40.賢者の石
ゲオルギウスがゆっくりと歩んでくる。
それに合わせるように背後の骨巨人も歩を進める。
ただ、それだけで、この階層一帯の魔力が震える。
だめだ。あの存在を前にして、どうにも足腰に力が入らない。
満足に動けない私を察してか、兵たちが蛮勇を見せる。
足並みを揃えた突撃は、しかし巨人の地上を這うように振られた腕によって、あまりにも容易く薙ぎ払われていく。
奴の攻撃に「血走り」も巻き込まれていたが、そんなことを気にする余裕は、私にはなかった。
さらに声の伴わない詠唱に青紫の火柱が生じ、外側に逃れた兵もことごとく焼き尽くされてしまった。
「我が外法の一つ、崩れ神。古に神と崇められた残骸を魔術で疑似蘇生したものだ」
これまでと一転して饒舌に語りながら、近づいてくる。
動け。
骨巨人の眼底が怪しく光り、私に狙いをつける。
動けよ、私。
空虚な眼底がさらに強く輝き、まさに破滅の光が飛び出そうとしたとき――
「ガあぁぁぁぁああ!」
咆哮とともに、龍姿のフィリーが崩れ神に組み付いた。
その反動で光線は私から大きくそれて、本体近くの壁を深く薙ぐ。
ゲオルギウスが一瞬目を見張ったが、すぐに腹立たしげな表情でフィリーを引きはがそうと殴りつけ始める。
「立ち止まるな! あがけラキアーーー!」
彼女の叫びに、ようやく体が動き出す。
それと同時に、止まっていた思考も回転し始めた。
いったいあれを動かすための魔力をどうやって工面しているのだ。
いくらゲオルギウス本人の魔力が強大だとしても、人間が、というより生物が内包できるキャパシティーを軽く凌駕している。
つまり、どこかに魔力の発生器か貯蔵器、あるいはその両方を利用しているはずだ。
そう仮説を立てて観察すれば、すぐにそれらしい魔術具を見つけることができた。
ランプにしては小さいが似た形状の魔術具を三つも腰に下げており、そのうちの一つから、おどろおどろしい光が漏れ出ている。
フィリーが押さえてくれている隙に魔力を練り、魔術を構築していく。
射線を確保し、狙いながらタイミングを計る。
「ブレイズランス!」
力ある言葉とともに、青く輝く槍をゲオルギウスの魔術具目指して打ち出した。
想像通りの軌道を描いて飛翔する槍に、直撃を確信したが――
ブシュゥ
だが命中する寸前、槍は骨巨人の纏うオーラに阻まれて、あっさりと霧散してしまった。
完全燃焼させ貫通力を極限まで高めた特別製だったのに、まるで歯が立っていない。
さらに、いままで抑えてくれていたフィリーが引きはがされ、殴打を続けて浴びると壁際まで再び吹っ飛ばされてしまう。
いつの間にか骨巨人から一対の腕が生え伸びて四本腕になっている。
「狙いは良い。しかし火力が絶望的だ。お前の予測通り、崩れ神への魔力は、この霊蔵管から供給している」
カツン、カツンと軽く弾きながら、奴は私の見立てを肯定する。
「人の魂を煮詰めに煮詰め純度を高めたものだ。この小さな管に千を超す贄を詰めている。これだけ詰めるには意外とコツがいるんだ」
説明しているうちに一つ目の霊蔵管が点滅しはじめたかと思うと、急速に発光が弱まっていく。
ゲオルギウスは管を腰のベルトから外すと、二本目の霊蔵管を操作する。
すぐに怪しい青紫色の光が漏れ始める。
「羽虫にしては、よくやったほうだが、しまいだ」
それからの戦闘は、ただひたすら耐えるだけのものになった。
地形や壁罠を駆使して、なんとか奴の攻撃をしのぐが、すでに最奥のコアが安置されている壁際まで追い詰められている。
こちらの魔術は、骨巨人のオーラの前にまったく通用しない。
相手の魔力切れを期待するが、いったいあと何分、いや何秒耐えられるか分からない。
こうなったら、一か八か白兵戦で近づいて、ゼロ距離から霊蔵管、またはゲオルギウス本体を狙うしかない。
「ストラ!」
身体強化を行い、身を潜めていた物陰から突撃のため姿をさらす。
その刹那、ゲオルギウスから間断のない光の弾が放たれ降り注ぐ。
くっ。
とっさにメイスに魔力を込め、直撃弾になりそうな光を迎撃する。
「ほう二重詠唱か。だが稚拙」
直撃は避けられたが、近くに落ちた光弾が爆ぜ、衝撃波が私を襲う。
「ぐあぁ」
二度、三度横転し、体のいたる所を強かに打ち付け、痛みと共に呼吸が一瞬できなくなる。
駄目だ。地力が違いすぎる。
打開策がない。逃げ道もない。詰んだ状況に、敗北を意識する。
こんなところで、終わるのか。
「もはや興覚めだ。さっさと滅べ」
ゲオルギウスが狙いすました光弾を打ち放つ。
挫けかけた心とは裏腹に、体は生き残ろうとあがきを止めない。
メイスを振るい弾く。
続けて二度、三度弾いたが、それも四度目の追撃で遂に砕けてしまう。
「ここまでだ」
ゲオルギウスが静かに勝ち誇った笑みを浮かべながら、光弾を私に向けて引き絞る。
その時、最後に弾いた光の残滓が、ダンジョンコアに微かに降り注いだ。
ドゴッッァ!
その瞬間、微かな痛みと共に光の大爆発がコアの前で発生、あまりにもな衝撃に態勢を崩し、膝をついてしまう。
!?
何が起きた? いや待て。この感覚はもしかして。
ゲオルギウスが、光弾に込める魔力量を一気に上げる。先ほどまでの笑みはかげり、引きつった表情をしている。
とっさに私はコアに手をかざして念じる。
来い!
コアが壁のくびきから解放されると、そのまま一直線に飛翔し、私の手の中へ収まる。
と同時にゲオルギウスから光弾が放たれる。
先ほどまでのものとは、魔力密度も速度もまるで異なる過剰な一撃だが。
「イージス」
私の力ある言葉に応じ、展開された障壁に阻まれ、あっけなく霧散した。
……え?
いつもと同じ感覚で発動した魔術障壁は、これまでとは比べものにならない厚みのあるアンバランスな形で展開されていた。
「なるほど」
思わず呟く。奴はこの力を恐れて、広範囲の魔術を使わなかったな。
フィリーの排除だけでなく、ダンジョンのコア、別名「賢者の石」も手に入れるため、ここまで壊すような攻撃もしてこなかったわけだ。
「……羽虫ふぜいが」
私に思考を読まれたと思ったのか、これまでにない怒気をはらんだ表情で睨みつけてくる。
それじゃ、「賢者の石」がどれほどのものか試してみようか。
ゲオルギウスが唱えると、背後の骨巨人が掌を重ね、その前に巨大な魔法陣が構築されていく。
「消し炭となれ」
巨人全身が怪しく光ると、魔法陣から途方もない光線が射出された。
対する私が唱えたのは――
「ブレイズランス!」
初級の燃焼魔術。
しかし、私の手から放たれたのは、炎の槍とは程遠い、一面を覆い尽くす闇の炎となった。
その焔獄は、巨人の光線を飲み込んでも勢いを落とすことなく、ゲオルギウスごと巨人を薙ぎ払った。
ッバババッーーーーーン!
大爆発とともに巨人の半分が吹き飛ぶ!
それでもゲオルギウス自身はオーラに守られ、いまだに健在なのだから恐れ入る。
そして今の一撃で分かったが、「賢者の石」にとって、ブレイズランス程度の魔術でも負荷が大きいようだ。
ダンジョン全体が、軋むような痛みに襲われる。
これ以上強い魔術では、負荷に耐えられず、私は砕けてしまうかもしれない。
しかし、そうだとしても
「それがどうした! 決着をつけるぞ!」
奴との勝敗を決すべく、最後の詠唱を始めた。




