ファミレスでもクッキーのことで頭がいっぱい
「三枝さんかあ」
椅子に座りながら麦嶋が独り言のように呟く。
僕と麦嶋は今、晩御飯を兼ねてファミレスに来ていた。レポートを提出したお礼に麦嶋が奢ってくれるらしいので、その好意をありがたく受け取ることにしたのだ。
「いつも教室の隅でイヤホンつけている子でしょう」
「そうそう。その子だよ」
「それで、どうして三枝さんが羽田とクッキーを作ろうだなんて言い出したの? しかも奇妙な注文付きで」
麦嶋がお絞りを弄びながら僕に質問する。
どうして三枝さんとクッキー作りをすることになったのか。僕は返答に窮する。三枝さんから来たメールに二つ返事でオッケーを出してしまったので、理由を聞きそびれてしまったのだ。
「どうしてだろう。クッキーをあげたから……なのかな」
「そんな単純な理由じゃないとは思うけど……」
麦嶋が口に手を当てて考える素振りをした。何か思う節はあるのだろうか。
麦嶋は昔から頭が切れるやつだった。小学校の頃、クラスで飼育していたハムスターを逃した犯人を言い当てたり、給食のデザートが余分に消えている謎を解明したりと、なかなかの名探偵ぶりを発揮していた。それ以降は何の音沙汰もないわけだが、僕よりも洞察力に優れていることには違いないだろう。まあ、今回は情報が少なすぎて何の判断のしようがないとは思うけど。
「作る日程はもう決まっているの?」
麦嶋が僕に予定を尋ねる。
「決まってるよ。一応、今週の日曜日にする約束はしてあるけど」
「それで、どこでクッキーを作るつもりなの」
「僕のアパートで」
「二人で?」
「うん、二人きりで」
「……」
一瞬、沈黙が流れる。やはり最初から二人きりで部屋にはいるのは不味いだろうか。まあ、麦嶋の目から見たら常識に欠ける行動なのかもしれない。でもそれは三枝さんからの提案なのだ。僕は何も悪くない。不純なことなんて何もするつもりもないし。うん、やっぱり大丈夫だ。
自分に言い訳をしている内に、ハンバーグセットをお持ちしました、と定員が食事を持ってくる。沈黙を破ってくれる、ナイスなタイミングだ。
「まあ、羽田がそれでいいのならいいんだけど。大丈夫? ちゃんと会話が続きそう?」
僕の心配をする麦嶋。まるで保護者だ。まあ、麦嶋が心配するのも分かる。何せ三枝さんは氷の女王と呼ばれている人だ。二人きりになってずっと沈黙している、気まずい未来が容易に想像できる。
「それは、まあ、なるようになるよ」
根拠のない発言だが、実際自分にはどうすることもできないのだから、心配しても仕方がないというものだ。
「それにしても、三枝さんって本当に不思議な人ね。あまり面識のない羽田に対して突然クッキー作りを提案するなんて」
言われてみれば確かにそうだ。そもそも三枝さんがクッキーに興味があるなんて聞いたことがない。それを言い出すと、三枝さんが何に興味があるのか、なんていう個人情報なんて微塵も知らないわけなのだが。考えれば考えるほど、三枝さんはあまりにも謎に包まれている。
「そういえばさ」
僕の言葉に、何、と短く返事をする。
「僕がクッキーを渡した時、三枝さんが……その、笑ったんだよね」
「笑ったの? 三枝さんが?」
訝しげな表情を見せる麦嶋。まあ、疑われるのも分かる。三枝さんが笑ったなんて自分の目で見なければ僕も信じられなかっただろう。
三枝さんの見せた笑顔。鮮烈な印象として、今でも頭に焼き付いている。僕にとってそれほど衝撃的な出来事なのだ。
「バレンタインに男が女に渡したからかな。普通逆だろって心の中で突っ込んだのかも」
麦嶋がまた何か考えているようなので、冗談を言ってみると、蔑むような目を向けてきた。どうやら、相当真面目に考えてい
るようだ。麦嶋の毒々しい目線に、僕はちょっと傷ついた。
しばらくした後、ふう、と麦嶋が溜息を吐き、体を後ろに倒す。少し不服な顔だ。自分の中で満足のいく答えが見つかっていないのだろう。世の中そう、解答が見つかるものばかりではない。麦嶋にはこれにめげずに頑張って欲しい。そして、答えが分かったら僕にこっそり教えて欲しい。
「……土曜日のクッキー作りが終わったらまた教えてね。話が聞きたいから」
そう言うと麦嶋はいつの間にか来ていたカルボナーラに口をつけ始めた。




