11.兄妹
「おめでとう。はい、ラキアちゃんの冒険者章です。」
ウルリカから、見習いを示す鉄級の冒険者章を受け取る。
鈍色のプレートで、発行ギルド名、私の名前、登録IDなどが刻印されている。
ちなみに赤髪の男児は、冒険者を辞退したそうだ。
リシュト家の調査について、通常一か月くらいかかると言われたので、一度ダンジョンに戻ることにした。
「あらあらラキアちゃん、シュタイマルクに戻っちゃうの。」
ダンジョンに帰るとは言えないため、拾われたことになっている街に帰ると嘘の報告をした。
「うーん。でもごめんねラキアちゃん。あなた、街の外に出ることは出来ないのよね。」
あごに手をあてて思案していたウルリカから、とんだ爆弾発言が飛び出した。
……えっ、なんでダメ?
「だってラキアちゃん、ここに借金あるでしょう。返済するまで、この街から出られないわよ。」
な、なんですとー!
「えっ、でも冒険者、お金稼ぐ、外出てダンジョン潜る、しないと。」
あまりにもな事実に、ゴブリン並みの片言になってしまう。
確かに借金持ちが自由に移動できると、逃亡し踏み倒されないか心配になる。
取り立てる側にしても、街内に留まってもらう方が良いに決まっている。
しかし、それだと冒険者はどう返済すれば良いんだ。
私の疑問に、ウルリカは、これまで何度も説明したであろう解決方法を提示してくれた。
「一つは街内で対応できる依頼を解決すること。たいした借金じゃないから、半年あれば返済可能だと思うわ。」
「もう一つはダンジョンに潜って採取した遺物を売却し返済すること。ラキアちゃんだけでは出られないけど、パーティを組んで保証人がいれば、街の外に出ることも可能ね。」
ウルリカの提案は、どちらも絶望的な内容だった。
街内の依頼だと六か月程度かかるという。
そんな悠長なことでは、私のダンジョンが誰かに見つかって、うっかり攻略されかねない。
いっそ無理にでも逃げ出してやろうと考えたが、その場合は二度とこの街には戻ってこられないだろう。
それではリシュトの想いが遂げられない。
パーティを組むということは、人間と組むということだ。
いったいどうやって誘えば良いんだ。見当もつかない。
私が「うーん」とうなり始めるのを、楽しそうに眺めるウルリカ。ひどい人間だ。
しかし、私の葛藤は長くは続かなかった。
「あれ? やっぱり。君はあのとき行き倒れてたお嬢ちゃんか!?」
不意にかけられた言葉に振り向くと、一組の冒険者がこちらを見て驚いていた。
一人は男性、長身の金髪、細身だが、しなりのありそうな体格で、腰には剣を佩いている。
その相方は女性。フードを被っているが、隙間から金髪が垂れている。
こちらはショートソードを身に着けている。
二人とも美男美女だが、それ以上に「よく似ている」と思ったのが第一印象だった。
私を知っている口ぶりだったが、私はもちろん、リシュトの記憶にもない。
「行き倒れてたお嬢ちゃん」と呼ぶということは、もしかすると。
「もしかして、外の森で私を助けてくれた方ですか?」
私の確認に、二人はにっこりと相槌を返してきた。
受付で声をかけられた後、お互いに自己紹介と、私の近況報告を行った。
男の名前はレジナルド、女の方はエリカ。銀級冒険者の兄妹だった。
「森の入り口で君を見つけたときは、正直ダメだと思ったよ。」
レジナルドは、心底安心したように当時の心境を語る。
初見は、フォレストウルフに食い殺された人間がいると思ったという。
近づくと、なんと返り討ちにしているのに驚いたらしい。
しかし少女に意識はなく、見るからに衰弱していた。
慌てて世話になっている医者のもとに駆け込んだという。
その後、少し目を離したすきに診療所から姿を消したと聞いて、とても心配していたという。
……なんか、スイマセン。すごく良い人間たちだなぁ。
「そうか。お世話になった冒険者の訃報を伝えに来たのか。そのついでに冒険者になって、借金に苦しめられていると。」
「よし。一度かかえた面倒だ。返済の手伝いをしてやろう。」
レジナルドの提案に、私は困惑する。
なぜそこまで、知らない人を助けようとするんだ。
エリカは、少し抗議の視線を兄に向けたが、「やれやれ」と肩をすくめるだけで反対はしなかった。
「俺たちも、この街に長居するつもりはないんだ。」
レジナルドたちは拠点を持たない流しの冒険者だった。
世界を旅するために冒険者を始めたという。
私の返済額を聞いて、「一、二回のダンジョンアタックで完済できるから期間的にも問題ない」とのことだった。
なぜだろう。人間の親切に感謝する気持ちの他に、言い表せない不安を感じる。
もし私が人間でないと露見したとき、兄妹はどのような反応をとるだろうか。
翌日ダンジョンに潜ることを決めると、準備の同行を誘われた。
お金がないことを伝えると、エリカは「ラキアは支払わなくていい」と言う。
それよりも「私たちがどんな準備をするか学ぶように」と。
いくらなんでも甘えすぎだと自覚している私は、提案する
「さすがに頼りっぱなしは良くないです。ダンジョンから戻ったら、いくらかお礼をしたい……です。」
するとエリカは、特に悩むそぶりもなく答える。
「お礼か。それなら『困っている人を見かけたら助けてあげてほしい』。それも三回だ。」
???
何を言っているか理解できない。心底理解できないでいると
「そしたら、同じように謝礼は受け取らず、その人にも『困っている人を見かけたら助けるように』伝えてほしい。」
これを続ければ、巡り巡って、いつか私たちが困ったとき、誰かに助けてもらえるかもしれない、と。
納得できなかったが、当人たちがそれで良いというのだから仕方ない。
ダンジョンアタックの準備として、ロープや靴下を新調。
靴や手袋も修繕が必要ないか確認し、最後に武具の手入れをして終わった。
明日行くダンジョンは、日帰りで行き来できるほど近く、駆け出し向けのダンジョンということで、荷物はほどほど、機動性重視で潜るそうだ。
レジナルドたちと別れた後、クズ魔鉱石を買い足して、私の準備も完了した。
アイゼンエルツのごく近いところに、二つのダンジョンがある。
というより、ダンジョンが見つかり、その攻略拠点として街を起こしたため、近いのは当然だ。
本日向かうダンジョンは、徒歩でも小一時間の場所にあり、難易度も低く、駆け出しの冒険者向きだという。
手続きを済ませ、街の城門を抜けて森を目指す。
ついこの間、森を抜けてきたというのに、ひどく懐かしい。
なんとなく森をぼんやり眺めていると、森の奥になにやら懐かしい視線を感じ取る。目を凝らせば
うんんっ!?
二匹のグレイウルフがこちらを見ていた。おいおい、まさかあれって。
「ちょっ、ちょっとお花を摘みにいってきます。ほっほほほ。」
レジナルドの制止を振り切り、森に突入する私。
あれが野生のグレイウルフでないことは、なぜか分かる。
おそらく魔力パスが通っているのか、本能的に「私が生んだコピー」だと分かるのだ。
ほどなくして灰色狼と合流。ひとしきり顔をなめられたあと、状況を確認する。
言葉は通じないが、進化のたまものか、彼らも相当賢い。
私の立てた仮説を聞き、ジェスチャーで合っているか間違っているかを返してくれる。
「つまりローテーションを組んで、常に一組が街の近くで待機してくれているのか。」
誰が思いつき、どうやって可能にしたかまでは分からなかったが、凄いぞ、お前たち。
私は喜びのあまり、灰色狼たちを撫でまわす。
しかし長居もしていられない。
とりあえず最低限の魔晶石を懐にしまうと、残りを袋ごと灰色狼たちに渡す。
グレイウルフが森の奥へ離れていくと同時に、エリカが遠巻きに声をかけてきたので、返事をして合流した。
レジナルドやエリカから「緊急事態」なのは分かるが、単独行動は禁止、エリカを頼るよう諭される。
しおらしく聞いてはいたが、私の心は、生き別れた半身に出会えたかのように弾んでいた。




