34.ゲートキーパー
わずか十人による侵攻に隙はなく、二階層、三階層と損害を受けることなく踏破してしまう。
奴らは一定の距離を進むたびに道具を掲げ、周囲を照らすような仕草を行っている。
形状こそ違うが、おそらくガレスたちから教わった、地形を把握するための魔術具だろう。
ただ、侵攻が目的の彼らは必要な範囲しかマッピングを行わず、下層へ続く道を見つけると、それ以上周囲を探索せずに降りていく。
ここまで散々に負かされ、戦果を挙げられなかったが、四階層で初めて敵に死傷者を出すことができた。
スライムから進化したウーズが、天井の岩場の隙間から自由落下し、円環の徒へと張り付いたのだ。
防具や皮膚を強力な酸で焼き溶かしていく。運よく敵の頭上に着地したため、相手は声も出せずにもがき苦しんでいる。
味方を巻き込みかねない燃焼魔術を使うわけにもいかず、距離を取る他の信徒たち。どう対応するのかと思っていたら――
ズサッ。
後方に控えていた一人が、襲われた信徒もろともウーズを両断した。
味方ごと切り伏せたその男には見覚えがあった。エルマンにダンジョン探索を依頼してきた、あのガタイの良い男だ。
血だまりに沈む信徒の死亡を確認すると、誰一人惜しむ様子もなく、再び侵攻を開始する。
結局、ウーズの一撃以外、四階層でも兵たちはことごとく討ち取られ、全滅に近いありさまだった。
円環の徒は、個の実力もさることながら、訓練された軍隊のように組織だった行動を徹底している。
今も一人欠けた穴を埋めるように陣形を組み替えながら進んでいる。
九人になっても侵攻に綻びはなく、ついに五階層の門番であるウルズスと対決する。
魔術師たちは部屋に入る前から呪文の詠唱を始める。
最初のころは、部屋の主を倒さないと次の階層へ進めないのは良い機構だと思っていた。
しかし挑む側からすると、強敵が待ち構えていることが明白になるため、十分な準備を整えられてしまう。
わざわざ強力な戦力を留めておくより、遊撃に投入した方が効果が出るのではないか――と、運用の見直しを考え始めている。
円環の徒たちが部屋へ突入するのを確認したウルズスは、猛烈な勢いで距離を詰める。
奴らもウルズスの突進を視認すると、
「テンペストローム!」
「インフェルテガーティオン!」
最上位クラスの攻撃魔術をためらうことなく放った。
ドッゴォォーーーン!
階層全体を揺るがすほどの大爆発。
それでも――
グオォォォォォォッ!!
咆哮を上げながら、吹き荒れる炎の渦を突き破ってウルズスが突撃する。
よく観察すれば、彼の体から火の粉とは別の煌めきが舞っているのが分かっただろう。
術の威力を緩和する結界の残滓だ。
用意できたのは、中級魔術を一度だけ無効化する護符。
それをありったけ彼に持たせていた。
それでも信徒たちの放った攻撃魔術の威力はすさまじく、結界を一瞬で蒸発させ、ウルズスの全身に重度の熱傷を負わせる。あの巨体でなければ耐えられなかっただろう。
魔術師を目指して進む彼の前に、前衛型の信徒が大楯を掲げて割って入る。
なんとウルズスの体当たりを大楯で受け止めた。
流石に持ちこたえることはできず後方へ吹き飛ばされたが、突進の勢いを大きく削いだ。
そこへもう一人の前衛が、自身の背丈ほどもある大剣で斬りつける。
ギギィン!
肉を斬ったとは思えない音を立てるが、刃は両断には至らず、発達した筋肉の途中で止まる。
バオオォッ!
咆哮とともに残った腕で信徒を全力で殴りつける。
拳が捉えた刹那、血煙をまき散らしながら後方へ吹き飛び、信徒はピクリとも動かなくなった。
ここまでの一戦で深手を負ったウルズスは、もう長く持たないことを悟り、信徒たちの集団へ最後の力を込めて突撃を開始。
しかし――
「ブラストフレア!」
「エンデニール!」
別の魔術師から攻撃魔術が立て続けに放たれ、進撃を阻まれてしまう。
ドーン!
再び爆炎が巻き起こる。
それでも――
グガァァァァァ!
ウルズスの突撃は止まらない。もはや目も耳も使い物にならないほどの傷を負いながら、当たりをつけて暴れ回る。
相手の反撃も激しく、魔術を浴び、刃で斬られ、突かれながらも、それでも力尽きるまで暴れ続けた。
最後はリーダーと思しき男に首をはねられたが、ウルズス自身は凶刃が届く前に絶命していた。
前衛一人、魔術師二人を葬り、多くの敵に負傷を与える大戦果を挙げた。
これまでの侵攻で大きな損害を受けた信徒たちは、五階層で大休止を取り始める。
ゲートキーパーの部屋へ敵意をもって攻め込めないのも、この部屋の欠点だ。
ウルズスが作ったこの好機を生かせないのは非常につらい。
休憩の後、撤退することなく再び進み始める円環の信徒たち。
これより下層で待ち受けるのは、ホブゴブリンやグレーウルフの中でも上位の強者たちだ。
一方、敵は六人まで減っている。
策を弄さなくても、ここまで辿り着けるか微妙だな。
今回に限り、奴らには最下層まで到達し、情報を持ち帰ってもらいたいのだが。
奴らが引き返した後、来る決戦までにダンジョンを大きく作り変え、兵士の装備や罠を一新する計画だ。
古い、誤った情報を持ち帰ってもらいたい。
誤った情報は、誤った計画を生む。
竜を退ける実力を持つ円環の徒に対し、我々に勝機があるとすれば、そのミスリードに賭けるしかない。
そこで兵たちには二人以下で行動するよう命じることで、集団戦を禁止する。
さらに伏兵を禁じ、敵を見つけたら逐次襲いかかるよう命令を出す。
結局、七階層で三兄弟の弟二人が一人を、九階層でウドーが一人を討ち取る戦果を挙げた。
そして四人まで減った信徒たちの部隊は、ついに最奥のある十階層へ到達する。
四人が生き残ったとはいえ、リーダーの男を除く三人は満身創痍で、ひと押しすれば倒れそうな状態だった。
そんな彼らが十階層の入り口で転移陣を発見すると、さすがに安心したのか歓声を漏らした。
五階層以降、最奥のある最下層には必ず転移陣が設置される。
だから直接コアを確認しなくても、この転移陣があれば、そこが最下層だと知ることができる。
今回の信徒たちの目的はダンジョンの規模を調べることだったのだろう。
このダンジョンが何階層あるのかを知ることは、最優先事項だったに違いない。
それが達成できたことで、帰還が許されると安堵したのが、リーダーの男だけはさらに奥を探索しようとしていた。
残る三人は顔を見合わせ、帰還の進言をどの切り出すか思案するが、男は振り返りもせず
「この場所を死守しろ」
それだけ言い残し、一人で最奥へ向かって歩き始めた。




