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15.強行軍

 (ハリス)は決断するや背嚢に手あたり次第に物資を詰め込み、緩めていた武具を締め直し、生き残った兵士に何か指示を伝えると私の方に歩み寄ってきた。


 「斬首作戦か。」


 そう。私が提案したのは、コア破壊による指揮の混乱、いや命令自体の白紙化だ。


 ダンジョンから出たモンスターの大群が、周辺に散ることなく街を目指したのは、ダンジョンコアがそう指示したからだ。


 複製されたモンスターはダンジョンとパスがつながる。

 私には出来ないが、パスを通じて命令を出しているのだろう。


 コアを潰すことで命令が途絶えれば、モンスターは独自の思考で動くことになる。

 つまり野生種の思考と同じになるはずだ。


 目の前に人間がいれば襲うだろうが、城壁を超えてまで攻撃を行う個体は、ほとんどいないだろう。一週間も城壁内に籠っていれば、飢えて自滅していく。


 あと、これは希望的見地だけど、あれだけのモンスターを吐き出したんだ。

 ダンジョン内はそうとう綺麗になっていると思う。



 闇に包まれた周囲にポツンとダンジョン入り口だけが、ほのかに明るく入り口を照らしている。


 あれはダンジョン内を一定以上の光量(ルーメン)で照らさなければいけない禁則事項によるもので、本来侵略側に有利に働くもののはずだが、妙に禍々しく潜るのに躊躇するプレッシャーを与えている。


 それでも私たちは地獄の門をノックもせずに通り抜けた。


 ちなみにグレイウルフたちは、負傷兵の護衛を命じ外で待機だ。

 明らかに落胆していたが、命令には従ってくれた。


 実のところ彼らをダンジョン内に連れて行って大丈夫なのか心配を覚えたのだ。

 同じダンジョンが複製した生き物、最悪操られたりしないか。


 私自身そんなこと出来ないのだが、この上級は私より規模が大きく、私が知らない能力も備えている。

 灰色狼は大きな戦力だけに頼って、痛いしっぺ返しを食らうのは避けたかった。


 上級ダンジョンは全三十階層。

 ちょうど十層ごとにゲートキーパーが配置されているという。


 突入二時間。たった二時間で私たちは十層に到達。


 始まるゲートキーパー戦のまえに小休止をとっている。


 予想していた通りモンスターが少ない。

 というより、一体もおらず、さらに罠も全て壊れていた。

 スタンピードの大移動の影響だと考えられる。


 ただ、それ以上にハリスがダンジョンの順路を把握しており、

 おそらく最短ルートで侵攻できたことが大きかった。


 「貴方はなぜこのダンジョンにそんなに詳しいの?」


 「ハリスだ。今は敬称もつけなくてよい。」


 私の質問に彼から意外な回答が返ってきた。


 「私はここの出身なんだ。成人前は鍛錬の一環としてこのダンジョンに潜っていた。」


 さらに聞き取ると、ソロで二十層まで行ったことあるという。

 ソロで二十層!っと驚く以前に、冒険者をやっていたなんて初耳だ。


 色々聞き出したかったが、彼は一方的に話を打ち切ると、ゲートキーパーが鎮座するとされる部屋に入っていってしまった。


 そこは洞窟の中だというのに綺麗に成形された壁に囲まれた大きな部屋だった。


 ゲートキーパーは壁にへばりつきながら私たちの入室を待っていた。

 スタンピードで見飽きたタラテクト型だったが、それらより一回り大きい。


 残念ながらゲートキーパーはしっかり配置されているようだ。


 タラテクトは音もなく着地すると、ハリスめがけて距離を詰めてくる。

 外でみたより数段早いが、彼はそれを軽くよける。

 さらに避け際に一閃。脚を一本切り飛ばして見せる。


 ちゃんと強いな。


 リシュトの記憶で(ハリス)の腕っぷしが強いことは知っていたが、今日まで経験を経た私の目で見ても彼の強さは抜きんでていた。


 タラテクトの攻撃をかわしつつ着実にダメージを与えている。

 すでに四本目の脚を切り飛ばしている。


 ハリスがタラテクトの背後に回り込と、タラテクトは彼を正面に捉えようと自転する。

 足が半分しか残っていないため引きずるような動きとなり、俊敏さはほとんどない。


 「ブレイズランス!」


 背後を見せたタラテクトの腹に、すかさず私が放った炎の矢が突き刺さり炎上した。


 彼は、文句も称賛も言ってこなかったが、私に向かって軽く頷くサインをした。


 ……?


 んー。やはり何の合図か分からない。


 隙をみせた相手に攻撃をするという至極当然の行動だったが、彼のサインから良かったのか悪かったのか判別できない。


 タラテクトの灰から宝箱が出たので開ける。解毒薬が入った小瓶だった。

 しけてる。


 十一層に降りると、世界が一変した。


 「うわぁ。」


 あまりに予想外な光景に思わず声が漏れる。


 ダンジョンの中に森が広がっているのだ。

 木々だけならまだしも空、そして太陽のようなものまである!?


 どんな仕組みでこんな環境を作っているのだろう。

 興味津々で周りを観察していると、ハリスが怪訝そうに尋ねてきた。


 「君は、深いダンジョンは初めてか。それほど珍しくもないと思うが。」


 なん、だと!


 中規模以上のダンジョンでは、フロア環境が変化するのは、お約束らしい。

 森や荒野が多いという。


 彼は先を急ごうとするが、もう一つ気になるものが目に入り、聞かずにはいられない。


 「ハリス。あの円筒状の遺跡はなんだ?妙に周りの景色と浮いているが。」


 私が指を差した先をみて、やはりなぜ知らないのかと不思議そうにしながらも教えてくれる。


 「あれはポーターだな。あれを使えば、ダンジョンの出口まで一瞬で戻れる。」


 な、なんだって!


 ゲートキーパーが守る次層にポーターは設置されているらしい。


 どんな仕組みかは分からないが、冒険者にとってめちゃくちゃ便利な仕組みだな。


 つまりポーターは、深い階層を作ったら必ず設置しなければいけない禁則事項なのだろう。

 これから嫌でも作ることになるんだろうな。


 「君は、相当な実力者なのに冒険者としての常識が抜けているところがある。知識と実力があべこべだ。」


 「私の名前はラキアよ。戦闘や探索は恩人に教わったの。でも冒険者になったのはつい先日なの。ダンジョンもこれが三つ目ね。」


 私は鉄級の冒険章を取り出して、ちらっと見せる。

 彼は納得いかない表情をしたが、すぐに切り替えて侵攻を開始した。


 森林フロアに突入してから、ときおりモンスターが出現するようになったが、十層以降も私たちのペースは落ちない。


 私とハリスの連携で、問題なく対処しながら深層に進む。

 彼がどう思っているか分からないが、初めての共闘のわりに不思議とうまく連携が出来ている。


 そして二十層のゲートキーパー前まで驚異的なペースで踏破した。


 とはいえ、そろそろスタンピードの先陣が街に到達するころだ。

 分かっていたが衝突前にコアを破壊することは無理か。


 ダンジョンで発展した街だ。しばらくは自力で耐えられるだろう。

 五千を超えるモンスターの大群を見たら、冒険者たちはジリ貧と分かっていても城壁内に退去し、遅滞戦闘を行うしかない。


 ゲートキーパーの待つ部屋の扉をゆっくりと開く。

 そこには軽鎧とローブを纏った二匹のゴブリンが待ち構えていた。


 どちらもゴブリンとは思えない体躯と知性の宿った目をしている。

 ゴブリンロードって奴かな。


 彼とアイコンタクトを行い、即座に戦術を確認する。


 まずは私が大げさに魔術発動の準備を始め、ハリスが軽鎧のゴブリン目指して切り込む。


 見立て通り魔術師ゴブリンが魔術を打たせまいと発動速度の速い初級魔術を私に向かって放つ。


 「イージス!」


 しかし私の力ある言葉と共に出現した防御魔術に阻まれる。

 私の唱えていた攻撃魔術はブラフ。無意味な言葉にイージスの魔術詠唱を織り交ぜていただけ。


 そしてハリスも軽鎧に一当てすると、そのまま敵魔術師との距離をつめ切り込む。


 ぎっぎゃ!


 魔術師ゴブリンは半歩後ずさるのがやっとで、そのままハリスの一閃に切り捨てられる。


 慌てて軽鎧が後ろから彼に攻撃するが、その時には私の攻撃魔術が完成。


 「ブレイズランス!」


 私の放つ初級魔術が命中。しかし仕留めるだけの威力はなく、一呼吸分の時間を稼いだ程度。

 軽鎧が彼に向かって剣を振り上げるが、すでに迎撃の態勢をとっていた彼は難なくいなす。


 仕切り直しとなった後は、三合と打ち合うこともできず、軽鎧は切られて果てた。


 血だまりに沈む骸のそばに宝箱が出現したので開ける。中には剣が入っていた。

 彼と一緒に見分したが、街の武器屋で購入できる品とそれほど質が変わらず、荷物になるという理由で置いていくことになった。


 二十一層に降りる前に、ハリスの提案で大休止を取ることにした。

 期待通り、モンスターや罠がほとんどなかったとはいえ、ここはダンジョンの中だ。

 通路を曲がった先に敵が待ち構えているかもしれない。という緊張感は常にあった。


 腰を落とし簡易燃料に火をつけ暖をとると、思っていたより疲労していることを自覚する。


 彼が淹れてくれた果糖を加えたお茶を飲む。

 甘いとは感じたが美味しいとは思わなかった。


 それより、見られないよう注意しながら口に含んだクズ魔鉱石が、私の体から疲れを溶かしていく。


 彼は食事と武器の手入れを終えると、背を壁に預け目を閉じて休憩に入る。


 私は、少し躊躇したが現在の所在や家族のことについて質問した。

 拒絶されることも覚悟したが、目をつむった状態のまま答えてくれた。


 「ヴァイツに住んでいるが、先も言った通り生まれ故郷はこのアイゼンエルツだ。」


 よし。ギルドの調査に頼ることなく現住所の情報を得られたことに浮かれていると。


 「四年くらい前に妻が体調を崩してね。良い治療を受けるため引っ越したんだ。」


 とんでもない爆弾を落としてきた。

 瞑目している彼は気が付いていないが、予想もしていなかった情報に思わず眼をむいてハリスを凝視してしまう。


 治療費を稼ぐ必要があって、四十手前でヴァイツ軍の門を叩き、とんとん拍子で昇進を重ね現在は小隊長だという。


 指揮官としてならいざ知らず、一兵士として軍人を始めたことに驚く。

 それも自分と倍近く年の離れた若者たちに混じってだ。


 同時に怒りを覚える。なぜ、もっと早くにその道を選べなかった。

 そうであれば私は。私たち家族は。


 はぁ。……死んだ人間の記憶に引っ張られ過ぎている。これでは永遠にエヴァン家との縁が断ち切れない。


 私はこの人間の力も借りて災悪のダンジョンになろうと決めた。

 人間社会との未練を断つために私はこの街に、家族に別れを告げにきたのだ。


 ハリスからも質問をされたが、私が孤児だったことを告げると、それ以上は聞いてこなかった。


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