18.決着の先
「ラキア、おい!」
ハリスの呼ぶ声で意識を取り戻す。少し飛んでいたようだ。
部屋中が軋みをあげている。ダンジョンに込められていた魔力が霧散していくのが分かる。
コアが消滅し、この空間を維持できなくなっている。
「……説得どころじゃなかったね。」
絞り出すようにつぶやくと、彼は苦笑しながらあるものを掲げて見せた。
それは小指ほどの漆黒色をした結晶石だった。光の加減でうっすら七色にも見える。
この世界に治癒魔術はない。
しかしダンジョンコアからとれる結晶石は、この世界で唯一治癒効果があると言われている。
別名、「賢者の石」とも呼ばれる。
重病の治癒に始まり、欠損部位の復元、あげくには不老不死を与えるといった噂が、市まことしやかに囁かれている。
しかしダンジョン攻略に関するルールは王国によって厳しく管理され、どこまでが本当なのか確かめた者はいない。
危なかった。ひょっとするとハリスは私の怪我を石で直そうとしたかもしれない。
彼に魔術の専門知識がなくて助かった。
スタンピードを止めるためといえ、結果的にダンジョンを滅ぼしたのだ。
彼ら家族が生き残るには、街を守った功績と、遺物であるこの石を使って王国と交渉するしかない。
意識が朦朧としてきた。
目を開けているのですら辛い。私は最後の力を振り絞り伝える。
「私の遺体はここに置いていって。絶対に持ち帰ったりしないで。」
本当は跡形もなく燃やしてほしいが彼には無理だろう。
ここは三十階層、ダンジョンが崩壊すれば、掘り起こされることはない。
しかし置いていくことすら出来ないと言うハリス。
このままでは、抜け殻を担いで帰還する勢いの彼に提案する。
「願いを守ってくれたら、必ず会いに行くから。」
この提案は彼の意志を揺るがした。
もとより母や妹に会いに行くつもりだったことは伏せておく。
最終ここに置いていくことを約束してくれたが、まだ息がある私を置いて戻ろうとしない。
どうしよう、いっそ自害するかな。
そんなことを考え始めた瞬間、ふと世界が暗転した。
◇◇◇
未だあちこちが崩落している城壁を遠目に捉えながらアイゼンエルツに向けて歩みを進める。
上級ダンジョンとの攻防から二か月、ようやく戻ってこられた。
三十階層で事切れた瞬間、これまでの経験通り私の意識はダンジョンに戻ってきた。
すぐにリシュトの体を蘇生してアイゼンエルツに向かおうと思ったが、長期間ダンジョンを留守にしていたせいで、防衛能力は再構築が必要なほど損耗していた。
冒険者章は上級ダンジョンと共に失ってしまったが、とくにトラブルなく街に入ることが出来て良かった。
城壁と違い街中に目立った被害はない。
活気があり城外の戦闘跡を見なければ、スタンピードに襲われたと分からないほどだ。
物資を調達しながら情報を集めていく。
スタンピードは城壁の外に構築した防衛線を瞬く間に壊滅させて壁まで到達。
夜通し城壁を頼りにスタンピードの脅威を凌いだという。
それでも、徐々に戦力が削られていき、次の朝日は拝めないだろうと皆が覚悟したそうだ。
ついに決壊する寸前、突如モンスターの統制が乱れたかと思ったら交戦意欲まで失い、大半が森に戻っていったという。
兵士や住民たちは、疑問に思いながらも九死に一生を得て神に感謝の祈りを捧げたという。
城壁内の被害は軽微だったものの城外は凄惨を極め、防衛にあたった正規軍は半数以上が命を落とし、冒険者たちの被害も甚大だったという話を聞いた。
お世話になった銀級兄妹が無事だと良いんだけど安否までは分からなかった。
そして独断専行し、部隊を全滅させた正規軍の隊長ハリスは英雄となって称えられていた。
突如向かったのはスタンピードの前兆を察知したためで先手を打つため、とか。
奮戦の末、部隊を失った後も単身ダンジョンに潜りガーディアンを退けコアを討った、とか。
出自不確かな情報を皆が信じ、崇め感謝していた。
彼がこの街出身であったことも英雄扱いに拍車をかけていた。
街の人々が感謝するのは理解できる。確かにモンスターの統制が乱れたのは、ダンジョンコアを破壊したからだ。
しかし信じられないことに、王国からもアイゼンエルツの街と皇太子を救った英雄として一代騎士を叙任されたという話には驚いた。
ダンジョンコアの破壊は一族処罰されてもおかしくない大罪。
切り抜けるどころか褒章されるとはいったい何があったのだろう?
皇太子を救った!? その辺りの事情は、本人に聞くしかないだろう。
必要な調達も終わり本日の目的地、冒険者ギルドの到着する。
飾りっけのない頑丈さのみを追求した建屋は、まったく変わらず建っていた。
ここに来たのは、失った冒険者章を再発行してもらうためだ。
身分証として使えて結構便利なのだ。
ギルド建屋はダンジョンの次に私が長く過ごした場所で、ようやく戻ってこられたって感じるくらいに思い入れがある。
周りを見渡すと、時間帯を考慮しても閑散としていた。
多くの負傷者が出たと聞いたし、今も多くが療養中なのだろうか。
挨拶と情報収集をかねて受付カウンターに向かい、馴染みのウルリカを見つけると懐かしさもあって、自分でも驚くほど大きな声が出てしまう。
ウルリカは私を見止めると、一瞬驚き、小走りでこちらに歩み寄ってきた。
彼女も思いがけない再会に喜んでくれるだろう。
しかしそれにしては表情が固い。緊張しているように見える。
一度、私をまっすぐに見つめ、一度息を整えると思いがけないことを宣言した。
「スタンピード防衛戦の逃亡罪により、ラキアの冒険者資格をはく奪。五年間の禁固刑に処します。」
私の人生はハードモードだった。




