16.懺悔
いよいよ二十一層に突入。
……
またダンジョンの様相が大きく変わる。
細工の施された石柱や壁が並ぶ遺跡のようなフロアだった。
そしてもう一つ変わったこと。
これまでほとんど見かけなかったモンスターがそれなりの数徘徊してる。
さらにどの個体も警戒しているように見えた。
スタンピード非参加組かダンジョンが新たに複製したものかは分からないが、この警戒っぷりはダンジョンの意思によるものだろう。
そうなると罠も健在だと考えた方がよい。
ここにきて攻略スピードが著しく低下する。
不意打ちを受けないよう注意するとともに罠にも気を配らなくてはいけない。
それ以上に、道しるべを失ったことが大きい。
二十層までは父の記憶を頼りに、恐らく最短ルートで進めていた。
しかしソロで鍛錬目的で潜っていた彼は二十層までしか知らなかった。
そのため、この層からは敵や罠をかわしつつ下層へ続く道も見つけなければいけない。
モンスターは不意打ちで倒せている。
罠に関してもお互い目端が利くおかげで、避けたり解除できている。
しかし目的地だけは、総当たりで潰していくしかなく労力を強いられる。
入り組んだダンジョンは、それだけで脅威だ。
よい経験になる。帰ったら取り入れてみよう。
そんな考察をしていたのが、いけなかったのだろう。
!?!?
三叉路を迂闊に通り過ぎると、オーガと鉢合わせ。
硬直は一瞬、すぐ態勢をとるが、わずかにオーガの攻撃が早い。
「ラキア!」
ハリスが体ごと入れ替わる勢いで押し出すが、オーガの攻撃が私の頭部をとらえ、かすめる。
オーガの振り抜いた攻撃を戻すタイミングを見誤ることなく彼が致命の一撃を与え倒す。
「ラキア!」
再度、私の名前が呼ばれる。
痛みよりも驚きが勝って何も感じない。視界と思考がぼやける。出血もしていそうだ。
彼は傷の状態を確認しようとフードに手をかける。
私は、このままではマズいと認識しながらも体がいうことを聞かず抵抗できなかった。
思考と理性が返ってきたのは、フードを外し素顔をさらした直後だった。
あっ!
!?
私と父は、まったく同じタイミングで絶句した。
この期に及んでも顔を隠そうとフードに手をかけるが、それよりも先に父に引き寄せられ頭部外傷の応急手当を受ける。
彼からの詰問はなく、手当てが終わると再び装備を整え、何事もなかったかのように攻略を始めようとする。
……えっ。この状況流すの? そう思ったが。
「いや。無理がある。訳が分からん。」
一歩踏み出したところで立ち止まり、振り返り私の顔を凝視すると、ドカッと音を立てながら胡坐をかいた。
私も床に腰を下ろし居住まいを正す。
父は私を睨みながら、何かを必死に言おうとするが言葉は出てこない。
しばらく葛藤した後、ようやく絞り出すように
「リシュトなの、」
「違う。」
希望を言い切る前に私は否定する。
人間の希望と絶望に揺れる感情を前に私もようやく決心がついた。
「私はリシュト・エヴァンではない。彼女は冒険者として私に挑み敗れた。この通り彼女の皮を借りている。」
フィン
胡坐をかいた状態で抜刀した刃が私の首筋に迫り直前で止まる。
予備動作を感じない鋭い一閃。まったく反応できなかった。
剣を押す力と引く力の両方を器用にこめて態勢を維持している。剣は小刻みに震えていた。
「……なぜ抵抗しない。懺悔のつもりか。」
絞り出すような質問。
「ここに本体はない。切っても私が死ぬことはない。」
「私は彼女の記憶に触れたとき、抑えきれない情動を受け、父と家族を探してここまでやってきた。今からそれを果たす。」
「やめろ、まってくれ。」
一転してハリスは、剣を放り出し真っ青な顔で私の行動を拒絶しようとするが、私は一気にリシュトの思いをぶちまけた。
「先に死んじゃってごめんなさい。親孝行できなくてごめんなさい。」
リシュトの後悔。
それは当たり前の日常を手放したことだった。
家族と食事すること。恋愛の末、結婚すること。そして子を産み、父や母に合わせること。
どれも簡単なことではないけれど、これまで連綿と受け継がれてきた人間としての生をまっとうできないまま死んでしまったことを彼女は死の間際に強く強く後悔していた。
「問題もあったけど、ここまで育てて、くれた、父さま。なにも、なにも返せないまま、死んじゃってごめんなさい。」
怪我の痛みより、心が痛い。落涙が止まらない。
矜持の高かった父はトラブルも多く、周りから浮いていて住み心地が悪かった。
でも私をここまで育ててくれた家族だ。なのに自分だけ逃げるように出て行ってしまった。あげく何も恩返しできないまま死んでしまったのだ。
私の独白に父は、はじめは呆然となり、続いて涙を貯めながら首を大きく振る。
「そんなことない。そんなことはない。人は失敗しながら成長するものだ。それを支えるのが親の務めだ。辛いときに助けてやれなくて、すまない。本当に。」
不思議だ。あれほど重く苦しかった後悔の念が霧散していく。
まだ母や妹に伝えたい思いがあるはずなのに苦しくない。解放された気分だ。
しばらくの沈黙。
どう声をかけて攻略を再開するか思いを巡らせていると、ハリスが不思議そうに発言した。
「私はおかしいのか。娘を殺した得体のしれないモノと、まだ攻略を続けようと考えている。生きて向き合わなくてはいけないことがある。」
「得体のしれないって。私はダンジョンのコア。ダンジョンの主ラキアよ。」
私の告白にハリスが息を呑み、眼が飛び出さんばかりに見開かれる。
「!? 数百年未踏破の大迷宮ではコアが人型に擬態すると聞いたことがある。まさかラキア。」
いやいや私、この街の初級ダンジョン並みの駆け出しですが。
結局今はアイゼンエルツを救うため、当初目標のとおりコアの破壊を続けることになった。
私って、いくつ位に見える?
階層を降りながらハリスに聞くと、家出した当時の容姿そのままだという。
つまり十五、六歳といったところか。
私の正体を知ってなお、ハリスとの連携に問題なく驚異的な速度で階層を踏破していく。
むしろ私への遠慮がなくなったか、彼が私に積極的に戦闘をまかせる場面が増えた気がする。
私の方もどういう理由か体が良く動き、面白いように敵の攻撃がよく観える。
あと何となくだが、ダンジョンのクセというか、次階層に降りる場所の当たりが付けられるようになり、探索時間が大幅に短くなった。
それでも奇襲をかけるための待機、強敵には潜伏してやり過ごすなど、二十層までとは比べ物にならないほど時間を要してしまう。
ついに最下層を示す石碑の前、三十層に到達したのは、ダンジョン攻略開始してもうすぐ一日が経過しようとしていた。
はやる気持ちを抑え最後の大休止を取る。
今回もハリスがあまいお茶を用意してくれたので、隠すことなくクズ魔鉱石と一緒に摂取した。
彼には怪訝な顔をされたが、すごくおいしかった。
ゲートキーパーが待ち構えるこれまでの門と比べて、豪華で重厚な造りの扉を押し開いていく。
最下層でダンジョンコアを守護するゲートキーパーは、ガーディアンと呼ばれダンジョン内の最高戦力を配置されるのが定石だという。私もそうする。
通常は冒険者規定に従い、これ以上の探索は禁止されているのだが、この世に例外のないルールはない。特別な許可を得た冒険者や騎士団によってガーディアン討伐が記録として残っている。
ここ上級ダンジョンのガーディアンは竜戦士。リザードマンの上位種だ。
多大な被害を出しながらも過去二回の討伐記録がある。そして十を超える失敗の記録も。その大半が全滅だ。
もちろん許可は討伐と宝箱回収まででコア破壊は禁止。
違反してコアまで破壊しようものなら当事者はもちろん縁者、管轄するギルドや官庁責任者の首が物理的に飛ぶ。
ここ数年そういった事件は起きてないが、未遂は何度か確認されているそうだ。
重い扉を開けた先には、情報通り竜戦士が静かに待ち構えていた。
しかし装備は事前報告のものより一段上等なものを纏っている。
胸当て鎧には精緻な魔術式が施されていて、魔法耐性が高そう。
手にしている武器も一目で魔法剣と分かる程に力を籠っていた。




