42.あとかたづけ
夜が深まり、闇が最も濃くなったころ、密かに部隊を展開する集団がいた。
目標は、一キロメートル先に構築された砦。
砦と呼んだが、野盗や山賊が構える根城とは規模が違う。
巨大で造りも堅牢、もはや要塞の域である。
しかし、ここは国境からも遠く、近くに街すらない大森林の奥。
そんな僻地に、隠れるように築かれた巨大な拠点。どんな目的で造られたのかは、推して知るべしである。
かがり火が焚かれ、ときおり歩廊に人影が現れては消えていく。それなりの数の人間が、まだ残っているようだ。
これから攻める砦を観察する私のもとに、斥候を終えた兵が報告に来る。
目深に被ったフードをたたみ、顔を露わにすると、新たに帰順した人間、ラムザが報告を始めた。
「ラキアさま。警備体制、兵員、周辺の地形に至るまで、決戦時から変わっていないようです」
彼は先の戦いで、ダンジョンに侵攻してきた円環の信徒である。
首魁ゲオルギウスが敗走し、取り残された信徒たちは、抵抗むなしく命を散らしていったが――
運よく半死半生で済んだ信徒は、もれなく捕食していった。
その後、複製を行って戦力と知識を取り込んだのである。
そしてラムザを始め、元信徒たちから得た情報をもとに、ゲオルギウスの根城へ逆侵攻をかけようとしている。
「あと、ゲオルギウスは確認できませんでした。私見ですが、奴は戻っていないと考えます」
その根拠は? と問えば、奴がいれば、施設の雰囲気がもっと張りつめるという。
……それは分かる気がする。
観察を終えて天幕に戻ると、将兵たちが列を成して私の号令を静かに待っている。
奥の玉座に向かうため、彼らの横を通り過ぎる際、悟られぬ程度に様子を観察する。
皆、猛る闘志を内によく収めている。
我が家を土足で踏み荒らし、破壊と殺戮を犯した集団の本拠地だ。
その報いは受けてもらう。
皆、私が生み出した子たちなのだ。将兵に限らず、ここに集う兵士も同じ心持ちだろう。
逸る気持ちを抑え、玉座の前に立つと、将兵たちを見渡し宣言する。
「これより殲滅戦を開始する」
砦には、大小五つの出入口が存在した。
その一番大きな正面口に対して、大規模な攻撃呪文が撃ち込まれ、城落としの幕が上がる。
ドン! ドン! ドドドン! ドン! ドガ!
間断なく攻撃呪文の掃射が行われ、紅蓮の大輪が闇夜に華を咲かせる。
攻撃を受け、にわかに慌ただしくなる円環の本拠地。
かがり火の他、魔術による照明も行われ、辺りが一気に照らされていく。
しかし、事前情報の通り、人手不足から死角がいくつも残っている。
「説得の猶予は、今から一時間。それが過ぎたらフィリーが全力爆撃を開始する」
信徒の意識が正面口に集中し、後方の注意が薄くなったタイミングで、ラムザ率いる少数の離反組が五番出入口から突入を始める。
彼らの任務は、投降に応じそうな信徒の説得である。
突入に備え、小隊の移動が始まる直前、ラムザが駆け寄ってきた。
「説得の機会を与えてくださり、誠にありがとうございます」
何かと思ったが、感謝の意を伝えてきたのだ。
もちろん、善意で機会を与えたわけではない。
円環の知識は、非常に有用だ。
先に捕食した信徒だけでも、正道に邪道、外道まで多種多様な知識を手に入れることができた。
今、あの砦には、研究畑の信徒が多く残っているという。その知識も、ぜひ手に入れたい。
少し間を置いて二番出入口から主力部隊を投入。内部を制圧しつつ屋上広場に出て、後に登場するフィリーの援護を任せる。
残りの出入口は突入せず、外に兵を配置して、逃げ出してきた信徒の処理に専念させる。
最初の攻撃から一時間近く経過したが、とくに問題が起きるということもなく、攻略は順調に進んでいる。
陽動だった正面口も陥落間近の様相で、城門を突破するのも時間の問題だ。
断末魔とは異なる悲鳴や泣きわめく声が、剣戟に混じって届くようにもなってきた。
軍隊が籠る施設と異なり、あそこはゲオルギウス率いる円環の本拠地だ。
研究員の他、非戦闘員も多く暮らしていることは、読んだ記憶で分かっている。
とはいえ、慈悲を与える理由はない。
後顧の憂いを断つため、私に牙をむいた円環には滅んでもらおう。
先日の激戦を思い起こし、冷や汗を覚えたその時、頭上を巨大な影が横切っていく。
フィリーこと、地龍フィグネシアの登場だ。
「フィリーから始まったこの因縁も、今日で終わるのね」
地龍である彼女に、大空を舞う能力はない。今行っている滑空がせいぜいである。
そんな地龍が、どうやってそびえ立つ砦を上空から爆撃するのか。
地龍の接近に気が付いた信徒たちが迎撃を開始――
恐らく、この襲撃を受けた時点で、地龍が手引きする反攻だと想定していたのだろう。
砦上部に潜んでいた魔術師が、追撃の呪文詠唱を開始。いくつもの魔法陣が闇夜に浮かび上がる。
その魔法陣が一斉に角度を変え、飛翔するフィリーへ向いていく。
いよいよ追撃の魔術が放たれようとしたが、多くの魔法陣が、術を完成させる前に霧散していく。
屋上に到達した兵たちが、魔術師たちに襲い掛かったのだ。
それでも、すべてを無力化することはできず、襲撃をかわした魔法陣から強烈な光が解放され、夜空に何条もの線を描いた。
そんな状況でも、フィリーは慌てることなく滑空を続け、破壊の光の軌道を視認すると、大地に干渉する。
ゴゴゴッゴ……!
大地が隆起し、砦の高さに迫る石柱が、次々と地面から突き出していく。
フィリーはその一本を蹴り、進行方向を修正。
ズドォン!
光は、先ほどまで地龍がいた場所を派手に吹き飛ばしたが、すでにフィリーは別の足場へ移っている。
そのまま返す刀のごとく、砦めがけてレーザーブレスを放出。
ボッゴアッ!
その一撃で天井の一部が吹っ飛び、火薬に引火したのか、一拍置いて火柱が上がった。
屋上の信徒たちは、なおも懸命に術を展開するが、石柱をつたい、砦周辺を回り込むように移動するフィリーをとらえることができない。
また、その間に兵たちも魔術師を襲い、敵の防空戦力を削いでいく。
ついに彼女が上陸を果たすと、兵たちから歓声が上がり、逆に信徒たちからは、拠点の陥落を予見して士気が萎えていく。
上陸したフィリーを止められるものはおらず、彼女も遠慮することなく、レーザーブレスを連続して照射し続ける。
そのたびに砦の一角が吹っ飛ぶ。壁が崩れ、逃げ惑う人々が瓦礫の間を駆け回る。
いたる箇所で炎が上がり、敵味方ともに焼け出される災害現場の有様であった。
「しかし、これは地獄絵図だな」
奴らに短時間で致命的な被害を与えるため、味方をも巻き込んだ爆撃を行うことは、あらかじめ兵たちに伝えている。
囮も覚悟で臨む彼らは、崩壊する砦に笑みを浮かべ、炎に呑まれながらも攻撃を続けていく。
一方、信徒たちは絶望に顔を歪め、のたうちながら焼け死んでいった。
円環の拠点は半壊し、動いている人間の方が珍しくなったころ、正面出入口がにわかに慌ただしくなる。
どうやら生き残った信徒たちが集まり、決死の脱出を図ろうとしているようだ。
「あれが最後の反攻だな。よっし、正面ゲートに向かう。ついてこい」
言うや否や、周りの反応も顧みず移動を開始。
護衛するために控えていた精鋭たちも、遅れまいと随行する。
正面ゲートを射程に捉えたときには、荷を満載した馬車が、崩落間近の跳ね橋を潜り抜けようとしていた。
兵たちも攻勢を強めているが、後がない円環も必死の防衛を展開し、荷馬車に近づくことを許さない。
「私が穴をあける。お前たちは撃ち漏らしをたたけ」
兵たちは、突如参戦してきた私に一様に驚いたが、すぐに指示通り攻撃を控え、タイミングを計り始める。
この状況に合った詠唱を手早く行い、魔力を解放する。
「インフェルテガーティオン!」
力ある言葉に応じて小さな太陽が顕現。
先ほどまでの攻撃呪文と比べると、牛歩のような速度で馬車に向かって飛翔していく。
荷車の上から、馬車を守る信徒たちが恐慌しながらも、何重に障壁を展開する。
その間も太陽は近づいていき、ついに障壁に触れた。
ッバァーーーーーーン!
大爆発とともに、馬車と橋が粉みじんに吹っ飛び、燃えながら空堀の底へと落ちていく。
爆発後も炎の渦は収まるどころか広がっていき、辺り一帯が昼間かのように照らし出される。
ついに後ろで立ち往生していた、もう一台の馬車を飲み込むと、信徒もろとも灰燼に帰した。
跳ね橋は完全に焼け落ち、辺りに生者の気配がなくなった――
かと思ったが、燃え盛る炎を抜け出し、一人の人間がその縁に姿を現す。
私はその男に見覚えがあった。




