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38.ゲオルギウス

 閣下と呼ばれる首魁の登場により、奴らの戦術が大きく変化した。


 それまでの、遅いが手堅く、過剰な火力を用いた攻めから、ひたすら速度を優先した個の武力による侵攻へ。


 ひたすら閣下の歩みを邪魔させないための暴力。


 もはや組織だった行動はなく、一団はいくつもの隊に分かれ散開し、モンスターを見つけ次第、一刻も早い排除を目指すようになった。


 対してこちらは、五名一組の班、さらに班を編成した小隊規模での組織行動を徹底して、迎え撃つ。班や隊のリーダーは、能力を認められ武器を下賜された強者たちである。


 五階層までの迷路のような洞窟型とは異なり、六階層からは広大な森林地帯が広がる。


 「いたぞ! ゴブリンが二、いや三。閣下に近寄らせるな!」

 

 木々を利用し、視線を切るようジグザグに迫るゴブリン兵を信徒の一人が見つけ、接敵を叫んで知らせる。知らせをもとに、敵を視認した魔術師が攻撃を行う。


 「アイシクルランス!」


 力ある言葉とともに術師の前方に複数の氷槍が出現すると、弾かれたようにゴブリンめがけて飛翔する。


 ギィン、ギィン、バギィン。


 木々や地面に衝突すると、氷塊とは思えない音を立てながら、辺りを粉砕し木々をなぎ倒す。


 ゴブリンたちは直撃こそ避けたものの、その破壊力の煽りを受け、吹き飛ばされ転倒し、姿をさらしてしまう。


 奇襲の失敗。真正面から戦っても勝ち目がない彼らは、足をもつれさせながら必死に離脱を始める。

 その背後を信徒たちが追い立てる。


 いくらも追いかけないうちに、ゴブリンたちは小高い崖のふもとに追い詰められ、身動きが取れなくなった。


 敵は武器を構え直し、必殺となるよう慎重に距離を詰め始める。

 ゴブリンたちも獲物を構え直し、距離を取ろうとするが、背後の崖に阻まれ進退窮まった状況だ。


 ゴブリンたちが悲壮な表情を浮かべる一方で、追い詰めているはずの信徒たちの目にも、焦りが宿っていた。


 やがて必殺の間合いとなり、剣士が武器を斜め上段に掲げ、裂帛の気合を込めようとした瞬間――。


 ゴガッ。


 突然、剣を掲げた男は目視外から強烈な一撃を受け、そのまま昏倒した。


 一歩引いて周囲を警戒していた別の戦士系の信徒は、その一撃の正体を見て、何が起きたのか理解して戦慄する。

 慌てて視線を上空、崖の上に向ければ、五体ものゴブリンが岩や弓を構えてこちらを狙っているのを発見した。


 「伏兵だ!」


 そう叫び、剣を構えるが、彼にあの高さまで届く攻撃手段はない。迫り来る投石や矢を防ぎながら、後退を始める。


 共に行動していた魔術師は、上空へ向けて攻撃魔術を放つが、傾斜がきつくゴブリン達が一歩後退するだけで簡単に避けることができた。


 慌てて、上空で爆発するタイプの術式を組み始めたようだが、完成するより先に矢を浴びて倒れ伏す。


 後退した戦士は本格的に逃げようと反転したが、すでに前方に新手のゴブリン兵が迫っていた。


 「また伏兵だと。本当にゴブリンか」


 強行突破を試みようと気合を入れ直すが、背後に気配を感じた次の瞬間、衝撃と燃えるような激痛が襲う。

 なんとか首だけ振り返ると、最初に逃げ惑っていた三体のゴブリンが、槍を突き立てていた。


 「たす、け」


 男の懇願とは真逆に、凶刃が幾重にも降り注ぎ、確実に命を刈り取っていく。

 続けて昏倒した者、動けなくなった者たちも同様に始末する。


 死体を片付け終えたころ、崖上で投石を行った別の班が降りてきた。


 「いくら相手の隙をつくとはいえ、あの距離まで敵を引きつけるのは心臓に悪いぜ」


 逃げを打った三体のゴブリン兵の中で、背に立派な槍を負った一体が相手に向かってぼやく。


 「まったくだ。こちらも投げる石に力が入って仕方ない。次は俺たちが囮役か。タイミングをしくじるなよ、相棒」


 別動隊の隊長はそう言うと、装備と手順を確認、気合を入れ直して森の中に入っていった。


 「うん。次は奴らが少し切りつけられたタイミングで、攻撃してみるか」


 役を交代した彼らは、そんな軽口を言いながら崖を迂回し、迎え撃つ準備を始める。


 ダンジョンのモンスターが偽装退却を仕掛けてくると信徒間で情報共有されるまで、我らは相当数の敵兵を打ち取ることに成功。

 その結果、七階層に降りるころには、戦力を半分以下にまで減らすことができた。


 この規模の損害に連中が、再び組織立って動き出すかと危惧したが、相変わらず閣下は淡々と歩みを進め、信徒たちも道の確保に邁進し続ける。


 そのため、数が減るに従い閣下の周囲を守る敵兵の密度が薄くなり、隙間を縫ってこちらの兵が肉薄する場面も出てきた。


 ゴブリン、グレーウルフの混成隊が、ついに閣下の隊を捉える。


 二体のグレーウルフが恐ろしい速さの差し足で、音を立てることなく敵に食らいつく。

 しかし守る兵も並ではなく、完全に不意を突いたにもかかわらず、驚異的な反射で閣下との射線を遮る。


 長剣を振るうには間合いが詰まりすぎていたため、二人の信徒は剣は抜かず、それぞれ体を張って灰色狼につかみかかる。


 一時、閣下の守りが完全に機能しなくなる。

 そこに一拍遅れてゴブリン三兄弟が三方から襲い掛かった。


 長兄が上段から頭を、次男が上半身、三男が下半身に狙いをつけ、同時に剣を振り抜く。


 「鬱陶しい羽虫どもが」


 閣下が短く詠い、錫杖を大地に突き立てると、大地から、細長い錐のようなものが無数に突き出した。

 それらは高速で自転しながら剣を弾き、避ける間もなく三兄弟の身体を穿っていく。


 断末魔を響かせる弟たちの中、長兄だけは身体を錐に貫かれながらも剣を離さず、錐の隙間を縫い首魁へ刃を届かせようと振り下ろした。


 ギィン。


 そんな命を賭した一撃も、錫杖でたやすく打ち払われてしまった。

 魔術だけでなく、体術もかなりの実力を有しているようだ。


 もはや三兄弟は事切れる寸前のありさまであったが、そんな彼らに燃焼魔術を打ち込み、無慈悲に燃やし尽くす。


 ゴブリンとの決着が早々についたため、戦士たちはまだグレーウルフと乱戦していた。

 閣下はそんな彼らに一瞥(いちべつ)すると、加勢するわけでも罵倒するわけでもなく、自分とは無関係なものとして一人歩みを続けた。


 その後も、円環とは一進一退の攻防を繰り返すが、信徒の兵数があるラインを割ってからは防戦一方となり、その場で動けなくなる敵集団が現れ始める。


 我らは敵の合流を阻止しながら、各個撃破を進めていく。制圧攻勢を仕掛ける際は、必ず敵兵力の五倍以上を投入するよう指示をだす。


 再編に時間はかかるが、どの衝突も損害軽微で殲滅に成功している。


 その結果、奴らが九階層に到達した頃には、まともに侵攻を続けられる集団は残っていない状況となっていた。


 普通なら、この時点で勝負ありなのだが――

 たった一人、閣下だけが、最初から何一つ変わらぬ歩調で最下層を目指していた。


 信徒たちも入れ替わり立ち代わりしながら、少数ではあるが付き従っている。


 閣下自身も迫り来る兵に対して迎撃を行う機会が増えたが、他とは隔絶した戦闘力で、消耗らしい消耗は与えられていない。


 そのままついに最下層に到達。

 そこで待ち構えていた最精鋭たちが、一斉に襲いかかった。


 付き従った信徒たちは、自身の身を守るのに手いっぱいで、それ以上進むことができない。


 ここでも閣下だけが、襲い来るモンスターを表情一つ変えずに刈り取っていき、ついに最奥に座す私の眼前に姿を現した。


 「羽虫が人間の真似事とはな。降伏など認めん。今すぐ自死せよ」


 開口一番、あまりにもな内容に理解が追いつかない。

 今のは要求か? 何かしら交渉があると考えていた私は面を食らう。


 奴らの目的は拠点を破壊し、活動を邪魔する地龍の始末だと思うが、彼女を匿う私を懐柔するつもりはないようだ。


 「このラキアのダンジョンに侵入したあげく、壊滅寸前まで追い込まれている。そのわりには威勢がいいな人間」


 私は玉座から降り、男と対峙し挑発する。

 隣には武装したウルズスが控え、さらに奴を囲むように兵たちは展開し終えている。


 「私は玄(クロ)の棺、元首のゲオルギウスである。木偶にすぎぬ奴らと同列のように語ることは許さん」


 玄の棺。円環とは違うのか? 新しい疑問が生まれたが、今はそれどころではない。

 不快感を隠しもしない閣下ことゲオルギウスが、錫杖を振るい攻撃を仕掛けてきた。


 もう少し要求や交渉を行って情報を集めたかったが、相手にそんなつもりはないらしい。


 黒く鋭い錐を回転させながら打ち込んでくる。とっさにウルズスが肉壁となり、私も彼の正面に防御魔術を展開する。


 「イージス!」


 パリッ、パリン。


 しかし私の張った障壁は、紙のごとく簡単に穿たれてしまう!

 ウルズスに刺さる直前、持たせた魔術無効化の護符を数枚消費して、どうにか止まった。


 ほとんど詠唱なしに、あの威力と速度。いったいどういう仕組みだ。


 さすが円環を統べる魔術師といったところか。魔術戦では、向こうが一枚上手だな。


 私はウルズスにあらかじめ備え付けていた背負子(しょいこ)に飛び乗り、体を固定する。


 「ぶちかませ!」


 私の合図とともに、ゲオルギウス目掛けて巨体を砲弾のように射出、一気に白兵戦の距離にもっていった。

 

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