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第16話 決する朝


   二十二


 朝議の日の朝は、まだ暗いうちから人が動いていた。


 小墾田宮の庭には夜の湿りが残っていた。雨はない。だが、空は低く、雲の裏にまだ明け切らぬ光がたまっている。廊を渡る者の足音は軽かった。軽いが、誰ひとり急いでいるようには見えぬ。急げば乱れる。乱れれば、まだ口に出されていないものまで姿をあらわす。そのことを、そこにいる者は皆知っているようであった。


 この日の朝議は、ただの政ではなかった。


 任那の名はいまだ残る。

 だが、その名の下にあった人と物と手が散りつつある。

 新羅は兵を前へ見せず、港へ、人へ、ことばへ、先に手を入れている。

 百済はなお倭を頼る。

 されど頼ることと、従前のごとく倭の手のうちにあることとは、もはや同じではない。


 そして倭の内では、なお日嗣が定まらぬ。


 外の道は細り、

 内の朝はなお決めぬことで保たれている。


 その二つが、ついに同じ場へ持ち出される日であった。


 御食子はなお病床にあった。

 起きてはおらぬ。

 されど、人を見失ってはおらぬ。

 それがかえって、この日の重さを増していた。


 御食子がここにおれば、ことばになる前のものの幾つかは、もう少し別の形に量られたであろう。

 だが今日は、その手がない。

 ないままに、議は開かれねばならなかった。


 大王は御座におられた。


 老いは深くなっていた。だが、その御座はなお高かった。群臣が列し、諸皇子が並び、臣連の座が定まり、だれがどこへ膝をつくか、その秩序そのものが、まだ朝の形を保っていた。


 嶋大臣は前にいた。

 蝦夷もいた。

 田中臣もいた。

 大伴の座の者も、物部の座の者どももいた。

 国子は中臣の一人として列していた。だが、その日の人々の目は、ときおりその人のところへ寄った。

 山背皇子もいた。

 田村皇子もいた。


 両の皇子は遠からぬところにありながら、互いを見なかった。

 見ぬことが、かえって互いを強く意識しているように見えた。


 議のはじめは、儀どおりに進んだ。

 ことばは整い、礼は崩れず、誰もまだ急いで深みへは入らぬ。


 だが、難波よりの報が読み上げられ、磐金のもたらした新羅の情と、倉下がなお任那にあって情を集めていることとが、骨だけのことばに削がれて座へ上げられると、座の空気は目に見えぬほどわずかに変わった。


 新羅、残れる任那の地に手を入る。

 兵を先にせず、港・工人・船人・馬飼・ことばを通ずる者どもへ及ぶ。

 百済、なお倭を頼る。

 されど任那の名の下に集まる人と物、旧のごとく定まらず。

 倉下、なお任那にありて、情を見定む。

 海の道、絶えはせずといえども、細りて安からず。


 読み終えたのち、しばし誰も口を開かなかった。


 最初にことばを出したのは、大臣であった。


 軽からぬことにてある


 声は高くない。

 だが、その一言で、もはやこれは見過ごしてよい報ではないと、座の全体へ知らされた。


 大臣は続けた。


 任那の名のみにて論ずべきにあらず。そこに通う道、人、工、船、その手どもが散ること、倭にとりて損なり。しかれども、兵を出すと申すはまた別の重きこと。海の向こうへ手を伸ばせば、海のこちら側は薄くなる。いま兵を渡さば、あづまを鎮め、ひなを抑うる手どもにまで隙を生ずるやもしれぬ。ゆえに、今日は衆議を尽くすべし


 そのことばは、公のことばであった。

 誰か一人の胸のうちで決めるのでなく、群臣の口を通して朝の理を立てる、その形をまず置いた。


 だが、その形を置いたからといって、中にあるものが和らぐわけではなかった。


 最初に進み出たのは国子であった。


 恐れながら申す


 国子は礼を正して言った。


 いま惜しむべきは任那の名にあらず。任那の名の下に、なお残る手にございます。工人が惜しい。鉄が惜しい。馬飼が惜しい。船を動かす手が惜しい。海の向こうへ出入りする道筋が惜しい。これを失えば、失うは彼の地の名のみにあらず。海の道そのものにございます


 座は静かであった。

 だが、何人かの目が上がった。


 国子は続けた。


 しかのみならず、任那の地が痩せれば、海の道はしだいに対馬へ寄りましょう。対馬が重くなれば、つぎは筑紫が重くなります。対馬はただの島にあらず。海を渡る目であり、耳であり、継ぎ手にございます。そこが危うくなれば、筑紫はもはや後ろの地にはございませぬ。倭の端にあらず、最前の地となりましょう


 ここで初めて、座の中に低いざわめきが走った。

 すぐに消えた。

 だが消える前に、そのざわめきの中に対馬と筑紫の名がどれほど重く響いたかは、誰にも隠せなかった。


 国子はさらに進めた。


 新羅がただちに筑紫を取ると申すにあらず。されど、倭の手が遅れれば、筑紫の者どもはみずから量りはじめましょう。対馬がいかに動くか、壱岐がいかに保つか、那津へ入る船を誰の名で通すか。御座の命を待つ前に、己が地を保つため、別の手を拒みきれぬ日が来ぬとは申せませぬ


 筑紫が新羅に附く、とまでは言わなかった。

 だが、そこまで言わずとも十分であった。


 王権の命が末へ届く前に、途中で量り直される。

 それが何を意味するかは、そこにいる者どもには分かっていた。


 国子の声はさらに低くなった。


 外の道を失うとは、海の向こうを失うのみにはございませぬ。海のこちら側の地どもを、みな戦の前へ押し出すことでもございます。あづま、ひなを抑うる手が要ることも、もとより承知にございます。されど、海の門そのものが痩せれば、東も辺も、いずれ同じく痩せます。いま手を出さず、なお決めかねておるうちに、新羅の手が先に根を下ろせば、のちに兵を動かしても、取り戻すは倍して難しゅうございます


 ここでようやく、国子の論は骨を露わにした。


 いま動かねばならぬ。

 しかも、ただの使いでは足りぬ。

 兵を伴う手でなければならぬ。


 その意は、もはや座の誰にも明らかであった。


 そこで田中臣が進み出た。


 この人は国子とは違う重みを持っていた。ことばは鋭くない。むしろ柔らかい。だが、その柔らかさの内に、人を押し返す理があった。


 恐れながら申す


 田中臣は深く礼をして言った。


 中臣の君の申すところ、虚しきにはあらず。任那の地が痩せ、対馬・筑紫の重み増すこと、まことに案ずべきにございます。されど、ゆえにこそ急ぎすぎてはなりませぬ


 国子は動かなかった。

 だが、その目はすでに田中臣を見ていた。


 田中臣は続けた。


 外を支えんとして兵を渡さば、その兵を集める地はどこにございます。船を出す津はどこにございます。粮を継ぐ地はどこにございます。皆、筑紫とその手前の地どもにございます。すなわち、外を守ると申して、その実、筑紫の者どもへ重き権を預けることにもなる


 ここで田中臣は、わずかにことばを切った。


 そして続けた。


 いま外は細り、内はいまだ定まらず。かかる折に兵を出さば、海の向こうのみならず、海のこちらの手どももまた重くなります。対馬・筑紫を前へ出すことは避けがたし。されど前へ出された手は、のちにもとのごとく後ろへは退きませぬ


 そのことばは、国子の論を受けて、それをさらに別の方向へ押し広げた。


 対馬と筑紫が重くなる。

 だから動かねばならぬ。


 いや、

 対馬と筑紫が重くなる。

 だからこそ軽々しく動いてはならぬ。


 どちらも理であった。


 田中臣はさらに、もっと深いところへ触れた。


 加うるに、いま朝はなお日嗣定まらず。山背皇子おはし、田村皇子おはす。かかるとき、津と兵と粮の継ぎ手が一つの方へ偏れば、議は外にありながら、勢は内に積もりましょう。臣、これを恐るるにございます


 今度の沈黙は深かった。


 これはもう、半島派兵だけの議ではなかった。

 兵を出すことが、そのまま内政の均衡を変えるということを、田中臣ははっきり座の上へ置いたのである。


 国子が言った。


 では、動かずして失うを待てと申されるか


 田中臣はすぐには答えなかった。

 それから言った。


 動くなとは申さぬ。動くならば、外へ出す兵のみならず、内で誰が何を握るかを、先に定めてからにせよと申すのです。さもなくば、外を救わんとして、内にのちの憂いを植えましょう


 国子は押した。


 その先が、もう遅いと申しておるのです。任那の名の下の手は日ごと散っております。道は絶えず、ゆえに皆なお保つと思う。されど細りながら続く道ほど、後に取り返しにくいものはございませぬ


 そしてさらに鋭くした。


 いま兵を出さず、使いのみを重ねるなら、向こうは倭を見限りましょう。百済は頼りながら、別の手をも量る。任那の残れる者どもも、動いておる手へ寄ります。筑紫の者どもとて同じ。名ではなく、いま目の前にある力を見る。大王の手がただ高きところに坐しておるのみならば、海の道は保てませぬ


 大王の手、という語が座に落ちた。


 国子は、ここでただ派兵を言っているのではなかった。

 王権の本体そのものを言っていた。


 ここで、山背皇子が初めてことばを出した。


 声は高くなかった。

 だが、座はそれを待っていたかのように静まった。


 国子の憂うるところ、田中臣の慎むところ、いずれも誤りにはあらぬのでございましょう


 山背皇子は誰も見なかった。

 御座の前のどこか、定まらぬところへことばを置いた。


 任那が痩せれば、対馬が前へ出され、筑紫もまた前へ出される。そのこと、恐るべきにございます。されど、兵を出すことにより、海のこちらの手どもが重くなるも、また恐るべきにございます


 それは、どちらにも与せぬようでいて、どちらの理も受けたことばであった。


 山背皇子は続けた。


 外を守らねば、内もまた保ちがたし。されど、内のかたちの定まらぬうちに外へ大きく手を伸ばせば、その手はのち、内へも返って参りましょう。われらが量るべきは、兵を出すや否やのみにはあらず。出した兵が、どの手のうちで渡り、どの名のもとに還るか、そのことでございましょう


 田中臣が、わずかに頭を垂れた。

 国子は動かなかった。


 次いで、田村皇子がことばを出した。


 この人のことばは山背皇子より短かった。

 だが、短いぶんだけ別の重みがあった。


 外を捨つることはならぬ


 それだけで、座の空気がまた変わった。


 田村皇子は続けた。


 兵を出さずして海の道を失えば、のち、兵を出す地そのものが痩せよう。対馬・筑紫が前へ出されることを恐るるあまり、前へ出されるままにしておけば、なお悪しきことになります。あづま、ひなを抑うる手を残すにも、まず海の門が要りましょう


 それは国子の論に近い。

 だが同じではなかった。


 国子は、道を守るために兵を出せと言う。

 田村皇子は、失えばもっと大きく崩れるゆえに兵を出すべしと言う。


 その違いは細い。

 だが、細い違いこそ、のちには大きく開くものである。


 田村皇子はさらに言った。


 ただし、田中臣の申すもまた理にございます。ゆえに兵を出すなら、その兵を誰が集め、誰が送るか、筑紫に何を預け、何を預けぬか、先に堅めねばなりますまい


 今度は、どちらにも片足を置いたことばであった。

 だが、その底には、出兵やむなしの意があった。


 大臣は黙していた。


 蝦夷もまた黙していた。

 だが、その黙り方は、何も持たぬ黙りではなかった。座に並んだ理と理とを、どこで折り合わせれば朝が最も長く保つかを量っている黙りであった。


 やがて、大伴の座の者が進み出て、兵備の数を申した。

 難波の津より出しうる船の数、

 筑紫へ送る粮の数、

 河内より継げる馬の数、

 だが同時に、いま倭の内より引きうる兵がどれほど限られるかも申した。


 物部の座の者は、武具と馬具の不足を申した。

 鉄の入りが細っている以上、長き戦は支えがたしと。

 されど短く強く手を見せるなら、まだ威は立てうるとも言った。


 議は長びいた。

 だが、誰も怒声を上げなかった。

 それがかえって怖ろしかった。


 皆、理で争っている。

 理で争いながら、その理のうしろにある名と手と恐れとを、互いによく知っている。


 最後に大臣がことばを出した。


 やむなし


 誰も動かなかった。


 大臣は続けた。


 外の道を細らせたままにしてはならぬ。対馬・筑紫を前へ出されるままにするも、またならぬ。されど、兵を出すにあたり、あづま、ひなの抑えを薄くすることも慎まねばならぬ。ゆえに、群臣の議により、兵を発す。されどその手どもは散らさず、名目を正し、津・船・粮・馬の継ぎを厳しく定めるべし


 これは命である。

 だが、一人の胸から出た命ではなかった。

 衆議に依りて、という形を通した命であった。


 そのかたちをもって、馬子は自らの手だけで押し切ったのではないことを示した。

 同時に、責もまた群臣と分かつ形にした。


 御座の上の大王は、しばし黙しておられた。


 老いた御声が、やがて出た。


 海の道のこと、国のはしのこと、群臣の憂うるところ、朕もまた憂う


 その声は弱くはない。

 だが長くは続かぬ。


 争わずして済むなら、それに越したることはなし。されど、いまは群臣の議のままに、兵を発すべし


 そして、ほんのわずかに間を置いて続けた。


 ただし、よく慎め。外を支えむとして、内を損なうことなかれ


 それが裁可であった。


 御座はなお高い。

 だが、その高みは、すべてを自由に決める高さではない。

 群臣の議を受け、許す、そのような高みであった。


 議が終わるころには、日がずいぶん傾いていた。


 人々は退出した。

 だが、その退出は、ことが終わったあとの退出ではなかった。

 むしろ、いま決したことを、それぞれの手のうちで形にしはじめるための退出であった。


 国子は深く礼して下がった。

 その顔には勝った色はなかった。

 勝ち負けではない。

 ただ、ついに踏み切った者の固さがあった。


 田中臣も下がった。

 その顔にも敗れた色はなかった。

 自らの慎重が退けられたのではない。慎重を残したまま、なお進むという最も厄介な形で事が決したことを、知っている顔であった。


 山背皇子は静かに退出した。

 来るときと同じく、人はその前で自然に道をあけた。

 だが今日は、その道がいつもより少し冷たく見えた。


 田村皇子もまた去った。

 その背は短く見えなかった。

 何も言わずとも、これより先の政において、この人がさらに重くなることを、見ている者は見たであろう。


 大臣は最後まで残った。

 そして誰も見ておらぬわずかな時にだけ、長く息を吐いた。


 衆議であるならば許す。


 そのことばどおりに事は運ばれた。

 だが、嶋大臣には分かっていた。

 衆議で決したことは、衆議で片づくとは限らぬ。

 兵は海の向こうへ渡る。

 だが、その兵が渡る前から、倭の内の手どもはもう別の動きを始めている。


 さらに、まだ倉下は戻っていない。


 見定めるために向こうへ遣った使いの目より先に、朝の手はここまで進んだのである。

 そのことが、老いた大臣の胸に、小さくはない影を落としていた。


 朝議の場は静かであった。

 怒声もなく、刃も抜かれず、誰ひとり露骨に相争わなかった。


 それでも、その静けさは、戦の前の静けさに等しかった。


 外では、まだ雨は降っていなかった。

 だが空は低く、風は湿っていた。


 任那の名はなお残る。

 対馬はなお倭の目である。

 筑紫もまた、なお王権の門である。


 されど、そのどれもが、もう前と同じではない。


 これまでの朝は、決めぬことで争う手を伏せてきた。

 だがこの日よりのち、朝は、決めることによってしか守れぬものを抱えはじめたのである。



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