21.順調な旅路
ピシッ。
何の前触れもなく、最奥に安置していたジュメルス盤が二つに割れたかと思うと砕け散った。
実験は成功したようだ。
今割れたジュメルス盤の片割れを持ったグレイウルフたちが、四日前にダンジョンを出てアイゼンエルツの街を目指していた。
そしてアイゼンエルツに着いたら、盤を割るよう指示している。
送り出した彼らの魂が戻っていないことから、途中でやられたのではなく、無事に街まで着いたと判断してよいだろう。
これで少なくともアイゼンエルツほど距離が離れていても、魔術具が動作することが確認できた。
ちなみに一日空けて同じ任務を与えた別の隊もいる。
明日、明後日にはもう一つのジュメルス盤も割れることだろう。
念のため、アイゼンエルツへの出発はグレイウルフたちが戻ったことを確認して決行するとしようか。
それまでの間、私は人間の街で得た知識を可能な限り文字に起こしていく。
私が不在の間、ケボンの学習教材にするためでもあるが、私自身の情報整理のためにも必要な作業だった。
リシュトや他の複製体を通して得た記憶は全て覚えている。
イメージとして覚えているというより、行動した内容が決まった項目にまとめられ、時系列に蓄積されている感覚に近いだろうか。
特に会話した内容や読んだ書籍は、一言一句思い出すことができる。
ただ問題は、どんなことを覚えていて、知識を無意識に呼び起こすことができないことだ。
知識として知っていても、必要な時に活用できなければ知らないのと同じ。
私は増えた知識の要点を箇条書きにし、その中からリシュトの戦力強化に役立ちそうな項目に優先事項をつける。
優先順位の高いものから習得していき、いくつか実用段階まで仕上げたころ、アイゼンエルツを目指したグレイウルフ達が無事に帰還した。
「ダンジョンのことはお任せください。実り多き旅になりますこと、祈念しております」
ケボンの挨拶を受け、私は薄暗いダンジョンからまぶしくて真っ白な外界へと足を踏み出す。
すでに待機していたグレイウルフたちを軽く撫で、そのうちの一体に騎乗した。
振り返れば、ゴブリンやレッサーベアたちが見送りに出てきていた。
初めて人間の街を目指した時とまったく同じ光景に、思わず苦笑してしまう。
あの時は散々だったな。街へ着くまでに何度死を覚悟したことか。
しかし今回の行軍は前回とまったく異なる。
まず安全な進行ルートがすでに確保されている。
初回は私の安全を優先したこともあり、グレイウルフたちは全滅している。
しかし彼らは、その後も街に留まる私のため、何度も街を目指して森を駆けまわり、そのたびに多くの犠牲を出したが、挑戦を重ね、ついに街へ到達。
さらに、到着した後もより安全な道、より効率的な探索を模索し続け、この進行ルートを確立したのである。
続いて戦闘力の強化。
度重なる戦闘を経験し、時に敗れても復活し挑み続けることで、上位種に匹敵する実力を持つようになっていた。
現に今もレッサーコンガの存在を察知すると、仲間を呼び体勢を整えられる前に先頭のグレイウルフが対応を始める。
樹上は大猿のホームグラウンドであるにもかかわらず、あっという間に距離を詰めると苦もなく始末してみせた。
ここまで危なげなく進行を続けてきたが、三日目にちょっとした問題が起きた。
警戒しながらも速歩で進んでいると、グレイウルフ達は何か異変を察知したようだ。
人間の感覚を持つ私は特に異変は感じない。
速度を落とし、物音を立てない独特な姿勢で異変へ近づいていく。
私も灰色狼から降り、静かに後を追った。
しばらく進むと、周囲の木々とは明らかに異なる異形の樹木を発見。
「こんな場所にトレントか。」
動き回る巨大樹木。本来は街とは反対側の森奥に生息するモンスターだ。
この辺りで確認された報告はなかったはずである。
枝やツタを使った攻撃は俊敏で警戒が必要だが、本体の移動速度は遅い。
十分に迂回可能だ。
だが、この道はグレイウルフたちが切り開いたルートである。
障害がこの個体だけなら排除してルートの保全に努めたい。
私は周囲に他の敵性モンスターがいないか索敵を命じ、自身はトレントを監視する。
灰色狼では相性が悪い。処理は私が担当することにした。
周囲の安全確認が終わると、二体の灰色狼が陽動を開始。
接近に気付いたトレントが攻撃を始める。
枝が槍のように突き出され、ツタが鞭となって襲いかかる。
だが回避に専念している灰色狼へ攻撃は当たらない。
私は詠唱を終えると距離を詰めるため移動をはじめる。
かなり近づいたところでトレントは私の存在にも気付いたようだが、目前で挑発を続ける灰色狼への攻撃を優先し、こちらへの攻撃は散発的だった。
枝やツタの攻撃に加え、風魔法まで混じり始めたころ、有効射程に到達する。
「ブレイズランス!」
力ある言葉とともに、青白く輝く炎の槍が放たれた。
ジューーーーーッ、ドッゴォォォォン!!
炎の槍はトレント本体を半ば融解させながら突き進み、進む勢いが衰えたかと思うと、その場で大爆発を起こした。
巨大樹木は粉みじんに吹っ飛んだ。
その熱量はすさまじく、大気が揺らめき、離れた草木すらチリチリと燃えている。
グレイウルフたちも目を閉じ、息を止めなければ行動不能になるほどの高熱である。
これも人間の街で得た知識をもとに魔術を改良した成果だった。
屋台で火吹き棒を使い、風を送り込むことで火力を高めている様子を見たことがある。
当初は不思議だった。風を吹けば火は消えるのではないかと思ったからだ。
しかし冒険者教室で実際に試す機会があり、火勢が増したのを体験した。
さらに書物にも、燃焼には空気が不可欠で、燃焼に必要な成分が存在するのではないかと記されていた。
その知識を得た私は、炎系魔術へ風系魔術を組み込む試みを始めたのである。
詠唱内容を解析し、炎と風が発現する直前まで干渉しないように、発現した直後から均一に混ざり合うよう組み立てていく。
なんとか一つの魔術に、組み込むことができたが、問題となったのは炎と風の配分だった。
どちらかが少なければ不発。多ければ暴発。何度も試行錯誤を繰り返し、最適解を探る。
そうして何体も意識を移したゴブリンウィザードを犠牲にしながら、ようやく完成したのが青白く輝く炎槍だった。
せっかく完成した魔術だが、今のところ扱えるのは私だけである。
他の魔術師たちは難しすぎて習得できないという。
確かに詠唱は三倍近く長くなったし、制御係数も倍以上になっている。
多少複雑にはなったが、体系化した以上は習得可能なはずだ。
魔術師たちには、何度失敗して死んでも構わないので、ぜひ扱えるようになってもらいたい。
多少の想定外はあったものの、四日目には誰も欠けることなくアイゼンエルツへ到着した。
遠目から見ても、城壁の至るところが崩壊している。
今も大きく破壊された箇所を中心に復旧作業が続いていた。
だが街そのものは活気を失っていない。
多くの荷車が城門を行き交い、人々の営みは確かに続いている。
ときおり風に乗って喧騒も聞こえてきた。
ハリスたちは無事だったのだろうか。街はどこまで立ち直ったのだろうか。
いよいよ状況を確かめられる。
そう思うと居ても立ってもいられず、私は小走りで城門を目指した。




