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26.交渉

 地龍の存在感に思わず立ち尽くしてしまう。


 しかし、いつまでも呆けているわけにはいかない。

 ケボンたちを盗み見ると、私がどう解決するか期待の視線を向けている。

 今後、こういった問題の対処はお前にやってもらうんだからな。


 私は気合を入れ直すと、腕を組んで仁王立ちして迎える。

 奴は頭を上下左右に大きく振りながら、私を()めつ(すが)めつ興味深そうに観察してくる。


 なんか可愛い。


 地龍の威圧的な存在感と、私を見る動作がどうにもギャップがあって、緊張が少し緩む。


 「ふむ。人間のなかに居るのか。意思の均衡はどうなっている? 面白い」


 今度は人間の言葉を扱う。器用な奴だ。


 「私がこのダンジョンの主、ラキアだ。フィグネシアと言ったか? 何用だ」


 せっかく人間の言葉を解すのだから、会話しない手はない。


 「然り。我は地龍フィグネシア。我に降り力を貸せ、ダンジョンのラキア。理を歪めるものがいる。それを排するため、お前達の力が必要だ」


 前半の要求はケボンの記憶で見たとおりだが、後半は初めて聞く内容だ。

 しかし


 「お断りだ。私は誰かの下に就くつもりはないし、理のために働くつもりもない」


 誰かに命令されて戦うつもりはない。『理を歪めるもの』には興味があったが、戦う必要を感じない。


 「我の頼みを断るか。下手に出ればつけあがって。ならば勝負で決めよう。今から正々堂々と一騎打ちで、負けた方が配下となる。どうだ!」


 どうだ! と言われても。

 私の中で、フィグネシアへのイメージが塗り替わっていく。


 「勝負!って、あんた。私に勝ち目があると思ってないでしょ」


 「? 当たり前だ。この我が負けるはずがない」


 「そんな結果が分かっている戦いを勝負とは言わない。あんたが言っている勝負ってのは、卑怯者がする弱い者いじめだ!」


 「んなっ!? 弱い者いじめ。この我が卑怯者だと」


 私のこじつけ反論にたじろぐ地龍。

 あれ? 意外とチョロい。


 「それに今からというのも身勝手な要求だ。私は昼夜休まず森を抜けて戻ってきたばかりで疲労困憊だ。そんな相手に正々堂々とは、さすがだな卑怯者」


 このタイミングの登場だ。私の存在をどうにかして追っていた可能性は十分にある。

 私なら相手が疲弊していると知ったらチャンスとしか思わないが、やはり地龍は気が引けるらしい。


 「うむ。確かに。お互いの体調は万全でなければな」


 こいつチョロいぞ。


 この後も私主導で交渉が進んでいき、その結果、三日後に主従を決める勝負をすることになった。

 ルールは当日に私が提示し、地龍との最終確認をもって決めることで合意した。


 「よし! 我は決戦の場を用意してくる。楽しみに待っているからな」


 奴は上機嫌で、来た時と同様、地形を変えながら去っていった。


 こんな面倒事からは逃げたい。しかし私はこの地に文字通り縛られている。

 地龍の件で、思わぬ問題が浮き彫りになった。


 この件を片付けたら対策を考えないとな。

 私はすでに勝負の先のことを考え始めていた。


 「ラキアさま、ご苦労さまです。猶予は稼げましたね。しかし、いったいどう攻めれば、あの地龍を倒せるのでしょう。皆目見当がつきません」


 ケボンが難しい顔で懸念を伝える。

 しかしそれは彼だけでなく、ダンジョン中の仲間たちも同じように固い表情をしている。


 こいつらは倒す気でいる。勝負とは勝てばよい、ということを分かっていない。

 倒すのは勝利条件の一つに過ぎないのだ。


 私はダンジョンの最奥に籠ると、ケボンやウドーといった主要メンバーを集め、作戦会議を行う。

 それから三日間、必要な準備と、作戦に基づいた訓練に時間を費やした。


 ダンジョンから一時間ほど移動した先に、奴が用意したバトルフィールドがあった。


 森が急に開けたかと思うと、広大な平地が広がる。

 岩はもちろん、切り株すら掘り起こし粉砕されて綺麗に整地されている。


 これを三日、いや、おそらくもっと短い時間で行った奴の能力は、我々とは隔絶している。


 地龍は約束通りやってきた私たちを見て満足したようで、早く始めようとはやし立てる。

 私は奴に近づき、勝負の内容を伝える。


 「これから私と主従関係をかけて勝負するわけだが、敗北条件は以下のとおりでどうだ?」


 「一つ、意識を喪失したら負け。これには死亡も含まれる」


 「一つ、敗北を宣言。つまり『まいった』と言ったら負け」


 「一つ、プニカの実を顔にぶつけられたら負け」


 三つ目の条件を出した後、こぶし大の果実を取り出して見せる。

 プニカは赤い硬い皮で覆われているが、中の実はみずみずしく、強くぶつければ、弾けて赤い果汁を浴びることになる。


 三つ目の条件を聞いた地龍の目が細くなる。


 「その実は、ラキアの後ろに控える兵たち全員が持つのか?」


 私の後ろには武装したゴブリン兵二百と、ウルフ兵が二十控えている。


 「いいや。プニカの実を持ち、投げつけられるのは私だけだ」


 「当たりは顔だけでよいのか?」


 「そうだよ。顔だけ」


 地龍に袋に詰めたプニカの実を渡そうとしたが、奴は不要だと断った。


 「そして最後に一つ。このフィールドから出たら負け。不利になって逃げられたら困るからな」


 そう言って私は魔術を行使し、フィールドに環状の線を引く。

 地龍はエリアを見渡し、十分な広さがあることを確認すると満足そうにうなずいた。


 「問題ない。そのルールをすべて承諾した。しかし一つ気がかりがある」


 「……どうした?」


 ここまで予定通り進んでいた私は、少し身構える。


 「あの兵たちも戦うのだろう? ここで潰してしまうのは、もったいなくてな」


 すでに勝った気でいる発言に安堵する。


 「問題ない。死んでもすぐに作り直せる。それに私も殺して問題ないぞ。本体はダンジョンにいる」


 それを聞いた地龍はさらに上機嫌になった。

 ルールの合意が終わると、私は後方に移動する。


 後方には丸太を組んだだけの無骨な玉座があり、そこに腰を下ろす。

 玉座は台の上に据えられており、座っていても全体を見下ろすことができた。


 前方ではゴブリン兵およびウルフ兵の陣地展開が、もうじき完了しようとしていた。

 地龍も後方への移動を終えており、お互いの距離は二百メートルといったところか。


 程なくして、伝令役のグレーウルフから展開完了の知らせが届く。


 私は玉座から立ち上がり、兵たちに向かって突撃の号令を出した。


 地龍は咆哮こそ上げなかったが、代わりに身にまとう気を殺気に変え、臨戦態勢へ移行した。

 

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