31.贈りもの選び
「あらあら。こんにちは、ラキアちゃん。今日はどういったご用件かしら」
先日別れた際は少し警戒した様子のウルリカだったが、今日はこれまで通りの笑顔で迎えてくれた。
私は街の外で拾ったモンスター素材を買い取ってもらえないか相談すると、彼女から「すでに退会している冒険者のこういった申し入れは、あまり良くないわね」と小言を言われる。
その類の話は前にも聞いた。
「たしか規約に『冒険者、元冒険者による素材や遺物等の持ち込みについて、ギルドは買い取りを拒否しない』って記載があったはずだけど」
この規約に元冒険者が含まれるのは、引退後に生活困窮した冒険者が、現役時代に所有していた遺物を商人などから買いたたかれるのを防ぎ、生活を支援する側面が強い。
しかし、遺物や素材をいつ取得したのか証明するのは難しい。依頼者が現役時代の物だと言えば、基本的には信じて買い取ってもらえるのが常だ。
ウルリカは「一年にも満たない在籍では、規約の適用に無理があるんじゃないかしら」と言いながらも、龍鱗の入った革袋を受け取り、中身を検める。
「……」
一度革袋を閉じ、一拍置いてから再び中を検める。
? その行動に何の効果があるのか分からない。
「ラキアちゃん。これ、どこで?」
私の耳元で小声で質問してくる。心なしか声が上ずっている。
正直には答えられないから、森を散策中に偶然見つけたと言うしかない。場所も地図に適当に印を付けて報告する。
ウルリカは胡散臭そうな目で私を見つめたが、その程度で動揺するはずもなく、折れるしかない。
専門の鑑定士に見てもらう必要があるというので、預かり書を用意してもらい、査定が終わるまで街を回って物資を見繕うことにした。
まずは武器屋に行こうかな。
ギルドを出ようとすると、タイミング悪く入ってきた冒険者パーティーと鉢合わせし、あわや衝突しそうになる。
「おい、クソガキ。どこに目を付けてやがる」
威圧するような凄みのある声が飛んでくる。
声の主は、よく鍛錬された体躯をしていたが、髪はぼさぼさで無造作に後ろで結わえただけの粗暴な男だった。
好戦的な眼光を隠そうともせず間近まで詰め寄ると、汚い言葉を吐き続けている。
彼の名前はバザルト。このギルドでも数少ない金級冒険者だ。
確か四人パーティーのはずだが、今は一人だけ連れている。その男は関心がないようで、面倒くさそうに控えていた。
このギルドに出入りする冒険者の階級や特徴は、それとなく探って表層的な情報ではあるが、おおよそ把握している。
無視して外へ出ようと回り込む私の前へさらに立ちふさがり、口調を一層強めて解放してくれない。
こういったトラブルの対処について、暴力以外の解決方法が思いつかず固まっていると
「すました顔して調子こいてんのか? あん。おい、何か、おわっ!!」
理不尽な威嚇に、いよいよ手が出そうになったその時、誰かがバザルトを後ろから蹴り飛ばした。
「入り口でくだ巻いてんじゃねぇよ。邪魔だろうが」
その人物は、バザルトより年齢も身長も一回り大きな男だった。日に焼けた浅黒い肌には無数の古傷が刻まれている。
彼も知っている。
ガレスという金級冒険者だ。
同じ階級のバザルトよりも古参で実力も確かな、この冒険者ギルドの双璧に挙げられる人物である。
「さっさと依頼完了の報告に行ってこい。うちからはランドル、お前が行ってくれ」
金級冒険者がこれほどそろうのも珍しいと思ったら、どうやら共同でクエストに対応してきたようだ。
指示されたランドルが「リーダーはどうするんだ?」と確認すると、ガレスは私の方を見て顎でしゃくってみせる。
?
私はこの手のジェスチャーの意味がまったく理解できない。体系化されていない即興のジェスチャーで分かるはずがない。
しかしランドルはそれだけで意図を察したらしく、手をひらひらさせながら受付へ向かった。
さらにバザルトまでも舌打ちをして受付へ向かう。
なぜお前まで分かるんだ。解せない。
ギルドの外へ出ると、そこにはバザルトの残りメンバーが待ち構えていた。
入り口でのひと悶着について、彼らも把握しているのだろう。
こちらへ近づいて来るような素振りを見せる。
しかし私に続いてガレスが姿を現したことで、その動きは即座に止まり、こちらへ視線を向ける以上のことはしてこなかった。
彼は私を追い越して歩き出すと、小さいがよく通る声で、「付いてこい」と指示してきたので、おとなしく従うことにする。
ギルドの敷地を出て繁華街へ向かって歩く。
バザルトの仲間たちはおろか、ほかの冒険者たちの視線も遠ざかった頃、
「ありがとう、ございます」
前を歩くガレスに向かって、背中越しに感謝の意を伝える。
あのまま暴力に出たら、バザルトを倒そうが返り討ちにされようが、問題へ発展することは分かっていた。
分かってなお、暴力以外であの場を収める方法が思いつかなかった。
「おう。気にするな。バカをしつけるのも年長者の務めみたいなもんだ。だが、お前は目を付けられているからな。気を付けろよ」
なぜ私が目を付けられているんだ? と疑問に思っていると、ガレスが「自覚なしか」と嘆きつつ説明してくれた。
どうやら先のスタンピード防衛戦で、私が犯した逃亡罪について、冒険者のほとんどが知っているようだ。
さらに冒険者資格は剝奪されたものの、懲罰は恩赦によって消滅したという事実が、多くの者に悪印象を与え、陰口の対象となっているらしい。
まったく気が付かなかった。他人の評価に興味がない私は、自分がどう思われているか気にすることがない。
しかしそうなると
「人間の感情は厄介だからな。逆恨みで刺されないよう、もっと周囲を警戒する必要があるな」
私の決意に彼は困惑の表情を浮かべたが、次の瞬間には苦笑いに変わり
「お前、冒険者に向いてるわ」
と言ってくれた。
「あと助けた理由はな。以前、銀級のイケメン兄ちゃんに借りがあってな。『お返しはいらないから、困っている人を見かけたら無償で助けてあげてほしい』って言われたことがあって、ちょうど良かったんだ。だから」
唐突に知っている冒険者の話が出てきて面を食らい、次に言われる言葉まで予見できて、思わずたじろいでしまう。
「お前も、困っている人を見かけたら助けてやってくれ」
のおーーー!
前回の負債がまだ残っているのに、新たに人助け回数が追加されてしまった。
いきなり頭を抱える奇行にガレスに不憫な視線を向けられるが、理由を伝え、ひとしきり笑われたあと、こんな提案をしてきた。
「それなら俺を助けてくれ。今度娘の誕生日なんだが、何を贈ったらいいか見当がつかん。背格好も近いし、今どきの子が欲しいものなら間違いないだろう」
誕生日プレゼントというやつか。
相談する相手を間違えていないかと思ったが、私が欲しいものを選べばいい、というのならできそうだ。
快諾すると、さっそく一軒目の店へ向かう。
「おい、ここは武器屋だぞ」
その通り。ここは武器屋だが、何が問題なのだろうか。
扉を押し開けると、乾いた鐘の音とともに、油と革、そして鉄の匂いが鼻をくすぐる。
真新しい武具の匂いは、いいものだ。
磨き上げられた剣や槍、戦斧、戦鎚が並び、天井近くには長柄武器が梁から吊り下げられている。
私は短剣や斧を手に取り、握り具合や重心を確かめながら、ゴブリン兵に下賜する武器を見繕っていく。
もちろん、ガレスからの依頼も忘れていない。
装飾のないシンプルな造りながら、職人の技巧が光るナイフが目に留まる。目立たないよう艶消しが施されている点も評価が高い。
持ってみると予想どおり、バランスも申し分ない。
「これなんかどう? 実用的で機能美も高くて、贈り物にいいと思う」
「どこの親が可愛い娘に武器なんてプレゼントするか! ……いや、すまん。お前は孤児だったか」
差し出したナイフをガレスは即座に却下したあと、私を見つめて、なぜか申し訳なさそうな表情を浮かべる。
同情された意味は分からなかったが、プレゼントが気に入らなかった理由は察しがついた。
たしかに武器は日常的に使うものだから、常に備えているのだろう。
特別な日に贈るものとしては、パンチが足りないということか。
彼の意見に同意し、次はもう少し高価で学術的なものを扱う店へ向かう。
「おい、ここは魔導書店だぞ」
その通り。ここは魔導書を専門にそろえる本屋だが、何が問題なのだろうか。
扉を押し開けると、乾いた鐘の音とともに、羊皮紙と乾燥させた薬草が混ざり合った神秘的な香りが漂ってくる。
時間をかけて染み込んだその薫りは、いいものだ。
高い天井まで届く本棚には、金糸で題名が刻まれた豪華な魔導書から、羊皮紙を紐で束ねただけの写本まで所狭しと並べられている。
これまで読んだタイトルを思い出し、記憶にない魔導書があれば手に取って速読していく。
私の場合、一度読んだ内容は覚えるので購入する必要はない。
だが、分かりやすい書物があれば、ケボンやゴブリンウィザードの教本として購入しようと思っていた。
「おい。お前はこの内容を理解できるのか?」
ガレスが魔導書を手に取り、慎重な手つきでページをめくりながら聞いてくる。
内容を理解できるのか?
……何を言っている。読めば理解できるだろう。そのための文字であり、文章だ。
わざと難解で回りくどく書かれた内容もあるが、多くは整然と分かりやすく書かれているはずだ。
――そうか!
私は察することが出来た。
彼や娘は、読み書きがあまり得意ではないのだろう。
たしか掲示板の依頼内容を読めない冒険者も多いと聞いたことがある。
「娘に教育の機会を与えるのも親の務めだぞ」
実力のある金級冒険者なのだから、稼ぎは相当なものだろう。
彼に知識も立派な武器だと諭してやると
「知っている。いや、そうじゃないんだよな」
たぶん分かっていないな。
まぁ、私の知ったことではないか。
「そうなると次に欲しいものとなると、……猟具店で罠でも見に行くとしよう」
本屋を出て次の店へ向かおうとすると、ガレスが何とも気まずそうな表情で口を開く。
「待て待て! なあ嬢ちゃん。依頼しておいて申し訳ないんだが――」
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン!
その時、遠くでよく響く鐘の音が轟いた。
切迫した間隔で何度も打ち鳴らされるその音は、危険が迫ったことを告げる合図だ。
通りの喧騒が、水を打ったように静まる。
「リュウだ! リュウが出たー!」




