22.助け舟
城門では街に入るための手続きがあり、名前やこの街に来た目的、滞在先を聞かれた。
とっさに冒険者と答えたが、冒険者章をここのダンジョンに体と共に失ったことを思い出し、失敗したと内心焦った。
しかし担当者は冒険者章の提示を求めることなく審査を通してくれた。
少し肩透かしを食らったが、トラブルなく街に入ることができて良かった。
街中は以前よりも活気にあふれていた。
城壁修理のため人と物、その両方が多く集まっているからだろう。
私はまず両替商のもとへ向かう。
そこでダンジョンで採れた翡翠や蛍石を換金してもらう。
禁則事項にならないかヒヤヒヤしたが、問題なく鉱石を渡すことができた。
店主は私と品を見て少し訝しげな様子だったが、とくに問題にすることなく適正価格の範囲で買い取ってくれた。
たいした額にはならなかったが、街をぶらつくには十分な軍資金だ。
換金した金をもとに、居並ぶ店を巡り、役立ちそうな日用品と情報を仕入れていく。
金物屋では丈夫そうなショベルとスタンピードの脅威について話を聞いた。
スタンピードは正規軍が街の外に敷いた防衛線を瞬く間に壊滅させ、城壁に迫ってきた。
夜通し、城壁を頼りに残った正規軍、冒険者、そして住民がモンスターと戦い防いだという。
古本屋では隣国で起きた戦争をまとめた歴史書と、当時の緊迫した状況について聞いた。
城壁の攻防は継続し、やがて昼となり、そして再び夜となっても続いた。
戦闘が長引くに従い、徐々に戦力は削られ、もう防衛線が決壊するのは時間の問題だと皆が理解し始める。
援軍は期待できず、外へ逃げ出すこともできない。
次の朝日は拝めないだろうと覚悟し、家族で集まり、抱き合い涙したという。
宝石を扱う露天商では何も買わなかったが、奇跡について話が聞けた。
再び日が落ちて間もなく、大きな音とともに城壁の一角がついに崩壊。
目の当たりにした住民たちは、いよいよ終わりだと覚悟したという。
モンスターが壁に脚をかけ、まさに乗り込もうとしたその時、奇跡が起きた。
突如モンスターの統制が乱れたのだ。
そして乱れたかと思うと、大半のモンスターはそれ以上侵入することなく森へ戻っていった。
恐怖と混乱でまともに動けない住民たちは、ただそれを眺めていた。
「それまで神さまなんて信じちゃいなかったが、さすがにあの時は感謝の祈りを捧げたもんだ」
住民の被害は軽微だったものの、防衛にあたった正規軍や冒険者たちの被害は甚大だった。
神さま以上に命を懸けて守ってくれた兵士や冒険者たちへ感謝する言葉を、多くの住民が口にしていた。
それに輪をかけて、この街の英雄、正規軍隊長ハリスの話は必ず出てきた。
スタンピードの前兆を察知したハリスの隊は、先手を打つため決死の覚悟で討伐へ向かった、とか。
部隊を失った後も単身で最奥へ向かい、山ほどの大きさの聖剣でダンジョンごとコアを両断した、とか。
手柄を上げようと独断でダンジョンに挑み窮地に陥った冒険者を助け出した、とか。
もはや意図的に流布したとしか思えない英雄譚が出回っていたが、その悉くを皆が信じ、崇めるように語る。
彼がこの街出身であったことも、英雄扱いに拍車をかけたようだ。
住民が感謝するのは理解できる。
モンスターの統制が乱れ、九死に一生を得たのは彼がダンジョンコアを破壊したからだ。
しかし分からなかったのは、王国もアイゼンエルツと皇太子を救った英雄としてハリスを称え、一代騎士に叙任したことだった。
これは作り話や噂ではなく、どうやら事実のようで、王国により布告され、尚書によって運ばれた公文書の写しがこの街に納められているらしい。
皇太子の件はどこから出た話なのか、さっぱり分からなかったが、無事どころか大出世したようで、ひとまず安心だ。
必要物資の調達と情報収集を終え、本日の目的地である冒険者ギルドへ向かった。
ここに来たのは、失った冒険者章を再発行してもらうため。
別のダンジョンに入るためにも必要となるし、身分証としても使える便利なアイテムだ。
入り口をくぐり、久しぶりのギルドを見渡す。活気はなく時間帯を考慮しても閑散としていた。
お世話になった兄妹はおろか、見知った冒険者は一人もいなかった。
人間の肉体は軟弱だからな。一度ケガをすると治癒に時間がかかる。
多くの負傷者が出たと聞いたし、今もまだ療養しているのだろうか。
私は冒険者章を再発行してもらうため、受付カウンターへ向かった。
受付には面識のない女性が立っていたので、奥の仕事机で書類を片付けているウルリカを見つけると、思わず手を振って挨拶する。
懐かしさもあって、自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。
ウルリカは私を認めると一瞬目を見張り、隣の同僚に何か言付けると、小走りでこちらへ歩み寄ってきた。
彼女も久しぶりの再会を喜んでくれるだろうか。
どんな話が聞けるかな。私はどこまで話そうかな。
そんな呑気な空想をしていたせいで、彼女の次の発言にあっけにとられてしまった。
「鉄級冒険者ラキア。貴方をスタンピード防衛戦の逃亡罪により、冒険者資格を剝奪。五年間の禁固刑に処します」
……んな。
「本人不在の欠席裁判ですが、正当な手続きのもと行われた効力のある判決です。……なんで戻ってきたの」
なんてこったー!
頭を抱えて叫びたくなるのを必死にこらえ、打開策を検討する。
はい。たしかにギルドの指示を反故にし、危険が迫る街を抜け出しました。
ギルドはこの事実を責めているのだ。
でも本当は、ハリスと共にさらに危険なダンジョンへ潜り、コアを屠ってきたんです。
当然、ギルドはこの事実を知らない。
一連の行動の根底には私の知的好奇心があるのだが、それは重要ではないだろう。
……たぶん。
ハリスとの共闘を話すべきか。いや、信じてもらえないだろう。
ウルリカが目配せしたかと思うと、冒険者にも負けない屈強な男が私を拘束するため近づいてくる。
元冒険者の先輩かな。
そんな考察が浮かんだが、今はそれどころではない。
もう一つの事実を話して釈明するか、強引に逃亡するか、それともおとなしく捕まるか。
決断を迫られていると――。
「失礼を。少しよろしいか」
この緊迫した状況の中、落ち着いた声が割って入ってきた。
発言者へ視線を向けると、紳士然としたいでたちの男だった。
年齢は高めで、髪には白い筋が混じり始めている。
だが覇気に満ち、体格も良いためか、そのフォーマルな服装とは少し違和感がある。
これまで見たことはないが、彼も冒険者だろうか。
しかし冒険者特有の粗暴さはなく、どちらかといえば武人のような印象を受ける。
「アルフレッドさま?」
ウルリカが困惑した様子で彼の名を呼ぶ。
拘束しようとしていた男も動きを止め、指示を求めるようにウルリカへ視線を向けた。
アルフレッドと呼ばれた男は懐から紙を取り出し、さらさらと何かを書きつけると彼女へ手渡す。
植物紙とはまた高級なものだ。貴族だろうか。
しかし、それを見たウルリカの反応は劇的だった。
「……えっ。うそ」
私の顔をじっと見つめる。
たっぷり十秒ほど時間をかけて何かを確認した後、彼女は警備の男を下がらせた。
そして拘束はいったん保留すると告げる。
さらにギルド長との相談が必要になったと言い、アルフレッドと共に二階の応接室で待つよう、丁寧だが断れない迫力で説得された。
あのメモに何が書いてあったの!?
応接室へ案内され、アルフレッドと同じ長椅子へ腰を下ろす。
「ラキア嬢さま。私はハリスさまの使いでアルフレッドと申します。この問題は万事お任せください」
あー。ハリスの使者なのか。
ここまで来たら、もう任せるしかないか。
ウルリカとギルド長は予想よりずいぶん早く戻ってきた。
この街の冒険者ギルド長であるバラッドは筋骨隆々の男で、そのシルエットはもはや人間のそれではない。
最初に見たのは、このギルドを初めて訪れた時だ。私をゴブリンより臭いと罵った男である。
しかし改めて観察すると、この男は身ぎれいだし、意外と目に知性が宿っている。
レッサーベアの亜種ではなかったか。
「ウルリカから、貴殿が記したというメモを見た。改めて説明を求めるぞ。アルフレッド殿」
見た目どおりの重低音。少ししゃがれていて、なかなか貫禄のある声だ。
アルフレッドは一度姿勢を正すと、私も気になっていたメモの内容を話し始めた。
「記したとおり、ラキア嬢さまはハリスさまの隠し子でございます」
「えっ!」
私だけが、思わず驚いてしまった。




