第22話 結地へ
二十八
将の名が定まると、つぎに定めねばならぬのは、誰が何を出すかであった。
兵を発することは、すでに決している。
将の名も、もう空ではない。
されど、兵は名だけでは立たぬ。
どの氏が兵を出すか。
どの氏が馬を出すか。
どの氏が武具を負うか。
どの氏が粮と人足を出すか。
さらに、それらをどの結地へ寄せ、いつまでに筑紫へ着かせるか。
そこまで定まって、ようやく軍は軍になる。
その日、真根の前に積まれていた簡は、前日までと少し違っていた。
将軍任命の控え。
諸氏への割付の控え。
難波へ下す船の控え。
筑紫へ先触れとして走らせる控え。
対馬へは、なお重くしすぎぬよう慎んで伝える控え。
鎌足は、そのそばに坐っていた。
真根は、筆を入れながら言った。
ここから先は、理ではなく数だ
数、にございますか
数であり、順でもある
真根は言った。
兵を何人、馬を何頭、槍を何筋
それをどの氏に負わせるか
そして、それをどこの日に、どの結地へ着かせるか
そこまで入れて、初めて命になる
昼前、蝦夷、国子、真根、川瀬、田中臣、大蔵史真咋、難波連網手が集まった。
御食子はなお床にあった。
起きてはおらぬ。
だが、この場で決まることの骨は、すでに寝所へも通されているのであろうことが、鎌足にも分かった。
蝦夷が言った。
まず大数を置く
第一の結地、第二の結地を経て、二万余とする
部屋の空気が少し変わった。
二万余。
それは、ひとつの氏が抱えうる数ではない。
ひとつの郡がふいに差し出せる数でもない。
諸氏がそれぞれの根の地で兵を起こし、道の上で人を加え、結地にて初めて一つの軍に見える数であった。
国子が言った。
最初から二万余が一ところに立つのではございませぬ
諸氏がそれぞれの地にて立て、
立てながら増し、
道すがら合わさり、
結地にてようやく二万余となるのです
川瀬がうなずいた。
いきなり大きく見せれば、道が先に詰まります
諸氏の根の地ごとに起こし、
河内、難波、吉備、筑紫へと寄せながら、
道の上で厚くしてゆくほかございませぬ
蝦夷は木札を並べた。
境部雄摩呂の軍。
中臣国子の軍。
副将軍らの軍。
その下へ、まだ空きの多い札が置かれた。
蝦夷が言った。
境部の軍は、結地にて七千
国子の軍は、結地にて二千五百
副将諸軍は、合わせて八千余
加えて船手、人足、雑軍、継ぎの手を合わせ、結地にて二万余とする
真根が書きつけた。
境部雄摩呂の軍、結地にて七千。
中臣国子の軍、結地にて二千五百。
副将諸軍、合わせて八千余。
船手・人足・継ぎの手を合わせ、結地にて二万余。
田中臣が言った。
数は立ちました
されど、どの地で、どこまで増すかを先に分けねば、
札の上だけの二万になります
蝦夷がうなずいた。
そのために根の地を分ける
まず境部の軍から定められた。
蝦夷が言った。
雄摩呂どのの名で立つ軍は、河内を根とする
境部の家よりまず千五百
河内の近き地にてさらに兵を加え、三千
難波にて蘇我の兵二千を加え、五千
吉備より西にて、あらかじめ触れておく若い手と道の兵二千を吸い上げ、結地にて七千とする
鎌足は、その数の動きを胸のうちで追った。
境部の名で立つ。
だが、骨を支えるのは蘇我である。
蝦夷は、そのことをはっきりと言った。
境部の軍は、境部の名にて立つ
されど、その押しは蘇我が支える
蘇我より出す兵は、境部の軍に入れよ
蘇我の軍と見せるな
境部の名の下にて厚く見せよ
真根が書いた。
境部軍、河内にて起こし、難波にて蘇我兵を加う。
名は境部に立て、蘇我の軍とは見せず。
国子が言った。
中臣の軍は、枚岡、小墾田、鹿嶋を根とします
蝦夷がうなずいた。
申せ
国子は静かに言った。
枚岡より百余
小墾田近くより二百余
鹿嶋よりは兵そのものより、道案内、伝令、東のことばに通ずる者、浜と津との往復に慣れた者を寄せます
それを難波にて合わせて八百
吉備・周防にて、諸軍へ付く継ぎの手、人足、往復の手を加え、
結地にて二千五百といたします
田中臣が言った。
兵を多くせぬか
国子は答えた。
中臣の軍は前へ押すためより、前へ出る諸軍が詰まらぬようにするためにございます
数より、通す手を厚くいたします
蝦夷は短く言った。
それでよい
ついで副将たちの軍が定められた。
河辺禰受には、河内と山背の境に近い地より兵を起こさせ、川筋に沿って難波へ寄せることになった。
まずは千。
難波にて六百を加え、
吉備にて四百を加え、
結地にて二千。
物部依網乙等には、依網とその周辺より武に慣れた者どもを出させることになった。
兵そのものは千二百に満たぬ。
だが、槍持ち、弓手、馬具を直す手、革盾を扱う手を厚くし、
難波にて物部の別流より八百を加え、
さらに吉備以西で二百を添え、
結地にて二千。
波多広庭には、海路と渡来のことばに通ずる者どもを根の地より起こさせた。
兵は多くない。
最初は七百にすぎぬ。
だが、難波と吉備で海人と船手を寄せ、
筑紫にて千五百。
近江脚身飯蓋には、近江を根とし、兵よりも人足と荷駄と替え馬を厚く立てさせた。
近江にて千二百。
山陽道へ入るのち、さらに人足と護りの兵六百を加え、
結地にて千八百。
平群宇志には、大和の西より平群の兵と馬を出させた。
初め千。
河内にて五百を加え、
吉備にてさらに三百を寄せ、
結地にて千八百。
大伴の座には、兵の押しとなる若い手をまとめて出させた。
最初より千五百。
道の上で増しをせず、質を落とさずそのまま筑紫へ送る。
大宅軍には、もともとの軍の下に入りやすい若い兵を集めさせた。
根の地で八百。
難波にて四百、
吉備にて三百を加え、
結地にて千五百。
そのほか、名の前に大きく立たぬ小軍が幾つか加えられた。
諸氏の端々より、百、二百と起こされる手である。
それらは独立の軍とは見せず、欠けたところへ入れて厚みを作ることになった。
蝦夷が言った。
よい
これで副将諸軍、合わせて八千余
境部七千、中臣二千五百と合わせ、
船手、人足、雑軍を含めて結地にて二万余に届く
真根は、兵の起こる順を書き分けた。
河内にて増す軍。
難波にて厚くなる軍。
吉備にて人足と船手を加える軍。
周防・長門の途次にて継ぎを受ける軍。
筑紫に入って初めて二万余と見える軍。
鎌足は、それを見ながら思った。
二万余とは、いまここにある数ではない。
朝が諸氏の根の地に命を落とし、
その命が道の上で少しずつ人の形を取ってゆき、
結地にて初めて見える数なのであった。
つぎに船のことが定められた。
網手が言った。
船は難波にて本立ていたします
されど、難波だけでは足りませぬ
吉備の船、
播磨の船、
淡路の手、
周防より回る船、
これらを順に合わせねば、二万余を支えきれませぬ
川瀬が問うた。
いくつ立つ
網手は木札を見た。
大船三十余
中船六十余
小舟は数えきらず
ただし、馬を乗せうる船は限られます
ゆえに馬は一度に渡さず、先と後とに分けます
広手が言った。
人を乗せる船と粮を乗せる船とを同じに見れば、
浜が詰まります
那大津へ先に入る船、
対馬へ継ぐ船、
戻りを受ける船、
それぞれ違えて置かねばなりませぬ
真咋が言った。
粮も同じにございます
筑紫へ先に見せる粮と、
筑紫の奥で抱える粮と、
対馬へ軽く回す粮とを分けねば、
見た目は立っても、そののちが詰まります
蝦夷は、船と粮と兵の札を横に並べた。
兵の割り。
馬の割り。
粮の割り。
船の割り。
それらは別の札でありながら、どれか一つ欠けても軍にはならぬ。
国子が言った。
結地を二つに分けましょう
どこに
蝦夷が問うた。
筑紫に入る諸軍の第一の結地を那大津の手前に置きます
ここでまだ各軍の形を保つ
ついで第二の結地を那大津の外れに置き、
そこで浜へ下ろす兵と、
なお奥に置く兵とを分けます
川瀬がすぐに受けた。
それがよろしゅうございます
最初から浜へ皆を寄せれば、兵が兵に見えすぎます
また、船腹も足りませぬ
網手も言った。
那大津に入る日をずらせます
先に着くべき軍、
遅れてよい軍、
浜へ下ろさず奥で待つ軍、
順が立ちます
蝦夷は言った。
よい
では第一の結地は筑紫の内陸に置く
第二の結地は那大津の外れに置く
諸軍はまず第一へ寄り、
ついで第二へ進み、
そこにて船と粮の順を受ける
真根がそのように書いた。
結地が定まると、つぎは日が置かれた。
蝦夷が言った。
同じ日に皆を着かせるな
先に着くべき手と、
遅れてよい手と、
遅れてはならぬ手とがある
川瀬が札を動かした。
境部の軍は早く出る
河内を発し、難波にて蘇我兵を受け、
山陽道を切らさず下るゆえ、先に動かす
国子の軍は、それより半歩遅らせる
道の上の伝令と継ぎを整えながら下るためである
近江の軍は、雨を案ずるゆえ、さらに早く立たせる
波多の軍は難波で船手を集めるゆえ、少し遅らせる
物部の軍は武具の整いを見てからでなければ出せぬ
大伴の軍は、押しの手として結地へ直に着かせる
真根は、氏ごとに日限を書いた。
何日に根の地を発つか。
何日に難波へ着くか。
何日に吉備へ入るか。
何日に第一の結地へ至るか。
何日に第二の結地へ進むか。
鎌足は、その札の列を見ていた。
同じ二万余である。
だが、同じ日に立つのでもなければ、
同じ日に着くのでもない。
少しずつ違う日に発ち、
違う道を下り、
違う順で結地へ寄り、
最後にようやく一つの軍に見えるのである。
その午後には、諸氏への割付の簡が本格的に下りはじめた。
境部へ。
蘇我へ。
平群へ。
近江へ。
物部へ。
波多へ。
大伴へ。
大宅へ。
どの簡も、ただ兵の数だけを書いてはいなかった。
兵幾人。
馬幾頭。
槍幾筋。
弓幾張。
人足幾人。
替え馬幾頭。
何日に発ち、
どこの宿にて継ぎを受け、
何日までに第一の結地へ着け、
そののち第二の結地へ進め。
そこまで入っていた。
蝦夷が最後に言った。
よいか
兵は諸氏が出す
馬も諸氏が出す
武具も人足も、それぞれの氏が負う
されど、結地に寄れば御座の兵だ
そのことを崩すな
国子が答えた。
崩しませぬ
蝦夷はさらに言った。
境部の軍は、蘇我の兵を入れて立てる
だが蘇我の軍と見せるな
国子はうなずいた。
境部の名で立てます
蝦夷は、ようやく少しだけ疲れた顔を見せた。
それでよい
その夜、小墾田宮の外では、まだ人の足音が絶えなかった。
諸氏の根の地へ向かう使い。
難波へ走る使い。
吉備へ先に下る使い。
筑紫へ結地を整えよと命じる使い。
兵は、まだここには集まっていない。
集まるのは結地である。
だが、その結地へ向かって、もう数と日が走りはじめていた。
その二日後から、返しの簡が戻りはじめた。
最初に来たのは平群であった。
兵千、馬百五十、替え馬三十、弓百八十、槍二百五十、期日までに河内へ寄すること、異なし
河内にてさらに兵五百、馬四十を加え、結地には千八百に届くべし
つぎに近江より来た。
兵千二百、人足五百、荷駄八十、替え馬六十、日限までに瀬田を発す
ただし雨深ければ、一日遅るるおそれあり
山陽道へ入るのち、さらに人足と護り六百を増す
河辺からは、川筋の渡しをどう使うかまで細かく書いてあった。
兵千をまず立て、
難波にて六百、
吉備にて四百を加え、
結地にて二千とする、と。
物部からは、兵千百、弓手五百、槍手三百、馬具方百余、革盾二百五十、鉄なお不足、と返ってきた。
難波にて依網の別流より八百を加え、
さらに西にて二百を寄せる、ともあった。
波多からは、兵七百、船手三百、ことばに通ずる者百余、難波にてさらに海人三百を寄せ、吉備にて船手百を加える、とあった。
大伴の座からは、兵千五百、若き手を選び、増しはせず、質を落とさずそのまま結地へ向かわせると返ってきた。
大宅軍からは、兵八百、難波にて四百、吉備にて三百を加え、千五百とすると返ってきた。
境部からの返しは短かった。
河内にて兵千五百。
境部の家の兵、異なし。
難波にて蘇我より兵二千を受けること、承る。
山陽道にてさらに二千五百を加え、結地にて七千とする。
馬六百。
槍千余。
弓八百。
それを見て、鎌足は胸の内で繰り返した。
境部の軍は、境部の名にて立つ。
だが、その厚みは蘇我が支える。
国子の返しは、自らのものではなく、各所よりの継ぎの手の名を並べていた。
枚岡より百余。
小墾田より二百余。
鹿嶋より道案内三十、伝令二十、浜に通ずる者四十。
難波にて継ぎの手二百。
吉備以西にて伝令、人足、津との往復の手を加え、
結地にて二千五百。
どの簡も、ただ承るとは言わなかった。
兵の数を申す。
馬の保ちを申す。
道の難所を申す。
雨を申す。
鉄の不足を申す。
船を待つ日を申す。
どこで兵を増し、どこで馬を替えるかを申す。
それぞれの氏が、自らの根の地で軍備を起こしながら、中央の命をそのまま自分の論理へ引き直しているのであった。
鎌足は、その返しを一つずつ見ていた。
命は一つである。
だが、それが土の上へ落ちると、氏ごとに別の顔になる。
平群には平群の馬があり、
近江には近江の道があり、
物部には物部の武具があり、
波多には波多の海がある。
境部には境部の名があり、
その背に蘇我の兵がある。
兵とは、中央で一つに決まっても、立つところでは一つではないのであろうと、鎌足は思った。
真根は、そうした返しの簡をまた分けた。
これは国子へ。
これは蝦夷へ。
これは川瀬へ。
これは御座近くへ上げるための控え。
御座近くへ上げるものでは、数が先に立ちすぎぬように書き換えられた。
諸氏、期日に従い兵・馬・人足を整う
道に難ありといえども、おおかた命に違わず
結地にて二万余となるべし
蝦夷へ見せるものでは、逆に危ういところが前へ出た。
近江、雨を案ず
物部、鉄の不足を申す
波多、船手なお足らず
境部、難波にて蘇我兵を受けて厚みを立つ
平群、替え馬の保ちに気を配る
川瀬へ渡すものでは、もっと骨だけになった。
近江一日遅れの恐れあり
物部、革と鉄を急げ
波多、船手追加要
境部、難波で兵受けよ
各軍、第一の結地へ入る順を乱すな
鎌足は、それを見ていた。
返ってきた簡もまた、そのままでは流れぬ。
中央はそれをもう一度削り、
届く先ごとに骨を変え、
なお二万余の兵を一つの軍として見せようとしている。
その日の夕刻、川瀬が戻ってきた。
難波は
真根が問うた。
船は立ちます
川瀬は答えた。
ただし、立つ船と、すぐ出せる船とは違います
馬を乗せる船はなお見立て直しが要ります
国子が聞いた。
諸氏の返しは
皆、承ります
されど、承るだけでは済ませませぬ
己が地の理を添えて参ります
そして、その理の中で兵を増して参ります
それでよい
国子はすぐに言った。
理なき返しは、土の上で保ちませぬ
川瀬は、少しだけ目を上げた。
されど、理が多すぎれば、一つの軍になりませぬ
その応酬を、鎌足は深く聞いた。
どちらも本当である。
各氏は、自らの土の上で立つ理を持たねばならぬ。
されど、理が多すぎれば、一つの軍になりませぬ。
結地に寄ってもなお一つの兵には見えぬ。
派兵とは、兵を集めることではなく、
それぞれ別の理を持つ諸氏の手を、
なお一つの名の下へ縛ることなのかもしれぬと、鎌足は思った。
その夜、御食子の寝所にも、諸氏からの返しの骨だけが上げられた。
御食子は床にあった。
起きてはおらぬ。
だが、返しの簡が読み上げられる間、目を閉じたまま静かに聞いていた。
平群、結地にて千八百
近江、道の上で増して千八百
物部、難波にて兵を加え二千
波多、海人・船手を寄せ千五百
大伴、千五百
大宅、千五百
境部、蘇我兵を受けて七千
中臣、継ぎの手を合わせ二千五百
結地にて二万余
そこまで聞いたところで、御食子が低く言った。
よい
何が、でございます
国子が問うた。
諸氏が、それぞれ己が地にて兵を立て、
立てながら増し、
なお結地にて御座の兵となることだ
御食子は言った。
最初から一つの兵にあらず
されど、最後に一つの兵に見せねばならぬ
朝の重きは、そこにございます
国子は黙った。
御食子は、さらに言った。
ここから先だ
結地に寄るまでが、まだ諸氏の兵だ
結地よりのちは、御座の兵に変えねばならぬ
鎌足は、そのことばを胸にとどめた。
諸氏の兵は、諸氏の根の地で立つ。
道の上で増す。
されど結地に寄れば、もうそのままではおれぬ。
御座の兵とならねばならぬ。
その変わり目こそが、いま朝のもっとも重いところなのであろう。
夜になると、真根の前にはまた新しい簡が積まれた。
平群へ戻すもの。
近江へ急がせるもの。
物部へ鉄を回す相談のもの。
波多へ船頭を補うためのもの。
難波へ、なお船腹を改めよと命ずるもの。
筑紫へ、第一の結地と第二の結地とを乱すなと念を押すもの。
川瀬の足音は絶えなかった。
真根の筆も止まらなかった。
国子はなお前へ出ていた。
御食子は床にありながら、まだその骨を見ていた。
鎌足は、庭の端に立って低い空を見た。
将が定まった。
諸氏の割りも定まった。
返しの簡も戻りはじめた。
兵は、まだ筑紫へは集まりきっていない。
だが、もうすでに、諸氏の根の地では立ちあがっている。
道の上で少しずつ増しはじめている。
結地にて、二万余に見えるべく動いている。
それぞれの地で立つ兵を、
なお一つの兵として見せること。
それが、いま朝のしていることなのだと、鎌足には前より深く分かった。
派兵とは、命を下すことではない。
ばらばらに立つ力を、
道の上で少しずつ増し、
結地にてようやく御座の名の下へ縛りつづけることである。
夜の風が少しだけ強くなった。
だが、その風も、朝を軽くはしなかった。




