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クッキーフレンド  作者: 加護景
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理想のクッキーにはまだ遠い

 僕は三枝さんの言われたとおりにクッキーを焼き上げた。何のひねりもないプレーンのクッキーだ。そのクッキーの上に、ジャムやレーズンといった比較的クッキーに合いそうなものから、わさびや柚子胡椒など致命的に合わなさそうなものまでトッピングした。


 本当にこれで良いのだろうか。なんだかクッキーを冒涜しているような気もするけど。僕は罪悪感に駆られ、三枝さんに意見を求める。するとすぐさま、問題なし、というそっけないメールが返ってくる。まあ、自分だけのクッキーを求めるのだからこれぐらい無茶な味付けのほうが良いのかもしれない。


 そうだ、飲み物も用意しなければいけない。三枝さんにそれとなく尋ねると、コーヒーを所望してきた。砂糖もミルクもいらないらしい。所謂ブラックコーヒーというやつだ。


 僕はクッキーを皿の上に綺麗に盛り付けて、注文のコーヒーと一緒に狭いリビングに運ぶ。リビングでは三枝さんがテーブルの上で静かに本を読んでいる。何を読んでいるのだろうと、本の中身を横目でちらりと見てみると、英語でぎっしりと埋まっている。洋書のようだ。普段からそんなものを読んでいるのだろうか。


 持ってきましたよ、と三枝さんに声をかける。クッキーの載った皿をテーブルに置き、三枝さんの向かい側に座る。三枝さんは本を鞄にしまい、テーブルの上に置かれたものを一瞥すると、明らかに嫌そうな表情を浮かべる。そうだよなあ。明らかに美味しくなさそうなものもあるもんなあ。


「三枝さん、こっちがジャムで、隣りにあるのがレーズンで――」


 三枝さんは憂鬱げな表情でゆっくりと頷く。僕の説明を聞いているのかいないのか、興味なさげな様子だ。


 僕の説明が終わると、三枝さんはクッキーの一つを手に取り、サクリ、と一口だけ食べる。美味しいのか美味しくないのか、三枝さんは表情一つ変えることがない。それから、並べてあるクッキーを同じように一口ずつ食べていく。クッキーの上にジャムが載っていようが、わさびが載っていようが、関係ない。無表情のままだ。きっとロシアンルーレットは相当強いんだろうなあ。やっている姿が想像つかないけど。


 やがて、最後のクッキーを口にすると、三枝さんは黙って首を振った。


「駄目みたいですね」


 先程自分で言った発言限界を無視して、三枝さんがポツリと呟く。手元にあったコーヒーに口をつける三枝さん。その表情は何だか悲しげに見える。


「自分だけの味なんて、そう簡単に見つかるものじゃありませんよ」


 そう励ましてみると、耳に届いているのかいないのか、三枝さんは僕の手をじっと見つめていた。


「手を出してもらっていいですか?」


 突然の提案に困惑しつつも、僕は言われたとおりに右手を差し出す。一体何をするつもりなんだろうか。


 差し出した手を三枝さんは両手で包み込む。僕はその三枝さんの動作に、思わずドキッとする。三枝さんの柔らかな感触が僕の右手から伝わってくる。お礼のつもりなのだろうか。いやあ、よく分からないけど、頑張ってクッキーを作った甲斐があったなあ。そう思っていると、三枝さんは僕の手をゆっくりと口元に近づけて――


 僕の人差し指を甘噛した。


 ドクン、と胸が高鳴るのを感じる。突然の出来事に頭の中が真っ白になる。


 えっ、なぜ、どうして。


 三枝さんは僕の指を噛んでいるのだろう。


 これは夢じゃないのだろうか。指先には湿っぽい生暖かい感触。三枝さんの歯が優しく当たっている。この感触は夢ではない。現実だ。現実なのだ。しかし、なぜ、僕は指を噛まれているのだろうか。


 考えても分からない。分かるはずがない。

 

 止めどない疑問が、混乱が僕の頭の中で渦巻く。ぐるぐる、ぐるぐると頭の中を掻き乱している。頭の中はショート寸前で心臓の鼓動も経験したことがないほど高鳴っている。


 これは、一体何なのだろうか。


 混乱の最中、三枝さんは小さく口を開き、ゆっくりと僕の指を所定の場所へと戻した。そして、何事もなかったかのように携帯を弄りだした。


「あ、あのっ、三枝さん? 今のは」


 慌てて三枝さんに呼びかける。僕はまだ、混乱の最中にいる。胸が、これ以上にないほどドクン、ドクンと鼓動を続けている。僕の体が、脳が、この事象に対する納得の行く説明を求めている。三枝さんだけ落ち着いてもらっては困るのだ。


「どんな味かな、と思って確かめただけです」


 全然美味しくなかったですよ、と面倒くさそうに付け加える。


 なんだその説明は、カニバリズム的な何かか、なんてツッコミを加えたいけれど、こちらはそれどころではない。本当に、本当に驚いているのだ。


 指先にはまだしっとりとした生暖かい感触が残っている。現実に起こったことなのだと、僕に訴えている。


 三枝さんにとっては好奇心でやったのかもしれないが、僕にとっては一大事なのだ。異性に指を甘噛されたことなんて、これまでの人生で経験がない。どう考えていいのか、同対処していいのか全くわからないのだ。


 僕がこの胸に湧くどうしようもない気持ちへの対処の仕方を考えているうちに、いつの間にか三枝さんは立ち上がっていた。


「今日はありがとうございました、また協力をお願いしますね」


 そう言って、三枝さんは財布の中から一万円札を取り出し、テーブルの上に置く。そして、そのまま家を出ていこうとする。


「あっ、三枝さん、駅まで送りますよ」


 僕は慌てて三枝さんを引き留めようとすると三枝さんは、必要ありません、ついてこないで下さい、と冷たく言い放ち、そのまま帰ってしまった。


 僕の部屋には、食べ差しのクッキーと、一万円札、そして呆然と立ち尽くす間抜けな男だけが残された。


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