25.招かれざる客
「今回は緊急の人命救助で処理しましたが、ラキアさまは、もう冒険者ではないのですよ」
ウルリカに迎えに来てもらい、ギルドに着いた途端、お説教が始まる。
「そう固いことを言わない。別に悪いことはしていないんだし。あと私に敬称なんて付けなくていいから」
とはいえ、手間をかけたのは事実だ。
私は空間から革袋を取り出すと、中から金貨を取り出してウルリカに渡そうとする。
「えっ、ちょっと待って。何よそれ!?」
「んっ。金貨だけど。見たことないの?」
迷惑料として渡そうとしただけなのに、なぜそれほど驚くんだろ?
「お金のことじゃなくて。今、何もないところから財布を出しましたよね?」
あー、そっちか。そっちに驚いたのね。
これを会得するのは骨が折れたから、興味を持ってもらえると嬉しい。
今使ったのは、魔術理論の学術誌に掲載されていた論文をもとに構築した術だ。
私のオリジナルではない。
あと思ったほど便利な術でもなかった。
収納した分、体にかかる重量は増えるし、時が止まるわけではないから、腐るものは腐る。
当然だが、魔力も常時消費される。
大きな背嚢を背負っているのと、さほど変わらない感じだ。
私が習得した空間魔術について、一通りウルリカに説明すると、
「ラキアちゃんって、いったい何者?」
この完璧な擬態に不審を抱くとは、ウルリカの観察眼はたいしたものだ。
しかし、私が人間ではない、そこまでの確信には至っていないようだ。
気を付けなくては。
「それは、言わぬが花かなー」
適当な言葉で流すと、彼女もそれ以上追及しなかった。
それより、ウルリカから禁制品の密輸や、脱税が、というつぶやきが聞こえてきたが、それこそ聞かぬが花だろう。
さて、アイゼンエルツでの目的はおおむね達成した。
私は、ハリスの小遣いでさらに増えた荷を確認しながら空間に収納していく。
ここで肉体を失っては大損失だな。
はやる気持ちを抑え、グレイウルフ先導でラキア・ダンジョンへの帰路に就いた。
しかし二日目、行程の半分に差し掛かったところで、ジュメルス盤の一つが割れた。
「何が起きた!?」
その問いは無意味である。
しかし割れたのが一つということは、まだ猶予があるということだ。
むしろ一日以上、先んじて行動できていると言い換えることもできる。
そんな希望を頼りに、休憩を挟まない強行軍へ切り替え、帰還を急ぐ。
移動中、もう一組のジュメルス盤が割れないか気が気でなかったが、幸い欠けることなく三日目の夕暮れには戻ってくることができた。
「ケボン! 何があった」
到着早々、ケボンが一番に近寄ってくる。
「リュウが来ました」
竜?
竜戦士、いや上位の竜騎士が攻めてきたか?
私の思考を読み取ったかのように、ケボンが情報を補足する。
「地龍です。柱で数える方の龍が来て、ラキアさまに降るよう要求してきたのです。……とても迅速なお戻りでしたが、どうやって?」
ケボンの疑問には、たまたまだと答える。
それより地龍だと!?
知識として知ってはいたが、おとぎ話のような存在にそう簡単に邂逅するものだろうか。
見間違いか、威を借りた偽物か。
しかし最悪を想定、つまり本当に龍であった場合、彼から会話で確認していては初動が遅れる。
「その体、少しもらう」
ダンジョンに踏み入れると、ケボンの体に意識を移した。
さすがケボン。ゴブリンの中では抜群に記憶が読みやすい。
その日は珍しく侵入してくるモンスターが現れず、武器や毛並みの手入れなど、各々が貴重な時間を過ごしていた。
しかし、そんな束の間の自由時間は唐突に終わりを迎える。
戦士たちはダンジョンの内に居ながら、外の空気が圧によって何倍も重たくなっていく感覚を覚えた。
一見何の変化も起きてはいない。
だがゴブリンやグレイウルフたちは、号令もなく静かに持ち場に付いていく。
そして聞き慣れない音が次第に大きくなり、ついに異変が起こり始めたかと思った瞬間、ダンジョンの入り口に突如として龍が現れた。
……これが龍か。
地龍というから亀のような鈍重な姿を想像していたが、四肢はしなやかに伸び、紺と碧の鱗に覆われた体躯は瞬発力がありそうだ。
見る者を萎縮させる鋭い眼光。ただそこに在るだけで周囲を圧倒する存在感。
翼は退化したように名残がある程度だが、油断はできない。
勇ましさを体現したような容姿だが、どことなく女性らしい印象を受ける。
少し観察すれば、まだ新しい裂傷が肩口から覗いている。
完成された造形だけに、その裂が異彩を放っている。
「△$♪×¥○&%#!」
奴はこちらに向かって何か吠えたが、理解できない。
ここでケボンがダンジョンから出て対峙する。右手にはジュメルス盤を握りしめている。
他の戦士たちが陰から推移を見守る中、堂々と宣言する。
「ここはラキアさまが治めるダンジョン。龍と言えど、狼藉を働くなら我ら雨垂れとなって巨岩を穿ってみせよう」
気炎を吐くケボンに向かい、地龍が近づく。
逃げ出したい恐怖を責務の念でねじ伏せ、腰が抜けそうになるのを丹田に力を込めて耐える。
その際、手に持っていたジュメルス盤を一つ砕いてしまったが、それを責めるのは酷だろう。
地龍は少し姿勢を低くし、彼の視界に自身が映るよう合わせる。
「威勢のよい小鬼だ。奥に籠る小鬼らも殺気をよく研いでおる」
先ほどとは違い、ゴブリン語で会話を始める。
「我は地龍。地龍フィグネシア。ダンジョンよ。ここには強き者を求めてやってきた。私のしもべとなり、献身できることを誉れと」
口上の途中だったが、何かを察知した様子で続く言葉をやめる。
「んん? 意思が感じ取れない。主は不在か。それで堂々と宣言とは、気恥ずかしい」
続いて周囲を探り始め、あさっての方角を刹那注視したかと思うと、一方的に出直すと言い残して去っていった。
一通り顛末を見た私は、意識をリシュトに戻す。
……なんというか、嵐のような奴だった。
要求の目的も分からなかったし、どうやって私が不在だと気が付いた?
あと問題は、再び地龍が要求しに来るまで、どれだけの猶予があるのかだが。
猶予に関する問題はすぐに解決する。
なぜなら。
!?!?!?
大地が揺れ、ダンジョンが軋みをあげる。
たまらず振り返り外を覗くが、景色に変化はない。
しかし空気が加速度的に張り詰めていき、言い表せない脅威が迫ってくるのが分かる。
もう来るか!
私はダンジョンを飛び出し、プレッシャーのする方向を睨む。
外に飛び出すなんて軽率な行為だったが、体が勝手に反応していた。
そして森が割れ、大地を開闢するかのように地龍が姿を現した。
ケボンを通して姿は見ていた。
しかし今、人間の感覚を通して私自身が捉えた奴は、まるで別物だ。
全身の毛が逆立つ。踏ん張らないと膝を折ってしまいそうになる。
こんな生物が存在するのか。




