れた場所については、義理として教えてくれなかった。

 まあ、仮に聞き出したとしても、すでにそこにはいないだろう。


 それよりも、今後もし奴が私たちの前に立ちはだかった際には、切ることに迷いはない。

 そうトバルガインが明言したことに満足することにした。


 彼を居住スペースに案内し、何か入用があればケボンに頼むよう伝える。


 「円環では、用心棒以外に何をしていたんだ? 弟子でも取って教えていたの?」


 興味本位の質問に、また意外な回答を返してきた。


 「あそこでは剣を打っていた。儂に見合う剣はなかなか見つからんから、最近は自前で用意することが多くなった。もともとその目的で士官したのだ。あそこは素材と新しい技術が豊富だったでな」


 そう説明しながら、腰に佩いた長剣の鞘を軽く弾いてみせる。


 フィリーを刺し貫いた長剣。それも自身で打ったものだったのか。


 思わず剣を凝視していると、彼は何かを思いついたように相槌を打つ。


 「剣術を教えるには、まず剣を用意せねばな。一つ、練習用の剣を打ってみよう」


 そう言うや否や、早速必要な物資を書き出し始めた。



 先の砦攻略で失った兵士の補充、砦から送られてくる物資の確認。

 ケボンがまとめた必要資材の複製。そして、ダンジョンの拡張。


 平時になってもやることは多く、日々があっという間に過ぎていく。


 「ケボンのような、管理のできる人員を増やさないとな」


 めぼしはついている。先日、帰順を示した円環の信徒たちだ。

 彼らの中から、管理に長けた者を抜擢しよう。


 そういえば、片付けなければならない問題が残っていた。


 ゲオルギウス率いる円環による侵攻では、多くの信徒が攻め込んできた。


 ほとんどは戦死したが、半死半生で済んだ信徒は、もれなく捕食して知識を得るため、複製を行った。


 その数は二十弱。


 複製体となった彼らに事情を説明すると、人知を超える技に驚愕しながらも、私のためダンジョンを防衛する要石となることを誓った。


 だが、ここで問題が発覚する。


 知識を得るために意識を移した際、信徒の大半が心の内に、反乱、ないし円環への復帰を企てていたことが判明したのだ。


 ゴブリンをはじめとするモンスターではありえない思考に驚いたが、事前に本性を知ることができたのは僥倖とも言える。


 ラムザのように、ダンジョンの奇跡に心酔し、二心なく鞍替えした者は数名。


 面従腹背している残りは、今も小さなグループに分け、閉鎖空間に隔離している。


 大量の魔力を注いで複製したのだ。ただ処分してしまうのは、もったいない。

 何か有効な活用方法はないだろうか。


 そして、もう一つ。

 私には、避けて通れない問題が残っていた。


 「もうすぐ死者の日が来てしまう」


 その言葉を口にしただけで、気分が重くなる。


 「死者の日」自体は、人間の国が宗教観に基づいて制定した記念日なのだが、その日にリシュトの家族に会う約束をしている。


 嫌なら、行かなければいい。


 だが、リシュトの心が、それを避けることを許さない。


 憂鬱になった気分を晴らすため、ダンジョンを拡張しようと意識を集中したとき――。

 久しぶりに、あのアナウンスが頭に響いた。


 『深淵ポイントが規定値に到達。深淵レベルが3に上がりました』

 『深淵ポイントが規定値に到達。深淵レベルが3に上がりました』

 

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