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27.ゲーム

 ゴブリン兵が、獲物を手に突撃していく。


 足並みを揃える程度の協調も戦術もない、ただ勢いだけの突撃。

 それでも武器を掲げ、雄たけびを上げながら迫る姿は、なかなかの迫力だ。


 そんなゴブリンたちの攻勢を前にしても、まったく動じることのない地龍は、前足をゆっくり大きく掲げると一閃。

 それだけで草をむしるがごとく、二体、三体とゴブリン兵が宙を舞い、血の花を咲かす。


 ぎっ、ぎゃあー。


 それでも攻撃をかいくぐり、獲物が届く距離まで近づいた者から懸命に攻撃を繰り出す。


 しかしそれも、地龍の鮮やかなステップでかわされ届かない。

 詰めた間合いを元に戻されてしまう。


 一方的な殺戮ショーであるが、少し角度を変えると見えてくるものもある。


 地龍の一撃を受けた兵たちはことごとく戦闘不能に陥るが、唯一ウドーだけは、吹っ飛ばされながらも武器を盾に一撃を凌いで見せた。


 後方の左脚付近で攻める三兄弟は、お互いにフォローし合い、ついに地龍の足元に食らいつこうとする。

 その気配を察知した地龍に避けられ反撃に遭うが、二人の兄が命と引き換えに末弟をかばうと、ついに末弟が槍をねじ込んだ。

 渾身の一撃は鱗に傷すら付けることができず、地龍の追い打ちで末弟も肉塊に変わる。


 地龍は攻撃されたと思っていないだろう。しかしこれが、初めて当たった攻撃となる。


 攻撃が当たったことで、続こうと勢いを増すゴブリン兵たち。

 やられる前に一撃、かなわないなら触れるだけでもと殺到する。


 兄弟を真似して即席のチームを組む者、己の武を信じて単身で挑む者、腰が引けて踏み出せない者。


 私は今後のダンジョン運営に備え、個々の特徴を観察していた。

 ケボンにもぜひ見てもらいたかったが、ダンジョンの留守を任せていて、ここにはいない。


 そんな彼らの奮闘もむなしく、一方的な蹂躙の結果、あっという間にゴブリン兵の半分が沈む。


 タイミングを同じくしてフィールドに変化が起きる。

 薄っすらと煙が辺りを覆い始めたのだ。


 地龍が原因を探るため見渡せば、すぐに発生場所が私の両脇で草木を燻すゴブリン兵と、それを拡散するため風魔法を操るグレーウルフであることを見つける。


 分かってなお、大した脅威になり得ないと判断し、数が半減しても勢いの変わらないゴブリン兵を嬉々として狩り続けた。


 確かに煙により視認性は落ちたが、まだ十分に私と地龍、お互いの姿を把握することができる。

 煙で多少目が染みることはあっても、戦闘継続に支障を来すほどの効果は望めない。


 「ふはは。意味のない小細工よ。ここを狩り尽くして、お前の守りを丸裸にしてやる」


 ゴブリン兵も煙に紛れながら近づくなど工夫し、さらに攻撃を当てられるようになったが、残念ながらダメージと呼べるものは与えられない。


 さらに狩られ、数が五十程度まで減った頃、地龍の動きに異変が混じり始める。

 しきりに目をぬぐい、頭を振り、あえぐようなしぐさが増えてきた。


 「あがっ、何だ? 何をしたラキア!」


 ようやく効いてきたか。


 草木を燻すゴブリン兵の裏では、複数のゴブリン兵が二重陶器に張った食塩水を雷魔術で電気分解していた。


 塩素ガス。


 食塩電解によって生成されるこのガスは、生物が吸入すると涙目、咳、喉の痛みを引き起こす。

 高濃度になると肺を侵し、死に至らしめる強力な兵器だ。


 塩素ガスは初め、錬金術の副産物として発見された。当初は処分するにも注意が必要な厄介な代物という扱いだったが、これを兵器に転用しようと考えた人間は悪魔的な天才である。


 よくある侵略戦争で、侵攻された小国が窮鼠の一手として使用したのが始まりだったが、その効果は予想以上で、数的不利を覆して大国を撃退。さらに一部領土を奪い取った話として、塩素ガスは有名となった。


 その後、非騎士道的、非人道的な兵器として非難するプロパガンダが大国を中心に展開され、戦略級の塩素ガスは使用禁止とされる。

 実際は、比較的簡単に製造できる強力な兵器を弱国に使われたくないという思惑があったことは明白だ。


 今回、フィールドにまかれた塩素ガスは野外で遮蔽物もないため濃度が低く、とても地龍を行動不能にする威力はない。

 それでも粘膜を焼き、一時的に視力を半減させる効果はあった。


 当然、ゴブリン兵も塩素ガスの餌食となり、戦闘継続が困難となったが、相手の目を潰すための犠牲である。


 ここからは時間との勝負だ。


 玉座から立ち上がると、グレーウルフたちにも突撃の号令をかける。

 グレーウルフが風魔法で塩素ガスを払いながら突撃を行う。


 地龍は前足で攻撃を繰り出すが、満足に見えないため精彩を欠き、灰色狼たちは回避することができた。


 逆に灰色狼の風魔法やひっかき攻撃が地龍をかすめる。

 ほとんどダメージを与えられていないが、先ほどまでと異なり攻防が逆転している。

 

 「調子に乗るな!」


 イラついた地龍が地面を強かに叩く。


 ドッゴッ、ドッガッ。


 同時に地面が揺れたかと思うと、岩でできた柱が何条も突き出てきた。

 すかさず距離を取る灰色狼たち。


 さらに地龍がひと吠えすると、幾つもの巨大な岩柱が奴を中心に円運動を始める。


 大地を縦横無尽に操る姿は、まさに地龍の面目躍如だ。


 奴がステップで移動すると、巨大な岩柱も回転しながら追従。目と喉をやられたゴブリン兵は、なす術なく巻き込まれ潰されていく。

 グレーウルフも回避するので精一杯な状況だ。


 「しょせん弱者の小細工。このまますり潰――っ!?」


 勢いよく叫んだところで息を呑む地龍。

 突如目の前、今まさに円運動する石柱の内側へ私が飛び込んできたのを、薄っすらと視認したのだ。


 視力を奪った直後から、力任せに荒れていた地龍に対し、私はグレーウルフに跨り、常に死角からの接近を試みていた。


 背後を取ったと思ったが、寸でのところで反転される。


 見つかってしまった。


 もう引き返せない。しかし、こちらに顔を向けたのは絶好のチャンスでもある。

 私は迷わず目と鼻の先の目標に向かって、躊躇うことなくプニカの実を投てきする。


 狙い違わず、まっすぐな軌跡を描いて進むプニカの実。


 当たると確信した直後、地龍は足元の大地を隆起させ、さらに体をひねって顔への直撃を避けてみせたのだ。


 外した!


 「我が心眼は命の輝きを見通す」


 誘われた!?


 こいつ、やはり目視以外に対象を観測する能力を持っているな!


 ひねった勢いのまま、鋭い牙で噛みつき攻撃を繰り出してくる。


 ガァウ!


 今度は私が寸でのところで攻撃をかわす。


 たまらず後方へ脱出する私。


 しかし好機と捉えた地龍は、私にターゲットを絞り攻撃を加速させてきた。

 回避に専念し、ことごとく紙一重で避ける私。


 グレーウルフや手負いのゴブリン兵が行く手を遮り、攻撃を仕掛ける。

 しかしダメージが通らないと分かっている地龍は、回避を選択せず、攻撃を受けてでも私への追撃を優先する。


 私は逃走しながら詠唱を開始。

 激しい運動に体が酸素を欲し、中断しそうになるのを必死にこらえる。


 「ブレイズランス!」


 力ある言葉と共に放った炎が直撃し、一帯が豪炎に包まれるが、奴は涼しい顔をして駆け抜けてきた。

 下位の攻撃魔術ではほとんどダメージは与えられず、距離を稼ぐ程度の効果しかなかった。


 グルルッ!


 地龍が喉を鳴らすと、足元にブロックの壁が出現する。

 そのブロックに足を掛けて態勢を沈めると、それを思い切り踏みつけ、さらに加速してきた。


 ひぃぃ。


 思わず情けない声が漏れる。


 私との距離が詰まる中、最後のグレーウルフとゴブリン兵が壁となって立ちふさがる。


 「邪魔ぁぁぁあああ!」


 馬車よりも大きな質量が最高速で一団に衝突する。

 比較的結合の弱い関節部分はもちろん、胴体すら引きちぎられ、バラバラと吹っ飛んでいく。


 見たことのない惨状に思わず唖然となるが、足は自然と動いた。


 それでも体力の限界が訪れ、足がもつれる。

 息も絶え絶えになりながら、気が付けば無骨な玉座の足元でへたり込んでしまった。


 振り返れば、ついに全ての障害物を排し、こちらへ全速力で向かってくる地龍。


 「もはや丸裸だぞ、ダンジョンのラキア! その寒々しい玉座が今の貴様にはお似合いだ!」


 地龍の口元が歪み、勝利を確信した笑みを浮かべている。


 私はその場で棒立ちとなり、その瞬間を迎えることしかできない。


 巨大な影が迫る。

 

 地面が揺れ、空気が震える。


 必殺の間合いに入った地龍は、決着をつけるべく飛翔。

 再び最高速度に達した勢いに落下の加速を乗せ、全力で両前足を振るった。


 ドゥガァァーン!!!


 その破壊力は想像を絶し、玉座を台ごとえぐり、木っ端みじんにする。

 それでも勢いは止まらず、数十メートルにわたって大地を割ってみせた。


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