19.帰還
少し時はさかのぼり、アイゼンエルツのダンジョンコアと相打ちした日。
!?
私はラキア・ダンジョンで覚醒した。リシュトの器が活動停止し、戻ってきたのだ。
……?
本来の体に戻ったというのに酷く違和感を覚える。
当然なことだが、体が動かない。移動したり回ったりする動きにダンジョンが反応しない。
また外の様子は分からないのに、体内のことなら手に取るように状況が分かる。
人間であった際の感覚ギャップを少しずつ馴染ませていると、最奥の防衛を任せているレッサーベアが鼻をピスピスさせながらこちらをじっと眺めていることに気が付いた。
感覚を広げれば、五階層の入り口付近で顔半分を出してこちらを伺うゴブリンとグレイウルフも確認できる。
私は魔法で大気を操り、それぞれの言語で無事生還したことを伝えた。
アイゼンエルツの街で音とは、空気の振動によって発生するものだと学び、そうであるなら大気に干渉することで音を発すこと、聞き取ることが可能だと考え練習していたのだ。
私の疑似音声を聞いた彼らの喜びようは凄かった。
本来は入室を禁止している最奥の一角にゴブリンやグレイウルフが集まると、踊りが始まり、遠吠えがこだまする。
レッサーベアが与えた役割に従い彼らを制止しようとしたが、今だけは特別だと滞在の許可を出す。
心なしかレッサーベアも皆と祝えることが嬉しそうである。
結局、その日は終始お祭り騒ぎで、ダンジョンの状態をチェックすることはおろか、リシュトの複製を作る余裕もなく過ぎ去った。
それでも翌朝になるころには、随分落ち着きを取り戻し、多くの仲間は持ち場に戻っていく。
残っているのは、もとよりこのフロアが持ち場のレッサーベアと、ゴブリンの取りまとめ役を務めているホブゴブリンのウドーという牡だ。
何やら報告することがあるということで話を聞く。
随分と流暢に会話できるようになったと感心しながら聞いていたが、聞き終わるころには冷汗が止まらなくなっていた。
ウドーの話をまとめるとこんな感じだ。
私が留守にしている間、多くのモンスターが侵入してきたが、彼らは指示どおり対処していった。
そんなある日、一体のゴブリンがダンジョンの入り口までやってきたという。
ウドーたちは、手ぐすね引いて待ち構えていたが、そのゴブリンは、それ以上入ってこようとしない。
訝しんでいると、こちらに向かって大声でダンジョンコア、つまり私との面会を求めてきたという。
そこで混乱したのはウドーたちの方だ。こういう時の対処は聞いていない。
必死に考えた末、こう答えた。
私は暫く留守にしているため応じられない。
ダンジョンの一角で待ってどうか?
と提案し、彼はそれを快諾。今まさに面会待ちをしているという。
「知らないモンスターを我が家に上げてはいけません!」
私のしっ責にビクッと体を震わすウドー。
そんな奇行なゴブリンは無視して、狩ってしまえばよいのだ。
なまじ知恵がついた弊害だな。
私が不在という事実は最も伏せておきたい情報だ。
それを知らせたうえで招き入れるなんて、とんでもない失態だ。
喉元にナイフを突きつけられているのに気づかない。そんな錯覚さえ覚えた。
もし悪意をもった者の演技だったなら、コアを打ち取られていてもおかしくない。
さて、ウドーを含むゴブリンたちの教育は見直しが必要だとして、単身訪ねてきたゴブリンをどうするか。
現在、ゴブリンの複製頭数は十分だ。特段捕食したい種族ではない。
このまま狩るのは簡単であるが、せっかく今日まで抱え込んだんだ。話くらいは聞いてやるとしよう。
どう展開しても生きてダンジョンを出ることは絶対にないわけだしな。
訪問者を最奥まで連れてくるわけにはいかない。
ウドーに二階層で面会するから、場の準備と訪問者を連れてくるよう命令を出す。
私はダンジョンコアとの決戦で、失ったリシュトのコピーを生み出す。
相当の魔力を消費するが、今回はまだ余裕がある。
そのはずなのに、なぜか出来た複製体は、前回同様に幼い姿のままだった。
つまり、魔力が足りなくて幼い姿になったのではなく、死にかけを捕食したため生体情報が欠けたことが原因のようだ。
リシュト自身の自我の弱さもこれが原因なのだろうか。
意識を移す方としては、自我が弱い方が扱いやすくて助かるのだが。
こればかりは他の人間を捕食して比べてみないと分からないか。
リシュトに意識を移す。
う、うーん。
意識を移した瞬間、思わず顔をしかめてしまう。
「臭い。」
獣臭から始まり、し尿、死臭を煮詰めに煮詰めたような悪臭にめまいがし、吐き気を覚える。
アイゼンエルツのダンジョンはどちらもここまで臭くなかったぞ。
……。
初めてギルドに入った際、ゴブリンより臭いと言われたことを思い出す。
なるほど、これが羞恥心か。私は鏡を見なくても自身の顔が赤いことを自覚する。
少し離れたところで、レッサーベアが不思議そうに私を見つめていた。




