41.安堵
詠唱を始めた私を見て、苦虫を噛み潰したような顔で叫ぶ。
「なめるなよ。過ぎたおもちゃに浮かれる羽虫めが」
印を結ぶと、半身を失った巨人の骸が、ゲオルギウスへ吸い寄せられていく。
まるで憑依するかのように奴を包み、やがて骨の外装が形作られる。
骸が解放されると、そこには巨人の外殻をまとうゲオルギウスが現れた。
そして姿勢を低くしたかと思うと――次の瞬間、奴の姿が消えた。
!?
視界の端を影がよぎる。
「イージス!」
パァッン!
確認するより早く、反射的に張った障壁へ何かが叩き込まれた。
気配というより、感に近い感覚で続けざまに障壁を展開。
パァッ! パァッ! パァッン!
その度に激しい衝突音を響かせ、紙一重で攻撃を防いでいく。
こんな感だよりの攻防は長くもたない。
「ストラ!」
障壁魔術の隙を見て身体強化を発動。
鈍い痛みに耐えながら力を引き出した瞬間、これまでと比較にならない能力向上に全能感を覚える。
これなら、ゲオルギウスをとらえられる。
奴の軌道に先回りすると、動きを封じるべく手足を狙う。
しかし、狙いを看破された攻撃は打ち払われ、距離を取られてしまう。
私の方が若干早い。致命を与える手段も得た。
しかし、私のコアがどれだけ持つか分からない。
奴が腰に下げている霊蔵管は、まだ二本目が怪しく光を放っている。
このままでは、先に音を上げるのは私の方か。
どうやったらゲオルギウスの足止めをして、一撃を浴びせることができる。
思案していると、不意に奴の背後に影が現れた。
奴も気配を察し、距離を取ろうとしたが、一手、影の方が早かった。
「ラキア、いまだ。こいつにとどめを刺せ!」
なんと離脱していたフィリーが人間の姿で忍び寄り、背後から組み付いたのだ。
「! ぐっ、離せ。この死にぞこないのトカゲが。クソ」
暴れて脱出を試みるゲオルギウスを、必死の形相でくい止めるフィリー。
……この機を逃すことはできない。攻撃呪文の詠唱を開始する。
「我はゲオルギウスぞ。この世の真理に到達し天上に至る存在だ」
詠唱も終盤にさしかかり、手に持つ賢者の石が眩く発光する。
「……おいやめろ。仲間も道連れにする気か?」
「気にするな、ラキア! 私ごとこいつを撃ち貫け」
認めよう。
この男と対峙するには、力不足だった。策を労し、強大な龍と共闘しても埋まるような差ではなかった。
「実力で劣り、巡る天運で得た勝利は慚愧に堪えない。が、後悔できるのも生き延びたものの特権だ」
「やめろ! 我の方が優れている。そうだろ? うわぁぁぁあああ」
ゲオルギウスがこちらに錫杖を振りかざす。
しかし、奴が攻撃を放つより早く、私の術が完成した。
「エンデニール!」
力ある言葉に応じ、全てを無に還す光が解き放たれる。
……
光の帯は音すらも飲み込んで突き進み、ゲオルギウス、フィリーを飲み込む。
それでもなお衰えることなく、ダンジョンを突き破り、遥か彼方まで一条の軌跡を描いていった。
パキッ。
これまでにない痛みと共に、砕ける音が頭に響く。
手元を見ると、コアの先端がほんの少し欠けていた。
それでも私は生きている。
この結果にもっと喜ぶべきだが、彼女のことが頭から離れず、晴れやかな気分にはなれなかった。
「ぬあぁぁぁあああ!」
そのとき、絶叫が階層中に響き渡る。
はじかれたように振り向き、絶叫の主を見て、息を呑んだ。
なんと左腕を肩から失い、全身を焼かれながらも術で止血を試みるゲオルギウスの姿があった。
後方には、仰向けに倒れ込むフィリーの姿も確認できる。
信じられない。あの攻撃を耐えしのいだというの!?
信じられないことだが、もはや崩れ神も消滅し、奴自身、虫の息だ。
今度こそ、とどめを刺さなくては。
しかし、奴の傍らに、初老の男性がたたずんでいることに気が付いた。
ゲオルギウスがジロリと睨みつける。
「トバルガイン。貴様、今までどこにいた!」
隔絶した剣の使い手であるトバルガインが、このタイミングで現れたのだ。
……いまさら、どうして。
もう一度命を賭して、攻撃魔術を打ち込むしかない。
しかし、当てられるか?
コアを強く握りしめ覚悟を決めるが、彼の次の一言に困惑する。
「私に戦う意思はない。しかし客将として雇われた身、最後の務めとして、こいつの身柄は預からせてもらう」
そう宣言すると、残った右手を肩に回してゲオルギウスを担ぎ上げた。
ゲオルギウスは不服の意志を示し――
「トバルガイン。こいつを殺せ。命令だ」
「覇王自身が成し得ぬことを他者に頼っては立ち行かん。それとも覇道の歩みはここで終いか?」
ゲオルギウスは目を血走らせながら私と男を睨んだが、やがて背を向け、後退の意を示した。
おい、何を勝手に話をまとめて。
ここまで追い詰めたのに、みすみす逃すものか。
しかし石を使ってようやく、トバルガインと相打ちに持っていくのが精一杯な状況でもある。
決断をためらい、何度もこぶしに力を込めたが、結局、二人がこの階層を出ていくまで動くことができなかった。
その後もしばらく放心していたが、倒れ込むフィリーを視界の隅にとらえると、無事を確認するため駆け寄る。
良かった。全身に切り刻まれたような跡が走るが、深いものはない。
エンデニールにより攻撃も掠った程度だ。
しかし体力は相当消費しているようで、私が近づいても目線だけをこちらに向けて、体を起こすことはできなかった。
私は体を支えてそっと起こし、前髪を掻いて整えてやる。
「首魁を殺し損ねた。すまない」
最後の攻撃で片腕を失い、以前ほど脅威ではなくなったこと、トバルガインが現れて手打ちとなったことを伝えた。
報告を聞いたフィリーは、言葉の意味を咀嚼すると、
「おめでとう。……私の存在が、最後の最後で邪魔になってしまった。ごめんなさい」
別に私はフィリーを庇って、狙いを外したわけではない。
彼女の誤解に、正直に答えるべきか悩んでいると、どうやら彼女も察したらしい。
「人でなし」
弱々しい声で拗ねた。
「違いない」
あの最後の攻撃の時、フィリーごと撃つ決断ができたことに安堵した。
しかし同時に、彼女が無事だったことに心の底から安堵していた。




