23.すれ違う人助け
『えっ?』
私のリアクションに、ギルド長とウルリカが同時に首をかしげる。
気になさらずー、とジェスチャーしながらアルフレッドに話の続きを促す。
「ハリスさまが正規軍内で昇進を重ね、小隊長となられたころ、任務先でラキア嬢さまのお母上となられる先任士官と出逢われます。ここから話は少し複雑なのですが」
アルフレッドの作り話を要約すると、こんな感じだ。
任務先で出会った女性士官と大人の関係となったが、恋愛感情に至ることはなかった。しかしある日、女性士官は適当な理由をつけて突如正規軍を除隊してしまう。
彼女との関係はそこで終わり、ハリスも特に気にすることはなかった。
しかし数年が経過し、ふとした偶然から女性士官の除隊理由が身籠ったためだったことを知る。
心当たりのあるハリスは彼女と子女を探すが、女性士官はすでに他界。
子女の行方探しも難航しが、最近になってようやくアイゼンエルツにそれらしい娘がいるという情報を得る。
ちょうどその頃、スタンピード兆候の連絡があり、正規軍は対応を計画していた。
ハリスは、娘と街を守るため、無理を通してスタンピード防衛線に自身の参加をねじ込んだ。
そしてアイゼンエルツでラキアを見つけ、最近まで保護していたという内容だ。
よくもまあ、こんな作り話を思いつくものだ。
しかし問題は、私の持つ情報と照らしても、いくつか矛盾があるということだ。
どうやらその矛盾に、ギルド長とウルリカも気付いた。
彼女はその事実に気付いたものの、血の気の引いた顔で黙している。
それを見たギルド長バラッドが、代わりに指摘する。
「しかし今の話は辻褄が合わない。我らが別件で調べていた情報では、ハリスさまが王国軍に入られたのは五年ほど前。それ以前は、ここアイゼンエルツに住まわれている」
別件で調べていたというのは、私が依頼したリシュトの家族に関する依頼のことだろう。
「ラキア嬢の容姿を見るに、多少見誤っても五歳ということはあるまい」
嘘をつき通すのは意外と難しいもんだな、と他人事のように思っていると。
痛い所を突かれたはずのアルフレッドは、いたって冷静に、しかし纏う空気をガラリと変えて答える。
「いいえ、矛盾はありません。今の話は、私が語ったことは、この瞬間から事実となりました。必要な書類は追って届けます」
なかなか強烈な威圧だ。
それをギルド長は涼しい顔で受け流すが、ウルリカは目尻に涙を浮かべて必死に耐えている。
私としては、嘘で事態が収まるのなら、なんでも良い。
「話は丸く収まったのね。じゃあ私の冒険者章の再発行を――」
「それはできん。しかし懲役刑はなかったことにする」
私とアルフレッドで無言の圧力をかけるが、バラッドは涼しい顔だ。
結局、アルフレッドが折れ、私もひとまず了承することにした。
応接室を出て、一階の人気のない場所に腰を据えると、後ろを付いてきたアルフレッドに確認する。
「それであなたは、ハリスとはどういう関係なの? ただの部下とは言わないわよね?」
私の質問に、彼は意外そうな表情を浮かべる。
「ハリスさまの部下ですとも。ここにもハリスさまの依頼で来ているのです。なぜそう思ったのですか?」
「一代騎士にそんな強権ないでしょう。それにハリスの腕っぷしは認めるけど、根回しや駆け引きができる人間じゃないし。そういったタイプと縁があるようにも思えない」
彼は答えなかったが、否定もしなかった。
「それで、いつハリスさまのご家族のもとへご挨拶に来られますかな?」
これを聞くのが今回の最大目的だと冗談を言うアルフレッド。
私は今すぐ会いに行くつもりはないと答え、今度の死者の日に訪問する意思があることを伝える。
まだ、だいぶ先の訪問予約だが、彼はその答えに満足したようで、交渉はなかった。
最後に、ハリスからの贈り物と、約束の日に王都ヴァイツで落ち合うことを再確認すると、ボウ・アンド・スクレープを行い去っていった。
所作は完璧だったが、ガタイが良すぎて似合っていなかった。
アルフレッドから渡された荷物を確認すると、中には最高額面の通貨が数枚と、困った際の連絡方法、そして手紙が入っていた。
もらった物を空間に収納すると、今手に入れた軍資金でさっそく学術誌を購入しようとギルドを出る。
しかしギルドを出てすぐ、ただならぬ雰囲気でこちらに向かってくる少年を見つけた。
容姿は私よりも若い。たぶん十歳を少し超えた辺りか。服装や体格から、ここの住民だろう。
切羽詰まった様子だが、最後の勇気が出ないのか一歩が踏み出せない様子だ。
特段興味は湧かず、脅威でもないので素通りしようと思ったが、不意にある約束を思い出す。
『困っている人を見かけたら助けてあげてほしい。それも三回ね』
私が世話になった兄妹冒険者との約束だ。
約束というより依頼で、すでに報酬は前払いされている。
これは依頼達成のチャンスだと思いいたり、彼に近づき目線を合わせると、何か手伝えることはないか質問する。
「助けて! お姉ちゃんを助けてほしいんだ」
それだけを叫ぶと私の手を掴み、現場へ引っ張っていこうとする。
一歩踏み出した少年の行動は止まらない。
私は一度ギルドへ戻ってウルリカ辺りに相談してはと思ったが、他人に助力を乞うのは人助けに含めて良いのか判断に困ったため、自力で解決する方針で動くことにした。
少年に引っ張られるまま、崩れた城壁の僅かな隙間から街の外へ飛び出し、森へ向かう。
街を出た辺りで少し余裕が出たのか、状況の説明を聞くことができた。
彼の名前はトビー。アイゼンエルツの西地区に家族五人で暮らしているという。
今日は森に姉と山菜を採りに行ったらしい。
普段は両親と一緒に採りに行くのだが、スタンピードの攻撃により城門以外から外に出られるルートを見つけた姉弟は、両親を驚かせようと、こっそり抜け出して森へ向かったのだ。
そこでゴブリンに襲われ、姉はトビーを逃がす際に捕まり、森へ連れて行かれたという。
無断で外に出ることをきつく禁止されていたため、城門の兵士に頼れず、ギルドに助けを求めることを思いついたのだという。
そんな保身を考えている場合ではないだろうと思ったが、おかげで人助けができるのだから良しとするか。
果たして彼女は生きているだろうか。
「……確認なんだけど、お姉さんは生きて助け出さないとダメ?」
私は達成条件を確認しただけなんだが、トビーは一瞬呆けたかと思うと、強い口調で「当たり前だ!」と返答した。
山菜を採っていた場所に着く。周りは雑木林が生い茂り、薄暗く見通しが悪い。
私は口笛を短く二度、三度吹く。
それに応えるように、少し離れたところからグレイウルフの鳴き声が聞こえる。
獣の声にトビーは萎縮したが、そんなことには構わず、灰色狼に周囲の異変を探索するよう命じる。
ほどなくして、少し離れた洞穴にゴブリンらしきモンスターが集まっているのを見つけたと知らせが入った。
さっそくそこへ向かう。
目的地に近づくにつれ、森が途切れ、地面は赤茶けた岩肌が露出し始める。
そして崖が見えると、その麓に小さな洞窟が口を開けてたたずんでいた。
ダンジョンではない。そんな気配は一切ない。
しかし妙な洞窟である。
洞窟の周囲にゴブリン数体を確認できるが、動きがおかしい。
動いてはいるが、何か目的を持って動いている感じではない。
もう少し近づき観察すると、通常のゴブリンには見られない異常なコブや変色が確認できる。
……あれは、もしかして。
「喜べ、お姉ちゃんはまだ生きているかもしれないぞ」
私の想像どおりなら、まだ生きている。
つまり、人助け成功の目があるということだ。
俄然やる気が出てきた私とは対照的に、トビーは必死に恐怖をこらえ、息を殺して震えている。
彼を戦力として考えてはいない。
むしろ下手な行動を起こさないよう、おとなしく待機してもらった方が楽だ。
グレイウルフに遠巻きで少年の保護を指示し、私はモンスターの殲滅を開始する。




