33.前哨戦
冒険者ギルドで円環の徒に関する目撃情報を報告した翌日。
約束した時間よりも少し早く模擬ダンジョンに向かうと、すでにガレスを含む四人全員が集まってくれていた。
挨拶もほどほどに、金級冒険者によるダンジョン探索講座が始まる。
マップ未作成のダンジョンや、日々構造が変化するダンジョンを潜るときの探索方法から始まり、罠を見つけるコツや解除の方法、安全地帯の確保など多岐にわたり、財産ともいえるノウハウを惜しみなく教示してくれた。
さらに魔力を散布して周囲を把握する魔道具や、有毒ガスを検知する鈴といった、探索専門の冒険者が使う貴重な道具を実演しながら、使い方を教えてくれる。
途中、私が見聞きするだけでメモを取らないため、ランドルから小言を言われたが、教えてもらった内容に加え、昨日の会話も一言一句そらんじてみせると、おとなしくなった。
彼らから教えてもらった知識には、すでに書物で知っていたものもあったが、実体験を交えて語られた内容は、書物では察しえない「実際のところ」を把握することができる。
私からも貯めこんだ知識をもとにガレスたちへ質問したが、どれも経験に裏打ちされた回答で、理論と現実とのギャップを埋めてくれる大変有意義なものだった。
「基本としてはこんなもんだろう。知識は多いに越したことはないが、利用できなければ意味がねえ。身に着けるには実践と反省を繰り返すんだな」
ガレスから講義の締めとして、そんな薫陶をもらう。
他のメンバーからも褒められたり、激励されたり、気味悪がられたりしながら、一日がかりの探索講座は幕を閉じた。
模擬ダンジョンの帰りにギルドへ寄って、先日依頼した龍鱗の査定状況を確認する。
査定はすでに終わっていて、ウルリカから鑑定結果と買取金額が提示される。
結論から言えば、買取額は凄まじい値が付いた。
同じ重さの翡翠や蛍石とは比べものにならない。三桁違う。
……戻ったらフィリーを剥いて複製だな。
「ラキアちゃんが悪い顔してるわ」
ウルリカの感想はさておき、鑑定結果は「アースドラゴンの鱗。ただし特殊個体の可能性高し」と記されている。
アースドラゴンとは、地竜種の頂点に分類される竜で、空を舞うことはできないが、圧倒的な膂力と防御力を備え、地上最強生物の一種に挙げられる。
アイゼンエルツの街開闢以来、アースドラゴンの目撃情報はない。
しかしこの鑑定結果は興味深い。
最初から「地龍の鱗」と鑑定されるとは思っていなかったが、アースドラゴンか。見たことはないが、方向性は似ていると思う。素材にいくつか類似点があったのだろうか。
代金を受け取った後も彼女から、龍鱗の入手経緯をしつこく問いただされたが、はぐらかし続け、なんとかギルドから脱出する。
潤沢な資金を手に入れた私は、先日品定めを終えていた武器屋や魔術具店に向かい、一番に目を付けていたものを惜しみなく購入していく。
大金が手に入ったと言っても、高品質の武具や魔術具となると、数点購入しただけで、もう手元が寂しい。
大量に購入できても持ち運べないから、これくらいが適量だな。
ダンジョンに戻ったら複製することで必要量を用意できるわけだし。
「傭兵でも組織するのかい? 嬢ちゃん」
と茶化す店主に思わず、
「いや、軍隊だ」
と、まじめに訂正してしまった。店主は一瞬ぽかんと口を開けたあと、大笑いしながら商品を用意してくれた。
無理もないが、私は大まじめだ。
翌日には荷をまとめ、森に待機していたグレイウルフと合流し帰路につく。
途中モンスターと遭遇戦になったが、全て危なげなく対処していく。
数日後には、ダンジョンの入口に到着。入り口は小さな家ほどの大きさまで成長していた。
迎えに出てきたケボンと共に最奥へ向かう間に、これまでの状況報告を受ける。
あの後、何組もの人間がここに侵入してきたが、街で集められたごろつき連中は二階層にすら到達できず返り討ち。
「理を歪めるもの」改め「円環の徒」らしき一団は、一度だけ侵入してきたという。
流石に彼らの練度は高く、たった二人でゴブリン兵、グレイウルフを蹴散らし、五階層に到達。
「そんな彼らだったが、五階層を守るウルズスに挑んで瞬殺されたと」
ケボンが同意する。
そして、その二人を最後にダンジョンを探りに入ってくる侵入者は現れていない。
順調な防衛能力に満足すると同時に、思ったより早い展開に焦りを覚える。
次はそれなりの数を投入してくるぞ。
決戦に備え、次の防衛をどこまで増強するか考え始めたところ――
「ラキア、私は飽きたぞ。誰も六階層に降りてこないではないか!」
うずうずしながらフィリーが駆け寄ってきた。
ウルズスが抜けなかった以上、活躍する場面がなかったのは仕方ない。ゴブリン兵の訓練だけというのは、彼女にとって大した刺激にならなかったのだろう。
私も戻ってきたことだし、
「ウルズスと力比べしてきていいぞ」
私の提案を聞いた途端、目の色を変えて上層へ駆け上がっていく。
しまった。龍鱗を剥がせてもらう用件も付けておけばよかった。
その後、街で仕入れた武器と、留守の間に失った兵士たちの複製を開始。
次いで、フィリーとの模擬戦で重傷を負ったウルズスを介錯して複製を作成。ウルズスほどのモンスターともなると、複製には時間と魔力を大きく必要とする。
複製した武器は、フィリーやウドーが推挙した兵たちに下賜する。フィリーとの配下を賭けた勝負で活躍した三兄弟も選ばれていた。
ケボンからは防衛陣地について複数の案が提示されたため、検討し、そのうちのいくつかを前哨戦に向け構築していく。
水面下で慌ただしく防衛線の準備を進めていく最中の夕暮れ時、ついに円環の徒の集団がダンジョン近くの一角に布陣したと、哨戒中の仲間から報告が届く。
敵の数は十五人ほどと規模は小さいが、あれが全員、金級相当の実力者だとしたら、相当な戦力である。
こちらも最終確認を行い、兵たちは無言で持ち場に就き、その時を待つ。フィリーは最奥で待機だ。
そして、東の空が白じみ始めたころ、侵攻が始まった。
ダンジョンの正面に現れたのは十人。全員が黒一色の戦装束に、白を基調としたマントを羽織っているのを、ゴブリンレンジャーの目を借りて確認する。
その一団からフード付きの二人が進み出てくると、
『インフェルテガーティオン!』
最上位の燃焼魔術を立て続けに打ち込んできた。
前方に設置していた特火拠点で反撃に備えていたゴブリン兵が焼き出されて全滅。
それに反し、ほぼ同じ位置に設置された地下壕に籠る兵たちは無傷であった。
インフェルテガーティオンの業火が治まると、いよいよダンジョンへの侵攻を開始してきた。
こちらも地下壕で無傷だった兵をトーチカへ移動させ迎撃を開始する。黒く変色し熱も籠っていたが、施設としてはまだ十分に利用できた。
トーチカから弓矢や攻撃魔術で応戦するが、その全てを前衛に展開する兵に防がれてしまう。
さらに我らが放った攻撃の何倍もの火力が返ってくる。
結局、最初の拠点は敵を少し足止めした程度で陥落し、ゴブリン兵たちは皆殺しにされた。
円環の徒の侵攻は手慣れている。彼らは一定距離を進むたび、範囲魔術で一帯を焼き払い、反撃を受ければ防御陣形を敷き、集中砲火で迎撃。爆破魔術で罠も潰しながら、寸分の隙もなく前進していく。
まるで何度も攻略した経験があるかのように、着実に深部へ向かって前進を続けた。




