32.円環の徒
リュウだ! リュウが出たぞー!
警報を知らせる鐘の音とともに、遠くからそう叫ぶ声がかすかに届く。
リュウ……竜! ……龍!?
まさかね。フィリーがダンジョン防衛に飽きて遊びに来た、なんてことないわよね。
……あいつの性格なら、あるかもしれない。
私は居ても立ってもいられず、修復途中の城壁へ向かって走る。
「おい! 行ってはいかん!」
ガレスの制止を振り切り、そのまま登攀階段を駆け上がり、歩廊から身を乗り出して街の外を見渡す。
地上にそれらしい影はない。検問待ちの人々が強引に押し入ろうとしたり、ちりぢりに逃げ出したりと混乱していたが、何人かは上空を指差して叫んでいる。
その先を追って視線を上げると、ついに見つけた。
「ワイバーンだと!?」
「なんだ、ワイバーンか」
リュウを視認したガレスと私の感想が重なる。
ワイバーンは飛竜種に類するモンスターである。その名の通り巨大な翼で上空を悠々と滑空し、強靭な顎と鋭い鉤爪による攻撃を得意とする。尾に毒を備えている種も存在するという。
確かに人間社会で竜といえばワイバーンを指す。強力なモンスターに違いないが、人間でも何とか対応できるレベルでもある。
しかし
「くそ。上空に居られては勝負にならん。最近森が騒がしいと思っていたが、こんな奴まで街へ降りてくるようになったか」
ガレスの悪態の通り、人間が対応できるといっても、それは奴が地上に縫い付けられた状態であることが条件だ。大空にいては近接武器は届かないし、届いても威力は半減する。
そのためワイバーン討伐は、まず地上へ落とすところから始める必要がある。
「地上に落ちたワイバーンなら、おっちゃんだけで倒せる?」
「誰がおっちゃんか!」
抗議の声を上げるガレスだったが、私の目を見て何かを察したのか、その表情から笑みが消えた。
「……ああ、いける」
それを確認した私は呪文を組み立て、詠唱を始める。
同時に相手の飛翔速度と進行ルート、魔術到達までの時間から未来位置を計算。
「ブラストフレア!」
力ある言葉とともに掲げた両手から数十条もの紅蓮の槍が飛竜めがけて飛翔する。
攻撃を察知したワイバーンは即座に退避行動へ移る。
いくつもの槍が体をかすめていくが、ついに一条の炎が翼を捉えた。
きりもみしながら墜落していく。必死に態勢を立て直そうとしているが、あれだけ勢いがついた状態では地上への落下は免れないだろう。
「おっちゃん――」
出番だ! と声を掛けようとした時には、すでに彼は城壁から飛び降り、戦闘態勢へ移行していた。
着地寸前に風魔術で衝撃を和らげ、そのまま滑るように落下予想地点へ急行する。
ワイバーンも必死の抵抗で墜落だけは免れたようで、後ろ脚をばねにして軟着陸する。
それでも飛翔時の勢いを殺し切れず、助走をつけるような不安定な態勢のままガレスへ突っ込んでいく。
両者が交錯する瞬間、ガレスが腰の獲物を抜き放ち一閃。
遠目でよく見えなかったが、煌めきが走ったかと思うと竜の首を両断してみせた。
絶命したあとも勢いの乗ったワイバーンは首なしのまま数メートル走り続けたが、やがてバランスを崩し、大地へ巨体を沈める。
双璧と称されるこのおっちゃんも、伊達じゃない強さだ。
闖入者は速やかに討伐されたが、現場の混乱は続いていた。つい先日スタンピードが街を襲ったばかりなのだ。住民や旅人が不安になるのも無理はない。
そんな状況だったが、ガレスが安全を大声で宣言し、駆けつけた警備兵に対して
「負傷者の確認! おい城門を閉じるな。避難したい奴の邪魔はするなよ!」
指示を出して、急速に治安回復と混乱を収めていく。
見事な采配だと感心していると、いつの間にか私のそばへ戻ってきて、私にも労いの言葉を掛けてくれた。
これ以上目立つと軋轢が生まれ面倒になるからと、ワイバーンの所有権だけ明確にして、あとは警備兵へ任せてきたらしい。
改めて礼と報酬の分配について話したいということで、ガレス行きつけの食事処へ向かうことになった。城壁を離れようとすると、ギルドで会ったランドルが合流する。
食事処へ着くと、パーティメンバーの残る二人がすでに待機していた。
二人はガレスと共にいた私を見て、不思議そうな表情を浮かべたが、彼に促されるまま入店する。
店は、その辺の酒場とは一線を画す落ち着いた佇まいで、給仕まで備えた高級店だ。
金級冒険者一行の登場にも給仕は慣れているようで、短い会話のあと、奥まった部屋へ案内される。そこは華美な装飾を排しながらも、随所に上質さが感じられる洗練された個室だった。
食事の時間ではなかったため、飲み物や果物、菓子を注文する。それらが届くと、ガレスはギルドを出てからこの店へ到着するまでの出来事を説明し始めた。
「あのバカが金級とは、ここの冒険者の質も落ちたよな」
「街を救ってくれてありがとう。被害が出なかったのは、君の助力あってこそだよ」
「最近モンスターが騒いでいると思っていましたが、ついに無視できないレベルの影響が出ましたね」
話を聞き終えたメンバーが、口々に感想を述べる。
私も思い当たる場面に遭遇したが、何人もの冒険者が森の異変を感じている。これはフィリーが森の奥で『理を歪めるもの』の拠点を攻めたことが影響しているのかもしれない。
メンバーの感想が一段落すると、街をワイバーンから救った褒賞と竜素材の分配について話になり、ガレスから「折半でどうだ」と提案があった。
「私の取り分はいらない。その代わり、教えてほしいことがある」
ここに揃っているのは金級冒険者だ。ガレスに至っては、その実力を間近で確認している。
私は、初めてダンジョンへ潜る際にどのような調査を行うのか、探索中に窮地へ陥った際にどう行動して切り抜けたのか、彼らの経験やノウハウを教えてほしいと頼んだ。
資格を剝奪された元冒険者が、なぜそんなことを聞くのかとメンバーは戸惑いを見せたが、ガレスが快諾すると他の三人も了承してくれた。
明日、ギルドが保有する模擬ダンジョンで、実演を交えながら教えてくれることになった。
「それと、先日のことなんだけど、怪しい集団を見かけた。あの意匠はどこの軍隊だったんだろ?」
私は、近郊の街近くの森で見かけたという体裁で『理を歪めるもの』たちの特徴を伝えて探りをいれたのだが
「おいおいおい、そいつら森のどこで見たんだ!」
「まじかよ……」
「とにかくギルドに報告だ。嬢ちゃん、悪いがもう一度その話をギルドでしてもらうぞ」
にわかに私の話へ食いつく一行。
これは大事になったと思ったが、もう後の祭りだった。
私は四人に囲まれ、拉致と間違われそうな護衛陣形のまま冒険者ギルドへ強制連行され、ギルド長バラッドの前でもう一度『理を歪めるもの』を見たことを報告した。
さすが金級冒険者。予約なしでもギルド長との面会予定を、あっさりねじ込んでしまう。
報告を聞き終えたバラッドは、巨体に似合わず疲れたような表情で眉間を揉み、私とガレスを交互に見て深いため息をついた。
どうもハリスの隠し子騒動以来、私を疑っている彼は、近隣で『理を歪めるもの』を見たという証言の信憑性に自信が持てないようだ。
その勘は正しいのだが、ウルリカが持ち込んだ情報が、図らずも私の証言を補強することになった。
「ラキアちゃんの話に出てきた街なんですが、このところ失踪者が続いているようです」
はじめの失踪者はごろつきで、初めは住民も気にしなかったが、二人続いたあたりから気味が悪くなり、三人目が失踪したことで、ついにアイゼンエルツへ報告と相談が行われたという。
私が見たような特徴の目撃情報はなかったものの、不審人物を見たという証言はいくつかあがったらしい。
彼女の報告を聞いたバラッドは決断する。
「ウルリカ君、周辺警邏を強化するクエストの準備を頼む。それとエルツ軍へ情報共有し、至急会合の日程調整も頼む」
彼女は復唱すると、すぐさま対応のため部屋を出ていった。
「それで、私が見たかもしれない軍人たちって、何者なんですか?」
ギルド長、そしてガレスたちから、ようやく『理を歪めるもの』の正体を聞くことができた。
『円環の徒』
それが奴らの正式な組織名だという。
驚いたことに軍隊ではなく、どこの国にも属さない秘密結社だった。
時には国の依頼を受けて傭兵として戦地へ赴き、時には怪しげな呪法で祭事を執り行うカルト集団として、その存在は表舞台でも確認されている。
問題は、円環の徒が活動すると、その周辺では必ず尋常ではない被害や凄惨な事件が発展することだった。
先の戦場では、見たこともない魔術で敵軍を一掃したものの、敵以上に味方へ被害を与え、文字どおり戦場に地獄絵図を描いたという。
祭事が行われた村では、一夜にして村人が姿を消し、代わりに呪詛をわめき散らす蠢く肉塊が住人となった。そこへ派遣された調査員も軒並み精神を蝕まれ、さらなる二次被害を生んだ。
「災厄だよ」
ガレスが絞り出すようにつぶやく。
どこの国にも属さず、どこの国にも現れる円環の徒。
人の姿をして現れる災厄――そう評し、ギルド長も静かに同意した。
フィリーの話から実力がある組織だとは思っていたが、これほどとは。
……それは私が目指す姿だ。
上位冒険者たちにここまで言わせる『円環の徒』は、『災悪』を目指す私にとって、生きた手本じゃないか。
奴らのことをもっと知りたい。
報告の場となったギルド長室は重く苦しい空気に包まれていたが、その中にあって私だけは、思わず緩みそうになる表情筋を必死に押さえ込んでいた。




