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20.鳳雛

 二階層に設えられた謁見の場に着くころには、鼻がマヒしたのか悪臭が気にならなくなっていた。


 謁見の場、といっても小石が取り除かれたむき出しの地面に、丸太椅子が一つ置かれているだけ。

 その椅子からずいぶん離れた場所に一体のゴブリンが膝をつき、こうべを垂れて待機していた。


 私は視界に収めながら椅子に座る。


 所作に伴う音でダンジョンの主が登場したと察したのか、ゴブリンは勢いよく頭を上げ、一瞬面食らうがすぐに立て直し、


 「私はケボンと申します。ダンジョンの主さまに、」

 これまた勢いよく話しだしたため、すかさず牽制を入れる。


 「誰が発言を許可した。食らうぞ!」


 「是非、お願いします!」


 ……えー。

 そんな思考を持った奴、聞いたことがない。


 なるほど、理解が及ばない状況で、かつ差し迫った状態だと思考が硬直するものだな。


 理解は出来ないが、今回に関しては答えを目の前のモンスターが持っているのだ。

 私は眉間を押さえたい衝動を必死にこらえ、堂々とした態度を維持しながら質問する。


 「食らわれたいとは、おかしなことを言う。ただ死にたいなら勝手に一人で死ね。」


 ケボンというゴブリンは、姿勢を一度整え視線を私の足元に落とす。

 一呼吸してから語り始めた。


 「ゴブリンの寿命は十年程度です。負傷や災害といった事故を含めた平均になるともっと寿命は短くなります。」


 私の認識とも一致する。王種でも二十年程度だと言われている。

 つまりこいつは、なんらかの方法でダンジョンの複製能力を知り、不老不死を夢見ているのか。

 矮小な存在が、なんとも尊大な夢を見たものか。奴への興味を失いかけていると。


 「足りない。それでは全然足りないのです。何かを納め昇華し、それを次の世代に繋げるには十年は短すぎる。」


 ……


 「体は小さく槍働きには向きませんが、頭は動く方です。軍事、内政、寸暇を惜しんで研鑽いたします。ですから、どうか私に時間をください!」


 寿命か。私にはない感覚だ。

 三百年以上未踏破のダンジョンがあるというから、恐らく私たちはコアを破壊されなければ永遠に等しい命があるのだろう。


 命を持つ者のしぶとさを私は知っている。

 命に限りがあるからこそ、創造に力が宿ることを私は知っている。

 ならば、少し見てみようか。


 「あい分かった。お前をダンジョンの眷属とする。ただし仮採用だ。毎年成果を確認し、成長未達と判断したら放逐する。」


 「ありがとうご、わっ。」


 宣言とともに私は彼を捕食し、すぐに複製体を作成した。


 彼は、五体を一通り確認すると、感極まったのか知らない山の名前を叫びながら感謝している。

 ゴブリンの聖地だろうか。


 叫び終わると、彼は私に人間の言葉を教えて欲しいと懇願してきた。

 人間社会には書物という形で知識を集積している。本と実践の場を与えておけば、私が教えなくても学び成長できるようになるかもしれない。


 ……なぜ気が付かなかった。これは画期的なことだぞ。


 これまで捕食したモンスターたちには、ダンジョンの防衛を任せ、作戦および指揮をしてきたのは私だ。

 それを他の者が出来るようになれば、私の負担が軽減し別のことに注力できる。

 さらに私以上の能力を持つ個体が現れたなら、そいつに任せてしまってもよい。

 

 ケボンの要求を承諾すると、さっそく人間が使う文字とゴブリンが使う文字の対応表の作成に取り掛かった。

 私はゴブリン文字の知識を持っていなかったが、幸いケボンが納めていた。


 リシュトたちの荷に紙と筆記具があったため、それを複製し対応表の試作を繰り返す。


 私が人間、ゴブリン両方の言葉を話せるのが功を奏し、似た発音となった言葉を私とケボンがそれぞれの種族の文字で書き起こしていく。


 私たちはこれを「ソラス文字」と名付けた。


 今後始まる文字の読み書き、翻訳の基礎となる資料だけに丁寧に作成していったが、それほど時間はかからなかった。

 大枠を作り終えると、添削、推敲はケボンに任せ次の作業に取り掛かる。


 最後に彼から、人間の書き物が欲しいと言われたので、捕食したゴブリンの記憶にあった昔話を人間の言葉に置き換えながら書いて渡す。

 

 ソラス文字表の完成はケボンに任せ、私は不在の間に荒れ果てたダンジョンの整備を開始する。

 崩れた壁や通路の補修。壊れた罠の修復とやるべきことは多い。


 そして新たに発覚した課題、衛生管理の改善に着手する。

 新たに水辺を作り、ゴブリンを筆頭に沐浴することを命じる。


 外から侵入してきたモンスターを狩れば死体ができる。

 複製体の彼らに食事は必要ないが、生前の習性からか私が捕食しなかった獲物は、しばしば料理して食べていた。食べれば当然、排泄も行う。


 死体や廃棄物の処理について、ルールを作り守らせることにした。

 私の命令に否を唱える者はいなかったが、いかんせん彼らにとって不慣れな作業だったせいもあり、最初はうまくできなかった。

 しかし反復を繰り返すことで、少しずつだが成果が出るようになってきた。

 

 そして重要なもう一つの作業。

 魔鉱石の複製。


 アイゼンエルツのダンジョンで死に、意識が強制転送されたため、あの街で仕入れた多くの物資は手元にない。

 しかし滞在中、グレイウルフに渡した魔鉱石が、わずかだが使われることなくこのダンジョンに残っていたのだ。


 その事実を知った時は狂喜し、改めてグレイウルフたちを褒めて撫でまわした。


 手元にあるのは、魔鉱石の核周辺をカットした際にできるクズ部分だが、ダンジョン外を探索するための、とても重要な資源である。


 すぐに複製を始めたが、これが意外と魔力を消費する。クズ魔晶石が保有する魔力量の三倍近い量が必要だった。

 

 ソラス文字の作成。ダンジョンの復旧と環境改善、魔鉱石の複製。

 試行錯誤に反復と暫く時間を要したが、ようやく形になってきた。


 そうなると、やはりアイゼンエルツの状況が気になってくる。

 ハリスはどうなったのだろうか? スタンピードの被害はどの程度だろうか?


 状況が気になったが、向かうにはまた一つ課題があった。

 私が不在時に緊急事態が起きた際の対応だ。

 ケボン訪問のように想定していない事態が発生した際、対応を任せられる人材がまだいない。


 それに最近、ダンジョンに侵入してくるモンスターが増えた気がする。

 ほとんどが迷い込んで入ってくるようだが、どうも外の森が騒がしい。


 とにかく管理者代行が務められる人材の育成が急務だなと考えていたら、この問題はあっさり解決することができた。

 私の悩みを聞いて、ケボンが何かひらめいたのだ。


 「ラキアさま。こういう魔術具があるのですが、用途を変えれば問題を解決できるかもしれません。」


 彼が取り出したのは、硬貨を少し大きくしたチップのような道具で、二枚一組で使う魔術具だという。

 この道具は、どちらかが割れると対となるもう片方も割れる特性を付与されている。


 名前をジュメルス盤といい、もともとは狩に出た(つがい)の安否を把握するための道具としてケボンの集落に伝わる魔術具だという。


 「これの片方をラキアさまがお持ちになり、もしダンジョンで判断できない事象が起きた場合、私がもう片方を割ってお知らせするのはどうでしょうか?」


 さらに二組持ち歩くことで、一つが割れたら速やかな帰還。二つ割れたら緊急事態。自決してでも即帰還の要請を伝えるのはどうかと提案された。


 試しに割ってみると、即座に片割れのチップも砕けてしまう。

 なるほど、これは素晴らしい魔術具だ。


 あとは有効距離だが、ケボンの認識では、距離の制限はないという。

 これは試してみるしかないな。


 ジュメルス盤の作り方も知っていて、私以外が生産できるのもありがたい。

 さっそく試験用にいくつか作らせることにした。


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