クッキー昔語り
そう、あれはあの子が小学生の頃だったかしら。とても衝撃的だったからよく覚えているわ。
あの頃の映子にはいつも厳しく当たっていたと今でも反省しているの。毎日習い事に通わせて、友達と遊ぶ暇がなかったり、ちっとも直らないマナーを叱りつけながらしつこく言い続けたり、嫌いなピーマンを食べ終わるまで、いつまでもおやつのクッキーを出そうとしなかったりね。
もちろん、あの子が友達と遊びたいと泣き出したことも、おやつを食べたいと不貞腐れたことも、何度もあったの。
それでも、私はやめようとしなかったわ。今厳しく当たることが将来のあの子のためになると思っていたのね。当時の私達夫婦はあの子を立派な人間に育てようと必死だったの。
だけど、全然あの子は私達の望み通りにならなかったの。いつまでたっても、不平は言うし、挨拶を忘れるし、食べ物の好き嫌いは直らなかったわ。
環境が人格を作るとはよく言うけれどあの子には当てはまらなかったのね。昔から自分の意思を曲げることのない強い子だったの。
このままではいけない。このままではあの子が不良になってしまう。あの子のためにならない……昔の私達はそう思ったのね。だからより一層あの子に厳しく当たるようになったの。
不平を言えば平手で打ったり、言葉使いが間違っているようなら、正しく言うまで何度も何度も復唱させたり、食べないものがあれば、食べ終わるまで椅子に貼り付けたりしたわ。
……そうね。あなた達が思うようにあの頃の私達はやり過ぎていたと思うわ。いくらあの子の将来のことを思っていたとはいえ、本気で嫌がることを無理してやる必要はなかったのよ。
今思えば、当時のあの子はどんどん元気をなくしていたと思うわ。動作の一つ一つが大人しくなっていたし、私達の一挙一動にビクビクしているのが目に見えて分かるほどだったから、やっぱり相当あの子には堪えていたようなのよね。
でも、私達はそんなあの子の気持ちなんて知る由もなかったの。あの時、自分が正しいと思うことをあの子に押し付けることが一番だと考えていたのよね。
そうして、ついに事件が起こってしまったわ。
あれは夕食の時間だったかしら。厳しく教育しても好き嫌いが完全に直らなくてね。その日はいつまでたっても苦手なピーマンを克服させようと、ピーマン尽くしの料理を出していたの。料理を見て、目に見えて嫌な顔をしたあの子を叱ったこともよく覚えているわ。
最初はね、大人しく食べ進めていたの。嫌いなものを我慢して食べているのだから偉いと褒めてあげるべきだったんですけどね。あの時の私はあの子の嫌々食べている顔がどうしても我慢ならなくて、本気で叱ったの。頭に血が昇っていたのね。子供に言うべきでない言葉も口にしたと思うわ。
それであの子はとうとう耐えきれなくなったのよね。わー、って大きな声を上げて、一目散に外へと飛び出していってしまったの。
その様子に私達は何も動けなかったわ。呆然として、しばらくその場に留まってしまったの。今まで大人しく私達の言うことを聞いていたあの子が急に飛び出していったことに驚いていたのよ。今考えれば、あの子の行動はごく自然な行動だったのだけど、当時の私達には気づきようがなかったの。あの子が耐えきれなくなるまで厳しい教育をしていたなんて思いもよらなかったのよね。
その後、悲鳴と一緒に、けたたましい車の音が聞こえたわ。まさか、と思ってすぐにその場に向かうとね、あの子が血だらけになって倒れているの。車に引かれたのね。
その光景を見て、私達は顔が真っ青になったわ。あの子が、大切に、大切に育ててきたあの子が倒れていたの。それはもう、気が気でなかったわ。
それからのことは、頭が真っ白になっていたから、詳細はよく覚えていないけど、取り敢えずあの子は一命を取り留めたの。
医者からは、命に別状はないが、頭を強く打っているため、もしかすると障害が残ってしまうかもしれない、とそう告げられたわ。障害が残ってしまう……その一言にとても動揺したけれど、白いベットの上であの子がよく眠っている所を見ると、少し安心したのを覚えているわ。
それでも、あの子はしばらく目を覚まさなかったわ。一日中、付きっきりだったのだけど、中々目を覚まさなくてね。その間、ずっと後悔し続けていたわ。あの子に強く当たっていたから、厳しく育てすぎたから、あの子は飛び出してしまった。あの子の気持ちを何も考えてあげられなかった。
このままずっと目を覚まさなかったら、障害が残ってしまったら、どうしよう。すべて、私のせいだ。そうやってずっと自分を責め続けていたわ。まあ、自業自得、だったのかしらね。
だから、あの子が目を覚ました時は、すごく嬉しかったの。涙を流して、思わず抱きしめてしまったわ。あの子はキョトンとして、何が起こったのかよく分かっていないようだったのだけど、それでも構わなかったわ。ただただ、あの子が無事でよかったと、心底そう思っていたわ。
ただ、その頃から、あの子の様子が少しおかしくなったわ。まず、苦手な食べ物がなくなったの。病院食に苦手な食べ物が入っているのに、それを美味しそうに食べたり、家に帰ってからでも、同じように好きなもの、苦手なもの何でも食べるようになったわ。
少し不気味になってね。医者に精密検査をしてもらったこともあったの。それでも、特に異常が見つからなくてね。まあ、好き嫌いがなくなるのは良いことだから、そのままそっとしておいたの。
しばらく日にちが経つとね、今度は食欲がなくなったのよ。今までなんでも美味しそうに食べていたのに急に食べなくなったものだから、心配になって聞いてみたの。どうしたの、どこか具合が悪いの、って。そうしたらね、あの子はこう答えるの。もう飽きた、今度はピーマンが食べたい、てね。
その言葉を聞いて、心底驚いたわ。よりにもよって一番苦手なピーマンを食べたいと言い出したのだもの。
……私はね、あの事故があってからはピーマンを食事に出すことは控えていたの。あの子が飛び出した原因でもあるし……何となく罪悪感があったんでしょうね。出し辛かったのよ。
だからね、私もピーマン料理を作るのは、あまり乗り気じゃなかったの。それでもね、あの子はピーマンが食べたいって言うのよ。嫌いじゃなかったの、もう食べれるようになったの、本当に大丈夫なの。そうやって何度も確認しても、大丈夫、食べてみたい、って言うものだから、私も折れてね、ピーマン料理を作ってあげることにしたの。
一時期は毎日のように作っていたから、レパートリーには事欠かなかったわ。あっという間にピーマン尽くしの食卓が出来上がったの。そうしてあの子を食事に呼ぶとね、何故か悲しそうな顔をするのよ。
どうしてあの子がそんな表情をするのか、私には分からなかったわ。どうしたの、具合でも悪いの。そう呼びかけても、首を振る一方で、何も答えてくれないのよ。何か辛そうなのは分かるのだけど、その理由を教えてくれないから、こっちも何もしようがないのよね。あの子が食事の準備をするのをただ見守ることしかできなかったの。
お茶碗にご飯をよそって、湯呑みにお茶を注いで……なんと言うのかしら、動作がいつもよりぎこちないの。なんだかぼんやりとしていてね、心ここにあらず、って感じなのかしら。兎にも角にも、食事の準備が終わって、いただきます、の合図で食事にしたわ。
箸を取って、一口、ピーマンを口に入れるとね、突然泣き出してしまったの。それはもう、ビックリしたわ。どうしたの、苦かったの、って聞いてもね、違う、違うって首を振りながら、収まらないのよ。そして、急に立ち上がったかと思うとね、そのまま自分の部屋に篭って行っちゃったの。扉越しから何を聞いてもね、その日はそれっきり何も答えてくれなかったわ。
……その日からあの子は塞ぎがちになってしまったわ。食事もほんのちょっとしか食べなくなるし、何を話しかけても、うん、そう、って短い返事を繰り返すばっかりで、会話にならなくなってしまったの。
事故の前は何をするにも元気で、天真爛漫だったのに、目に見えて元気がなくなってしまったのよ。本当にショックだったわ。どうにかしたい、元気になって欲しい、そう思うのだけど、怖くてね。ほら、事故が起こったのも、私が厳しく接してしまったことが原因ですから、何をして良いのか分からなくなってしまったのよ。主人に相談しても、良い案は浮かばないし……結局はそのままあの子を見守るぐらいしかできなかったの。
もちろん、病院には何度も行ったわ。何か精神的な問題があるんじゃないかってそう考えるのはあたり前のことですから。
そうして、医師の診断を受けていたのですけど、思ったように治療が進まなくてね。多分、事故の時に受けたトラウマ的なものが原因だろう、って分かりきったことを言うのですけど、どうしたら治せるのか、元気になるのかはちっともわからなかったのよ。こういうものは完治するのに時間がかかります、だから、腰を据えて向き合いましょう。そう言ってちょっとした会話と気休め程度のお薬を貰うだけだったわ。
それからは定期的にその病院の診断を受けることになりました。少し頼りないけれど、何もしないよりはましですから。仕方のないことですね。
病院の帰りには、毎回のように、今日は何の話をしたの、って呼びかけていました。少しでもあの子の助けになりたくてね。でもね、そう話しかけても、あの子は相変わらず無表情で、何も答えないの。まるで私の存在を無視するかのように自分の部屋に戻っていくだけでした。
それでも、私はあの子を病院に通わせ続けたの。……何か、あの子に役立つことをしている、そう思いたかったからかしらね。だって、私にはそれ以上にあの子に出来ることなんて思いつきませんでしたから。
……それから、高校卒業まで病院に通わせていたのだけど、結局、大した成果は出なかったの。あの子が以前のように笑顔を見せることなんて一度もなかったわ。
学校? ああ、そうね。不思議なことに学校には毎日通っていたわ。他の子と一緒に授業を受けていたわけではないですけど……本当は他の生徒と一緒に過ごさせるべきなのでしょうけど、あの子がね、他の子と一緒にいたくない、一緒にいるぐらいなら学校に行かない、なんて言うんです。ですからね、学校側に事情を説明して、一日を保健室で過ごせるように説得したんです。生徒一人だけを特別な扱いはできない、って最初は反対していましたけれど、毎日忙しそうな時間を狙って説得しに行くと、途中で折れてくれましたわ。悪いことをしたとは思いますけど、当時の私は必死でしたから、仕方がありませんね。
学校でのあの子の様子を聞くと、まあ、ほとんどの時間を保健室で本を読むことに費やしていたらしいわ。その様子に保健室の先生は相当心配していたらしいの。先生の立場からすれば、多感な時期に他の子と接しないことに心配になるのも無理はないわ。だから、たまには自分の教室に行くように、って促すのだけど、あの子は全く動く気配を見せなかったらしいのよ。……そう言う頑固な所は以前から変わっていないのよね。
まあ、でも、悪いことばかりではなかったわ。保健室に引きこもって本を読んでいるおかげか、あの子の成績は以前と比べ物にならないくらい飛躍的に上がったの。今までのあの子は勉強は苦手な方で、私達が厳しく言いつけて、机に縛り付けて、ようやく中の上ぐらいの成績でしたのに、事故の後は、学年トップの成績を取るようになったのよ。
だけど、私は素直に喜ぶことはできなかったわ。まるで、あの子が、私の知っているあの子じゃなくなってきている。そんな気がしたからなのかもしれないわね。
……あの子の学年が進む度に、そんな不安が大きくなっていったわ。学期が変わる度に、担当の先生から話を聞く機会があるのだけど、その先生の話によるとね、あの子は他人の名前をほとんど覚えていないのだとか。そうなの、あの子は他人にまるで興味がなくなっているのよ。このままでいいのだろうか。あの子が大人になった時に、社会に出ていけるのだろうかと、心配にならない日はありませんでしたわ。
それでも、何もしなかったのは、恐れていたからなのかもしれませんね。私が何かすることによって、また、同じ失敗をしてしまったらどうしよう、確かにそういう不安もありました。でもね、それは自分を騙していただけなのかもしれないわ。本当は、あの子の雰囲気が、ただただ怖かったの。人を寄せ付けようとしない、あの目が、あの態度が、ただ恐ろしかったのよ。
あの事故の日からあの子は変わってしまった。私の育て上げた娘ではなくなってしまった。そう思うようになってしまったわ。あの子が読書感想文のコンクールに入賞した時もあの子が何かの研究をし始めた時も、研究がどこかの記事で取り上げられた時も、周りはあの子を天才だと褒め称えるけれど、私にとってはただ不気味にしか思えなかったのよ。
本当に……本当にあの子は自分の子なの、そんな気持ちが強くなる一方だったわ。
……そんな風に思ってしまうのはあまりにも無責任よね。心配していたにも関わらず、結局、私はあの子と向き合うことから逃げてしまったのだから。
だからね、私はあなた達が来ることを知って少しホッとしたの。ああ、あの子にも友達ができたんだって、ね。




